降下作戦・第二段階
私は黒木が置いたカップに口を付けて黒い液体を啜る。
自分で言うのもなんだが私ももうそれなりの歳だ。大学を卒業してもう何年も経つしな。それでも未だにブラックコーヒーは苦手だ。飲めない訳ではないんだがやはり砂糖が入ってる方が美味いと思う。苦い物を何故あんなにおいしそうに飲めるのか、謎だ。
まあそれはさておき、とコーヒーカップを机に置いて目線をモニターに向ける。そこには瀬戸大輝が装着しているゴーグルに搭載されている記録機器がリアルタイムで送信している景色、映像が流れている。先ほどとは違い、今度は通路のような狭い場所で、等間隔で扉がある。
にしても特区は何故こうも何もかもが白いのだろうか?確かに病院なんかもそうで、研究職や医療系統は白が基調となり、その清潔さをアピールするものだが、しかしどうなのだろうか?白がメインだと汚れが目立って逆に不潔な印象を抱かないだろうか?だから逆に黒とかにして汚れを目立たないようにすればむしろ清潔な感じにできないだろうか?
……いかん。こう言う所が歳をとったなと自覚させられる。今でこそ職務の制服的な物がスーツなもんだからあまり見た目に気を遣わなくなってしまった。昔はもう少しファッションとか気にして白い服も着ていたりしたが今は全然だ。部屋着なんて着れれば何でもいいし最悪ジャージで外出するなんてのも当たり前になってしまった。私は結婚とかできそうにないな。まあする気もないけど。
しかしジャージと言えば瀬戸大輝である。いやそれと不破真琴。二人もかなり見た目に気を遣わないタイプの人間だ。まだまだ十代だというのにジャージだ。いやまあジャージとは言ってもさすがに若い二人だ、ジャージのデザイン自体はそう悪くない。しかしジャージだからなあ……。二人とも素材自体は悪くないと思うんだがなあ。身だしなみを気にしない訳だからそれに関する何かしら、例えば肌のケアとかもほとんどしていないようだ。なのにやっぱり若さかね?肌がきれいだ。検査のたびに二人の肌を見ることはあるが目の下の隈がある以外目立ってマイナス要素はないと思う。瀬戸大輝の目は死んでいるが。若さが恨めしい。いやいや私だってまだ世間的には若い。まだあきらめるような歳ではないだろう。まだ大丈夫。
「第二作戦、制圧段階の部隊が準備完了したそうよ。出発するわ」
黒木が隣から持って来たと思われる椅子に腰かけながらそう言う。見れば確かに武装した大部隊が格納庫を出ていこうとする映像がモニターに映っている。今から輸送機で瀬戸大輝が降下に使ったあの島に向かうのだろう。時間がないな。
「瀬戸大輝。作戦開始から既に四十分が経過しているわ。制圧部隊も準備終了。そっちの調子はどう?動きが止まってるけれど。時間ないわよ」
私が少しだけ嫌味ったらしくも何やらレドニアと会話をしている瀬戸大輝に通信を送る。彼も私のその嫌味がわかったのかため息をついて返答してくる。
『研究階層に到達したが種類が多すぎる。全て回っていたらそれこそ時間がなさそうだ』
「どんなのがあるの?」
『基本的には兵器開発が目立つか。黒崎真狩のような人体複製、クローンだな、それの研究室や生物兵器、ウイルスの開発室、ラウンダーのような超能力開発だとかだ。他は医療や人体強化なんかの一個人としての物だな。むしろそっちの方が多い。まあ他所の国から援助がない以上国家としての体勢を保つためには医療や国民の強化が何よりなのか。どうする?』
「……そうね。重要なのはぶっちゃけ特区の国民についてではないわね。だから優先度としてはその兵器開発の方ね。特に超能力開発やクローン技術は黒崎真狩やオールラウンダーのこともあるし、何より先に情報パクって。その次に生物兵器、兵器開発の順で行きなさい。医療については時間があったらで良いわ。人体強化は良いわ。どうせ私達に得はない。気が向いたらでいい」
『……了解』
「しかし嫌に人がいなさすぎるのが気になる。警戒して」
『わかってる』
瀬戸大輝の無線を切って情報交換用の小型デバイスを取り出す。簡単に言うならメール専用の機械だ。瀬戸大輝が装着しているゴーグルが視認した文字などの情報を自動で収集し、記録する。それを報告用にまとめて上層部に送信したり戦績記録としてメモリーする。
