表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Hand in Hand  作者:
六年前 終結編
5/60

兆し

「こちらAチーム!何者かによる奇襲を受けている!既に回収班は全滅!至急応援部隊を……ひ!あああああああああああああ!」

 通信から応援を求めようとした男の悲鳴が聞こえる。

 途端に鼓膜にノイズが走った。

 どうやら今の男の通信機が破壊されたようだ。

 日はすっかり沈み夜に浸った21時過ぎの廃屋。

 今回の任務は単純な回収作業だったはずだ。それも回収作業員とほんの数班の戦闘要員だけで済むほどの簡単な任務。本来であればわざわざ自分が出る必要もないものだ。

 事実今日はあの女からも非番だと聞かされていた。

 そんな矢先の緊急出動。

 並みの事態ではあるまい。

 しかし奇襲と言っていたか?

 任務の現場となる区域は状況開始前に回収班によって人避けや隠しカメラなどの設置が行われる。状況を逐一監視し、残すためだ。

 故に外部からの侵入などそうそうあり得ない。一般人など不可能であろう。

 そんな監視網を抜けるほどの速さで移動しているのか?

 それとも一つ一つ破壊して回っている?いやだとすると破壊された時点で異変には気づくはず。

 だとすると侵入しても不審がられない人物?

 内部の犯行か……

 しかし部隊内からの犯行であれば奇襲とは言わないはず。

 言うなら反乱だったりもっと簡単に暴れているとかになるはず。

 やはり外部からの侵入しかありえないか。

「状況は?」

 あの女にゴーグルで通信を送る。

 するとゴーグルのレンズ上にサウンドオンリーと表示されたウィンドウが出現する。

「全滅っぽい。映像を見たけどそれらしい人物は映ってない」

「……」

 全滅。

 確かこの任務は一時間ほど前に開始されたはず。軽装備の回収班に重装備の戦闘員の合計人数は100近くいたと聞かされた。出動要請があの女から来たのはわずか30分前だ。

 たったそれだけの時間にその人数が全滅?

 映像に移っていないという事は少数、最悪単独犯かもしれない。

 単独でこの状況を作り出せるほどの実力となるとかなりの上位者だろう。

 厄介だな。

 敵の姿が見えないと戦闘パターンがわからない。

 ただでさえ謎の状況なのだ。

 謎が増えて困らない者はいないだろう。

「カメラの故障だとかはないのか?」

「故障じゃない。故意に破壊されている」

 故意に破壊できるという事はカメラの位置を把握されているという事になる。

 しかしそんな情報は設置する者以外興味もないだろうし何より機密だ。

 知っているとしたら上層部くらいの物だろう。

 内部の犯行。

 内輪揉めに巻き込まないでほしいものだ。

「最後の戦闘区域は」

「Cポイント。地下1階の物置ね」

「索敵に向かう。カバーを」

「うい」

 送信されてきた位置情報を確認しつつ足を踏み出す。

 出来るだけ足音を殺して歩くが床には所々枯れ木や何かの破片が散らばっている。それらを踏みつけてしまえば即敵に居場所を気取られかねない。慎重に進まねば。

「そこの階段ね」

 少し進み先ほどまでいた部屋の出口から顔を出した時女から指示が飛ぶ。

 確認すれば出口から見て左手に地下に繋がっているであろう階段が見えた。

 電気も着いておらず真っ暗だ。

 ゴーグルの暗視機能をオンにしてゆっくりと階段を降りていく。

 踊り場付近で一人の死体を発見する。

 血は乾ききっていない所から死んで間もないと推測できる。

 恐らく逃げようとしたところをここで追いつかれ殺されたのだろう。

 そして殺され方には妙に気を取らされる。

 喉を抉られ腹は大きな風穴が開いてしまっているという無残な形だからだ。

 相手はどんな武器を使っている?

 これではまるで獣がむさぼった後のようだ。

 敵は人間じゃないって事か?

