絶望
金属と金属がぶつかり合う音が響き渡っていた。時に火花を散らし、時に血を飛び散らした。
真っ直ぐに敵を睨み合いながら彼ら、瀬戸大輝、男は剣を振り続けた。口も開くことなく互いに剣をぶつけ、殺し合いを続けていた。
瀬戸大輝の体力などもう残っていないに等しい。生まれたての小動物のように足は震え、その身体からは血が溢れ、通常時であれば持っているであろう筋力は役目を果たせず心許無い。当然だ。瀬戸大輝の体は先の戦闘により負傷を負っている。左腕切断と胸部を破損された黒崎真狩との初戦闘もそうだがもっと最近。つい数十分ほど前の戦闘だ。いや親子喧嘩と言うべきか。その際に瀬戸大輝は黒崎真狩と感情の全てと共に拳をぶつけあった。それはあまりにも激しかい戦いだった。黒崎真狩は恐らく意識的にしろ無意識的にしろ力をセーブしていたのだろう。故に瀬戸大輝の五体は今現在弾けずに済んでいるのだろう。しかしだ。それだとしてもセーブしたからと言って根本的怪物的怪力がなくなるかと言えばそうではない。圧倒的力は抑えたとしても圧倒的であることは違いない。加減したところで失われてしまう『圧倒』など『普遍』と変わらない。分厚い壁を純粋な力業で破壊できる力をセーブしたとしても人一人破壊するには十分だ。恐らく彼の体の内部は表面同様にボロボロなはずだ。胸部を破壊されたときに瀬戸大輝の胸骨は破損しているはず。恐らくそこは更に破損し、肋骨も数本は折られているのだろう。腕や足などの骨も下手したら破損している可能性が高い。しかしそれでも瀬戸大輝は日本刀を握る腕に迷いはなかった。
対照的に男は無傷と言っても良い。この戦争中に戦闘をほぼ行っていないのだから当然ともいえるがそれを加えてなお男の表情は余裕に溢れていた。黒崎真狩が危険でない事を伝え、更には衛星ミサイルの脅威を漏らし、自分を追い込むような行動をしてなお彼は余裕の顔だった。
しかしおかしい。黒崎真狩の事やミサイルの件はまだ理解できる。男は瀬戸大輝と一対一で戦いたいと言っていた。であるならばその条件にそぐわないそれらを捨てるのはまだ理解できる。あくまでも後付け、外付けの戦力だからだ。故に彼はそれを捨てることを許容したのだろう。それらがあれば確実に勝てたであろう物でもだ。他にも何か別の隠し弾を持っている?もしそうだとすれば何だ?特区には何がある?オールラウンダーに特区特有の特別武器、兵器。しかしオールラウンダーは除外していいだろう。彼女は魔女と言う天敵の存在がない限りこんなお遊びでは動かないだろう。なら残るは特区特有の武器、あるいは兵器か。だがそこまで脅威となる物の情報は少ない。ここまで特区全体にまで広がった広域戦闘において活躍できる兵器は四足走行戦車くらいの物か。しかしそれは瀬戸大輝が対一で相対しない限り問題はないだろう。下で戦っている者たちの前に現れればそれすらも脅威ではないはずだ。片ノ坂音遠や橘莉桜が相手であれば他の者たち以上にそうだろう。元軍人の彼女らからすれば兵器との戦闘など茶飯事だ。手間はかかっても苦戦はしないはずだ。であるなら情報がない他の兵器?あくまでも屋内である特区において航空兵器は保持しているとしても使用はしないはずだ。巨大兵器の可能性は?……まさか。漫画じゃあるまいし。しかしまあ考えても仕方ない。
それに、この男はあらゆるそれら要因を除いて考えても強い。圧倒的強さだ。恐らく瀬戸大輝の万全状態と互角に近い。いや全く同じレベルの強さかも知れない。しかしそうだとすれば負傷している瀬戸大輝はあまりにも不利過ぎた。常人であれば戦闘を行うのはもちろんとして今こうして立っていることがまず有り得ないのだ。間違いなく崩れ落ちている。下手をすればとうに死んでいるかもしれない。
