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Hand in Hand  作者:
六年前 終結編
6/60

始まり

「久しぶり初めまして。そして、さようなら」

 彼女は告げる。

 始まりを。

 その感情の無い声で。

「……」

 赤い長髪に切れ長の目。

 髪と合わせたように赤に統一された衣服。

 しかしそれ以上に目を引くのはその体躯だ。

 小さい。

 恐らく140センチ程だと思われる身長ではあるがその顔立ちは妙に幼い。十歳にも届いていないのではないかとすら思えてしまう。

 子供だ。

 何故子供がこんな所に、というのはさすがに考える必要もないだろう。

 敵だ。

 しかも戦闘力や武器は未知。

 あの壁をどうやって破壊したかもたった一振りで土煙が飛ばした方法も分からない。

「……」

 動けない。

 確かにこの状況で動くのは危険ではある。

 あんな小さな戦闘員を見たことがないからだ。

 しかも一人。

 普通あんな歳で単独戦闘はないだろう。

 たまたま彼女だけ生き残った?そんな奇跡はこの世界じゃ起こらない。

 しかし今動けないのは相手が未知数だからではない。

 純粋に動けないのだ。

 完全に彼女に場を制されてしまっている。

 彼女が放つ異様な雰囲気に体が委縮してしまっている。

 ……

 これは恐怖だ。

 自分よりも圧倒的に上位の存在を前にした時に生物が本能的に感じる防衛感情。

 あの小さな体で恐怖そのものを体現しているかのような雰囲気。

 かなり強い。

 それも人類最強という物を遥かに凌駕していると思わせるほどに。

「……?」

 しかし妙だ。

 あの顔、どこか見覚えがある。

 だが過去に出会っていたという事はないはずである。もし既にどこがで顔を見ていたのであれば完全記憶能力に引っかかるはず。

 であれば何故思い出せない?

 確実にどこかで会っているはずだ。

 いや顔というより顔のパーツに見覚えがあるのか?

 それも常に近くにいるような、人間。

 誰かわからないが妙な既視感のような……

「いま……にげ……それはあんたの……かて…」

 しかし思考が結果にたどり着く前に中断された。

 通信が入ったのだ。

 だが変わらずノイズが走っておりうまく聞き取れない。

 なんだ?何を伝えようとしている?

 あの女はそれからも続けて何事かを伝えようとしているがそれを遮る声が小さく響いた。

「……うるせ」

 赤髪の幼女はそう小さく呟くと懐から何かを取り出した。

 何やらわからないが小さな白い物体だ。

 楓共に身構える。

 しかし幼女はそれを一切気にせずその物体の、恐らく何かしらのスイッチだと思われる部分を操作した。

「っ!?」

 瞬間甲高い金属音のような音が響き鼓膜を叩いた。

 なんだ?音響爆弾の一種か?

 しかしその音は数秒で止まり、それと同時にあの女からの通信も途切れた。

「おい!どうした!何があった!」

 突然の事態にあの女の安否を確認する。

 さすがにこの女の身に何かあったとは考えられない。それ即ち本部が叩かれたことを意味するからだ。

 しかし状況がわからない。全て最悪を考えておくべきだ。

 つまり今回の件が本部にすら被害が届きかねない事態であると。

「そんな心配そうな顔すんじゃねえよ。ただ電波ジャミングしただけで相手にはなんもねえよ。まあ助けを呼ぶことは出来ねえがな」

 緊張するこちらを他所に幼女はあくまで平坦な声で物を言う。

 幼女はそのまま首の骨を鳴らし言葉を紡ぐ。

「……さて。挨拶もしたし始めるか。挨拶はしなきゃいけないよな」

 幼女は言いながら体の各所を伸ばしていく。

 今からやるのはただの運動のように。

「……お前は何者」

 お前は何者だ?

 幼女があまりにも呑気な態度なのでついそんな質問が口から出てしまった。

 しかしそれが最後まで発せられることはなかった。

 幼女の姿が消えたのだ。

「!?」

 気配、というより小さな風を風を感じて楓のいる方に視線を向ける。

 いた。

 小さな体の腰を落としている。

 だが待て。確かにこの部屋は狭い。しかしあの壁からここまで少なくとも8メートル以上はあった。それを一瞬で?