しかしこのデバイスもゴーグルもすごい物だと思う。どうも二十年ほど前に作られた物のようだが当時からそんな技術を持っていた日本はさすがとしか言えない。噂では特区からの逃亡者か、逆に日本が送っていたスパイが技術を盗んだというのもあるがやはり機密なのか誰も正しい事は知らない。当然私もだ。この業界で生きる者でもこの業界の出生を知る者はいない。いつからあって、本来何を目的にしていたのかなんて噂でも聞かない。そんな事を考える余裕が今の世界にないというのもそうだが、やはり怖いのかもしれない。こんな業界にいるからこそわかる、世界の怖さについてだ。私たちにしたってこの世界の闇は深い。深すぎる。人一人でどうにかできるものではない。そんな所に居て言うのもあれだが、出来れば触れたくない部分だ。さすがの私でもビビるもんはビビる。触らぬ神に祟り無し、だ。
しかし、だ。
先ほども言ったが人がいなさ過ぎる。特区はこの業界でも最も闇が深いと言われる場所だ。本来は容認されるはずもない地下への移送も、三十年前は不思議な事にあっけなく許容された。まるで前もってそうなることが決まってたようだった、と私たちの教官が言っていたのを思い出す。もしそれがその通りなら、特区を作ったのは特区ではなく、世界であることになる。特区が結成されてから多くの戦争が起きたというのに、それを事前に予想できない程に当時の上層部は馬鹿だったのか、それともやはり、何かの狙いがあったのか。今特区が原因で起こっている戦争そのものを、世界の本当の上層部たちが、狙っているのだとしたら……。そうなるとこの作戦自体も、今更だがかなり危険だ。もしかしたら、既にこの情報が出回っていて、わざと特区要員を隠しているのだとしたら。
そもそもそうでなくともおかしい。特区の予想人口は一般国民を含めて三百二十万に及ぶとされている。国土面積が東京都がそのまま収まるサイズで、それでいて階層に別けられているのだ。地下と言えどもその人口は不思議ではない。まあ地下に国がある時点でおかしいのだが。おかしいよな?
それはいいとして、だ。その人口だ。先の大戦でも登用人員は一万を下らなかっただろう。その大半は楓により爆殺されたがそれでも氷山の一角どころか雪の欠片程度だ。まだまだ戦闘要員が残っているはずだし一般研究員だって活動しているはずだ。それが今はまだ影も見せていない。時間は夜間だしまあ就寝中だと言われればそうだろうが警備兵ぐらい入るだろうし徹夜で研究したいと考えている頭のいかれた変人研究員だっているはずだ。通路の電機はついているようだし何も全ての機器が停止している訳でもない。だから何かしらの行動をしていても不思議ではないはずだが……。
もちろん順調に事が進んでいってくれるのは助かるが、順調すぎる。不安になる程に、だ。まだ何かしらの不穏があった方が我々らしいとも言えよう。戦争が仕事なのだから。
もちろん私程度では先を読んで不明が過ぎる特区の行動を先回って瀬戸大輝に指示を出せるモノではないし、おそらくそんな事が出来るのは特区と直接戦闘を行ってきた兵士たちくらいの者だろう。まあそれに瀬戸大輝は含まれないけれど。
瀬戸大輝は普段は頭が切れる癖に誰だって気付くようなことに失念することがある。勉強だとかは完全記憶能力もあってかなりの物だが基本的には子供だし馬鹿なんだよな。だから私が常に気を張ってなければいけないのだ。あの協力者、レドーニア・ハワードライトについてもそうだ。ていうか特区は英語圏なのだろうか?日本にあるし日本語を使っているのだからてっきり日本語圏だと思っていたのだが。まあそれは良いか。とにかく上層部が裏取りをしたために信用は出来ると言っていたがそれでも特区要員だ。裏切ってメリットがあると思えないし逆に、それこそ逆スパイの可能性もある。彼女の発言や行動にも気を張らないければならない。
「と、さっそく来たか」
情報交換用デバイスにゴーグルから情報を受信したようで画面が白く光り、文字を起こし始める。それをモニターの一つのタブを省略化して新規タブで表示する。黒木と共にその文字列を眺めていく。
「……」
先ず届いたのはクローン実験の記録のようだ。主に黒崎真狩の生体情報。
クローンはまあわかると思うが遺伝子情報を元手に無性生殖のように個体を作り出す技術だ。それに作り出されたのが先日の大戦でも猛威を振るった黒崎真狩。瀬戸大輝と不破真琴の娘だ。
