第1章 これが探偵部の日常
屋上のフェンス越しに一人の女子高生が武士の髷みたいなポニーテールを風に揺らしながらグラウンドの方を眺めていた。
「ん~、今日も運動部のみなさんは青春を謳歌しているわね」
部に入部してから拳と未々と私は「事件探し」という名目の学校探索&情報収集みたいなことをしている。
決して部室の居心地が悪いとか先輩がオニ怖いとかそういう事ではなく、私たち三人は部室にいては力をというか本領を発揮できないのだ。
「お、陸上部の風見君今日も走ってるね~。あ、野球部の日下部君ノック下手だなー」
屋上からグラウンドまで結構な距離、高低差が有る。が、私にはそんなの関係ない。あ、決してギャグではない。
私も世美先輩のような「力」と言うか特技のようなモノがある。
それは―――。
そう考えていた時、不意に屋上への扉が開いた。
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こちらは、2階の廊下。
放課後ということもあって生徒の数も多く、部活動に向かう人や帰路につく人達も多くいる。
「人が多いです~。騒がしいです」
浮かない顔でキョロキョロしていて、自分でも嫌になりますー。
「でも、やらなきゃです! 未々、がんばります!」
自分の心を鼓舞するように言い聞かせ、耳につけていたイヤホンを外した。
そして、耳に神経を集中させた。
『ねぇ聞いた、隣のクラスの上野君がうちのクラスの下田さんと付き合ってるんだってー』
『なぁ、金貸してくんねぇ~。俺とお前の仲じゃんよ~。なぁ頼むよ!』
『あの先生さー私に色目使ってくるんだけどー。マジ、有り得なくない?』
『明後日、休みだからどっか遊びいかねー』
聞こえる、色彩豊かな声たちが・・・。
楽しそうな会話。どうでもいいようなくだらない話。先生への社交辞令。誰かの悪口、陰口。浮いた恋バナ。
この中から必要な声や音を拾うのが私の役目、私にしか出来ない事ですから。と、また心の中で自分に言い聞かす羽沙。
するとある声に意識を向けた。
『2ーCの有田くんの最新の【シルバーの携帯(電話)】が失くなったって本当?』
『ああ、あいつ自慢げに見せびらかしえたからな。いい気味だぜ!」
『でも、他にも同じクラスの花宮さんの【手鏡】や1ーDの女子生徒の【形見のブローチ(金属製)】も無くなったてよ』
『しかも・・・、共通してある場所で無くなってるのよ。偶然かしら?』
『どこだよ?』
『それが、《光無の森》なんだって~!』
《光無の森》とは、学校の裏手にある森林である。前々からこの森ではある不可思議な現象が起きることで有名であり、その不可思議な現象というのは鏡や貴金属などの光を反射するものが置いておくといつの間にやら忽然と消えてしまうとか、夜にこの森に行くと懐中電灯の光が急に消るとか《光》に関係があるものが無くなる、消えるといった具合に知られている場所なのだ。故にいつの間にか《光無の森》と言う名が付いたのだ。
『ホントかよ~。誰かのでっち上げじゃねーのかよ~』
『でもホントに無くなってんだって。怖いよねー』
聞いていた羽沙は気弱な方で、この話を聞いているうちになんだか怖くなっていた。いわゆるガクブル状態である。二つに分けた髪が兎が耳を立てるように逆だっている。
「どうしよう・・・。恐い話聞いちゃった」
その場で羽沙が立ちすくんでいると―――。
「どうした、未々? 大丈夫か!」
羽沙は後ろを振りかえると安堵の表情でその人物を見た。乾の姿がそこにあった。
「ケンちゃん・・・良かった~。今、一人はきつかったよう~」
?という顔で乾は羽沙が耳にした話を聞いた。すると――。
「怖いか? その話?」
「怖かったんだもん。聞いたときは!」
乾がちょっと小馬鹿にした態度をとると羽沙はムクっとふくれっ面をしてみせた。
「でもよ、人が消えるわけじゃねーんだぜ」
「あ、そっか、消えるのは人じゃ無いんだよね。恐がって損した」
乾が冷静に解釈をすると羽沙は納得し自己解決したようだ。
「でも、面白そうだな。早速部室に行って報告しようぜ!」
「うん、そーだね。ほーこくしなきゃだね」
そう言って二人は同じ方向に歩き始めた。
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再びこちらは屋上。
何者かが屋上に出る扉を開いた。
ガチャッ。
その音に高女も気がつきそちらの方向に目をやる。そこには――。
「どうかな? 何か発見したかな?」
「あっ、副部長。どうしたんですか?」
扉を開けて姿を見せたのは我らが探偵部の副部長丹田汐継先輩だった。
「珍しですね、副部長が部室を出て尚且つ屋上に来るなんて」
「たまにはね、僕もと思ってね。まあ、本当のトコロはお茶の準備が出来たから呼びに来たというわけさ」
丹田先輩はそう言ってニコッと笑みを浮かべそう答えた。
「でも、なんで屋上に? それに未々やあのバカ犬は?」
高女がそう問うと丹田先輩が答えた。
「君の強みを活かすには見晴らしのいい場所又は障害になる物が少ない場所を選ぶと思ってね、そういう場所は限られるからね。あとバカ犬君事、乾君と羽沙君は僕が部室から君を探しに行く時姿が見えたからもう戻って来てると思うよ」
そこまで言われて高女は何も言えなかった。その通りだった。
「さすが・・・ですね」
高女が呆気にとられていると丹田先輩は――。
「さぁ、帰ろうか。お茶が冷めないうちに!」
そう言って丹田先輩は振り返り校舎に通じる扉に向けて歩き始めた。
高女は後を追うようにその方向に向かった。内心、丹田先輩の鋭い推理に驚きながら。
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探偵部部室。我らの部室。
「へぇ~、そんな面白そうな話を見つけたんだ。すごいね未々!」
「えへへ。それほどでも~」
高女に褒められて羽沙は照れている。こうやって誰かに褒められたり認められたりしたら未々も自信がつくんじゃないかとおもう乾が――。
「まぁー、見つけたんじゃなくて聞き分けたんだけどな。なぁ、未々」
「うん、正確にはね」
「ちょっと、横槍入れるのやめてくれる!」
乾が訂正を入れると愛が半ギレで返してきた。さらりと未々も乾の訂正に乗っかってんのに。
「日本語の間違いを正しただけだろ。怒んなよ」
「アンタそんなキャラじゃないでしょ! バカ犬のクセに!」
「んだと!」
「なによ。やるってんの!」
「二人共、ケンカは――」
「――やめてお茶にしませんか? Tea timeということで」
未々の仲裁の途中で、奥の方でお茶の準備をしていた丹田先輩がひょこっと顔を出しそう言ってきた。一年トリオはポカーンとしていたが部長の千手先輩だけは頷いていた。
ちなみに《一年トリオ》とは乾、羽沙、高女の事である。
「茶でも・・・飲むか」
「ええ。そうね・・・」
これにて恒例の二人のケンカは終わりを迎えたのであった。
そして最近アニメやマンガで見るティータイムが始まる