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Hand in Hand  作者:
特区、降下編
51/60

オールラウンダーと魔女 2

 滝川梨沙。瀬戸大輝の後輩だ。

 黒い長髪を二本のお下げにして女子にしては高い身長をバスケットボールのユニフォーム。活発そうな顔立ちにそれを強調するような太い眉に目元が彼女の性格を表しているようだった。首元にはコードで繋がれたチョーカーのような機械が付いている。

 彼女は特区に出入りができる『地上側』の数少ない人物の一人だ。

 特区と『地上側』、日本を始めとするその他主要国は利権などの関係もあり敵対している。というよりは自分たちの失敗の象徴でもある特区を消したがっている。

 元は各国から選りすぐりの研究者、科学者を集めた研究組織だった。それが徒党を組んで資金を援助していた参加国を騙して日本国地下に研究施設を設立、立てこもった。それが特区だ。

 その繰り返し送られた違反通知などの警告もすべて無視され、しびれを切らしたいくつかの国が共同で特区内に部隊を送った。

 だが帰って来たのは部隊員の死体だった。宣戦布告だった。そこから特区と各国は長く戦争を続けている。

 しかしやはりどこの世界にもあるもので利害関係などで一部が内通者になったりもする。特区内部には地上にはない医療などの技術がかなり発達しているのもあり地上側と特区側の内通者が結託し、内部の技術を提供してくれたりもする。もちろんかなり制限があるし見返りはかなりの金や物資だったりもするためいつでも好きなように使えるわけではないのだが。自由が利くなら今回のようにわざわざレドーニアのような新たな内通者を用意する必要もなかった。さすがに今の内通者も自分の住処を失う可能性がある情報を提供したくはないだろう。

 で、その内通者が研究の被検体になるという条件のために請け負っているのが滝川梨沙だ。

 彼女はいわゆる多重人格者だ。文字通り人格が二つ、複数存在する。

 それをより深く研究させる、という条件で、彼女のその多重人格の治療、抑制のための薬品や機械を提供してもらっているのだ。その一つが首元のチョーカーだ。

 首の皮膚から体内に入っている。外部から電気信号を送る事で脳の動きを調整しているんだとか。

 滝川梨沙は崩落した天井の瓦礫の上に立って周囲を見渡している。瀬戸大輝と不破真琴、特区要員らは状況が読み込めないのか呆然としている。

「黒木、滝川梨沙が現れたぞ」

「何ですって?確か首の機械の点検が近いと聞いた気が。タイミングの悪い」

「小隊は?」

「何とか敵部隊は突破したようだけれど今度は侵入防止のためのシャッターが下ろされた。破壊はC4を使って何とかやっている。しかし数が多い。どれだけかかるか」

「くそ鬱陶しい。急がせてくれそれしかない」

「わかった」

 応援のための三個小隊は未だ敵の妨害にあっている。これではいつまでたっても瀬戸大輝らと合流は出来ない。

 しかし待てよ?何故ここまでたった三個小隊のために動く?

 それ以上に優先して排除すべきものはいくらでもあるだろうし何より黒崎真狩などが暴れている最前線を早く片付けた方が結果的物事に集中出来そうなものだが。それを置いてでも三個小隊の進攻を止めたい理由が、ある?

「黒木、あるいは瀬戸大輝たちが向かっている先は本物の大脳なのかもしれないな」

「レドーニアが言っていた情報は全てに無いにしろ事実だったという事ね」

「わからねえ。レドーニアの本当の目的は何なんだ?ただの復讐だとしても回りくどすぎる。手間をかけ過ぎだ」

「瀬戸大輝を連れ込む事は本当に特区の目的だったのかもしれない。しかしレドーニアが情報を提供した事は想定外だった?」

「レドーニアは、本当に最初は協力するつもりだった?」

「途中で何かがあったのね。特区の上層部に気取られ、脅されているのか」

「となるとまだ特区内部にレドーニアの動きを制するに値する何かがあるという事か。情報か、あるいは別の子供達か」

「レドーニアを無視するわけには、行かなくなってきたわね。どうする?」

「どうしようもない。瀬戸大輝がここを切り抜けない限りどうしようもない」

 見ると滝川が瀬戸大輝らの前に出て戦闘態勢に入っている。

「滝川梨沙、『多重人格(ダブルスタンダード)』ね。しかし彼女、彼女らは多勢に無勢の戦闘には不向きの格闘特化型よ。それに今恐らく彼女は投薬直後、そう長くは戦えないわ」

