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Hand in Hand  作者:
六年前 終結編
7/60

瀬戸大輝

 少年はランドセルを背負って道を歩く。

 一緒にその道を歩むものは誰もいない。

 少年はいつも一人だった。

 いつからこうなったのだろう。

 何故こうなったのだろう。

 少年は考える。

 答えなど出るはずのない泥沼の思考と知りながら。

「……痛」

 少年の頭に何かがぶつかる。

 少年が振り返ると数人の男児たちが少年に向かって罵声と共に小石を投じていた。

 少年の同級生で少年同様にランドセルを背負っている。どうやら彼らが投じた石の一つが少年の頭に当たってしまったようである。

 当たり所次第で大惨事になりかねないという事を彼らは理解していないのだろう。

 変わらず石を投じながら少年に罵声を浴びせている。

「先生に気に入られているからって調子乗んじゃねえよ!」

「ちょっと頭がいいからって見下しやがって!俺だってちょっと勉強すればお前なんかすぐだぞ!」

「お前のせいでいつも母ちゃんから怒られるんだぞ!その罰だ!」

 どれも身勝手なものだ。所詮は嫉妬と責任転嫁でしかない。

 しかし少年たちの年齢を考えれば仕方がないのかもしれない。

 少年はそれを無言で見つめ返し、しかし何も言わない。

 ただ見つめ、そして無視して再び歩き出す。

「この!」

 その行動に腹が立ったのか男児のうち一人が再び石を投じた。

 しかも大きく振りかぶって。

 それは少年の耳付近に直撃した。もう少しずれていたら危うく目に当たる所だった。もしそうなっていれば失明もあり得たであろう。幸いだった。

 しかしあくまで目に当たらなかったというだけで別の部位には当たっているのだ。当然出血する。

 恐らく切れてしまったのだろう。少年の顔は血でみるみる濡れていく。

 それを見た男児たちは各々の反応を示す。

「だっせ~!怪我してやんの!」

「お、おい!本気で投げることないだろ!血がいっぱい…」

「そうだよ!俺知らないからな!お前が勝手にやったんだ!」

「な、なにビビってんだよ!こんなの大したことねえよ!行こうぜ!」

 彼らは段々と青ざめていきそして逃げ出した。

 それを見送ってから少年は再び道を歩き続ける。

 道行く人々は少年の顔を見て驚いている。

 それも仕方あるまい。

 顔の半分が血で赤く染まっているのだから。

 中には少年を心配して声をかける人間もいたが、しかし少年はそれの全てに「別に」「大丈夫」だけを発して歩みを止めることはなった。

 そんな少年の態度に人々は最後まで心配そうな顔をして見送った。

 普通こんな態度をとる子供がいたら大抵の大人は激怒するであろう。

 しかしそんな少年の顔は血で濡れている。

 それで怒れる人間と言うのもひどい話かも知れない。

 そのまま帰宅しようと角を折れた所で少年はぐらりと体制を崩し、両手をついた。

 眩暈が止まらないのだ。

 視界が歪に曲がり、暗くなったり明るくなったりを繰り返す。

 頭を下げると地面に血が滴っていく。

「子供が血を流しているぞ!」

「誰か救急車!」

「大丈夫か?坊や」

 急に倒れた少年の下に人だかりが発生していた。

「……」

 それは全て善意や緊急事態に対応しようとする大人としての常識的な行動だったのだろう。

 しかし少年はそれを全て悪意によるものだと思っている。

 ただの野次馬精神でここにいるだけ。

 事実救急車なら自分で呼べばすぐなのに人を頼っている。

 それはこの状態を少しでも長くするためではないのか?

 あるいは自分が直接事に関わることを避けるためではないのか?