しかしその技術はどうも開発段階の七年前の大戦の煽りを食らって破壊されており、復元も不可能になっていると先日の大戦のきっかけを作った男が言っていた。その情報がどれだけ信じられるかは判断に困るがそれでも現状として第二の黒崎真狩が登場していない所を見ると、まあ正しいのかもしれない。
今黒崎真狩は瀬戸大輝たちが普段生活を送っている部屋にいるが一週間前には研究区画に送られた。しかしわんぱくが過ぎた。あの年頃ならおかしくもないが、それでもあの改造された身体能力だ。端的に馬鹿力、だ。その馬鹿力のせいもあって拘束具も一瞬で破壊され、人員もぶん投げられたりと研究どころではないとして物の三十分でお手上げとなった。まあ仕方がないし気持ちもわかるのだが。
それにしても、どうもあやふやだな。送られてきたデータには黒崎真狩を製作するに使用したいわゆる材料の記載が目立つ。かつて実在したと言われる錬金術でも人体錬成でホムンクルスを作ることは叶わなかったはずだ。人間の体の素材は現代科学でなくとも十四世紀には既に確定されていた。もちろん科学力が進歩するに従って微妙な変化はあったはずだが、そこは問題ではない。つまりやろうと思えば形だけの話に限って人間を作ることも簡単だという事だ。しかしそれでも叶わなかった。記録としては何体のホムンクルスが製造に成功したという物もあるが、やはり記録とも言えないような物ばかりでオカルトの範囲を出ない。故に結論としては、現代科学においてもそうだがこう言われている。
『まだ何かが足りないんだ』と。
それはつまりアレだ。心や、魂と呼ばれる物だ。形もなく視認も出来ず、存在することを肯定することも難しいそれを、疑似的に制作することは現代科学でも不可能という事だ。しかしまあ世の中もしかしたらそこまで難しい物でもないのかもしれない。その証拠に特区が黒崎真狩製造に用意したと思われる素材は確立している人体構造物質とほぼ同質の物だ。中には少し違うものもあったが自然界にも、逆に科学で準備出来ない物質などいくらでもある。その代用だろう。それで特区は人体を製造して見せた。しかも稼働するし改造して従来の人間の身体能力、例えば筋肉などの限界を強く底上げしている。単純な力業で鉄コンの壁を破壊できる程度にはその能力はそこら辺の低馬力攻撃ヘリ並みにあるだろうと数値的な判断だ。化け物じゃないか。
しかしそこまで驚異的な筋力を発揮すると人体の構造上内側から破裂しそうなものだが、どうやら単純な話でそうなるのは人間が人体を保護しようと肌で包んでいるように、ではそれを何重かにしてしまえば良いし一枚の皮膚でもその強度を上げるのは簡単な話だからそうすればいいと何かしら改造を行ったようだ。もしかしたら特区は、というか研究者ってのは思ったよりもアホなのかもしれない。そんな単純な話で解決するなら人間は最初からそう出来てるだろうしそもそも内から弾けるような身体能力を内包したりはしない。いくら自己防衛のための爆発的パワーだとしてもその結果自身が爆発しては本末転倒だ。しかし特区はその問題点をどうしてか解決している。さっき言った二つの方法を取ったのか、それとも何か外部的な補助でそう出来ているのかはわからないが、ともかくあの怪力はやはり人間的ではない。言うならその通りに人造人間って所か。そんな事を考える特区もやばいが、しかしまあそれがもうこれ以上出てこないのは助かったな。今はもう既に黒崎真狩は瀬戸大輝を恨むというか、そう言う感情は持っていないから特区に戻る気はさらさらない様だしクローンの第二第三が現れる可能性ももうないだろう。
それにしても黒崎真狩。この名前の由来は当初から気になっていたがなるほど研究員でありながら黒崎真狩に訓練、と言ってもどうやら脳内へデータを送るという形の訓練のようだがその研究員、黒崎真理の名前から取っているようだ。真狩はコードネームような物で『狩り取る者』という意味で名づけられたようだ。黒歴史みたいなネーミングセンスだ。キラキラネームと言えるだろう。恥ずかしい。