「……」

 馬鹿げているか。

 大振りのナイフであればその気になれば出来ない芸当でもあるまい。

 しかしだとすると敵は近接戦闘を行うという事になる。

 それでも敵の情報と言えるものの一切がない所から相当のスピードだと考えるべきだろう。

 そんな速度聞いたことがない。

 本当に何者だ。

 考えている内にあの女の言っていたポイントに到着する。

 中は電気がついているのか出口から明かりが差し込んでいた。

 暗視モードを解除して扉を開けるとと確かに物置のようで大きな木箱や鉄屑などが規則性もなく置かれている。

 いや散らかっているというべきか。

「……?」

 しかし妙に静かだ。

 いくら全滅したとはいえそれこそ敵はまだいるのだろう?

 敵からも残党索敵の動きがあっても良いはずだ。

 物音が一つも聞こえない。

 周りを見渡すと大量の死体が散乱している。

 この人数が殺されるまで他の場所に声が聞こえなかったところからすると防音なのかも知れない。

 しかし防音だからと言ってこの場所この空間が静かな理由にはならない。

 先ほどまで敵が暴れていたのならその本人がまだいても不思議ではないのだ。

 周りを警戒しながら近場の死体に近づき確認する。

 階段の踊り場の死体同様体を抉られている。加えて内臓までも引きちぎられている。

 相手は相当な残虐性を持っているのか?

 子供が行う虫の羽毟りとはわけが違う。

 常軌を逸している。

 もう一つの死体を確認する。

「?」

 変わらず体を抉られてこそいるが今度の死体はそれが大きい。

 まるでスコップか何かで掘ったようにぽっかりとそこにあるべきの部分が欠如していた。

 さすがにこれはナイフでは不可能であろう。

 これでは切るというより潰している。

 いったいどのような武器でこれを行った?