「言っても仕方ない。ここで下手に瀬戸大輝に助言しようものなら無理に滝川を庇って戦おうとする。ここは静観しよう。どの道あーだこーだ言っても戦況は変わらない。黒崎真狩らはどうなっている。オブジェクトの破壊は進んでいるのか?余裕があるようなら更に小隊中隊でも送ってやりたいが」

「黒崎真狩が四足歩行戦車、地蜘蛛だったかしら?それの破壊に専念、特区要員との戦闘人員とオブジェクト、地蜘蛛戦闘人員とで分かれている。オブジェクトと地蜘蛛人員、長いわね、対兵器人員は黒崎真狩の援護に徹しているわね。でもやはり彼らではどうしようもないのか黒崎真狩がいないと厳しい。だというのに特区人員も敵兵器も増えている。とてもではないけど人員をこれ以上割くこと不可能ね」

「そうか」

 滝川が戦闘を開始した。得意の拳法のような戦い方で近い敵を殴り飛ばし、敵陣を牽制する。

「魔女はどうなった?連絡はついたか」

 近くのオペレータに声をかけて頼んでおいた東門さゆり経由での魔女との連絡を確認する。

「東門さゆりには連絡がつきましたので魔女への仲介をお願いしましたがその後連絡はありません。まだ見つかっていない物と思われ」

『いや、いるよ』

 オペレータがそう申し訳なさそうに言う言葉に重なる形で、どこからともなく、スピーカーから聞こえる声のような形でそう声が響いた。

「なっ」

 私は弾かれた様に振り返った。

 黒いローブ。見えない顔。異様な雰囲気。

 魔女だ。

「初めて見た。実在したなんて」

 誰かがそう息を飲む声が聞こえた。確かに見たことがない者も多いだろうし何度見てもこの出で立ちには驚かされる。私も正直椅子から落ちそうになったほどだ。

「魔女……どうして」

「君が呼んだんだろう」

「なっ?」

 魔女が、消えた。かと思えば一瞬で私の横に現れた。

 こいつ……本物か。

「瀬戸大輝、この子は相変わらず無茶をしているようだね。……なるほど、『今回』はここで来るのか」

 魔女は瀬戸大輝の目線が表示されたモニタを覗き込んで何事かを呟いた。

『今回』は?何のことだ?

 いやそれにしても真横に来るとさすがに雰囲気が普通の人間とは違う事がよくわかる。

 そこにあるのに、そこにないような気配。しかしそれでも否定出来ない強大な存在感が全身に叩き付けられる。まるで神だ。神を見たことはないがもしいるのならこんな雰囲気なのではないだろうか。

 正直に言うが、怖い。

 ここまで何かに恐怖したのは初めてかもしれない。背中に一気に冷や汗が噴き出す。表情を動かないようにするのに必死だ。

 それを察してか魔女がモニターから顔を逸らして私の顔を覗き込むようにした。目は隠れているが、私の目を見透かすように私の方を凝視する。

「……なによ」

 耐えられず、そう言う。だが魔女は何も言わない。ただ私の顔を覗き込む。何なんだこいつ。

 しかし直ぐに飽きたのか私から顔を逸らしてまたモニタに向く。

「それで、何の用だい?ああそうか、ラウンダーに会えという話か。『前』もそうだったな。いいだろう」

「……お前、何者だ。人間じゃないのか?」

「人が人に持つ印象や認識など操作できるものではないよ。だから君が私をどう思うかは勝手だ。人間と思おうがそれ以外と思おうがね。好きにするがいい。さて、では行くとしようか」