 どんな速度を持てばそのようことを成せるというのか。

 楓の顔が緊張する。

 戦闘を狂気の趣向とする彼女でさえもあまりの出来事に驚愕しているのか。

 幼女はそのまま回転を入れて小さく跳躍した。

「がっ!?」

 幼女は回転に乗せた右足で回し蹴りを放ったのだ。

 その蹴りを楓に左腹部に直撃した。

 しかしさすがと言うべきか彼女は蹴りが当たる瞬間にその蹴りと逆方向に体を浮かせてその勢いを少しでも流そうとした。

 だが無駄だった。

 蹴りが振り抜かれた瞬間楓は大きく吹き飛ばされた。

 地面に何度もバウンドし、それでもなお止まらず隅に放置されていた巨大な木箱を粉砕してようやく止まる。

 それから楓は動かなくなった。口からは大量の血液があふれていた。

 あの小さな体で、しかも回避行動を取ってもこの威力。

 こいつの筋力はどんな仕組みをしているんだ。

「!?」

 次の瞬間驚愕する。

 拳を振りかざして跳躍した幼女が眼前に迫っていたからだ。

 慌てて一歩下がって日本刀で撃ち落とそうとする。

 だがその日本刀はあっけなく受け流され、奪われてしまう。そしてその日本刀を幼女は空中にいながらして振るった。

 下から掬うように振るわれたそれは一瞬で迫り。

 左肩を切断した。

「あ……」

 そんな間抜けな声を発してしまうほどに一瞬だった。

 切断された断面から血が噴き出すのにラグが生じるほどの一瞬。

 視界の隅で切断された左腕が宙を舞っていた。

 そして思い出したように断面から噴水のように血があふれ出す。

「く……」

 多量出血のショック症状か意識が急速に失われていく。

 しかし幼女はそのまま意識を消すことを許してはくれなったのだ。

 着地した幼女はそのままに横蹴りを放つ。

 それが直撃した左側腹部からバキボキガキ!と言う音が響く。どうやら肋骨を相当やられたようだ。

「ぐぼあ!」

 喉元を取って口内にあふれた血液を吐き出す。

 しかし幼女はそんなことを構わず胸倉をつかんでくる。

 その顔は感情の無い目で笑っていた。

 この顔、やはりどこか見覚えがあるな……

 そして何かが炸裂した。

 何かはわからない。しかしその何かは皮膚を抉り肉を掘った。

 胸に広い傷が出来たのを感じる。まるで穴が開いたかのような感覚。

 次いで勢いよく後方に吹き飛ばされた。

「……」

 その瞬間全ての合点がいった。

 回収班たちを葬ったのはこの幼女だ。

 あの大量の死体たちの特徴。

 抉られたような。穴が穿った体。

 全てはこの幼女の異常なまでの怪力と先ほどの何かしらの武器によるものだ。

 いったいどんな生き方をしていればあんな怪力になれるというのか…

「……くっ。がは!」

 幼女がこちらにゆっくりと迫ってくる。

 その顔はやはり感情の無い目で笑っている。

 もう何もかもがわからない。

 こんな訳の分からない状況で訳の分からない幼女に殺されて最後とは、笑い話だ。

 きっとあの男であればこんな瞬間であっても笑って覆してくれるのだろうが。

 だがあの男はもういないのだ。どんな状況も覆して見せたあの男はそれでも覆す暇もなく死んだ。

 とんだ笑い話ではないか。

 人類最強と言われ、嫌われ、そして周りには誰もいない。いないようにしてきた。

 もう、失いたくなかったから。

「……は、はは」

 失いたくない?

 全てを切り捨て、殺してきた自分が?

 今更失いたくない?