 体を掘る武器など聞いたことはないし発想も沸かない。

 謎が一層深まる。

「……きひ」

「!?」

 ノーモーションで前方に大きく飛び空中で方向転換しつつ着地する。

 死体を検分中に急に耳元で笑い声のような物が聞こえたからだ。

 おかしい。

 先ほどまで誰もいなかったはずだし気配もなかった。

 腰の日本刀に手をかけ相手を確認しようと視線を向けると向こうから声をかけられる。

「おいおーい。ちょいと脅かしたぐれぇでそんなビビられたらお姉さん悲しいぜ」

 相手を確認する。

 癖のある薄い茶色の短髪。

 気味が悪いほど頬を歪めて笑う邪悪な顔。

 右目に黒い無骨な眼帯。

 紺色のジャージにスパッツ、ブーツというラフな格好。

 肩から下げたマーカーケース。

 ここまで把握して日本刀から手を放す。

「何故お前がここにいる」

 彼女の名は楓。

 苗字不明。そもそも楓という名すらも本名か知れない。

 六年前の大戦にも参加した女でもある

 通称マーカー使い。あるいは、人類最恐。

 しかし楓は確か半年ほど前に行方知れずとなっていたはずだ。生きていたのか。

 楓は首の関節を鳴らしながら言葉を発する。

「あ~?なーに和んじゃってんの?ヤろうぜ」

 瞬間楓はこちらに向かって跳躍した。

 大きな音を立てて眼前に着地した楓の顔が息が当たる程の距離にまで寄せられる。

「いひひゃ!」

 短く笑い声を発すると同時に拳が飛んできた。

 後方に飛び退りながら両手でそれを受け止め直撃を回避する。

 着地して日本刀を抜く。

「本気か?」

 問うと楓はまた小さく笑うとケースからマーカーを二本取り出し両手にそれぞれ握る。

「当然。いぎひゃひゃひゃ!」

 笑いながら楓はこちらに向かって低姿勢で走り出す。

 途中キャップを抜いて芯が露わになったマーカーで持って地面を殴る。

 するとそこで小さな爆発が起きた。

 小さいと言っても人一人程度なら十分に殺傷出来る威力はあるだろう。

 黒く焦げた地面がそれの証拠だ。

 どういう原理か詳しくは知らないがあのマーカーには強力な可燃液が仕込まれているらしい。

 空気に触れるかあるいは衝撃に寄るものか、それは爆発する。

 確かに空気に触れる事や衝撃によって起爆する物質はいくらでもあるがそれを武器にしようとする者がいるだろうか。それも近距離戦闘において。

 楓は走りながらマーカーで地面を殴り続ける。その度に地面で爆発が起き、焦げ目を作っていく。

 そして圧倒言う間に距離を詰めて楓はマーカーで殴り掛かってくる。

「っ」

 それを左手で受け止める。

 マーカーの先端からは桃色のような派手な色の液体が滴っていた。

 こんな物で殴られてしまえばひとたまりもない。

「なあ?生きてるって楽しいか?」

 楓はそう問うてきたと同時に今度はもう片方のマーカーで殴り掛かってくる。

「ちっ」

 掴んでいた楓の手を放し飛び退りながら日本刀を振るう。

 その一撃で楓も後退する。

 見れば楓の左腕には小さな裂傷が生じ、血が滴っている。

 しかし浅い。

 あの距離であの程度の傷しか負わないとは大した回避能力だ。

 さすがは六年前を生き抜いただけはあるという事か。

「どういう意味だ」

 大勢を立て直してから先ほどの問いに返答する。

 生きていて楽しいか?

 なぜ今そんなことを聞く?

 楓の方に向き直り日本刀を構える。

 すると楓は先ほどの斬撃によって出来た小さな傷を抑え項垂れていた。

「……?」

 あの程度の傷でそこまでなるか?

 確かに日本刀の斬撃による傷は小さくてもあくまで日本刀。

 それ相応の激痛を伴うだろうがしかしこの世界で戦場で痛みに悶える人間など聞いたことがない。

 楓は尚も肩を震わせて左腕を抑えている。

 これは好機か?

 六年前を生き抜いたのも偶然だったのか?

 いやそんなはずがない。あの戦争は偶然が生じるほど半端なものではなかった。

 しかしこの状態は何だ?

 相手は小さな傷で悶えている。

 それも立ち尽くしてだ。

 今攻めずにどうするというのか。

「…………」

 意を決し攻撃に移行しようと前傾姿勢になった時に何か小さく聞こえた。

 空気が漏れるような掠れた音。

 なんだ?