そんな事を考えている内に別のデータが送られてきた。生物兵器、ウイルス開発の記録のようだが、うーん。どうも元は既存のウイルスで、エボラやHIVなんかの物を医療面含め研究しているようだ。まあエボラは致死性が九割に上る場合があるしHIVに至っては現代科学でも根治は不可能だ。それの医療的に研究しているのは助かるが、それを戦術面でも使用しようとしているのだとしたら話は別だ。そんな物を戦争で使用されたらたまったものではないぞ。死人が出るより負傷者や病人が出る方が戦況的には不利になるのだ。何よりそんな物の研究開発をしているのが国外に明らかになればバイオテロのきっかけになりかねない。
バイオテロは戦争の枠には収めておけない。災害だ。そうなれば兵士ごときでは手が伸ばせない。世界が追い詰められることになる。この情報は重要機密として上層部に手渡しで送るべきか。もし通常送信で傍受されたり、別の下層職員の耳にでも入ろうものなら情報漏れになる可能性だってあり得る。時間を見つけて上層部に直接持っていこう。上層部の一人のあのハゲは嫌いだけど。
次は超能力開発か。今や世界中の誰もが知っている存在超能力者。その開発技術は予てより謎だったのだ。ラウンダーの他に能力者は今現在では確認されていないが、それでも一人でもかなりの脅威だ。何せ万能者だ。その戦闘力は計り知れない。
しかしまあさすがに私は超能力系の知識はないからな。黒木にお願いしよう。
交換用デバイスをもう一つ起動してそれを黒木に渡す。他の情報も兵器開発や銃器開発のようだな。これも黒木に頼もう。
「しっかしねー」
「うん?」
「にゃ、この協力者だけどさ。名前、本名かなって思って」
「ああ」
黒木は私の言葉にデバイスを見つめながら顎に手を当てる。
「しかし問題はそれだけではないのよね。先日の大戦でも黒幕であったあの男の本名は今現在不明よ。加えてその男にも『協力者』がいた。その正体も分かっていない。先日の大戦は結局何もわからないまま終わったのよ。……終わった、と言って良いのかも、わからないわね」
確かにそうだ。結局あの大戦はほとんど何もわからず終結してしまった。ただ戦争として勝っただけだ。何が目的だったのかも、あの男の正体も、協力者が誰だったのかも、何もわかっていない。ただ、勝っただけだ。
戦争においては不明要素はそのまま敗北に直結する場合があまりに多い。だから日本に限らず上層部は情報収集に重きを置くものだがしかし、特区はそれが出来ない。情報を得る方法も何もない。今瀬戸大輝がやっているように危険を承知で潜入作戦を行うくらいしか出来ない。それも何度も出来るほど簡単ではないし楽ではない。だから一度で出来るだけの情報を得なければならない訳だがそれでもそう都合よく時間が用意されているはずもなく瀬戸大輝に与えらえている時間はわずか二時間。それももうすぐで半分に達する。あまりにも可能性に乏しい作戦だ。それを単騎で挑もうとする瀬戸大輝は作戦成功率から考えて適切だとも思うがそれでも自殺行為だと判断せざるを得ない。口では言わないがどうせ他の誰かが危険に及ぶのを嫌っての行動なのだろう。あるいは責任問題か。ガキが考える事でもないだろうに。
しかし、まだまだ謎が多い特区だ、瀬戸大輝以外の選択肢がなかったのも事実だろう。結局あの男の死体は回収できなかった。本来条例的にも身柄を押さえる権限は勝利国にあるのだが、瀬戸大輝回収後の捜索ではそれらしい姿を確認することは出来なかった。あったのは大量の血溜まりだけ。まあ出血量から考えて生きてはいないだろうと捜索を打ち切ったのだが、もしそれがまだ生きていたのだとしたら……。有り得ない話でもない。何せ特区だ。何を隠しているかわからない。捜索を打ち切った上層部のその判断は早計だと、甘いと言わざるを得ない。特区の本当の怖さを、上層部は何もわかっていない。戦ったこともなく、ただコーヒーを啜りながら結果を待つだけの存在だから現場を知らないんだろうが、いやまあそれは私も言えない話か。私も今コーヒー飲んでるし。
まあしかし問題はやはり目先の事象に帰結する物だ。今回の協力者、レドーニアが信用に値するか、独断だが調べておく必要がある。
「黒木、とりあえずレドーニア・ハワードライトの調査と、そうね、あの男の事と、その両親についてどうにか調べなれないかな?片桐椎名なら特区にも侵入できるでしょ。もちろん気取られそうになったら下がるように念押しして」
「そうね、私個人も少しだけ動こうかしらね。了解」
黒木は私の指示に頷いて隣の席に座って端末を操作する。そこお前の席じゃねえだろ。
