第1章 3 抜け落ちた記憶
【浮遊女】。リリアルはその女を一緒に探してもらうと口にした。
「・・・空を飛んでるのか?その女は」
「そう。空を飛んで、刀を振り回している」
「刀っ!?・・・危ねぇな」
なんとも物騒なやつがいたもんだ。さすがは異世界といったところか。
・・・にしても、俺の脳内にぼやぁっと、何者かのシルエットだけが浮かぶ。
「漆黒の勇者よ、・・・どうかしたか?」
少しボーっとしていたため、リリアルが不思議そうな表情で首を傾げる。
俺はハッと我に返り、恥ずかしい呼び方をされたことに対し、思わず目つきを鋭くした。
「その呼び方やめろ」
「なぜだ。カッコいいじゃないか」
「なんか、こう、ムズムズするんだよ」
「ふぅん・・・」
リリアルは頭の上にはてなを浮かべながら、頬をぷくっと膨らませる。しかし、すぐに表情を戻し、話を本題に戻す。
「なにか浮かない顔をしているな?どうした?」
確かに、俺はいま浮かない顔をしている。リリアルは人の表情を読むのが意外と上手い。
「・・・いや、なんか、その女、俺も知ってるような気がする。なんだろう、・・・記憶が曖昧ではっきりは分かんねぇけど、ここに来る前に、見たような気が・・・」
俺は必死に頭を回転させ、記憶を探る。
「そんなの当たり前だ。貴様はその女に殺されて、この世界に転生したのだから」
リリアルは何のリアクションも無く口を開いた。
・・・は?
何を言ってるんだ、・・・この子は。
「リリアル、何を言ってんだ?俺が、・・・そいつに殺された?」
「うむ。なんだ貴様、まさか覚えていないのか?自分の命が他人に奪われているというのに?・・・全く、呆れるほどのバカだな貴様」
「いや、マジで言ってる・・・それ?」
「さっきから同じことを何度も言わせるなバカ。貴様はあの【浮遊女】に殺されてるんだ。でなければ、この世界に転生などしていない」
「えぇ!?」
マジか・・・。全然知らなかった。俺が突然この世界に連れてこられたのも、その空飛ぶ【浮遊女】に殺されたのが原因だったのか。どうりで見覚えがあるわけだ。いや、ほとんど忘れてたけど。
「これで分かったかバカ。貴様がこの世界にきた原因」
ああ、分かった。この世界に来てすぐに、記憶が色々と抜け落ちてんなとは思ってたけど、まさか、そんな重要な事実を俺は忘れてたのか。にしても、こいつさりげなくバカバカ言いすぎだろ。
いや、でも待てよ・・・。
なんでリリアルは、俺がその女に殺されたことを知ってるんだ?
・・・んん?