しかしそれでも瀬戸大輝は震える足で立ち続ける。握力の失せた腕で日本刀を振るい続ける。戦いに明け暮れ、それでも変わらず戦い続ける。眼前の男がどのような人生を生きてきたかはわからない。しかし瀬戸大輝以上の戦闘数、地獄を経験した数には届かないだろう。瀬戸大輝程の地獄を経験した者はこの世界が今以上に劇的であったとされる十数年前以前のものだろう。それこそ御山剣璽世代から以前だ。それ以降の者たちは本当の地獄は経験していないのかもしれない。
であれるならば純粋な場数の差が物を言う。そして背負っている物が物を言うのだ。
この世界に生きている者は決して平等ではない。生まれ育ちはもちろん。強さ、あるいは弱さか。それらは天と地ほどの開きが出てもおかしくないのだ。経験した地獄。戦った数。殺した数。負けた数。殺された数。それらの要因はこの世界において明確な格付けになってしまう。地獄の経験の数は即ち戦い抜いた数。殺した数は勝った数。負けた数は……殺された数だ。ただ目の前の敵を倒すことだけを考えている者にはそれを理解できる日はない。負けるからだ。死ぬからだ。何かを背負い。戦い。殺し。殺され。負けて。生きて。生き抜いて。初めて彼らは『強さ』を手に入れるのだ。眼前の男がどれだけの場数を経験しているかは知れない。だがそれでも、瀬戸大輝程ではない。彼ほど戦い、傷つき、失い、殺し、殺され、それでも戦い抜き、生き抜いてきた者はあまりに少ない。
この世界においての死亡率は半分に分けられると言っても良い。天寿を全うするなど不可能とされているこの世界では戦死、あるいは自殺が主な死亡原因だ。先で述べたような経験をした者は極論で言えば耐え抜いた者と耐えきれなかった、いや、諦めた者に別けられる。しかし当然とも言えよう。そう長くはない人生ではあれどその時間の中で戦いに明け暮れ、殺し、それだけならまだしも大切な何かを失う事など茶飯事だ。それに耐え切れない者が現れるのもまた、この世界においては日常と言えよう。
誰もが生を望んでいるわけではない。命を大切にしましょう、昨日を生きらなかった人のために今日を一生懸命生きましょう、などと言う者はそれこそ死んだほうがいい。死ぬのが怖い人間の言い訳だ。失う辛さを知らない人間の無知だ。一生懸命生きた事がない人間の言い訳紛いの発言だ。心の底から絶望し、生を拒絶した者を冒涜する行動だ。
自ら死を選んだ彼らは馬鹿だったか?早計だったか?命を大切にしなかったか?一生懸命生きなかったのか?そんな筈がない。彼らこそ尊い。彼らこそ尊敬に値する。己が矜持にかけて敬礼を捧げるだけの価値がある。何故なら彼らは『生きた』からだ。絶望し、生を捨てるまで最後の一瞬まで生きて、戦って、生き抜いた。そんな彼らにこそ栄誉を与えるべきだ。崇めるべきだ。
そして生を願い、共に生きたいと願いながらも死した戦友達。彼らにも同等の敬意を払いたい。彼らは悔しかっただろう。生きたかっただろう。守りたかっただろう。ともに、生きたかっただろう。それでも死んだ。
だが彼らの意思は決して無駄にはならない。生きて、戦いを選んだ瀬戸大輝のような戦士が、軍人が、家族が共が、受け継ぐからだ。背負うからだ。
背負っている物が、それを背負う者を語るのだ。声を荒げて叫ぶ。戦えと。生きろと。守れと。
故に瀬戸大輝は戦う。剣を振るう。生き抜こうと抗う。
「ああ!」
瀬戸大輝の振るった日本刀により男は大きく宙を舞った。横薙ぎに払われた日本刀はしかし男の日本刀の腹でもって防がれた。だがそれで勢いは止まらず男を飛ばしたのだ。
受身を取った男は着地して、だが驚いたような嬉しいような表情をその顔に張り付けていた。そしてそのまま笑みを深めて男は体勢を断ち直した。そして口を開く。嬉しそうに。