「え?」

 気付くより早く、魔女の姿が消えていた。

「どこ行ったあいつ!」

 私は周囲を見渡す。しかしどこにもいない。他のオペレータも同じく周りを見渡して探す。だが誰も見つけられない。気配も何も感じられない。

 しかし。

「いました!戦線にいます!」

「なんだと!?」

 誰かがいたそんな言葉に私は机に掴みかかるようにモニタを見た。

 いた。

 戦場に、当たり前のように、ずっと前からそこにいたように、距離的にこんな一瞬で移動できるはずもないのに。

 特区要員や味方すらも遠ざけて自分だけの空間を築くように当たり前に、そこにいた。

 皆が突如として現れた彼女に呆然と後退る。

『なんだこいつ!特区側の人間か!』

『こいつどこから来た!俺には何もない所から現れたように見えたぜ!誰か種を教えてくれ!』

『待て。……聞いたことがあるぞ!こいつ魔女だ!』

『魔女だと!?実在したのか?白昼夢を見た奴の妄言だとばかり思ってたぞ!』

 魔女の登場で現場が混乱している。

 そりゃそうだ。何もない空間から人が現れたら誰だって度肝を抜かれる。私もついさっき経験したからわかる。

 しかしあまりに突如とした現象故に近場にいた全員が動きを止めてしまった。

 特区要員はともかくだが自立行動を行うオブジェクトは行動を続ける。魔女の登場にも即座に脅威と判断、重厚な足音を響かせ、魔女に向けて接近を開始した。

 地上側戦闘員はそれに反応し射撃を開始、だが全て弾かれる。黒崎真狩は別の機体と戦闘中だ、援護はない。特区要員も攻撃を再開した。

 魔女はそれでも動かない。異様な雰囲気を纏ったまま、考え事でもするように少し上を見て固まっている。

『おいお前!下がれ!危険だ!』

 誰かがそう叫んで、後退しながら射撃して魔女にも後退を指示する。だが魔女は聞きもしない。相変わらず虚空を見つめて動かない。オブジェクトはもうすぐそこだ。

『あいつは何だ!?自殺志願者にはテレポートの能力が身につくのか!おい誰かそいつを摘まみ上げろ!人肉のミンチなんか見たくねえ!』

 しかしオブジェクトの接近と特区隊員の射撃に動きを制され、そうでない者も魔女の雰囲気に気圧され動けない。

 オブジェクト一機が魔女の前方に到着、魔女を見下ろした。魔女もそれを見上げる。

 他のオブジェクトもそれに追従する様に接近している。

「おいおいこいつ何考えてんだ!戦隊各位、誰でも良いから魔女を担いでどかせろ!」

 私はたまらずそう叫ぶ。だが誰も動けない。

 魔女は何を考えている。ここで死なれたらオールラウンダーとの接触を持つことが出来ない。少しでも可能性を広げたいというのにくそったれ。

 オペレータ室にいる全員が言葉を失い、ただモニターを見つめている。

 今、人が機械兵に叩き潰されようとしている。それを、見たくはないが目が離せないのだ。

 オブジェクトが、拳を振り上げた。

「……」

『全員撃て!全部撃ち尽くせ!腕に集中して撃て!』

 誰かが叫ぶ。しかし歩兵の小銃ごときでは動きを鈍らせる事すらできない。

 懸命な友軍の援護にも意に介さず魔女はオブジェクトを見上げたまま、どこ吹く風だ。

 いや待て。魔女に動きがあった。

 手を、右手を上げた。ローブの袖に包まれた右腕を上げ、手を気だるげに半開きにしてオブジェクトに向ける。

 オブジェクトはそんな魔女の動きに当然ひるむことなく、拳を振り下ろした。

『くそ!』

 戦線の誰かがまた叫ぶ。

 だがそれを、さらなる轟音がかき消した。

「は?」

 私はつい、そんな気の抜けた声が出てしまった。

 オブジェクトが、消えた。

 いや消えたのではない。

 後方に、吹き飛ばされた。

 遅れて凄まじい風圧。そして更に轟音。

『なんだ!?』

 風圧で近場にいた隊員が軽く吹き飛ばれている。余程な衝撃波が発生したらしい。モニターに映されている映像もかなり荒れる。

 立て直した隊員が顔を上げる。そのゴーグルから送られてくる映像には、とても信じられない光景が映し出されていた。

「……冗談だろ」

 オブジェクトが後方、30メートル程先の壁に、腰から折れ曲がって突き刺さっていた。

 そのオブジェクトに追従する様にいた他の機体も、高速で移動したからか振り返っている。特区要員もあまりの出来事に硬直して壁に突き刺さったオブジェクトを呆然と見つめている。