・・・まさか。
俺は、そこで一つだけ妙に気になったことを聞いてみることにした。
「なぁ、リリアル」
「なんだ?」
「お前もさ、もしかして、その女に殺されたの?」
「うむ。そうだ」
リリアルは、しれっと質問に答える。
「それが原因でこの異世界に転生したわけだな?」
「当然だろう」
「はぁ、なるほど。つまりお前は、この世界の住人ではなく、元々は俺と同じ世界・・・つまり地球の日本という国に住んでいたわけだな?」
「少し語弊がある。・・・別に地球の日本という国に住んでいたわけじゃなくて、私は日本とこの世界の狭間に存在するベルトビアと呼ばれる異空間に、」
「そういう冗談はいい!!」
ベラベラと意味の分からないことを、キョロキョロと目を逸らしながら喋り始めたので、思わず途中で遮ってしまった。
だが、これでようやく分かった。この女、リリアルは、俺と同じ地球生まれの地球育ち。さらに、顔立ちはどこからどう見ても日本人で、実際、生粋の日本人だろう。しかし、なぜか【リリアル・フェロー】というカタカナだらけの名前を名乗り、不自然な高笑い、不自然な言い回しをしてくる。それでいて、なぜか焦った時にチラッと見える純粋な普通の女の子感。これらの要素を全て検討した上で、俺はひとつの結論を導いた。
こいつ、単なる【中二病】だ。
***
「なぁ、中二病」
「なっ!人をそんな品のない名前で呼ぶな!!」
俺の呼びかけに、リリアルは顔を赤くして怒鳴りだす。耳まで赤くして・・・。
俺たちは現在、【浮遊女を探す】という目的が定まったため、とりあえず村人から情報収集を行うこととなった。
この村の住人はとても親切な人が多いらしく、話を聞かせてくれと一人目に声をかけただけで、お茶でも飲みながらと家に上げてくれる優しい婦人に出会った。
俺とリリアルは、お言葉に甘えて家に上がらせてもらい、お茶が入れ終わるまでの間、リリアルを中二病だとイジっているところだ。
「俺のこと【漆黒の勇者】とか恥ずかしい名前で呼んでくるから、俺もお前のこと【中二病】と呼んでいくよ」
「はぁ!?何言ってんの!!それとこれとは別でしょ!?」
「何言ってるか全然分かんないのはそっちだろ~」
「あんた、ほんとムカつく!」
「お前にだけは言われたくねぇ」
人様の家で一体何をしてるんだと言われそうなほど、俺たちはいがみ合っていた。
「なんだなんだ。人様の家に上がって一体何を騒いでんだー?」
言われた。
「まったく、元気のいいカップルだ」
「「カップルじゃありませぇん!!」」
俺たち二人の声がきれいに重なる。
声をかけてきたのは、この家の主人【ザック】だ。身体は筋肉ゴリゴリで180㎝ほどあり、この村一の大工として働いているらしい。見た目は恐ろしく強面だが、ニコッと笑うとただの優しいおっさんだ。
「お前さんたち、あまり見かけねぇ顔だな。他所から来たのか?」
「まぁ、はい。別の、世界から。はは」
俺は引きつった笑顔で答える。
ザックはじぃ~っと俺たちの格好を見て黙りはじめ、しばらくして口を開いた。
「そこの姉ちゃんは【魔法使い】だってのは分かるが、兄ちゃん、お前さんは変わった格好してんな?何の仕事してんだ?」
「あぁ~、これは・・・」
よりにもよって、まさか俺の真っ黒い衣装に興味を示すとは・・・。恥ずかしいからやめてほしいんだけどなぁ。
俺は苦笑いで何もない真っ白な壁に視線を移した。
「一応ぅ・・・【勇者】・・・かな?」
実際のところ自分でも職業を存じ上げていないため、少々自信無さげに答えてしまった。それに、自分で【勇者】と名乗るのがここまで恥ずかしいとは思わなかった。恥ずかしすぎて爆発しそう。
「ほぅ、【勇者】か。だから、そんな黒くてごっつい大剣背負ってんだな」
「そ、そうです」
一応は納得してくれたみたいだ。
だが、ザックはまだ疑問を持ったような顔をしている。
「どうか・・・しました?」
耐えかねた俺が、肩をすくめつつ問いかける。
「いや、気になったんだが、【勇者】なんかがわざわざこの村に来て、一体何するんだ?」
「え・・・?」
妙な事を聞いてきた。でも、おそらく“これ”だろうと思う事を口にしてみた。
「今は、ここにいるリリアルの頼みで【ある女】を探してるんだが、それが済んだら、とりあえずこの世界を支配する【魔王】を倒して平和にしようと思ってます。なにせ俺、【勇者】なんで」
わざわざ異世界に呼ばれてきてるんだから、俺に託されたことなんて、おそらくそれ以外に無いだろう。それが異世界大冒険のお決まりの流れってやつだ。
しかし、ザックの口からはとんでもない言葉が飛び出た。
「【魔王】、もう死んでるぞ・・・」
ほうほう、なるほど、そうか・・・。っえ?