「驚いた。やはり君は強いよ。……うん。君はやはりこちらに来るべきだ」
言って男は瀬戸大輝に向かって誘うように手を差し伸べた。その手をそのままに男は語り続ける。
「昔の君ならもっと歓迎だけどね。今の君は少し甘い。昔みたいにもっと冷酷になれよ。残虐になれよ。一人を選んだのなら独りになり切れ。最後まで揺れるな。昔のように近付く仲間を尽く犠牲にしろ。食い物にしろ。生贄にしろ。君はそれでいい。どんな事をしても生きようとしていた君こそが、愛おしいんだ」
男は構えを完全に解いて両腕を広げた。まるで諭すようにだ。しかしそれを瀬戸大輝は無視して構えを崩さない。いつでも行けるように体重の調整に入る。
だがそれすらも男は無視して言葉を続けた。全く悪びれる様子がない。
「こっちに来い。誰もいない、自然に一人になれる場所がある。もう誰かに気を使って戦う必要はないよ。みんな殺せ。全て壊せ。君の役目はそれだよ。守る必要なんてない。生きようとする必要もない。君は一人だ。どうせ生きていたって救われない。君はずっとそのままだ」
「……どういう意味だ」
「詳しい事はその時に話すよ。とにかく今はこっちに来い。君となら出来る気がするんだ。この世界を、この不条理な世界を終わらせる事が」
言いながら男は両手をさらに広げる。そのまま男は尚も誘うように言葉を紡いだ。
「君だったら大丈夫だ。この世界を呪い、恨み、憎悪し、それでいてそれを隠しながらも戦い続ける君ならどこに行っても通用する。なんせ『人類最強』だ。今押し込めてしまった君の本音を、心理を、人生を解放しよう」
「……」
男が完全に構えを取った事を確認して煙草を銜える。それに火を点けながら男に言葉をぶつける。酷く面倒臭そうに。
「お前はなんだ?構って欲しいのか?随分とお喋りだが。俺としてはさっさと終わらせたいんだがな」
「うん僕は人と話すのが好きでね。悪いけど少し付き合ってくれないかな?長くするつもりはないから」
男はそう言って肩をすくめた。続けていいか?と言っているようだ。
「……好きにしろ」
瀬戸大輝は小さくため息をついてからその場に腰を落とし、顎で男を促す。それを確認するように頷いてから男も腰を落として語り出す。
酷くシュールな光景ではあると思う。ここは戦場のど真ん中で、更には眼前にいるのは敵同士。だと言うのにその敵の前で双方腰を落として会談しようと言うのだ。ある意味では面白い光景だ。
「僕の親はこの世界に殺されてね」
「……」
「あ、ごめん君にこんな話しをするのは酷かもしれないけど悪気はないんだ。でも聞いてくれ。……正確に言うなら『特区』に、だ。僕の両親は『ここ』の研究員だった。それもそこら辺の一介の研究員じゃない。誰もが認める研究員だったよ。そんな彼らから生まれ、育てられた僕は彼らを誇りに思っていたよ。研究に没頭しながらも僕の事は決して忘れなかった。毎日同じような時間に帰って来ては僕の宿題を見てくれたんし話も聞いてくれた。僕が作成した論文も最後まで読んで添削してくれた。僕の研究、と言っても当時僕はまだまだ幼かった。遊び半分だったよもちろん。それでも彼らは最後まで付き合ってくれた。僕は幸せだったよ。そんな日々がずっと続く物だと思っていたからね」
そこで男は一度言葉を区切り息継ぎするかのようにため息をついた。そして続ける。
「だが殺された」
その言葉を聞いて瀬戸大輝のレンズから露出した目がピクリと反応した。
「僕の両親が行っていた研究の過程で上層部の不正が発覚してね。正義感からか両親はそれを上層部に掛け合ったんだ。どうなっている、そんな事はやめろとね。だが上はそれを良しとはしなかった。その結果僕の両親は反逆者として公衆の面前で殺害されたよ……。まあでも両親は死力を尽くして僕の記録を消してくれたから僕は捨て子として新しい人生を得る事が出来たよ。名前は失ったけれど、復讐する機会を得れた訳だ……」
