第4話 静かに騒がしい
ドアをカチャリと閉めて、静けさに包まれた階段を降りていく。
二階へ続く手すりに手をかけた時『おいィ?』突然背後から声を掛けられた。
振り向くとそこには子分を連れていない兄貴の姿があり、トイレに行っていた事は軽く想像が出来た。
「何か言ったの?」
「お前、この下へ行くのか」
「まあな」とだけ言い、一歩降りると兄貴はすぐさま止めてくる。
「降りるんじゃねえ! 本当に遅れて来たんなら分かるだろ!」彼は降りたことがあるらしく、二階の蟹を説明し「キモすぎて引き返した」と言う。
「そんなにキモいか?」
『オレは嘘を吐かねえぜ』
嘘じゃないことは分かってるが頼まれてるしな。
「そういう事でいい、問題はないから」
「ちょ、待てよ!」
兄貴の静止を振り切っておもむろに階段を降りた。途中で邪魔だった蟹を背後から切り伏せる。
そのまま行こうとした時、蟹の近くで光る何かがあることに気づき、拾いながら一階に向かう。
見た感じワニの歯みたいな細くて白い物だ。とても蟹が体内に置いておけるような代物ではない。
ズボンのポケットに仕舞いつつ、一階へ向かう。
段々と足取りが重くなるのを感じて俺は不意に立ち止まった。
階段を降り切るまで残り五段。慎重に状況を伺うが、玄関の下駄箱しか見えない。それでもモンスターは見える。
心を決めて階段を飛び降りると音に気づいたゴリラと小鬼が群がってきた。小鬼はともかく問題はゴリラだ、見た目からして攻撃力は高い。
ならば先制するまで!
前に居るゴリラを回転斬りで一気に薙ぎ払う。斬撃をモロに受けた三体は辺りに転がる頃には六体になっていた。
次は小鬼。こいつらはちょこまか動くが蹴り飛ばすとすぐに動かなくなった。
もしかするとHPの概念があるかもしれない。
ふとキリキリと絞る音が鳴る。音の先には弓を構えた小鬼が居た。
ピュンッ――
俺はとっさに顔を左手で覆い隠した。同時に激しい痛みが走る。
『ッ!』
左腕が矢を食ったのだ。おかげで制服の裾は赤く染まっていた。
次の矢が構えられる前に地面を蹴って一気に距離を詰める。着地するのと同時に小鬼の脳天を剣で貫いた。
「……」
足で押して剣から死体を引き抜くと栓が抜けたコーラのように血が吹きこぼれた。
それを見ていた一体のゴリラが殴りかかってくる。慎重に避け、間に合わない攻撃は剣でなんとか防ぐ。
ガキッ――
シビレを切らしたゴリラは必殺の右ストレートを繰り出した。咄嗟に交わし、カウンターで剣を振り下ろす。
縦の斬撃はゴリラの二の腕を通っていく。気づいた頃にはもう遅く、腕は血と一緒にぶちまけられていた。
痛みによろける隙を突いて腹に剣を差し込む。これだけでは倒せないだろう。
ならば!
俺は剣を握ったまま飛び上がるのと同時に、一気に切り上げた!
『飛翔剣』
途端に耐えきれなくなった筋肉の繊維は引きちぎれ、ゴリラは力尽きるように崩れ落ちた。
「……昇龍剣の方がカッコよかったか」
俺はグロテスクな存在を見向きもせず、体育館のドアに手を掛ける。
押しても開かない。よく見てみると鍵がかかっている。
「おかしいな」
最初は鍵を開けたままこの階を走り抜けたはず、穴が空いたドアには関係ないが。モンスターが開けたのかもしれない。
鍵を開いた時だった。
『グアアアッ!!』
ゴリラマックスの雄叫びで辺りが微かに揺れる。屋上にも届いただろう。
むしろここに来るまで静かだったのが異常だ。俺は急いで体育館に向かった。
中に入り、ドアが締まりきるよりも先に戦場に躍り出る。
「これは!?」
体育館はあまりにもめちゃくちゃだった。バスケットゴールは倒れ、卒業式にも使われるステージはゴリラが倒れたのか真ん中だけ無くなっている。
『……何故来た』
左には俺を逃がしてくれたメガネの七三分けが座っていた。白衣の左肩から下が赤い。
「ゴリラマックスのステータスはみんなが思っているような数値じゃない」
「やはりか」
俺はメグルがステータスを弄った事を伝えた。
「しかし、こんな存在を野放しにするのはあまりにも危険……ぐっ!」
肩が痛むのか抑えるように震えていた。
「だから倒しに来た」
「…………出来るのか?」
「手ぶらってわけじゃない」
体育館の中心に走り、まだ戦っている4人のゲーム部員に声を掛ける。
『聞いてくれ! 俺はアイテムを使う! それまで引き付けてくれないか!』
もちろん賛同を得られるかどうかはどうでもいい。この方法しかないんだから。
ブレザーの隠しポケットから緑色のリボンで封をされた巻物を取り出す。止めているソレを引きちぎって開いた。
その瞬間、淡い光が巻物から漏れ出す。同時に巻物を手のひらに巻き込みながら叩きつけた!
この巻物に書かれていることはこうだ。
詠唱手段は地面に巻物を置く事。さらに詠唱儀式をする事。最後に発動詠唱をする事。
言われた通りにした瞬間、俺を中心として魔法陣が浮かび上がる。
『イエストゥスアクセロラ……』
不思議と思い浮かぶ言葉を発していくと淡い光が段々とリボンの色に染め上がっていく。
『ドライブカンパネラテンダネス……』
状況は理想的だった。
『グァァアアア!!』
ここまでは。
雄叫びを近くで浴びたゲーム部員はいとも容易く転がされてしまう。
魔法陣に気づいたゴリラマックスは俺の眼前で大きな爪を振り上げた――