第5話 タイマ
私が急いでドアを開けると彼女はどこへ行くことなく、部屋に背を向け腕を組んで仁王立ちしていた。
小さい体ではあるが、その後ろ姿は貫禄があり、なんとも大きく見えた。
「わぁ、仁王立ち似合いますね!背中から偉そうなオーラがビシバシ伝わってきます!」
「それは褒めているのか…?」
「はい、とっても!」
「そ、そうか…なら良いんだが…」
なぜか恥ずかしそうに顔を少し赤らめるのが最高に可愛い。そっぽを向いて、私に目を合わせようとしないのもプラスポイントである。
マダラさんは深呼吸してから、やがて私に目を合わせてくる。
彼女は話しかけてくるときに妙に顔を近づけてくるので、目のやり場に困ってしまう。
「勢いよく飛び出したはいいものの、行先が分からん。次はどうするのだ?」
「そうですね、とりあえず今日はもう部屋に帰りましょうか」
御霊川学園の生徒は基本的に学生寮で寝泊まりすることになっている。
専属とは同室で、共同生活を通して息を合わせて欲しいという計らいだ。
「それなら姉様を捜しに行きたいのだが」
「あ、そうですね。少しでも手がかりを見つけないとですもんね。タイマさんでしたっけ?」
「そうだ。イコンの言うことが正しければ、この学園に通う中学3年生でアイドルとしての活動をしている」
「んー、でもタイマなんてアイドル聞いたことがないですね」
イドラについて詳しくはないが、ここは詳しいフリをしてプロデューサーとしての威厳を保つことにした。
「それもそうであろう。身分を隠さねばならぬからな。仮にタイマという名を使っていたとしたら、すぐにでも他の輩にバレるわい」
「確かに、王族の長女ですもんね。あ、じゃあ見た目で分かるんじゃないんですか?ほら、マダラさんだってツノと羽ありますし、王族の方はそういった見た目なんじゃないんですか?」
「まぁそうだな。イデアの民は、この現界の人間と同じようにツノと羽は生えておらぬ、王族を除いてはな。しかしそれで見つかれば苦労はせんだろう」
「どういうことですか?」
マダラさんは訝しげに目を細めてため息一つ交えて続ける。
「姉様の特殊能力は理想化、つまり変身だ。いや、幻術と言ったほうが近しいかもしれんがな。この能力がある限り、恐らく本来の姿ではないであろう」
「ア、アイディライズですか…なんだか難しい言葉ですね…」
「うむ。聞き慣れないのは仕方がない。とは言っても現界の言葉に翻訳しているがな」
「あ、一応こっちの言葉なんですね…」
自分の教養のなさに恥ずかしさを覚え、萎縮してしまうが、マダラさんは構わず説明を始めた。
「姉様は、理想化によって大衆の誰もが理想と思ってしまう美しい姿に変身することができる。つまり、ずば抜けた麗人の姿になれるわけだな。ま、いずれにせよ妾のようなツノや羽は見えぬだろう」
「そうなんですか…。じゃあみんなに聞き込みして最も美しいと言われてる女の子を探せばいいってことですか?」
「いや、それはギャンブルだな。確かに最も美しいと思う女を聞き込めば、いずれは姉様にたどり着くかもしれん。しかし美など結局は個人の感想、宛にならん。仮に姉様にたどり着いても証拠がないわけだ、恐らくしらばっくれるだろうな」
「じゃあ手がかりないじゃないですか!?そんなんじゃ見つけられませんよ…」
理想は理想だが、自分の思う最たる理想ではないということだろう。
なんだか頭がぐちゃぐちゃになってきた。
「あ!じゃあさっきのプロフィール確認の機械を使えば、変身していてもお姉さんって分かるんじゃないですか!?」
「機械も騙せない能力など低級にもほどがあるわ。姉様のチカラをなんだと思っておる?」
「す、すみません…。じゃあ一体どうすれば…」
「そう焦るでないぞ。理想化は完璧ではない、解く方法も存在するのだ」
「あ、そうなんですね。どういう方法なんですか?」
「姉様を大層喜ばせればいい」
「へ?」
あまりにも予想外の答えに間抜けな声が出てしまう。
本人のお腹を思いっきり殴るだとか、首の後ろをトンってするとか、物理的なアクションを起こすものかと思っていたからだ。
「ど、どういうことですか?」
「ああ、どうやら理想化は本人のテンションが著しく上がってしまうと解けてしまうのだ。だからそれを利用する」
「でも、どうやって?」
「それなのだが、先程のマイの話を聞いてピンと来ている。御霊川カップだ」
「御霊川カップですか…?」
御霊川カップとは年に2回、秋と春に行われる学園ナンバーワンアイドルを決める大会のことだ。
それぞれが、ステージで自分のパフォーマンスを遺憾なく発揮して競い合う、最大級のイドライベントにもなっている。
学園の生徒は出場義務があり、正当な理由もなく欠場した場合は退学となってしまう。
「そう、御霊川カップで妾が優勝する」
「え?」
「実の妹が優勝するのだ。姉様も感動の渦に引き込まれ、気持ちも高ぶり、理想化も解けることであろう」
「な、なるほど?」
「解ければこちらのものだ、ツノと羽を持つ者など王族しかおらぬ。誰かに見られればたちまち噂は広がり、妾たちも姉様を見つけることができるというわけだ」
「そんなうまくいきますかね?」
どうも信用しきれない作戦である。
そもそも理想化を解く方法に違和感を覚えてしまう。
「当たり前だ、妾の描く完璧なシナリオなのだからな」
「そ、そうですね!とりあえずは次の秋の大会で優勝できるよう頑張りましょう!」
「うむ!」
マダラは自信満々で鼻息を荒くしていた。
そのどや顔がどうにも可愛らしく、私はすっかりこの子の虜になっていた。
「まぁ、なんだ。とりあえず一応いまから姉様の情報収集をしようではないか」
「もしかしたら何か知ってる人いるかもしれませんもんね、行きましょうか」
「ああ!」
「あ、ところでマダラさん」
「ぐっ、なんだ良いところで…」
不意を突かれ、彼女は前に踏み出そうとした足をギリギリで引き留めた。
こちらを振り返るが不機嫌そうな顔をしている。
「す、すみません…。あの、マダラさんの特殊能力を結局聞いてなくて…」
「あ?特殊能力?言ってなかったか?」
「は、はい。それ次第で今後の方針も決まってくるので…」
「そうか。ならば教えてやろう…」
マダラは腕を組んで俯き、まるでドラムロールが聞こえてきているかのように間を開けてから、やがて目を大きく見開いて答えた。
「妾の能力は…!あー……能力は……」
マダラは息詰まっているようで、目もなにやら泳いでいるようだった。
おでこから嫌な汗をかいているようにも見えるし、何か嫌な予感がする。
「ど、どうしました?」
「お、思い出せぬ…」
「え!?」
私の素っ頓狂な声が廊下中を響き渡り、そしてあたりは閑静に包まれた。