「……」
瀬戸大輝は腕を組みながら深いため息をついた。
これは瀬戸大輝とは全くの正反対の過去を持つ人間だった。瀬戸大輝は親から、いや家族からあまりにも酷い扱いを受けた末に殺された。それは瀬戸大輝が他人を信用出来なくなった原因でもあるのだが男はその逆。彼は両親に愛され、愛した両親と過ごす日々を殺された。権力と言う絶対的な暴力で。
どちらが不幸かとも言えない。どちらともが不幸すぎる。愛してくれるはずの両親に殺されたか、愛してくれた両親を殺されたか。これは賛否両論あるだろう。殺されこそしたがそもそも愛されず、それが当たり前だった瀬戸大輝は不幸とが言えないという意見。これは事実ある。最初から不幸な奴が不幸になっても同じという考えだ。
対して男は愛され、それでいてその愛してくれた者を殺された。これは世間一般で言えばこちらの方が不幸であろう。お涙頂戴の哀愁劇だ。だがそれはあくまでも一般的見方。この世界では通用しない。そもそもこの世界で生まれたことからしてもう不幸なのだ。であるならば瀬戸大輝も男も大きく視野を広げて見たならばそう大差はないという事になる。不幸や理不尽がありふれた世界だ。その認識にいたっても仕方がない。だがそもそもその認識が間違っているのだ。不幸が当たり前の世界などあってはならない。幸が当たり前の世界もなんだか宗教、洗脳めいているがしかし「普通」までも否定していいものではないだろう。誰だって幸せになりたいものだ。だが世の中はそう簡単ではなく蹴落とすかのように不幸が降りかかってくる。それに耐えられる人間は、あるいは勝てる人間は一部のものだろう。であるならばせめて高望みでも何でもない。『普通』くらい、望む権利があっても良いはずだ。だから彼らは共に不幸だった。不幸の象徴だった。男の過去が事実かどうかはここでは問題ではない。その可能性がある時点からしてもう不幸だ。そして不幸と戦いながら抗いながら生きた彼らは道を違えた。同じ道程と言っても良い道筋だったにもかかわらず彼らは違えた。孤独な『独り』と孤独な『復讐者』に。
その全くの対極と言える彼らは同じ空間にて腰を落として向かい合っている。片や煙草を口に含んで面倒そうに。片や嬉々として楽しそうに。
今こうしている瞬間にも他の者たちは戦い、死んでいっているのだろう。だがそれでも彼らは動かない。まだ今じゃないと言うように。まだ物語は始まっていないかのように。瀬戸大輝は煙を吐きながら男を真っ直ぐに見つめ、男も同様に瀬戸大輝を見つめて語る口を止めない。
あまりにも不釣り合。あまりにもシュール。全くの反対にして全くの同義。それ故に彼らはぶつかるのだ。視線と視線で。言葉と言葉で。
「復習したい。なるほど理解した。だが解せん。それと俺にどう関連がある?『先代』についてもそうだ。全く意味が分からない」
瀬戸大輝は煙草を地面に擦り付けて火を消しながらそう言う。だが実際この場に居合わせた者がいたとしたら全員がそう思うだろう。
『特区』により両親を殺害されて復讐心が芽生えたのは十分理解できるし同情も出来よう。だが瀬戸大輝、並びに御山剣璽がそこに登場する意味が分からない。関連性など皆無だった。そうなればこの戦争すら謎めいている。この戦争は『特区』の上層部が仕掛けたことだと男は言っていた。であるならばなぜここに男がいる?まるで首謀者然とした振る舞いを見せる?確か男は上が無視できない情報を握っているような発言をしていた。だから今の立場にいると言うのか?いやそうだとしてもやはり最終的には『それとこれに何の関係が?』に帰結してしまう。