 魔女が、無言で持ち上げていた腕を降ろした。

「あいつは……一体何なんだ」

 私は生唾を飲んだ。とても、人間とは思えない。

 何が起きたのかすら、全く分からなかった。手も触れず吹き飛ばしたようにしか見えなかった。武器もなく、そこら辺の大型トレーラー以上の重量を誇りそうな機体を、手も触れず、火砲もなく、謎の力で吹き飛ばした。

 奴は、本当に、魔女なのか?いや魔女だなんて言葉では片付かない。本当に、神だとかそんな存在なのか……?

 戦場の誰もが、動けず固まっている。特区要員も動けない。

 誰かの怒号。

『今だ撃てええええ!』

 弾かれた様に一斉射撃。

 まだ状況を理解できていない特区要員はその弾丸を無防備に浴び、血飛沫を弾かせる。

 この判断は正しい。魔女の行動が何による力を持って行ったかはわからないが敵にダメージを与えられたのは事実。ここで一気に攻めるしかない。

「戦隊各位!敵は魔女の攻撃により気が抜けている。周辺にいる部隊は他を放ってでもそこら辺周辺を吹き飛ばせ!」

 即座に近距離後方支援部隊が魔女周辺に向けて迫撃砲と擲弾を発射した。小規模の爆発が一気に何十個も炸裂する。

「魔女の無線番号!わかる者はいるか!」

「……そもそも彼女の連絡手段なんてわかりませんよ。……携帯番号すら」

「……そうだな悪い」

 くそこれでは迫撃砲の使用範囲も制限される。せめて後退指示が出来れば違うのだが。

『構わない。撃ってくれ。当たらないから』

「……おいおい私今声に出していたか!どうなってんだ!いつから人間はテレパシーが使えるようになった!」

 魔女の声が室内に響く。室内が騒然とし、私はあまりの事に誰にともなくそうぶちぎれた。

「当たらない、そう言ったか!?根拠は何だ!お前がいたら迫撃砲が制限される!下がれ!」

『私には当たらない。好機なんでしょう?この時間がもったいない』

「ああもうくそ!知らねえぞお前!迫撃砲部隊!魔女は何か回避手段を持っているらしい。魔女付近も爆撃範囲に入れて構わない!」

『……正気か?炭も残らんぞ!』

「ああ本人が御所望だ!……やってやれ。責任は私が取る」

『……了解』

 次の瞬間迫撃砲と擲弾が宙を舞った。

 甲高い空気を裂く音を響かせ飛来した迫撃砲と擲弾が魔女周辺数十メートル範囲に着弾する。魔女ごと、特区要員とオブジェクト、小さな防御壁を爆炎で吹き飛ばした。モニタの映像も真っ赤に染まる。

「……くそが」

 責任?取りようがないだろうが。味方の爆撃で死んだ味方、それも謎こそ多いが、いや謎だらけだが相応に貴重な人物の損失の責任など一管制ごときが取れるはずもない。

 まったく嫌な仕事だ。出来なくとも口ではそれらしいことを言わねばならん。くそったれだ。それでも言わねばならん。どんな無意味な事とわかってても良い風に言わねば現地にいる兵士は動けない。騙してでも動かさねばならん因果な仕事。自分が嫌になる。