 筋違いも良い所だ。

 手遅れだなんて物ではない。

 ……

 それも良かろう。もう終わりなのだから

 まったく、自分の人生とはなんだったのか……

「ぐっ!」

 走馬灯のような思考を巡らせていると幼女の苦痛の声が聞こえた。

 見れば幼女の顔に誰かの飛び蹴りが激突していた。

 その蹴りによって幼女は吹き飛ばされる。

 いくら怪力であってもあの体躯では蹴りを踏み耐えるほどの体重はさすがにないのか。

 そして蹴りの主は眼前に着地する。

「もう少し待ってろ。すぐ助ける」

 言うと主は幼女が飛んだ方向に走り出した。

「!?」

 その姿には確かに見覚えがあった。

 長い黒髪をポニーテールにまとめ、性別の割に高い身長。

 腰のナイフ。

 不破真琴だ。

 何故真琴がここにいる?

 いやそんなことはどうでもいい。あいつ今あの幼女の方に向かっている。止めなくては。

 仰向けの体制を無理矢理立て直そうとするが体がうまく動かない。俯せに変わっただけだ。

 構わず手を伸ばす。

 真琴と幼女は戦闘を開始していた。

「最悪まで来やがったのか。ジャミング意味ねえじゃねえか。これはさすがにマズいか」

 幼女はその感情のない顔に似合わない焦ったようなセリフを吐く。

 真琴は幼女を見て何やら不思議そうな顔をしている。

 手を伸ばす。真琴を止めるために。

「やめ……逃げろ……お前は…ダメ…だ」

 しかしそこで意識が途切れた。

 たった一人の友人を残して。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「急患一名!重傷です!心音低下!」

「破片の摘出急げ!輸血液まだか!腕の結合も急げ!」

「輸血液在庫数確認!……到底足りません」

「なんてことだ……!」

 ガラス越しに手術衣を纏った医師たちの怒号が響く。

 彼らの表情は等しく絶望していた。

 それも当然だろう。

 患者である青年の胸は大きく抉られ骨や肉をさらけ出している。

 そして左腕は切断されているのだ。

 この状態で生きている人間の前例などあるわけもないのだから。

「もう一人の状態は!治療班は足りているのか!」

「そちらの方は問題ありません!肋骨の粉砕はありますが内臓へのダメージは軽微です!」

 恐らく一緒に搬送された女性のことを言っているのだろう。

 しかしそちらは確かに重傷ではあるが命の危機とまではいかないだろう。

 あの青年と比べると軽傷と言っても良い程だ。

「……ちっ」

 少女はガラスの先の光景を見て舌打ちする。

 黒く長い髪をポニーテールに結わえ、目つきの悪い目でガラスを睨みつけている。

 2人の怪我人を救出し、運び込んだ少女、不破真琴だ。

「……」

 周りを見渡す。

 ここは病棟だ。消毒液の臭いが充満している。

 世界中の名医たちが集められた巨大な医療施設、この国の医学そのものと言っても差し支えないだろう。

 そして少女が今立っている場所は手術室前待合室。

 珍しい事にこの施設は手術時の光景を見れるように壁の一部がマジックミラーしようとなっている。

 そこに十人以上の男女が立ち尽くしていた。その顔は全て絶望、あるいは焦燥に満たされている。

 無理もない。

 それだけあの青年の存在は世界とっても彼らにとっても大きいのだから。

 いやそれだけではないだろう。

 今ガラスの向こう側で治療を受けている青年はこの世界においては人類最強の名を冠している。それが完膚なきまでに敗北したのだ。彼より実績が高い者であっても平気でいられる者はこの場にはいまい。