だが男はそんな事など気にするなとばかりに肩をすくめて尚も口を開いた。
「まあ良いじゃないか。次は君の番だ。君の過去を聞かせてはもらえないかい?」
「は?」
男のあまりにも間抜けな発言に瀬戸大輝は呆れたような表情になる。しかしそれも当然だろう。男は勝手に語り出したのだ。だと言うのに次?番?どこかおかしいのではないのかこの男は。瀬戸大輝も呆れた顔のままもう一本の煙草を銜える。それに対しても男は小さく笑みを浮かべて瀬戸大輝を見つめる。まるで瀬戸大輝が口を開くを待っているかのようだ。
「まだお前の話が終わっていない。何故お前の過去に俺たちが介入する?その余地があるようには思えない」
瀬戸大輝が口を開いた瞬間男は少し嬉しそうに口角を上げたが最後まで瀬戸大輝の言葉を聞いた途端その口角は元の位置に戻った。そして不服そうに頭をかいて呻った。
「ん~まあ良いか。別に」
言いながら男は瀬戸大輝に手を伸ばしてくる。それに反応して瀬戸大輝は地面に置いた日本刀に手を伸ばすが男はそれをクスリと笑っておどけて見せた。「何もしないよ」と言いながら広げた手を握り人差し指だけを出す。その指先は瀬戸大輝の顔。その口元に銜えられている煙草へ向いていた。
「一本くれないかな?少し興味あったんだ」
「……ち」
そのあっけらかんとした態度の瀬戸大輝は拒否するのも面倒になり舌打ちをしてから男に煙草とジッポライターを投げた。
全く読めない男だ。それは瀬戸大輝も面倒に思って当然だった。
男は煙草を受け止めると一本取り出し火を点けた。素人の手本のように下手な火の点け方をしてから男は煙を大きく吸った。
「……ん!ごほっごほ!」
「馬鹿かお前。そんな一気に吸えば俺でもそうなる」
「すごいなあ君は。こんなの良く平然と吸っていられるね?特区にもあるにはあるけれど高くてね。そういえば君たちの方ではこういうのは支給されるんだっけ?」
「まあな。申請すればある程度なら」
「へえ羨ましい。ちょっと僕にも横流ししてよ」
「……お前が生きてたらの話だ」
「そりゃそうだ。御山剣璽も吸っていたのかい?」
「いや?何故そんな事を聞く?」
「いや君って御山剣璽の真似をしようとしているように感じるからさ」
その言葉で瀬戸大輝の動きがぴたりと止まった。ゆっくりと、ずれた歯車が押されて動くように酷くゆっくりと瀬戸大輝は男の顔を視線を向けた。瀬戸大輝のその顔は驚愕に満ちていた。まるで図星を突かれたように。
しかし男はそんな事に気付かず煙草を上手く吸おうと顔を下に向けている。
「ごほっごほっ!……ん~やっぱり僕には厳しいかな。ごめんね一本無駄にしちゃって」
「……何、が……言いたい?」
「ん?だから僕には煙草は難しいって」
「それじゃない!もっと前だ!」
瀬戸大輝は立ち上がって激昂した。その顔は先ほどの驚愕の表情はとうに剥がれ怒りに満ちていた。
突然激昂した瀬戸大輝を見て男は一瞬驚いた表情を浮かべるが直ぐに小さく笑んで瀬戸大輝同様に立ち上がる。薄らと笑みを浮かべたまま瀬戸大輝の顔を見つめ、口を開いた
「ああ、御山剣璽の事か。でも事実じゃないかい?君の行動は謎が多い。一人を選んでいるように見えて人を心から拒絶しているようにも見えない。残虐で無慈悲で負けなどない君は任務のためだと良いながら味方を切り捨ててきた。でもそれは彼らを守るためだった」
「!?」
「事実君が単騎戦闘を選んでからというもの少なくとも弱者が強者に蹂躙される、いわゆる犬死は大きく減っている。それは君が味方がいようといまいと一人で勝とうと邁進するからだ。君が一人で終わらせれば他が犠牲になることはない。だから君は一人を選んだ。加えて保険のために近づこうとする者は味方でも拒絶した。少しでも可能性を高めるために」