 楓は変わらず動かない。

 しかしその音は楓のいる方向から聞こえる気がするのだ。

 不穏な空気を感じて日本刀を改めて構える。

「……いてえ」

 楓の方から再び音が聞こえる。

 しかし今度ははっきりと聞こえた。

 間違いなく楓が発している。

 それに痛いと言った。

 傷を抑えて項垂れている状態でそう呟いていたのだ。

「……」

 呆れて日本刀を構える力を一瞬緩める。

 しかしその一瞬が迂闊だった。

 気付けば楓は大きく跳躍しこちらに向かってきていた。

 ダン!と音を立てて眼前に着地した楓は項垂れていた顔を持ち上げて近付けてくる。

「なっ」

 その顔は笑っていた。

 普段の笑いよりもより一層に歪な笑顔。

 それに頬を紅潮させて目は何かに喜んでいるかのように嬉々としている。

「いいいいてええええええ!」

 そう叫ぶと同時に楓は逆手に持ったマーカーの尻部分を鳩尾に撃ち込んできた。

「ぐっ」

 早い。

 ほとんどノーモーションでの一撃に回避が間に合わなかった。

 しかしその手が離れる前に掴んで逃げられないようにし、そのまま今度は楓の鳩尾に前蹴りを繰り出す。

 楓はその一撃でバランスを崩して後ろによろける。

 こちらも距離を取るために跳躍するが直後に驚愕することになる。

「!?」

 さらに楓のその顔が歪に歪んでいたのだ。

 蹴られた腹を抑え、変わらず頬を紅潮させている。

「痛い痛い痛い!もっとぉ!!」

 叫ぶと同時に楓はもう一度こちらに跳躍し、着地すると同時にマーカーによる連打を開始する。

「あはははははははははは!良い!気持ちいいいいいいい!」

 楓の連打をいなしつつもカウンターで斬撃を入れていく。

 その度に楓は歓喜の声を上げた。

 痛みが快感であるかのように。

「……ちっ」

 楓の殴打の隙を突き左腕で楓の顔面を殴る。

 しかし楓はそれでも殴打を続ける。

「もっと」と叫びながら。

 なるほど。

 楓にはマーカー使い、そして人類最恐以外に別の名が存在する。

 それは「戦闘色欲」

 戦闘中に生じた痛みを性的快感とすることからそう呼ばれているらしい。

 直接戦闘を見たことがないから知らなかったがまさかここまでとは。

 傷を負うたびに喘ぎ、更なる刺激を求めて傷を負っていく。

 これが人間の成すことか。

 異人を通り越して狂人としか言えない。

 それくらいにおぞましいものを感じる。

 気味が悪い。

「一緒に逝こうぜえええええええ!」

 そう叫ぶと同時に楓は殴打を中断して今度は両手を地面に叩きつけた。

「!」

 瞬間地面は爆発する。

 二つの爆発は混ざり合って大きな破壊の渦を広げた。

 ほぼ零距離にいたために爆風による被害は避けられず吹き飛ばされる。

 一瞬の浮遊感の後に地面に叩きつけられ呼吸が止まる。

 しかしそんな事でいちいち止まってはいられない。

 すぐに体制を立て直し追撃に備える。

「?」

 しかし追撃は来なかった。

 どころか楓は少し離れた所で大の字になって倒れていた。

「……」

 死んだのか?

 自分の一撃で?

 そんな馬鹿げたことがあるのか?

 しかし楓は微動だにしない。

 ……

 いや動いてはいる。

 ビクビクと体を痙攣させているのだ。

 それはそうだろう。

 楓はあの爆発でも防御一つしなかった。

 それに体を曲げて地面を殴ったのだ。爆風を間近で受け止めたのは楓という事になる。

 日本刀を収め楓に歩み寄る。

「満足したか?」

 そう声をかけると楓はより一層体を激しく痙攣させてから動かなくなる。

 その顔は満足げに歪み、笑っている。

「はあはあ。……いいね~生きてるって最高だ……」

 楓は息を切らしながらも好悦に酔ったようにそう返してきた。

 楓にとっては痛みとは生きてる証拠なのだろう。

 故に彼女はそれを悦びへと昇華させているのだ。

 まったく気が知れない。

「だが何も味方まで殺すことなかったんじゃないのか?」

 しかし彼女の性格なら推測は出来る。

 彼女の性格はかなり横暴だ。それでいて戦闘に嫌に固執する。

 まあそれの理由はあの性癖によるものだろうが。

 恐らく戦闘に対して臆病な味方達に業を煮やし手を出してしまったのだろう。

 まったくとんでもない奴だ。

 しかしこれで今回の件は解決であろう。

 犯人は味方。

 それもただの我儘によるものとなれば上も対処に頭を抱えるだろう。

「んあ?あれ私じゃねえよ。私はたまたまお前のバイク見てきただけだぜ?ここに来てから20分と経ってねえぞ」

「?」

 どういうことだ?

 あの女から任務の要請が入ってから既に50分近くが経っている。

 楓はここに来て20分と経っていないと言う。

 時間が合わない。

 こいつは嘘を言えるほど頭がいいとは思えない。

 だとするとあの死体は誰がやった物だ。

 しかし確かに今思えばあれが楓によるものではないと気づく。

 楓がやったにしては誰も焼け死んだような者は見られなかった。

 だとすると犯人は別にいる?

