第1章 1 団子と無銭と助け舟
俺の名前は、小野寺 翔【おのでら しょう】。17歳の高校生。クラスではそこまで目立たつような立ち位置でもなく、顔や成績は良くも悪くも平均的と言われる。趣味は映画を観たり、漫画を読んだり、音楽を聴いたりと、これと言って変わったものはない。特技は運動が人並みに少しできるくらいの、無難なレベルだ。
で、そんなウルトラ平均野郎な俺がいまどこで何をしているのかというと・・・。
異世界の賑やかな村にある団子屋で、静かに三色団子を食している。店の前に設置されたベンチに腰掛けていると、目の前でキャッキャッと楽しく追いかけっこをする子供たちが視界にしつこく入ってくる。俺はそれを無言で眺める。三色団子の最後の一色を口に運びながら。
「ぁあ、どうしたもんか・・・」
俺は静かにうな垂れる。
それは、突然異世界に来たからだとか、中二病時代に自分で考えた痛い格好をしているからだとか、そんな可愛い話ではない。
では、なぜうな垂れているのか。
その理由は、この世界のお金を持っていないにも関わらず、団子を注文してしまった。挙句の果てには、それに気づかず普通に食べ始めてしまった。異世界生活、開始早々やらかしてしまったのだ。会計は、商品を食べ終えて、店を出る際に行う方式らしく、団子を食べ終えた客が次から次へと会計を済ませて店を後にしている。俺は、会計を済ませる金がないため、ただひたすらに店に居座り続けている。つまり、ここから動けないわけだ。
そもそも、元の世界でのお金も持っていない。おそらく荷物も服も、なにもかも元の世界に置いてきてしまっている。レジで会計をしている客たちを見たところ、英世も諭吉も使っていない。なんなら、お札が存在しないらしい。皆、輝きが少し強めの金貨のような物を使用している。その金貨が1枚でどれだけの価値を持つのかは、俺はまだ知らない。
そんなことより、異世界に来て最初のイベントがまさかの無銭飲食とは、世知辛いにも程がある。いや、単に俺の注意不足が原因か。
「兄ちゃん、どうかしたのかー?」
うな垂れる俺の前に、誰かが立ち止まって声をかけてきた。
顔を上げると、目の前で走り回っていた子供たちが群がっていた。
先頭には、おそらく10歳ぐらいであろう、ツンツンと逆立った赤髪が特徴的な少年が、胸を張って仁王立ちをしている。目が少し吊り上がっており、この若さでは立派すぎるぐらい男らしい眼をしている。どうやら、声をかけてきたのはこの少年らしい。
「なんか、すっげぇ疲れた顔してるけど、兄ちゃん気分でも悪いのかー?」
男らしい表情してる上に、優しさも兼ね備えてるのかこの少年は。とんだ有能キャラだな。
「心配してくれてありがとよぉ~少年。でも俺は、気分も悪くなけりゃ、異世界に来て最初のイベントが地味にきつい事にショックを受けているわけでも無ぇ。自分の不甲斐なさに失望している、ただそれだけだよ・・・」
「いべ、ん?なんの話してんだ兄ちゃん?」
「気にすんな・・・。こっちの話さ・・・」
首を傾げる少年を前に、俺は俯くと同時に右手を挙げて答えた。
子供に金を貸してくれなんて頼むわけにもいかない。だから、こうして静かに時間が経つのをひたすらに待っている。だが、ずっとこうしているわけにもいかない。いっそプライドなんて捨てて、子供たちに金貸してくれって頭下げたほうが楽な気もするが。
そんなくだらない葛藤を頭の中でしていると、群がって来ていた子供たちの中のひとりの女の子が、声を上げながら団子屋の屋根を指さした。
「あんな所に人がいるー!」
俺も他の子供たちも、全員が団子屋の屋根に目を向ける。
団子屋の建物自体はそんなに大きい物ではなく、大人なら脚立ひとつあればなんとか登れるであろう高さのところに屋根がある。なので、上に人がいるからといって、わざわざ騒ぎ立てる程でもないのだが、確かにこの場で団子屋の屋根の上に立っているというのは、少々異彩を放っている。
「誰だ!?」
思わず問いただしてしまった。屋根の上にいる何者かは、不穏な空気を醸しながら、大声で高笑いをしだす。
「なぁはっはっはっはっはっはっはっは」
あまりにも不自然すぎる笑い方に、俺は眉をしかめる。笑い声の高さからして、おそらく女だ。その高笑い女は、俺の表情を気にする素振りもせず、笑いを止めてこっちに指をさした。
「状況はすべて把握している。そこの、漆黒の鎧を纏いし、若き勇者よ!」
すっげぇ大声で指名されてしまったようだが、頼むから俺の中二病衣装を“漆黒の鎧”とか、なんか恥ずかしい呼び方しないでくれ。まじで死にたくなる。
高笑い女は、そんな俺の心情を察することもなく、ドヤ顔でニヤッと笑った。
「この上級魔法使い、リリアル・フェローの名において、貴様を救ってやろう」