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お久しぶりです。そう長くならずに完結します。
その日。彼の涙を、私は初めて見た。
血臭と死臭が溢れるいつものダンジョンで、愛用の大剣を地に放り投げて、赤く汚れた地面に膝をつく彼。周囲に動くものはいない。あるのはたくさんの死骸だけ。事切れているのは魔物と、それから。
「セシリア……」
聞きなれた彼の声が、聞いたことのない掠れ方をして、私の名を呼ぶ。腕の中のソレを抱きしめる彼の鎧が、血で汚れる。
「悪いセシリア、こんなことになるまで、……俺は……」
彼の腕の中のソレは、そう酷い形相で死んではいなかった。腹はちょっと中身が溢れているのであれだけれど、即死だったので表情はまだマシだ。安堵する。
「悪い……」
どうして彼が謝るのか。私が死んだのは彼のせいではないのに。
「セシリア」
歯を食いしばって静かに涙を流す、生きているうちにはついぞ見られなかった彼の姿に、私は今むしろ幸せを感じている。だってあの彼が、私なんかの死で涙を流してくれているのだ。これが嬉しくないはずがない。そっと彼の背に手を伸ばそうとするも、肉体を失った意識だけの私が彼に触れられるはずがない。けれど偶然か、彼はみじろいだ。暖かさを失い始めているであろう私の額にそっと額を合わせて、彼は呟く。
「……好きだ」
時が止まったかと思った。
「好きだ、セシリア。好きだったんだ。こんなことになるまで、俺は……」
片想いだった。彼も私の想いは知っていた。答えを求めるでもなく、ただ想いを押し付け続けて側にいた。応えない彼は、しかし拒絶もしなかった。そんな日常が幸せだった。
「悪い、セシリア……」
いつだって強かったはずの彼の幼子のような謝罪を、私はぼんやりと聞いていた。
彼が私を抱きしめて、好きだと告げる。こんな幸せなことが、……幸せだけれど、今さら。
それは強い強い未練になった。