「おーい」

 考えている最中だというのにあの女から通信が入った。

 ゴーグルを操作して応答する。

「なんだ」

「にゃー調べてみたら誰か知らんけど回収任務の時間に合わせて「特区」から何者かが移送されてる。それの到着時間がぴったり合ってるんだわ連中の救助要請と」

「……」

 いやわざわざそれを報告されなくてもわかっている。

 この状況はどう考えても仕組まれたものだ。

 誰かの意思によって簡単な任務で気を緩めていた部隊が潰されたことになる。

「おいこの任務は当初回収任務だったな?回収目標は何だ」

「お?あいや、ただの欠損した資材撤去だけど」

 資材撤去。

 それも欠損している?

 その回収目標を横取りしようとしたというわけではないのか?

 では何が目的だ?

 回収任務で出動させられる者の中にそこまで実力を有したものはいないだろう。

 事実全滅させられているのだから。

 それに特区。それが何よりも気になる。

 何故あそこが絡んでくる?

 外部との接触を自ら拒み続けているのに。

「楓、とにかく一度ここを離れるぞ」

 しかし行動に移す前に異変が起きた。

 勢いよく扉が開かれたのだ。

「!?」

 瞬間扉から白いコートに白いゴーグルあるいはバイザーを装着した者たちがなだれ込んできた。

 見ればそれぞれ銃で武装している。

 しかしその銃は世界に出回っているようなスタンダードなものではなく見たこともないデザインの銃だった。

「っ」

 こいつらは特区の……!