 少年にはそう思えて仕方がなかったのだ。

 しかしその思考も仕方なかろう。

 少年はそういう風に扱われてきたのだから。

「っ」

 少年は立ち上がりその場を離れようとする。

 一人の男が少年の肩に手を置きそれを止めようとしたが「大丈夫」と少年が一言言うとそれだけで手を放した。

 少年の考えはもしかしたら正しいのかもしれない。

 本当に少年を心配して止めようとしたのなら説得しようと試みても良いだろう。

 しかしそれをしなかった。

 他の者もそれ以降少年を止めようとはせずにむしろ道を開けるまであった。

 所詮は他人。

 自分に責任が及ぶかもしれない事にまで手を出す度胸も良識もないのだろう。

 少年にはそれが初めからわかっていたのだろう。

 故にその場を離れようとした。

 物見気分でいられるのが耐えられなかったから。

 そしてそれを誰も止めなかった。

 であればこの場はそれで解決だ。

「……」

 それからもすれ違いの人々から視線を注がれた。

 しかしそれを少年は委細気にせず帰宅した。

 玄関を開き靴を脱ぐ。

 他の靴を見ると家族は全員帰宅しているようだった。

 少年の家族は両親に年の離れた兄と姉、一つ年上の兄で成っている。少年はその末っ子に当たる。

 玄関に自分の靴を並べていると今の扉が開いた。

「帰っていたのか。……ん?どうしたその顔」

「……お父さん」

 少年の父親だ。

 彼は何かを探るように少年を睨みつける。

「何でもないよ。……転んだだけ」

 少年は父から目を逸らしてそう答える。

 当然嘘だ。

 しかし少年は親に虐めを受けていることを打ち明ける事を恥じてそうした訳ではない。

 言った所で無意味だからだ。

「……ふん。そのまま家に上がるなよ?外で洗ってから入れ。まったくうちの評判が悪くなったらどうしてくれる」

 そう吐き捨てて父は居間に戻っていった。

「……わかった」

 少年は父がいなくなってから小さく返事をする。

 少年の父は、いや両親はいつもこうなのだ。

 心配するのはわが子の事ではなく家。

 少年の両親は教育委員会の幹部に在籍していた。その地位は恐らく彼らからしたら何よりも優先して保護しなければならないものであろう。

 我が子よりもずっと。

「……」

 父に言われた通り少年はもう一度玄関を出て外の水道で顔を洗う。

 乾ききってしまった血はなかなか流れず力強くこすり続けなければならなかった。

 何より冷たい水が傷口に触れてひどく染みた。

 今は5月。もう春も超えたとはいえまだ冷える時期である。

 そんな季節に外で顔を洗うなど誰もそうそうしたがるまい。

「……ぷう」

 少年は頭を振って水を落とす。

 やはり少し冷えてしまったのか体が小さく震えた。

 体が濡れてないか念入りに確認してから家に戻る。

 自室に向かう途中今の扉を通りかかると中からにぎやかな話し声が聞こえた。

 恐らく一つ上の兄が馬鹿を言ってそれを両親か兄、姉の誰かが訂正しているのだろう。

 笑い合いながら。

 そこに少年が入ることはない。

「……」

 少年は扉を通り過ぎ2階の自室に戻る。

 ランドセルを学習机の横に置くとカーテンが開きっぱなしになっている窓が目に入った。

 見ればもう夕日は建物の陰に入ってしまうほどまで落ち、町は薄暗くなっていた。

 そのガラスには少年の顔が映っていた。

 切れずにいたおかげで伸び放題となっている髪。

 その髪で半分近く隠れてしまっている眼は生気も何もなくただのガラスのようだった。

 栄養が足りていないような色白の顔。

 事実少年の年齢に必要な栄養は足りておらず体は痩せ細っていた。

「……ひどい顔」

 いつからこうなったのだろうと少年は考える。

 昔はこうじゃなかったはずである。昔は家族が笑い合いながら過ごしていた。

 しかしいつしかそこに少年の居場所だけがなくなっていた。

 普段であればこの時間はとっくに夕食の時間である。

 だが少年がそこに呼ばれることはない。それは関係なしに居間に行ったとしても少年の食事は用意されていない。夕食だけではなく朝食すらも。

 つまり少年の生命の繋ぎ目は学校の給食以外なかった。