しかし、だ。もし先日の大戦と、今瀬戸大輝が行っている作戦を切っ掛けに起こるだろう戦争が、もし、繋がっているのだとしたら。特区は、こうなる事を読んでいたとしたら、だ。あの男はこうも言っていた。『この戦争は何かのプロパガンダである可能性が高い』と。つまり見世物。もっと驚異的に、宣戦布告とも言えるだろう。何に対してか、など言うまでもない。世界に対してだ。
世界中のあらゆる国家が特区に対しては良い感情を持っていない。むしろ憎悪の様な物すら感じる。しかしそれでも徹底的に全勢力をぶつけて打倒しようとしないのはやはり特区が謎だらけだからだ。今まで、御山剣璽が長い歴史の中で初めての勝利を収めるまで、世界は敗北し続けている。わずか一度の勝利でその印象が覆るはずもないし何よりその直後に特区からの刺客で御山剣璽は殺害されている。そうなれば勝ったとも言えない。世界は未だ、負け続けているのだ。
だからこそ、今回の作戦の重要度は最高と言っても良いだろう。瀬戸大輝の作戦成功に全てが掛かっているのだ。もしここで失敗すれば、また負ける。本作戦で特区を確実に打破しなければ日本は、いや世界は、永遠に戦争に満たされ続けることになる。それ程に特区は世界に脅威を振り撒いている。近いという理由で最前線に立たざるを得ない日本の兵士には言葉もないが、それでもやってもらわねば困る。犠牲を産もうとも、未来のために戦ってもらわねば困る。それ程に特区に対する思いは、各々強い。
瀬戸大輝などのその代表例だろう。
特区で短い間だが育ち、特区によって大事な存在を失っている。瀬戸大輝に限った話ではないがそれでも元一般人である瀬戸大輝には普通以上に堪えるものだろう。だからか瀬戸大輝は異常に特区に固執するところがあるが、それでも瀬戸大輝にだけは無茶はさせられない。作戦に登用しておいて言えないが、瀬戸大輝が死ぬようなことがあれば、人類最強が再び死ぬようなことがあれば、またあの時のように大戦争が起きかねない。それだけは避けねばならない。人類最強という名は、この世界の要なのだ。
『おい』
と、考え事に集中し過ぎていた。さっき気を張らない取って考えたばかりなのに私も間抜けな物だ。しっかりしろ。今は作戦に集中するんだ。
「なによ」
『大脳を発見した』
「!?」
弾かれた様に瀬戸大輝の目線を映し出しているモニターを見ると何やら巨大な機械が見えた。
見た目は巨大な円柱だがその表面には血管のように青白い光が走っており、全体としては特区にしては珍しい黒色だ。そこに血管のように青白いライトが存在する。これが、大脳?見た目こそただの円柱だが、こんな物に特区の研究や人員のスケジュールや研究方法の管理を行えるだけのスペックがあるのだろうか?現在でも存在するスーパーコンピュータでも複数の機体を持ったうえで一機と言う見方をするような代物だ。しかしそれは大きさは人間の倍くらいの高さ、太さだ。あまり大きいとも言えないかもしれない。こんなので本当にできるのか……?
「待って。これで間違いないの?本当に?違ってましたじゃ済まないわよ」
『俺に聞くな。レドーニアが言うにはこれで間違いはないらしいし、俺が昔聞いた形状とも似ている。多分間違いない』
何名前呼びになってるのよクソガキが。
マッピング装置の画面を見ると研究区画の最奥のようだ。やはりそういう代物は奥に隠したがるのが人間の性なのか。
『どうする?破壊するのか?』
「待ちなさい。破壊は予定通り第二作戦で行うわ。あんたは余力を残しなさい。まだ終わりじゃないんだから。あんたは第三段階の捨て子救出に向かいなさい。時間は残すところ一時間ね。急ぎなさい」
『わかった』
瀬戸大輝が通信を切ったのを確認して私はマイクのチャンネルを全体通信に変更する。どうせこれは瀬戸大輝も聞こえるから瀬戸大輝が通信を切る必要もなかったけど。ていうかあいつは直ぐ通信切り過ぎ。
「大脳を特区研究階層最奥にて確認!繰り返す!大脳を確認!位置情報を確認されたし!」
端末を操作しながらそう叫び、位置情報を全要員に送信する。瞬間室内が騒がしくなった。まあ気持ちはわかる。だが、あくまでも見つけただけだ。破壊できなければ意味がない。本題はこれだからだ。油断するなよガキンチョ。
私は再び通信のチャンネルを弄って上層部へ繋げる。
「降下作戦第二段階成功。第三段階へ移行する」