 特区は外部との接触を最小限以下に留めている。故に独自の防衛組織、武器が存在している。

 あの白コートは特区の証と言っても良いだろう。

 連中はなだれ込んできて数秒で陣形を整えた。

 一見円形になって囲んでいるだけのようにも見えるが違う。

 明らかに逃げ場や立ち入る隙を消している陣形だ。

 場は一瞬で緊張感によって満たされた。

 しかし楓はそんな状態でも未だに地面に大の字になったままだ。

「おい立て。来るぞ」

「あ~?」

 楓は目だけを動かし連中を確認する。

 するとため息をついて「めんどくせ」とつぶやいた。

 瞬間楓は跳躍していた。

 寝ころんだ状態から筋肉だけを使ったノーモーション跳躍。

 しかも早い。

 視線で追うのがやっとだ。

 楓は白コートの一人を蹴り倒すようにして着地した。

 そして楓は白コートの胸倉をつかんでバイザーごと白コートの両目を指によって突き潰した。

「っ!……ああああああああああああ!」

 瞬間白コートは痛みに絶叫し暴れ出す。

 しかし楓はそれで離れるようなことはしない。

 どころか指を目から引き抜き、そのままその手を白コートの口内へと挿入した。

「ああ!んご!……んぼえ!」

 楓に手を挿入させられたことで白コートは叫ぶ事が出来なくなる。

 むしろ呼吸もままなるまい。

「いひげひゃ!」

 楓は小さく笑うと挿入した手に力を込めてそれを引き抜いた。

 ブチブチブチブチイ!と気色の悪い音を立てた後に口内から出来きたのは真っ赤に染まった楓の腕と同じく赤色の物体だった。

 楓はそれをまるで木の枝でも捨てるかのように地面に放り投げる。

 ぺシャリと小さな音を立てたそれは断面から赤い液体を垂れ流していた。

「ああああああああああああああああ!」

 男は再び叫び出した。

 口から大量の血を撒き散らしながら。

 恐らく楓が投じたあれはあの白コートの舌であろう。

 舌を引き抜かれれば当然言葉を発することが困難になるがそれ以上に多量の出血と激痛が伴うだろう。

 現に男は喉元を抑えて身悶えている。

 根元から引き抜いたのか……

「ああ!んご…ひ!ああああああああああ!」

「うるせ……」

 白コートは痛みに呼応するように叫び続ける。

 だが楓はそれを気にも留めず男の側頭部を蹴りつけた。

 勢い良く振り抜かれた足によって頭は大きく揺れ、首からはゴキン!と鈍い音が鳴り響いた。

「ああ……あ」

 男はその空気が漏れただけのような声を発したのを最後にしてぴくりとも動かなくなった。

 見れば白コートの首は大きく捻じ曲がり骨と思われる白い物体が皮膚を貫通していた。

「……」

 あまりの殺し方に白コートたちは一瞬で硬直してしまう。

 誰も身動きが取れずに震えあがっている。

「ひっ」

 すると楓のその行動を間近で見ていた別の白コートが小さく悲鳴を上げた。

 馬鹿か。

 それでは次の標的にしてくれとアピールしているようなものだ。

 楓はその声に反応して振り向く。

 その顔は大きく歪んでいた。

「いひ~」

 楓は笑いながら男に手を伸ばした。

「っ。…ああああああ!」

 男は恐怖で一瞬委縮したがすぐに銃尾による打撃で楓を撃退しようとする。

 その判断は正しい。

 あの距離で下手に発砲するよりも近接戦に持っていき距離を取る機会を待つべきだ。

 しかし相手が悪い。

 楓は単純な戦闘力ではこの地球上で最高と言っても良いとされている。

 しかしそれでもその扱いにならないのはその戦い方、荒々しい性格、そして気味の悪い性癖から来ているのだろう。

 誰も自殺紛いの戦い方をする物に信頼を置くことは出来まい。

「ひひ」

 楓は白コートの攻撃を掌によって受け止めた。

 そしてそれを腕力でもって大きく捻る。

 ポキッと子気味のいい音が響き男の腕は逆方向に折れ曲がった。

「い!」

 白コートは痛みから叫ぼうとするが楓はそれを許さなかった。

 銃がどかされたことにより開いた腹部に膝蹴りを放ったのだ。

「ごほ!」

 男はそのまま膝から崩れ落ち腹部を抑えた。

 楓はそんな白コートを見下し小さく笑うと右足を高く持ち上げた。

 胴体に平行になる程持ち上げられた足を楓は全体重を乗せるように一気に振り下ろした。

「えへ!」

 振り下ろされたかかとはそのまま蹲る白コートの頭頂部へと吸い込まれていき、激突した。

 白コートはその勢いでもって地面に押し付けられ動かなくなった。

 耳や口、鼻からは血があふれ出し、加えて頭は陥没していた。

 硬いブーツだ。

 陥没しないまでも確実に重傷ではあっただろう。

「……ふーむ」

 楓は白コートをかかと落としから踏みつけたままだ。