 故に少年は毎週訪れる休日や学校の長期休暇が何よりも恐怖だった。

 学校そのものが命と言っても過言ではない少年には、しかし学校にも居場所がなかった。

 端的に言えば少年は虐められていた。先の投石など日常茶飯事だ。

 理由は簡単である。嫉妬だ。

 少年は昔から異常に物覚えが良かった。

 見たもの聞いたものをすぐに理解し、それだけならまだしもそれらの矛盾点すら解き明かしてきた。

 そんな少年に大人たちは滑稽なほど期待を寄せた。

 少年のクラスの担任に選ばれた教師は嬉々として悦び、自己の査定のためか少年を目に見えて贔屓するようになった。

 それを同級生たちは良しと出来なかった。

 少年は何も教師を独り占めしようとしたわけではない。教師が勝手に少年に媚び諂っていただけに過ぎない。しかしそんなものは子供たちにしては関係なかった。

 結果として自分たちにも注がれてしかるべきの愛情を独り占めしているのだ。それは面白くなかろう。

 故に少年は虐めと言う名の暴力に晒されることになった。

 しかし少年はどうすることも出来なかった。

 むしろ何がしたいのかをそもそも理解していなかったまであるのだ。

 だから少年は変わらずいつも通りの日々、つまり学問に励んだ。

 少年は学ぶことが好きだった。分からなかったことをわかる事が出来るのだから。

 自分が気になったことをとことんまでやりきることが出来るから。

 だから少年は誤ったのだ。

 恐らく少年が両親の教育における理念の矛盾点を指摘するという行動に出さえしなければ少年は、少なくとも家に居場所はあったであろう。

 しかしそうはならなかった。

 好奇心は猫を殺すというが、少年は好奇心から得た知識と発想によって自己を潰したのだ。

 だがそれは責められたことだろうか?断じて否だ。

 少年は何一つ間違った発言、行動はとらなかった。

 単にそれが相手側からしたら気に食わなかった。それだけに過ぎない。

 つまり少年に降りかかっているこの現状は当然でも道理でもなく、理不尽。その一言に過ぎた。

 あまりにも理不尽。

 そんな理不尽にこんな子供が対応できる力はない。知識と力は同一ではないのだ。

 だから少年は耐えるしかなかった。ただその一日が過ぎてくれることを願い続ける日々。

 抵抗もせず、ただされるがままの日々を送るうちに少年はいつしか人を信頼できなくなっていた。

 相手がどれだけ好意を持っていたとしても、それが善意による行動だとしても。

 少年はそれらすべてを嫌悪と悪意だと判断するようになった。当然それを受け入れるという事はなかった。

 故に少年の回りからどんどん人がいなくなった。

 今いるのは勝手な期待を寄せている大人たちだけ。

 クラスの同級生など少年と擦れ違うだけで嫌悪感を露わにしていた。

 しかしそれはどちらも悪い事ではないのではないだろうか?

 少年は過去の自分の扱いから学んだからこそそのような行動に出ている。

 しかし同級生たちは少年の事情など知らない。のにそのような対応を取られれば腹も立つという物だ。

 誰も悪くなく、仕方がない。

 だからこそこの現状を打破することは誰も出来なかったのだ。

「……」

 そんな日々がもうすでに一年になろうとしている。

 少年のような子供が今まで生きてこれたのは奇跡と言えるかもしれない。

 いくら栄養バランスがとられている学校給食であっても一日一食。それだけならまだしも週に二度絶食に日が来るのだ。

 それが一年間。

 栄養失調で死んでいても不思議ではないのだ。

「……お腹すいたな」

 少年の腹部から空腹を知らせる声が響いた。

 しかし食事はない。

 だから少年には体力を出来るだけ消費しないように帰宅し次第就寝を取るしかないのだ。

 少年はベッドに倒れこむ。

 目を閉じるが変わらず空腹感は消えずに眠ることに集中できない。

 しかしそれでも無理矢理寝ることに意識を注いだ。


 明日は土曜日。

 少年の絶食の二日間が始まる。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 少年は腹痛により目を覚ます。

