第2話 それほどでもない
俺は名も知らぬ女の子に距離を取ってもらい、屋上に繋がるドアに手を掛ける。
その瞬間、轟音と共に大きく揺れ始めた!
「ぐっ……」
ドアノブを掴んでいた俺はなんとか階段に転がされずに済んだ。女の子は手すりに掴まって一心同体みたいに離さない、落ちる気配は微塵もなかった。
手すりが憎たらしいレベル。
音は体育館側から聞こえた、何が起きてるかは軽く想像がつく。しかし、屋上の人達は能天気に「きゃぁっ!」とか「俺が守る!」とのたまう。
そんな事態に邪魔する思いで、少しだけ手で開けた後は足で思いっきり蹴飛ばした。
弧を描いて開いたドアは壁に衝突し、派手な音を掻き鳴らす。屋上に潜んでいた人達を注目させるには充分すぎる威力だった。
ジロジロ見られつつも、俺は屋上に足を踏み入れた。生徒はフェンス際を背にして窮屈そうに縮んでいる。
それでも井上高校が誇る無駄に広い屋上が、狭く感じるほどには人が集まっているのは容易に想像が出来た。
一番前の生徒とここからは二十メートルも余裕がある時点で相当な広さだ。
舐めるように辺りを見渡していると『だ、誰だお前っ!』視界に映る誰かがそう言った。
「ほう、知らないのか」
「オレらが知るわけねえだろ! 武器持ってるし近寄んな!」
「武器は捨てよう、悪かったな」
俺は体育館を逃げてから手放さなかったソレを投げ捨てる。
剣は一瞬光を放ったかと思うと先端から粒子が立ち上らせた。一粒、また一粒と。砂漠に持ち込まれた氷が溶けるように武器は見えなくなっていく。
消えきるのにそう時間はかからなかった。
「消えてったぞ……」
「弱音は見せるなっ! 負けるぜ!」勇気がある男は後ろの生徒を鼓舞しつつ俺を見据えた「で、名前は?」
「俺の名前は春風龍樹、言っておくがその辺の男と一緒にするな」
「な、なんだと? 強がる理由があるのかよ!」
「文化祭でも、デカい火を前にして冷静に対処できる男の中の男でも有数の男にしか出来ない役割とか与えられてるしな」
教師はそれをキャンプファイヤー消火係と呼ぶ。
「な、なんなんだこいつは……」
「勝てるわけがない」
これ以上話を続けるのは無駄だと感じた俺は「それほどでもない」と言って話を切った。
強そうな雰囲気を証明できて満足している所にカツカツと階段を上がる音が聞こえる。
「物は言いようだね」
階段に潜ませていた女子だった。
「……秘密だ」
「もちろん」
その子が屋上に躍り出ると更に状況が変わる。
『生きてたのねっ!』
一人の美女が飛び出し、ショートボブに抱きついたのだ。ぐりぐりと頬ずりされている。
「すずみん大丈夫だった?」
すずみんと呼ばれた子は静かに頷いた。
「へえ、すずみんって言うんだな」
俺も今度からそう呼んでみようと心に決める。
「鈴みたいでしょ」
「髪型が?」
「そう」
すずみんはわざとらしく首を振ってさらさらした髪を揺らして見せてくれた。
ショートボブが鈴に見えるとは思えなかった。
そんなこんなで俺は屋上の仲間入りを果たし、俺の周りには数人の男。すずみんにはあの友達が。
そして質問攻めを食らう俺がいた。
「兄貴! 下では何を見てきたんすか!」
こいつらの兄貴だった男は向こうで小石を人差し指で突いている。
「信じれないと思うが変な生き物を見てきたよ」
「信じますよ、だってほら」
子分が人差し指でグラウンドを指さす。見てみるとそこには一階に居たはずの首がないゴリラがそこに居た。
「……」
やっぱり、こんな奴がほっつき歩いてるんだな。
「一体どうなってるんだ……」
俺は指にフェンスを掛けて立ち上がり、兄貴の隣に移動する。子分は当然のように付いてきた。
脱落した兄貴を横目に、こちら側でしか拝めない街並みを見てみる。
あまり変化は無いが、よく目を細めてみると向こうの市役所にデカい生物が確かに居た。
よく分からない。でも、市役所の建物よりはでかい何かは存在する。赤い光が散りばめられており、パトカーなのは伺えた。
いつか、確かめに行こう。
「家族が心配になるよな」と聞いてみると。
「なりますが……あの生き物を思い出すと足が言うことを効きません」と言い「僕には無理です」そう結論づけた。
周りの子分もそう頷く。
「だろ、でもこいつは違うぜ」
俺は元兄貴を指さす。
「なんだよ……」
『俺があぶねえ時に駆けつけてくれたんだ』
本当は駆けつけてくれてないが、子分はそれをあっさり信じた。
「そうだったんすね!」
「お腹を下したってのも嘘で……!」
兄貴が何かを言う前に手を出して抑止する。
『四天王とかそういう幼稚なネタが嫌いなだけだから』
本当は金魚のフンが嫌いなだけなんだが、俺が去っても兄貴への質問が収まることは無かった。
手始めに一際目立つ白衣の生徒に声を掛けることにした。