 その足で陥没した頭を踏みにじっている。

 そしてもう一度足を上げる。

 今度は膝だけを上げるような体制になり一瞬止まる。

 まるで狙いを定めているように。

「ふん」

 楓は持ち上げていた足を勢いよく白コートの頭に叩きつけた。

 すると白コートの頭はまるで泥団子を潰したように拉げ、潰れた。

 辺りに血液と脳漿をぶちまけ、それだけでなく目玉らしきものまで地面を転がっていく。

 なんという脚力だ。

 いや脚力だけではない。先の白コートの舌を引き抜いたのだって並みの握力では出来ないだろう。

 楓は血の付いたブーツを楽しそうにぶらぶらさせて血を飛ばす。

 そうしながらも首を回して次の相手を探している。

 笑いながら全体を見渡し、自分の興味に惹かれるものを探しているようだ。

 まるで玩具屋ではしゃぐ子供のように。

「っ」

 しかし楓は相手を選ぶ前に先を越されてしまった。

 ダシュっとという軽い音が響いた。

 すると楓はそのままふらついて倒れてしまった。

「!?」

 見れば楓の脹脛には銀色の鉄針が突き刺さっているのが見える。

 慌てて振り向くと震えながら楓に銃を向けている白コートがいた。

「ちっ」

 あの銃、釘弾か。

 釘銃はあまり知られていなかったりするがその威力は普通の銃と比べても遜色はない。

 むしろ釘弾は貫通せず突き刺さったままになってしまう場合が多く、通常の弾丸のように皮膚を抉って体内に入ってはくれない。

 つまりその痛みの原因である弾丸を視界に入れてしまうことになる。

 これにより恐怖を助長させられる。

 通常であれば痛みだけで済んだことがその原因まで突きつけられるのだ。

 故に嫌われている武器種でもある。

 それをわざわざ持ち込むなど趣味が悪い。

「……」

 日本刀を抜き構える。

 先ほどの発砲を合図にしたかのように他の白コートたちも釘銃を構えている。

 しかしいくら囲まれていようと当たらなければ済む話だ。

 全ての白コートの動きの把握など難しいことではない。

 それの隙を通って攻めていけばいいだけだ。

「がは!」

 足に力を入れ一気に走り出そうとした瞬間先ほど発砲した白コートの口にマーカーが突き刺さっていた。

 振り返れば楓がこちらに笑顔で向き直っていた。

 いつのまに立ち上がったんだ。

「お返しだ」

 そう呟くと楓は脹脛の釘を躊躇なく引き抜いた。

 当然出血するが気にも留めない。

 むしろ喜びであるかのように再び頬を上気させている。

 また始まったようだ。

「さあ!全員まとめて逝こうぜ!」

 そう叫び楓はマーカーを取り出した。

 そこからは蹂躙だった。

 楓は一人一人を残虐に殺していった。

 ある者は踏み砕き、ある者は引きちぎって殺した。

 中には眼球に噛みつかれて殺された者までいた。

 当然抵抗する者もいた。

 しかしその抵抗によって傷を負えば楓はむしろ戦闘力を増していった。

 傷を負い、血を流すほどに楓は興奮しその顔を歪めていく。

 白コートたちからするとそれは恐怖でしかなったであろう。

 通常であればダメージを与えられた敵は動きが鈍くなっていく。そこをさらに攻めていくのがセオリーだ。

 しかし楓はそうじゃない。むしろ動きが活発になるのだ。

 当然である。

 興奮しているのだから。それも性的に。

 そんな人間など前例がなかったのだろう。

 白コートたちは成す術もなく蹂躙されていった。

 恐怖で動けなくなり殺される。

 動いて攻撃しても逆効果で殺される。

 彼らに逃げ場などなかった。

 最初のころの陣形など今は見る影もなくなりバラバラに行動している。

 しかし逃げようとすれば楓によって優先的に殺された。

 まるで玩具が手元から離れるのを拒むように。

 故に彼らには選択肢がなかった。

 逃げたら殺される。

 抗えば殺される。

 しかし何もしなくても殺される。

 であれば彼らの選択肢は殺されるのが少しでも後であることを願う外残っていなかったのである。

「ひいいいいいい!」

 そしてとうとう最後の一人。

 白いコートは面影なく味方の鮮血によって染まっていた。

 楓はそんな彼の目の前にゆっくりと歩み寄る。

「あ……ああ……」

「にひ~」

 楓は最後の一人の頭に左手を、顎には右手を添えた。

 そのまま彼に顔を近づけ彼の顔を舐める。

「これやられたらどんな感じするんだろうなあ?」

 白コートは抵抗も出来ず震えている。

 しかし楓はそんなことはお構いなく自分のペースでやりたいことをやっていく。

 白コートの顔をその歪んだ笑みで見つめ、何かを求めているかのようなそんな素振りだ。