 便意によるものではなく空腹時間があまりに長かったため胃袋が限界を迎えての腹痛。

 空腹に耐えきれず胃袋が食物を全力で欲してるかのような感覚。胃が引き攣っているのがわかる。

 しかしそんな感覚すら少年は慣れてしまっている。一年間でこんな日が何度も来ているのだから。

 それに慣れてしまうことがどれだけ異常であるかは少年は自覚はない。

「……」

 ベッドから起き上がり部屋を出る。

 階段を降りるともうすでに居間から賑やかな声が聞こえる。

 その扉を開いてもその喧噪が止まることもなく、どころか見向きもしない。

 まるで存在すら認識していないかのように。

 少年の家族は机を囲んで朝食を取っているようだ。

 当然のようにその机には少年の皿は乗っていない。

 これもいつものことだ。

 壁に掛けられている時計を確認すると九時過ぎと言った所。

 このまま一日この家で過ごすのは気が引ける。

 そこまで少年は鈍感ではない。

 台所の水道にて水を2杯3杯と飲み干す。

 これで空腹が紛れるとは思わないがしかし何も胃袋に入れないよりはマシであろう。水にだって栄養が何も含まれていないというわけではないのだから。

 居間から出て玄関にて靴を履く。

 居間から出てもやはり誰も少年を止めようとはしなかった。

 本当にどうでもいい存在のように。

 少年は玄関を出る。

 日光が乾いた目に染みる。

 少年は日光、というか昼の時間がとても嫌いだ。

 日が出ていると空腹感が付き纏うような気がするからだ。

 故に少年は外出を毛嫌いするのだがしかし少年には学校もある。いやそれだけなら不登校を決め込んでしまえば良いだけの話だ。

 だが少年には引き籠る家にすら居場所も、食もない。

 生きるためには食を求めて学校には出向かねばならない。

 とは言ってもそこでも悪質な、いや暴力的な嫌がらせに遭う。

 逃げ場など少年にはないのだ。

 だが食はなくとも寝る場所はあの家でもある。部屋に籠っていればいいのだから。

 しかし少年には目的があった。

 そこであれば休日に少年がいても不思議がられもしなければ文句を言われることもないだろう。

 少し街を歩く。

 時間も時間だけにいくら土曜とはいえ出勤途中らしい大人たちが多く見受けられる。その大人たちから少年は視線を送られる。視線は全て少年の頭に向けられていた。

 ああ、と少年は自分の頭に手をやる。そこには白い包帯がまかれていた。

 夜中に家族が寝静まった頃を見計らって居間にある救急箱から取ったものだ。しかしやはり子供の成す技。拙く下手糞だ。ボロボロに巻かれた包帯が余計に大げさに見せてしまっているのかも知れない。

 しかしその大人たちは一瞬で視線を外し通り過ぎていく。

 中には声をかけようとしたのか近づいてきた大人たちもいた。それらはしかし少年の顔を見ると苦い顔をして離れていった。

 それも当然であろう。

 少年の顔には一切の生気がないのだから。

 そんな顔をした子供はこの国にはそう滅多にいないだろう。虐待されているのなら話は別だが。

 事実少年の家族からのあれは世間一般では虐待だ。しかし少年には虐待だという認識が分からなかった。一般的家族と虐待的家族を比較できる機会などただ一人の子供にはないのだから。いくら昔は当たり前に笑い合いながら生活していたとは言えそれが急になくなったとはいえ嫌悪こそすれそれを異常と子供が判断できるには材料があまりにも少なすぎた。