「違う。俺はただ一人で十分だったから」
「それこそ違うね。君はやはり守りたかったんだよ。誰かが犠牲になるのを恐れた。だから一人を選んだ。自分が犠牲になれば済むと考えたから」
「違う!」
「……うん確かに違うかも。君はアレかな?御山剣璽の代わりになりたかったのかな?御山剣璽に為り替わろうとでもしたのかな?」
「ぐっ」
男は瀬戸大輝を見つめながら薄ら笑いを浮かべ、瀬戸大輝はそれを睨みつけるがしかし何も言えず固まってしまった。それを肯定と受け取ったように男は更に続ける。
「御山剣璽。彼は確かに『最強』だったんだろうね。どんな状況であろうと笑って覆して見せた。僕はそれは脅威、いや狂意かな?だから僕は御山剣璽の事はこう呼ぶよ。『人類最狂』と。……君もそう思わないかい?どんな状況をも笑って覆す。笑ってだよ?気持ちが悪いじゃないか。他の者たちがどんどん死んでいっているのに彼だけは笑顔を絶やさなかったと聞く。彼からすれば仲間なんて、仲間の死なんて笑いごとだったんじゃないかな?だから彼は笑っていた。しかし結果としてそれは事実を知らない、彼の狂気を知らない者達には鼓舞を与えてるように感じられ、そしてそれを受け取って彼らは御山剣璽の下で勝利を収め続けた。偽物の贈り物だとは知らずに」
「違う!あの男はそんな男じゃなかった!あの男は本当に誰かのために戦い続けた!」
「まあ落ち着けって。君の言い分はわかる。だがそれを証明する術がどこにある?彼はもう死んだよ?……僕が殺したからね」
瞬間瀬戸大輝は爆発し男に飛び掛かった。抜刀した日本刀を振りかぶり男の頭頂部目掛けて振り下ろす。
「だから落ち着けって」
だがそれを男は一瞬で抜刀した日本刀の腹でもって受け止めた。鍔迫り合いになりながら二人は睨み合う。火花が飛び散るのではないかというほどに二人の双眸はその鋭さを増していた。
そして睨みつける瀬戸大輝の視線を真っ向から見つめ返しそれでも薄ら笑いを止めない男は尚も言葉を続ける。
「あの男は君の言うように誰かのために戦い続けた、ように見えた。だが事実はわからない。そんな彼の下には道理ともいえるが多くの人間が信頼を置いて集まった。彼ほどあの若さで人を惹きつける才能を持った者はいないだろう。だからこそそんな彼を失った人達は、世界は愕然としただろう。絶望しただろう。自分中の何かが消えたような虚無感に苛まれただろう。あの大戦に参加しない程に。……そして君はそんな彼らを見て御山剣璽に近づこうとした。彼のと同じだけの存在になろうと戦った。だがそれはいつしか御山剣璽に対する憧れや罪悪感とは別の物が混じるようになっていった。恐らく嫉妬心だろう。君は戦いながらにして御山剣璽の代わりになろうとした。御山剣璽に為り替わろうとしていた。その結果が今の君だよ。『独り』という結果だよ」
「……っ」
「報われないね。誰かに愛されたいと思いながらも君が選んだ選択肢はしかし『独り』。そして拒絶。共に背負うことで皆を救ったあの男とは逆に君は一人で背負い、戦うことで犠牲を君だけに絞った。でもそれは救いにはならない。誰のためにもならない。君一人が辛い思いをするだけだ。だからさ、こっちに来いよ。僕は君が愛おしい。君となら変えられるはずなんだ。こんな腐った世界を。君一人が全てを背負う必要はもうないんだ。……君はもう充分頑張った。耐えたじゃないか。だからもういいんだ。こっちに来い。君が志願すれば常に一人になれる場所がある。もう君が誰かを守る必要はないんだ。だから、ね?」
「……」
鍔迫り合いの中男の諭すような言葉が続く。それを聞く瀬戸大輝の顔は見る見るうちに影を落としていった。それを見た男は何故だろう。少しだけ悲しそうに目を細めた。
「……はあ」