「……」

 真琴は視線を不意に落とした。

 しかし他の者のように絶望によって頭を垂れたわけではない。その視線は彼女の左腕に向けられていた。そこには小さな痣が出来ていた。

「……?」

 しかし妙な敵だったと真琴は考える。

 赤い髪に小さな体躯。

 感情一つないような顔に声。

 あの幼女は何者だったのか。

 一瞬とはいえ戦闘を行った真琴にはわかる。

 あれは強敵だ。

 いや強いなどと言う部類で語れるかもわからない。

 あの幼女が放った蹴りによって真琴の左腕は痣が出来た。

 しかし蹴りは当たっていないのだ。

 いや当たっていないは言い過ぎか。掠ってしかいないが正しい。

 それも本当に軽く、当たったことも認識できないほどだったはずだ。

 それなのに痣が出来た。

 あの小さな体躯からは想像もできない力を実感させられる。

 故に撤退せざるを得なかった。当初は撃退するつもりだった。

 しかしあの幼女が放つ異様な雰囲気に救出を優先させた。

 まあそのおかげで彼は間に合ったとも言えるのだから幸いだろう。

 それに何より不思議なのはあの幼女に見覚えがあったことだ。

 あの青年のように完全記憶能力を有している訳ではないから確実に否定はできないが、だが初めて会ったという認識が間違っているとは思えない。

 しかしあの顔にはやはりどこか見覚えがあった。

 なんだかとても近しい人物のような、いつもそばにいる誰かのような既視感が拭えないのだ。

 いったい何者だと真琴は思考する。

 いやそれ以前にどうあの幼女を殺害せしめるかを先んじて思考してしまい頭がから回る。

 苛立ちを覚える。

 あの青年に危害を加えられたこと。

 それが何よりも腹立たしいのだ。

 真琴にとってあの青年はただの同居人ではない。

 もっと深い関わりがある。

 少なくとも不破真琴はそう思っている。

 故に彼女は許せない。

 あの青年を傷つけたあの幼女を。

 何者かなどとは関係ない。殺す。何が何でも。

 真琴は表情にこそ出さないがその胸の内は荒立っていた。

 あの荒立ちを一度押し込めもう一度周りを見渡す。

「……あの先輩がやられるなんて。ありえないっす……」

 城戸龍也(きどりゅうや)は頭を抱えて呟く。

 認めないようにと。

「大丈夫です。先輩は死にません」

 片桐椎名は城戸に囁く。

 諦めるなと。

「……ちっ」

「……」

 橘莉桜と片ノ坂音遠は無言で弾倉に弾を込めている。

 いつでも出れるように。

「さて、ここにいたってしゃあねえな、行くぞ花。帰って宿題しとかねえと兄ちゃんにまた馬鹿にみられる」

「……うん。そう、だね」

 西村樹、花の双子姉妹は気楽に構える。

 まるで帰ってくるのが当然の未来のように。

「……うっし」

 それを見て先ほどまで絶望していた城戸は立ち上がる。

「帰るっすか椎名。ゲームでもして待っているっすよ」

「……そうですね」

 他の者たちも立ち上がる。

 その目は真っ直ぐだった。

 何か決意を秘めて。

 そして出口へ向かう。

 しかし彼らが出口を出るのは叶わなかった。彼らが開けるよりも早く扉が開いたからだ。

 その主の顔を見て全員顔が緩んだ。

「さあ帰んべ帰んべ~」

「腹減ったな~」

「宿題何が出てたっけ?」

「……数学」

「……マジか」

「酒飲むか」

「莉桜。銃口煤ついてる。手入れは怠ったら駄目よ」

「うるせほっとけ」

「私の方が階級は上だったはずよ?少尉」

「殺す」

 それぞれが全くどうでもいい事を話してこの場を出ていく。

 それほど彼女の実力を信頼しているからだろう。

「……あーあ。まったく勝手に終わったことにしやがって。私は神でもなんでもねえぞ」

 彼女は悪態をつく

 刈り上げられたサイドを除いた髪を金に染め、不機嫌そうなその顔の各所には鉄のアクセサリー。

 服装は下着のみ。

 黒井八愛穂。

 この世界で随一の名医だ。

「だーだー!そんな治療法じゃだめだっつの。傷塞ぐな馬鹿たれ!固定しろ!そんなことしたらあいつの治癒力じゃ摘出前に塞がっちまう!……なーんで真っ先に私呼ばねえんだよ担当医だぞ」

 黒井はガラス越しに現在治療を行っている医師たちの汚点を指摘していく。

 聞こえているかはわからないが。

「まあ呼ばれたからには仕方ないわね。私の名においてあいつは死なせない。あいつだけは」

 そして彼女は手術室へ向かう。

 あの青年、瀬戸大輝を助けるために。

「……」

 青年は世界中から忌み嫌われている。

 無慈悲で冷酷で、それでいて誰よりも強く甘い。

 人との接触を避け、好意を悪意と置き換え、この世の悪という悪を一手に引き受けてきた彼は、いつかそれを誰かと共に背負う事が出来るのだろうか?