 もはや洗脳と言っても良いだろう。無知と言う名の洗脳。

 少年がそれを跳ね除けるにはこの国は平和が過ぎた。逃げ場や新しい寄り場が平和によって形成されている場所には少ない。必要になる機会も同様に少ないのだから。

「……」

 街を歩いていると小さな公園につく。そこには申し訳程度の遊具しかないが、しかしその公園の敷地内には平屋の家屋が経っていた。

 そこが少年の目的地だ。

 その家屋には少年同様の年頃の子供たちが楽しそうに出たり入ったりしていた。

 そこは児童館だ。

 子供たちが休日や余暇を過ごす市が運営している非営利施設だ。

 保護師も従事しており子供たちの一時的な責任者となっている。

 書籍やパソコン、卓球台やサッカーボール等の娯楽物も揃っているため子供たちが暇をつぶすにはもってこいである。

 少年も休日はここに来て時間を潰すことにしている。

 書籍を読んでいれば子供たちも無駄な接触はしてこないだろう。少年は何かを邪魔されるのが何よりも嫌いなのだ。

「あら大輝君!今週も来たのね~」

 入り口で靴を脱いでいると保母が声をかけてきた。

 個々の大人たちは少年の事情を知らないからか何の壁もなく接してくる唯一の大人たちだろう。

 毎週通っているおかげかすっかり名前を憶えられてしまった。人と接触することを避ける癖がある少年から面倒この上ない。

「それじゃここにお名前とお家の電話番号…ってあら?大輝君、ちょっと顔色悪いわね。もしかして具合悪い?包帯巻いてるし」

 保母は少年の顔を見ても物怖じせず、どころか覗き込んでそう聞いてくる。

 それに少年は顔を逸らして「別に」と返した。

「……そう。もし具合悪くなったら言ってね?それじゃ」

 保母は一瞬だけ不安そうな顔をしたがすぐに表情を戻して少年の下を離れていく。

 少年は保母が言った通りに署名手帳に自分の名前と自宅の電話番号を記入し書籍区画に移動する。

 適当な本を取って部屋の隅で読みふける。

 やはりと言うべきか人懐っこい子供たちでも顔を伏せて本を読む少年には誰も近づこうとはしない。どころか少年の付近数メートルだけ誰も近づこうとしない。まるで壁でもあるかのように。

 しかし少年はそんなことを全く気にせず読書を続ける。

 子供たちの喧噪の中少年は無言でページを繰る。

 何かを意識から外そうとしているかのように。

 他の子供たちを視界に入れないようにしているかのように本の文字を注視する。

 が、少年はふと本から顔を上げる。

 とある声に反応したからだ。

「あら真琴ちゃん今日も来たのね。昨日も来てたけど学校は大丈夫なの?」

 少年は本を棚に戻して声のする方に歩く。

 出口から顔だけ出して玄関を確認すると一人の少女がいた。

「学校、嫌い。フレンド、ない」

 肩くらいまで伸ばした黒い髪。

 気だるげな眼。

 女子にしては少し高めの背。

 そして帰国子女だからか片言な言葉使い。

 不破真琴。

 少年の唯一の接点の持ち主と言える少女だ。

 一年位前に出会い、それからなんとなく付き合いがある少女だ。

「じゃあここにお名前とお家の電話番号ね」

「ん」

「あら?大輝君どうかしたの?具合悪い?」

 陰に隠れるようにしていた少年を保母はあっけなく見つけてしまう。

 少年は一瞬だけ焦って隠れようとしたが観念して体を出す。

「別に」

「そう?調子悪くなったら言ってね?」

 保母の心配した言葉に少年は小さく頷く。

 が、それを保母は見ても変わらず心配そうな顔をしていた。

 確かに少年の顔色は良いとは言えない。

 栄養が足りていないだけあってその顔は白く、まるで血が通っていないかのようだ。

 それに目の下には薄い隈が出来ている。

 恐らく昨晩は熟睡できなかったのだろう。

 それも当然。空腹を誤魔化して熟睡できる子供などそうそういなかろう。

 加えて少年の髪は長く、前髪は垂れている。それが作る陰によって一層顔色を悪く見せているのだ。

「……」

 少年が自分の顔はそこまでひどいのかと考え始めた所で肩を叩かれる。

 振り返った先には真琴が肩に手を置いた状態で少年を見つめていた。

「……」

「……」

 しばし沈黙した状態で二人は見つめ合う。2人とも一向に目を離さず見つめ合う。

 一分ほど経過して保母が困惑した表情をしたタイミングで少年は真琴から顔ごと目を逸らした。

「……なに?」

「遊ぶ。今日、また」

「え、ああ。まあいいけど」

 瞬間真琴はニコリと笑って少年の手を引る。

 少年は慌ててその手を振り払おうとするが真琴はその手に力を込めて少年の手を離さない。

 やがて少年は内心で女子に握力で負けたことを屈辱に思いながら諦めてため息をつく。

 しかし少年が真琴に握力で勝てないのはあくまで栄養が足りていないだけであって常時であれば負けることもなかろう。しかしそんなことも気づけないほど少年は心中で悔しがった。

「で?何するの?僕外はヤだよ」

 少年は玄関から差し込む日光を見てながらうんざりした様に言う。

 それに真琴も同調した様に首を振った。

「外、私、嫌い。マンガ、読む」

「……」

 漫画の発音がおかしい……

 帰国子女故仕方がないが。

「2人は仲良しね~」

 そんなやり取りを保母は微笑ましそうな顔をしてそう言った。

 真琴はそれを聞くと再びニコリと笑ってから少年の手を引いて駆けだした。

 それに対して少年は抵抗はせず、むしろその手を握り返した。


 離れたくないかのように。

 ずっと一緒にいたいかのように。

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