第1話 その手にあるモノ
『きゃぁああ!!』
女子の黄色い悲鳴が俺の頭を混乱から引き戻した。冷静になって周りを見てみる。
緞張を持ち去った爪を持つ、でかい熊みたいな生物を見て腰を抜かした人も居るみたいだ。
そんな事よりまずは逃げる事が最優先だが、出口に群がった生徒が邪魔で出れそうにない。
そんな人間をよそに手を差し込んで穴を広げたモンスターは確実に体をめり込ませていた。白衣の生徒はそれに対して一向に逃げる気配を見せない。
むしろ、冷静にモンスターと対峙していた。
俺は『逃げないのか?』なんとなく問うてみた。
質問に気づいたメガネの七三分けは、首だけこちらに向け。
『僕達はこのゲームを作ったんだ、当然ながら戦う力がある』と言った。
五人の男女は右手に先程は無かった武器をそれぞれ握りしめている。
さらに「君に頼みがある」メガネをクィッと押し上げて続ける「この校舎の屋上と三階は安全領域にした、そこに人が集まるようにしてほしい」
出口の生徒はもう居ない。
腰を抜かした奴は出来そうにない。
俺しか居ない。
「分かった」
「その手を信じたぞ……」
途端に彼らが宿していた武器が自分の右手に現れる。銀色の細い剣だった。
武器に惚れる俺を知らずに体育館へ足を踏み入れたモンスターは何かを放出するように唸る。
『ヴァァア……グヌゥッ!』
「さっさと行け!」
「ああ!」
言われるがまま出口へ走り、扉を押し開ける。通路を通って校舎への扉を押す。
だが、開くことは無かった。どうやら鍵が掛かっているみたいだ。
あんなのが居たら鍵をかけるのもおかしくはないか……。
そうなると玄関口に回るしかないが、ダメだ。時間が掛かる、試しに剣を使ってみよう。
少し距離を取り、剣を扉に突き立てる。驚いた事にホットナイフでバターを切るようにいとも容易く貫けた。
そのまま円を描くように切って剣を引き抜く。円の真ん中を押してみると見事な穴が生まれ、向こう側にドアの切れ端がカタりと落ちる。
俺は手をいれて鍵を開いた。
金切り音をひたすら立てる扉を押し開き、入ってみると見たこともない光景が広がっていた。
広場でふらつく筋肉質の首無しゴリラ、教室から俺を認めた緑色の小鬼。
いや、見た事はある。それはあくまでゲームの話だが。
それでも行くしかない!
「どうにでもなれっ!!」
俺は手も使って壁を押し、一気に駆け出した! 後ろから変な生き物達に追いかけられながら。
しかも、後ろだけじゃない。前に数体居る。
その内の一体が手を広げて立ち塞がった。
「邪魔だ!」
剣の間合いまで近づき、切り上げるのと同時に飛び上がる。そのまま、ゴリラの肩を踏み台にして一気に飛び越えた!
確実に着地してから左に曲がり、一気に階段を駆け上がった。後ろを見ると追いかけて来ない、どうやら行けないらしい。
という事は階層を意識してるのか。確かにゲームみたいだ。
二階に行くとまた違った敵がいる。今度は大きな蟹と宙を舞う魚。
当然ながら俺に気づいた蟹は近寄ってくる。
その前に一気に踏み込み、横一文字に切り裂く。上半身が切れ目に沿って崩れ落ちた。
「……」
俺は倒れない下半身を蹴り飛ばした。
少し見渡して思った。一階では怖くて逃げる事に必死で忘れていたが、声をかけなきゃ人が存在するのかすら分からない。
「誰か居るか! 助けに来た!」
どこかで怯えているかもしれない誰かに声を掛け、耳を澄ます。その間に近づいてきた魚を剣で突き刺した。
「…………」
……ビチビチッ。魚の跳ねる音だった。
もう一度だけ声を掛けてみる。
「この辺の奴らは倒した!」
本当は倒してないが、ドアの先で物音がした。そこは色々なお知らせに使われる放送室だった。
蟹と魚を切り裂きながら近づき、軽くドアをノックする。
『……誰?』
声の主は女の子らしかった。安心させる為に名乗ってみる。
「春風龍樹、文化祭ではキャンプファイヤーの火を消す役割を担っていた」
「あっ……毎年の?」
どうやら知っているらしく、声のトーンが明るくなってくれた。
「そうだが」と言うとドア元からカチャリと鍵を開ける音が鳴る。
「開けるね」
ドアノブが回り、ショートボブの可愛らしい女の子が出てきた。制服のスカートのひらひら具合からここの生徒なのは間違いない。
「早速で悪いが三階に避難するぞ」
「……ひゃあっ」
女子の手を引くと、彼女の体がビクりと跳ねた。蟹の死体に驚いたのだろう。
俺に対してじゃないはずだと願いたい。
そんなことを思いながら、階段を上がっている俺がいる。
「そう言えば、他に下の階で隠れてる子とか見なかったか?」
「体育館側から沢山の人が流れ込んで来たから、付いてきただけだし……」
それも物凄い形相だったらしい、周りを見る暇もなく二階の変な生き物に気づいて放送室に逃げ込んだとか。
「でも、大半は三階に行ったと思う」
「そうか」
階段を上がりきり、念の為三階の通路を壁越しで覗く。
「確かに居ないな」
人も、化け物もだ。
「屋上に行ったかも」
「一応、声を掛けておくか」
後々下に降りて死んでいたなんて最悪だしな。
「誰かいるかー!」
『私はいまーす!』
「ん? どこだ」
声の方向を見てみると、ついさっき見たショートボブ。
「紛らわしいな」
「聞いてきたから答えただけ」
「……屋上に行くぞ」
こんな茶番をしても居ないという事は屋上に固まっている感じか。
俺達は階段を上がり始め、屋上に続くドアを見据えた。
本来なら誰も入れない役割を果たす鍵は強引に破壊されており、微かに話し声が聞こえていた。