 恐らく彼は否定するだろうが、そんな彼を本当の意味では誰も嫌っていないという事を。

 いつか彼はそれを知るだろうか?

 いつかそれを知った時彼は救われるのだろうか?

 ぶっきらぼうで、任務のためと言いながら自分を顧みず数々の人間を救ってきた彼はいつか救われるのだろうか?

 いつか彼が自分自身を認められる事が出来たのなら。

 彼はきっと……


 その時その場に自分が立ち会えることを願って不破真琴はその場を離れる。

 たった一人の友人の幸せを願って。


 彼女の名は不破真琴(ふわまこと)

 人類最悪としてあの青年を守るために戦い続ける少女の名だ。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そこは薄暗い部屋だった。

 大量の机が並び、同じ数だけのモニターが存在する。

 壁全体は液晶となっており何かしらの情報が高速で流れていく。

 そんな空間は怒号で埋め尽くされていた。

「人類最強がやられたなど前代未聞だぞ!状況はどうなっている!」

「人類最強の視覚端末の映像にて敵を確認!……子供?」

「子供だと!あの最強がガキにやられるなどあり得ない!他に何かいたはずだ!あいつがやられるなどガンシップレベルでないと信じられんぞ!」

「件の任務開始時刻に合わせて「特区」より何かが輸送されています!」

「特区だと!特区へ状況の確認急げ!」

「既に行っています!しかし応答ありません!」

「ここに来てまで知らぬ顔だと!どこまで偉ぶれば気が済むんだ!接触を続けろ!」

「はっ!」

 怒号が飛び交うその空間を眺めつつ女はコーヒーをすする。

 空気も読まないその行動に近くを通る同業者たちが避難の視線を送ってくる。

 しかし彼女からしたらそんなことは些事だ。どうでもいい。

「(だっはーさすがに直轄責任者に殴り込みは駄目だったか~。でもあんな怒ることなくね?私悪くない。私が悪いなら=世界も悪い。つーかマジ何なの。怒り過ぎでしょ。大学のレポート半年遅れて出した時以来よあんな怒られ方)」