「……爆炎に異変!」

 誰かが言った。

 見ると大きく広がった爆炎と黒煙が、集約するように一瞬、吸い込まれた。

「なん!?」

 瞬間、局地的な突風が発生したように爆炎と黒煙が吹き飛ばされた。

「……本当に魔法使いって訳か」

 爆炎と黒煙が晴れた中心に、魔女がいた。

 平然と。飄々と。気だるげに虚空を見つめて。

『あいつは一体何だってんだ』

 魔女を映すゴーグルの持ち主がそう呟いた。その映像には微かだが魔女周辺に浮遊する埃が見える。

「バリア?」

 埃が綺麗に円状に魔女を避けるように浮遊している。魔女周辺だけが、綺麗な空気を保っている感じだ。

 目には見えないがまるでバリアやシールドのように、そこに何かがあった。

 まったくもって規格外だ。研究、開発部門も視認できない防御壁を開発しようと尽力したが今その欠片も出来ていない。だというのに魔女はそれが自然と言わんばかりに身の回りに常時それを置いている。生物かどうかすら疑わしい。本当に未来からとか言われた方がまだ頷ける。

「本当に、瀬戸大輝が霞むわね」

 黒木がそうぼやく。まったくだよ。あいつが戦線に出てくれればここまで犠牲は出ずに済んだというのに。そうはいかないのだから困ったものだよくそったれ。

「……戦隊各位に告ぐ!魔女は爆撃を通さない!バリアのような物を展開している!よってもう遠慮はいらない。迫撃でもグレネードでも何でもぶっ放せ!」

『ああどういう理屈かは知らねえがそうらしい!それ以外の全員は下がれ!戦線を十五メートル引き下げろ!確認後全弾を前方十メートル先以降発射する!』

『了解!一気に減らせ!後退だ!全員後退!』

『急げ!全員後退だ!味方の爆撃をドタマに食らうことになるぞ!嫌なら走れ!』

 迫撃砲の発射を前に全員が一気に後退を始めた。特区要員は一気に進行を始める。

 やはり実戦経験の差や戦闘方式の違いで誘き寄せることは考慮できても誘き寄せられることは予想できないらしい。

 銃撃をしつつ後退する兵士を特区要員はじりじりと追い込むように進行する。

 五秒ほどで地上側の兵士は指定の十五メートルより手前へ到着し、安全圏へと下がる。特区要員は気付かず進んでいる。

『行くぞ』

「残り五メートル。三秒」

『スリー、ツー』

「全弾発射!」

『全弾発射、サー!』

 甲高い飛来音。数秒後、再度の爆炎。

 それが二度、三度と続く。

 特区要員が回避することも出来ず、飛来した迫撃砲を見上げ、次の瞬間には弾け飛び炭素へと姿を変える。範囲内にいた人間は、全てがバラバラに弾け、黒い塊になった。

 魔女、ただ一人を除いて。

『信じられん。あれだけの弾数を浴びて立ち続けているぞ。見た所出血もない』

 迫撃砲部隊の部隊長の男が双眼鏡で確認したかそんなことを言ってくる。

 見ると確かに魔女は再び爆炎と黒煙を吹き飛ばし、黒い塊が転がる中で平然と相変わらず虚空を見つめている。

「もう好きにしたらいい。ほっとこう。黒木、他の状況を」

「黒崎真狩、さすがに数に押され始めたわ。やはり彼女だけでいつまでもは戦えない。他の戦力が必要よ」

「戦車の投入は不可能か?」

「不可能。進入路はとてもじゃないけど戦車を通せる道じゃない。そもそもダクトのような形に人員輸送のエレベータがあるだけ。輸送ヘリで吊るしながらなら通過は出来るけれど危険すぎる。失敗するか妨害されれば進入路、いや後の脱出路を失う事になる。他の出口までは危険を冒して更に奥に侵攻しなければならない。推奨できることじゃないわね」

「なら榴弾砲を持ってこさせるべきか?いや進入路前に準備はされているな。火力的にはなかなかなはずだ」

「なら降下用に強度の強いワイヤーに切り替えないと」

「やるしかない。迫撃砲部隊も全弾撃ち切ったならどの道補給に下がらなければならない。そいつらをメインに輸送を開始させるんだ」

「通達するわ」

 しかしまずいな。

 さすがに一人に甘えるわけにはいかないとはわかってはいてもそれ以外の手立てがあまりになさすぎる。黒崎真狩を潰すわけにはいかない。榴弾砲でオブジェクトをせめて怯ませることくらいできれば、少しでも負担を減らせるのだが。