 数秒それを行い満足したのか楓は「ひひ」と小さく笑って白コートに言葉を向ける。

「んじゃあ、な!」

 言葉と同時に楓は白コートに添えていた両腕をそれぞれ外側に引いた。

 瞬間白コートの顔は九十度近く傾き、その口から血が飛び出した。

 しかし楓はそれを避けようともせずむしろ浴びるように受けている。

 楓が手を放すと白コートは地面に倒れ血を垂れ流した。

 その顔は恐怖で歪みではいるが自分が死んだことに気付いていないかのようにきょとんとしていた。

「…だー終わったー」

 楓は振り返りこちらに歩み寄ってくる。

 その姿はボロボロだ。

 ジャージは所々破れてファスナーが破損しているのかはだけて黒のタンクトップに包まれた豊満な胸が露わになっている。

 しかしそれ以上に体のいたる部分に釘弾が突き刺さっていた。

 楓はそれでも何事もないかのような振る舞いを見せる。

 どんな神経をしていればこうなれるのか…

「……すぐにここを出るぞ。いつ増援が来るかもわからない」

 歩み寄ってきた楓にそういうと楓は大きく伸びをする。

「そう焦んなよ。それよか抜いてくんね?」

「?」

「くーぎ」

「……」

 一瞬質問の意味が分からなかったがなるほど。

 いくら普通にしてはいても異物が体に突き刺さったままではさすがに居心地が悪いのだろう。

 ……当然ではあるが。

 むしろ普通の人間なら一撃被弾した段階で隙を見て傷の確認をするだろう。

 しかし楓はそんな事は先ほどの戦闘中一度もしなかった。

 どれだけ歪んでいればそうあれるのか。

「抜くぞ」

「あい」

 まずは背中に刺さった一本を出来るだけ真っすぐに抜けるように注意しながら釘を握る指に力を籠める。

 そして一気に引き抜いた。

「ん!…ああ!」

「……」

 違った。

 こいつは釘が鬱陶しかったから抜いて欲しかったのではない。

 抜くときに生じる痛みに期待していたのだ。

 楓は体を痙攣させてその痛みを味わっているようだ。息を荒くして笑い声をあげている。

 ……気味が悪い。

 気にせず全部抜いてしまおう。

「ああ!」

 抜く。

「…くう!」

 また抜く。

「良い!ああ!」

 ……

 いちいち喘ぐのはさすがに辞めてもらいたい。

 性癖に関してとやかく言うのもおかしいがせめて自制はして欲しい物だ。居心地が悪い。

「ああ……良い…」

 最後の一本を抜くと楓は天井を仰いで立ち尽くしてしまった。

 これから急いでここを離れなければならないのだからさすがにいつまでも余韻に浸られたら困る。

「おい楓。いい加減行くぞ」

 しかし楓がその声に反応する前に異変が起きた。

 ゴーグルに通信が入ったのだ。

「……あん…まず……い…す……逃げ……」

 なんだ?

 ノイズが走っていて聞き取れない。

 しかし所々聞こえた音はあの女の声に似ていた気がする。それもかなり切羽詰まっていた。

「……?」

 楓にも同じ通信が入ったらしくこちらを見て不思議そうな顔をしている。

 だが考えていても仕方がない。

 細かくはわかりようがないが状況は緊急を要すると見ていいだろう。

 では今すぐにでもこの場を去らねばならない。

「……」

 楓と頷きあい出口に向き直った。

 しかし足を踏み出す前にその動きは止められる。

 いや止めざるを得なかったのだ。

 バゴオオオオンン!と爆音を響かせ壁が吹き飛んだからだ。

「!?」

 楓とそろって壁を振り返る。

 土煙を上げた壁は瓦礫を転がし巨大な壁が開いていた。

 何もしたらあの規模の破壊が行える?

 爆薬にしては硝煙や黒煙が見えない。土煙だけだ。

 それに爆風の一切がなかった。

 あるとしたらただの音。

 爆薬無しでの破壊だというのか。

「……」

 楓とそれぞれ武器を構える。

 場は一瞬で静寂と緊張で包まれる。

「おいおーいそんなに警戒すんなよ。いねえいねえと思ってたけどここにいたのかよ。叫び声聞いててよかったぜ」

 しかしそんな空気を全く読まない平坦な声が響く。

 何一つ感情を持っていないかのような平らな声。

 その声は妙に幼い。

「……」

 瓦礫を跨ぎその声の主が姿を現した。

 その主が手を一振りするとそれだけで土煙が消し飛ばされた。

 なんだ?何かの機械か?

 いやしかしそんな素振りはなかった。本当に手を振っただけのように見えたが……

 その主は発する。

 平らで抑揚も感情もない幼い声で。

 始まりを。

「久しぶり初めまして。そして、さようなら」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