五歩目は下がって
途中からクロちゃん(仮)視点入ります。
…いい加減名前出してやらないと。
◯◯月◯日
セレネへのプレゼントはお菓子を1つ混ぜると決めていたのに、セレネの姉上から、甘いもの禁止令が発動された。
1つだけでも、ダメなのか?
と、聞いたら、ダメだとキッパリ言われた。
最近、セレネが縦に成長するより横に丸く成長してきた、とも。
─そうだろうか?
以前と変わらず、とても可愛いと思うが…。
それに、たとえ丸くなったとしても、それはそれで、ぷにぷにして、良いと思うのだが。
まぁ、その辺はセレネの姉上としてのお考えでもあるので、あまり口を出さないようにするとして…。
問題は、何を手土産にセレネのところへ遊びに行くか…だ。
菓子の力により、せっかくセレネが逃げなくなったのに、それの力を借りれなくなった。
だとすると…。
チラリと私の宝物コーナーに視線を移した。
途端、お茶を入れていた筈のメイドが大慌てで、大きく手でバツを作り、また、花束を渡せと言ってきた。
…私の周りの人物は皆、私の思考が読めるのだろうか?
謎が深まるばかりだ。
言われるがまま、小さなブーケをつくってもらい、それを手土産にセレネの家へと急ぐ。
セレネの家の庭に辿り着いたところで、ふと、あることに気がついた。
セレネの家の庭に施されている侵入者防止の結界がほんの一部、綻んでいた。
いつからだろう?
まあ、これくらいなら、魔力が強いもの以外は弾き飛ばすと思うが…。
とにかくこれでは、防犯にならないので、直させなくては。
まったく、気がついたのが私みたいな紳士で良かったと思う。
セレネをつけまわす、幼女愛好の変態不審者ならどうなっていたことか。
早速、門番を捕まえて、直すよう注意してやった。
感謝されたと同時に、生暖かい目で見られた。
解せぬ。その目はなんだ。
…まぁ、毎回結界の一部を壊して侵入してたのは悪かったと思ってる。
でも、私はその度にちゃんと直してるぞ?
キチンと直してるからあれは私のせいでは無いぞ?
気を取り直して、バルコニーをよじ登り、セレネの部屋へ。
今日は外には出ていなかった。
窓から覗き込み、中を伺うと─。
─誰もいない?
おかしい。この時間はいつもセレネは部屋にいるはず。
今日は、何処かに出かけているのか?
いや、そんな情報は入ってきていないぞ?
もう少し中の様子を伺おうと、窓に近寄った途端。
カーテンが揺れて、「ばぁ!」と叫びながらセレネが出てきた。
─びっくりした…。
びっくりして、「うわっ?!」と、声を上げながら、後ろに下がり尻餅をついてしまった。
…恥ずかしい。
セレネは屈託無く笑いながら、バルコニーへ出てきた。
「いままで、いっぱいセレネをおどろかせてくれた、おかえし、です。」
─これで、おあいこ、です。
と、言いながら、未だに尻餅をついて座り込んでる私の手を取り、立たせてくれた。
そして、びっくりした拍子に落としてしまった小さなブーケを見つけて、それを手に取る。
「キレイ。これ、セレネに?」
「あ、あぁ。ただ、先程握りしめてしまったから、少し、形が崩れたな…。すまない。また、あとで新しくキレイなものを集めて持ってこよう。」
「ううん、これで、いい。これが、いい。」
そう言って、うっとりと顔を花に近づけて、香りを楽しんでる。
「ありがとう。リュゼでんか。」
その時の笑顔が。
真っ直ぐに私の名を呼んで、見つめた時の笑顔が。
─初めて君に恋した時の笑顔と重なった。
やっぱり、君がいい。
君の笑顔が、何度でも私に恋をさせる。
もっと、笑って。
もっと、私の名を呼んで。
もっと、もっと。
やっぱり、このまま君を攫って行ってしまおうか。
先程まで触れられていた手をそっとセレネの頬に伸ばした途端。
バァーンと派手な音を立てて、セレネの姉上が登場した。
だから、何故私の周りの人々は─。
※※※
─会いに行く。
そう約束した日。
あの日の事は忘れていない。
差し伸べられた小さな手。
また、その手に触れたくて。
また、その優しさに、包まれたくて。
逃走したことによる、謝罪と信頼回復に努めた日々。
やっと貰えた休暇。
逸る気持ちを抑えて、辿りついた彼女の家。
そして門の前で、立ち止まる。
─どうやって、会えばいいのだろう?
昼間、明るい中で見て改めて思う。
彼女の家の格について。
彼女の家は引き取ってくれた伯爵様よりも、更に上だった…。
そんな家の人に俺なんかが、何て言って訪ねていけばいいのだろう?
あの日助けてもらったクロちゃんと呼ばれた者です…。
ダメだ、怪しすぎる…。
考え込んでいたら、門番が此方をじっと見つめ、声をかけてこようとした。
あぁ、何だよこれ、明らかに俺、不審者じゃん!
そそくさと、逃げるようにその場から離れ、以前紛れ込んだ場所へと、移動した。
正面がダメなら、せめて裏から入って顔だけでも見れたら…そんな思いで。
確かこの辺から入れたはず…。
小さな森と繋がってる小道へと入ろうとしたら─。
見えない壁に、弾かれた。
─え?
以前はこんなの無かった。
すんなりと入れたのに、何故?
壁を確かめるように、触れたり、叩いたりしてみたけど、どうしても入れない。
そうこうしているうちに、ガサッと近くの木々が揺れた。
慌てて、隠れる。
すると、そこには─。
─殿下がいた。
手に小さな花束を持って嬉しそうに、こちらへ走ってくる。
そして、何かを小声で唱え、先程まで俺が叩いてた部分に触れたら、パチンという音が聞こえた。
それから何でもないような顔で、その先へと歩みを進める。
そして、振り返りもう一度壁があった付近に触れ。
そのまま、走り去ってしまった。
誰も居なかなったことを確かめて、もう一度先程の場所へと戻る。
…やっぱり、壁がそこにあり、俺の侵入を拒んでいる。
あぁ、そうか。
この先へと行けるのは。
今の俺じゃダメなんだ。
目指すのは、この壁の向こう側。
その手段なら、知っている。