「通達完了。瀬戸大輝ら方面に応援に向かった三個小隊、隔壁除去を完了、進攻を開始。瀬戸大輝と不破真琴は滝川梨沙と別れレドーニアを追跡したわ」

「了解。輸送の段取りは完了次第報告、しかし急がせてくれ」

「十分急がせたわ。あまり焦らせるのも駄目よ。焦らないで」

「わかってる」

『こちら応援小隊、滝川梨沙を回収。現場にいた特区要員を殲滅。滝川梨沙は無傷だ』

「よしよくやった。滝川梨沙は動けるのか?戦闘継続は?」

『こちら滝川、私なら問題ない。何をすれば?』

「全員で瀬戸大輝を追え。その道を真っ直ぐ行けば大脳と言う機会がある。レドーニア、わからないか、瀬戸大輝はそれを目指して動くはずだ。そこでまた指示する。本当に異常はないか?点検に来たんじゃないのか?」

『了解、先輩を追えばいいんだな?バッテリー交換と定期点検だ。いつも通りに終えた。もちろん妙な事もされていないよ』

「ならいいんだ。しかしお前は極度の近接型だ、基本的に戦闘は戦闘員に任せ、お前は温存するんだ」

『わかった。では』

「瀬戸大輝と不破真琴、別動隊に追いつかれ戦闘を開始。急がせて」

「滝川と応援小隊、待て。その瀬戸大輝と不破真琴が別の特区隊員に追いつかれた。悪いが急いでくれ。温存しろと言ったが撤回だ、全力で走れ」

『わかった。私が一番早いからな先に行こう』

「済まないな」

 滝川が走り出した。瀬戸大輝程ではないが彼女もなかなかに足が速い。他の隊に合わせるよりは早いだろう。出来るだけ早く追い付いてくれたらいいのだが。

「榴弾砲の搬入、半数終了。ワイヤを再度交換するため残り半数の再開はあと二分後を予定」

「黒崎真狩は今のところ大きな負傷もないな。黒崎真狩、応えられるか?」

『なんだ?……くそっ。……ふう』

 まずいな息が上がっている。

「さすがに疲れてきてるか?あと少し待て。榴弾砲撃を行いオブジェクトを牽制する。少しはオブジェクトを押さえられるだろう」

『オブジェクト自体はのろまだ、そう手間もなく壊せる。だが邪魔なのは特区の戦闘員だ。あいつらの銃撃を押さえてくれないと回避優先の行動になっちまう。せめて銃撃がばらけてくれれば違うんだが。ああそうだ、あの栗毛の奴がいただろ爆破馬鹿のそいつに暴れてもらえばいいんじゃないか?』

「楓?悪いけど楓はあなたを目の敵にしている。戦闘に悪影響が出ないように戦域を少し離しているのよ。それでもいいの?」

『どうせこんな状況じゃ私以上に優先する相手がごまんといる。あの戦況狂だったらそうする』

「そう。ならそうするさ。楓、良い的を教えてやろう」

『ああん?』

「黒崎真狩だ。オブジェクトが群れてる所に、奴はいるぞ」

『……ゲハハ』

 無線が、切れた。恐らく投げ捨てたのだろう。相変わらず物を大事に出来ない奴だ。

「楓、移動を開始。黒崎真狩の戦闘区域まで一直線に進んでいるわ」

「好きにさせろ。黒崎真狩、悪いが奴はしつこいぞ?」

『逃げ足には自信があるんだ』

「そうかい。頑張んな。榴弾砲撃のタイミングでまた連絡する」

『お好きな時に』

「榴弾砲の輸送を再開。残り五分とせず終了するわ」

「よし、こっから戦域を潰しにかかるぞ。戦隊各位、もうひと踏ん張りだ」

 まだやることは多いが、瀬戸大輝が戦域を気にせず動けるようにしなければならない。

 戦域の戦闘員はもちろんだが私も気合を入れて行かないと。

 集中だ。まだ戦いは続くぞ。

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