男がため息をついて鍔迫り合いを中断するように一歩後ろに下がる。しかしそれで瀬戸大輝がバランスを崩す、という事はなかった。どころか鍔迫り合いの体勢のまま動かない。固まったように姿勢を維持し、しかしその頭だけは地面を見つめるように垂れていた。絶望するように。
だがそれも無理からぬ、というものであろう。恐らく男が言っていたことは事実だ。確たる証拠がある訳ではないとしてもそう思えるだけの箇所はいくらでもあったのだろう。
誰かを切り捨て、裏切り、見殺しにするような行為をしていても本当に最後までそうだったかといえばそれは違うと、瀬戸大輝に会ったことのある者なら大半がそう言うだろう。事実彼の戦闘において何度か味方を庇うような行為が散見されている。それに対して瀬戸大輝は任務のためだとそう言うだろう。だが確実にそうではない。彼は迷っていたのだ。冷酷であろうと。無慈悲であろうとする彼はしかしまだ人間だった。誰かに死んで欲しいだなんて思えるような人種ではなかった。どれだけ口ではそれを否定しても行動が、心がそれすらも拒否する。本当は守りたいと。誰にも死んで欲しくないと。だったら自分が犠牲になると。
しかし恐らく最初はそれだけだったのだろう。純粋に誰かを守りたかった。しかしどこかそれを許容できない自分がいた。故に彼は冷酷なふりをした。守るのではなく。仕事のために仕方なくという体を作った。そしてそれを続けるうちに彼はそんな自分でももしかしたら御山剣璽のようになれるのではないか、と思うようになったのかもしれない。御山剣璽のような男に。御山剣璽が立っていた場所に。御山剣璽が受けていた信頼を。そんな人間になりたかったのかもしれない。確かにそれは嫉妬心だったのだろう。若くしてこの世界に足を踏み入れた彼からすれば御山剣璽は憧れと共に憎悪の対象でもあったはずだ。逆恨みと言われるだろうがそれは責められることではないのだ。彼は当時まだ幼かった。故に筋違いだとしても仕方がない。子供だ。間違いを起こすのは当たり前。だからこそ彼はもう間違えないようにと努力したはずだ。だからこそ憎悪の対象に憧れの念を抱けたのだ。その座に為り替わりたいと思うほどに。
「もう……良い」
恐らく自覚などなかったのだだろう。自分を犠牲にする云々は彼の行動を見ても恐らく自覚はあるように思う。しかし本人はしかしその誰かを守るため、というのと御山剣璽になりたかった。為りたかったというのは否定するはずだし自覚もなかったのかもしれない。だから本人は気付けなかった。だから止められなかった。だからこその絶望。その戦いを続けて六年。それ故の諦め。
「もう……どうでもいい」
瀬戸大輝は気付いてしまった。自分の卑しさに。幼さに。
六年という月日が経って尚も全く成長していない自分自身に絶望した。
それはその六年という数字が全くの無駄であったことを意味する。他人からしたら些事かもしれない。しかしそんな事は関係ないしどうでもいい。結局は本人がどれだけ重きを置いてそれに向かっていたかが物を言う。誰しも自分が今まで生きてきた時間を、今まで行ってきた行動が無駄だったとは思いたくはないだろう。今まで生き、戦い、殺してきた今までの時間。どれだけ自分勝手だとしてもその結果として誰かを救えていたとしてもだがその理由は酷く歪。誰かを守りたいのではなく、誰かを守って信頼されていた男が立っていた場所に立ちたいという願望により起こった現象としての結果。あくまでもそのような人間になりたい、ではなくその人間が立っていた場所に立ちたいという身勝手の願望。
それに気付く。絶望する。
諦める。
「……殺してくれ」
瀬戸大輝は膝から崩れ落ち天を仰ぐ大勢になり、硬直する。全てを放棄するように。
彼に絶望が広がっていく。