 彼女はため息をつきつつその場に座り込む。

 タイトスカートではあるがこの薄暗い空間であれば気にする必要もあるまい。

「(あーマジあのくそハゲ死ねばいいのに。人のおもちゃ勝手に壊してくれやがって。ただで済むと思うなよ。……ああもう!)」

 彼女は苛立ちを誤魔化すために頭をかきむしる。

 しかし余計に苛立ちを認識してしてしまう。失敗だったようだ。

 そんな彼女の下に別の女性が歩み寄りすぐ近くで壁に寄りかかる。

 彼女は黒木。

 女の同僚だ。

「……何よ」

 彼女はぶっきらぼうに聞く。それに黒木は小さく肩をすくめた。

「直轄に殴り込みとは相変わらず無茶をするわね。消されても知らないわよ」

「だーって仕方にないでしょう!?こんな状態だもん、なにが起こっているのか知る権利あるじゃない。私の担当だもん……」

「担当、ね」

「何よ」

「別に?」

 彼女はその軽い態度の黒木を恨めしそうに睨んだ。

 しかし次に黒木が発した言葉に表情を強張らせる。

「特区と戦争かもね」

「……」

 その言葉に奥歯が軋むほど歯を食いしばる。

 戦争。

 確かにこの状況であればそうなり兼ねない。むしろ相手方はそれを狙っている節すらあるのだ。

 だが戦争になったらどうなる?人類最強は動けないというのに。

「人類最悪、不破真琴をあの場に出したのはあなたね?勝手な行動をして、本当に消されかねないわよ」

「……」

「……まああの状態でもしそうしなければ確実に人類最強はあの場で死んでいた。もしそうなっていれば私たちの負けは確定していた。運がよかったわね」

 確かにそうだ。

 もしあそこであの青年が殺されていたのなら間違いなく敗戦していた。

 そもそも戦争すら上は拒否して不戦敗扱いとなっていた可能性すらあるのだ。

 確かにあの青年以上の実力を保有したものはいくらでもいる。それは事実だ。

 だがそういう連中に限って戦闘に消極的な嫌いがある。確実に勝てる自信があるからだ。

 故に彼らには大きな戦い以外にはあまり出撃しない。あの青年ほど実力を持っていながらにして任務を滅多に蹴らないというのはかなり珍しいと言えよう。

 存在そのものが敵への攻撃と言える存在もいるほどだ。あの青年もいつかそうなる日が来るのかもしれない。しかしもしそうなったとしても彼は今まで通りに任務に出続けるのだろう。口にこそ出さないが誰かが犠牲になることを何よりも嫌っているのだから。

「……戦争になったとして、でもあの子が間に合うかはわからない」

 確かにそうだ。

 彼女はあの青年の状態を見たがあれは並の人間であれば数分で死んでいたであろう。

 それでも死ななかったのはあの青年の絶大な治癒力のおかげ、いや生への執着か。

 しかしだからと言って傷が一瞬で塞がるというわけではない。

 だが。

「間に合うわよ」

「!」

 彼女は確信をもってそう告げる。黒木は驚いた表情で彼女を見下ろした。

 しかし彼女にはわかっていた。あの青年が確実に立ち上がることを。

「あいつはいつもそう。誰もが諦めるような状況であっても、この私がこりゃ駄目だーって思うほどの状況であってもさえも一人で覆して見せた。あの男のように」

 女は拳を握り立ち上がる。

 青年が返ってくることが当然のことのように自分に認識させて。

「……あの男はみんなを率いて戦った。でもあの子は一人で戦った。違いはそこね」

「……」

 確かにあの男は皆を率いて絶望を希望へと覆してきた。

 あの青年は一人で同じことをして見せた。

 それでも。

「それでも結果は同じよ。確かに誰かと一緒にと言うのは効率的にも良いだろうしさぞ美談でしょうね。……でもそれでも一人で戦うことを悪のように扱うのは絶対に間違っている。否定されていい事じゃないのよ。一人ですべてを背負って見せたあいつは、あの男以上の実力をもっているという証拠よ。なんでそれを……!」

 思わず激昂しそうになる女を黒木は女の肩に手を置いてそれを制した。

 その顔は憂いに満ちていた。

「……落ち着きなさい」

「……」

「……確かに二人の違いなんて一人か複数かの違いでしかないわ。恐らく理念は同じでしょうね。誰かを守りたい、そうよね。……でも」

 黒木は一度言葉を切ってため息をつく。

 そして女に向き直る。

「……でもあの子のやり方は間違っている」

「ああ!?」

 思わず女は激昂する。

 あの青年の全てを否定された気分になったからだ。

「……一人でやることは確かに悪い事じゃない。もちろん誰かと一緒にやることもね?……でも正しい事でもないのよ。どちらとも」

「……」

「……」

 しばし二人は無言で睨み合う。

 そんな二人を同業者たちは不安そうな目で見ている。

 自分たちより上位の実力者たちが言い争いをしていれば仕方がないともいえるが。

「……もういい」

 女は黒木から目線を外してその場を離れようとする。

 黒木はそれを追うこともなく目を閉じて発する。

「どこに行くの?仕事は山積みよ?お得意のサボタージュ?」

「学生じゃねえっつの!トイレだ!」

「そ」

 黒木は短く返事をして自分の席に戻っていった。

 それを横目で見届けて女は部屋を出る。

「(ああもうイライラする!何だってのよ!一人でやる事の何がいけないの?あーあーいるんだよねボッチに話しかけて仲間内に入れたがる優等生!絶対あれボッチからしたら迷惑よ。まるでさらし者じゃない!)」

 女は速足で廊下を歩いていく。

 そんな彼女に誰もが驚いたような顔をして道を開けていく。

 彼女が涙を流していたからだ。

「(もうホント何なの。どうすりゃいいっての……)」


 女はただ、ただ考える。

 あの青年が誰からも認められる方法を。

 あの青年の幸せを願って。

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