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Hand in Hand  作者:
六年前 終結編
10/60

瀬戸大輝 4

  少年はふと目を覚ます。

 辺りは静まり返っている。時々聞こえる虫の音と風に揺られた草木の音以外音以外何もない。

 少年は困惑した。自分の今の状況が分からなかったからだ。記憶を辿り思い出そうとするが何故かわからないが息苦しさによる酸欠で思考が安定しない。誰かに頭の中を揉みくちゃにされているような感覚。

 とにかく呼吸を整えようと先ほどから妙な違和感、というより痛みを発する首元に手を当てる。

「っ」

 思い出す。

 首を絞める父。それを止めもしない母。助けると言って何もしなかった兄。その三人の何かから解放されるのを確信しているかのような歪んだ笑み。

 そして少年は彼らに殺された。

 その絶望。

 次いで思い出す。

 凄まじい嘔吐感。想像を絶する痛み。

 意識がはっきり覚醒するにつれてそれは強さを増す。

 背中、腹、首。あらゆる箇所からの激痛により痛覚さえも混乱し正しい痛みの場所が分からない。ただただ激痛を訴えていた。

「あ、お。……ヴぉえええええええええ!」

 少年の食道を通って何かが駆け上ってくる。その感覚に命令されるように少年は口を開くがしかしそこから胃の中身が溢れてくることはなかった。

 当然だ。父により腹部を蹴られた際にすでに出しているのだから。

 ただでさえ少ない食事数だ。一度出してしまえば何も残るまい。

 しかしそれがさらに少年を苦痛に引き込む。吐き気を催して吐く物がないと言うのは一番辛いのだ。解消する術がない。

 少年の中に絶望があふれる。

 自分の人生とは何だったのか。

 ただ勉強が好きで、その結果知識が増えるのがうれしかった。

 知識が増え、学業で成績が伸びるのが楽しくて、それを両親に褒められるのが好きだった。

 知識が増えたことにより両親や大人の言ってることが理解できることが嬉しくて、それ故に大人と議論を交わせることが楽しかった。その瞬間が好きだった。

 しかしそれは自分一人だけだったようだ。

 大人たちは優秀な子供の段階で留まって欲しかったのだ。あくまでも自分たちの希望通りの能力、行動、結果だけを生む存在でいて欲しかったのだ。自分に意見するような存在にまでは行かれては腹の虫が悪いというわけだ。ただ自分を引き立てる存在であれば良かったのだ。

 故に彼らは従わせようとしたのだ。暴力で。

 しかしそれで屈服してしまう程自分の好奇心と知識欲は素直ではなかった。

 それは彼らからすれば予想外であっただろう。所詮はただの子供。大人の言う事には逆らえない。そう思っていたのだろう。

 そうならなかったが故に彼らはならなる暴力でもってそれを潰そうとした。しかしそれでも潰れなかった。耐えて耐えて、それでいて大人たちへ議論を投げかけ続けた。大人たちはそれに対して大人の意地か、あるいは純粋な反抗心か、無視しようとはしなかった。

 それがいけなかったのだろう。打ち負かされるのだから。

 それは更なる負の感情を増幅させるのには十分だった。子供相手の知識や理論での敗北。相当心が緩さかでないと腹が立つというもの。蓄積されればいずれ爆発して然るべきだ。

 しかしその爆発の仕方は再び暴力によるものだった。

 彼らにもっとマシな考えがあれば、心を持っていれば、実力で負けたのなら実力を向上させる気概を持っていれば、こんな事にはなっていなかっただろう。

 自分にも何か悪い所があっただろうか?

 もっと大人しくしていれば?大人の言うことが間違っているとわかっていたとしても無視していれば?

 いやそれは違う。

 間違っていることを指摘して何が悪いというのか。人間みんな完璧じゃない?完璧じゃなければ間違っても仕方ないと?見逃せと?そんなのは欺瞞だ。それこそ間違いだ。道徳の授業ではないのだ。

 だとしたらこれはなんだ?理不尽を通り越してただの馬鹿ではないか。自分の無能を棚に上げて力で屈服させる?いつの時代だ。戦争をして勝てば正義だった時代はとうに終わっているではないか。時代錯誤も甚だしい。

 馬鹿馬鹿しい。

 何も悪くないのに殺された。そう殺されたのだ。

 何もできない子供が、大の大人、それも生みの親達によって。

 あまりにもな出来事だ。虚しさと絶望が駆け巡る。

 少年は考える。

 そもそも少年に悪い所ならともかく間違った所はなかった。悪い=間違いというのはそれこそ学校の授業だけだ。また正しい=良いというものでもない。正義や正しさは人に寄り過ぎる。虐めなどもそうだろう。虐めている側が虐めていると自覚していなかったとしても虐められている側が虐められていると認識すればそうなり得る。また相手が虐めていると思っていても被害者が虐めではないと思えばそうなってしまう。いわゆる弄りという物だ。つまり世の中は受けた側の認識に大きく影響される。他人の感じ方が全てなのだ。その結果が今の少年だ。

 しかしこれはあんまりだろう。

 まだ少年が親に対していくら知識で勝っていたとして口答え、論破しようとしたことに対して暴力という手段はともかく対抗しようとしたことは間違いなく正しい事だ。大人げないだとかそんな道徳的なものが必ずしも適応されてくれるほど世の中優しくはない。両親はあくまでも手段が間違っていたのだ。いくら少年に腹立たしい思いをしたとは言えそれを暴力に訴えてしまったのはさすがに大人げないし何より理不尽だ。子供に大人に対抗する力などないのだから。ただの一方的な物になってしまう。

 しかしまだそれだけならまだ良かったのかもしれない。言い方が悪いかもしれないがただの暴力であれば少年が耐え忍べば済んだ話だ。だがその暴力の結果として生まれた傷、痣は別だろう。それが外の漏れて職を奪われたからと言って少年のせいにするのはおかしくはないだろか?暴力の結果を想定できなかった無知と、それを隠す技術がなかった配慮不足が原因だ。少年に悪い所はありはしない。少なくとも少年はあの時痣を隠す素振りを見せた。つまりそれがバレればどうなるかを少年はわかっていたという事になる。暴力は止まるにもかかわらずだ。どころかあの両親からも逃げる事が出来たかもしれない。しかし少年はそこで助けを求めようとはせず隠した。まるで両親を庇うかのように。

 しかし結局は気取られてしまった。

 その結果として両親は職を無くすことになった。そんな理由で職を無くしたものを今後雇ってくれる所などないだろう。故に彼らは逆上し少年を殺しにかかった。本意はわからないが少年に守れていたというのに。

 それは少年を絶望させるのには十分だった。

 しかしそれに加えて少年はあることに気付いた。

 人間の脆さにだ。

 どれだけ外面を固めて厳格そうに固めていた父や優秀そうに全てにおいて柔和な対応を見せて人柄をアピールして見せた母でさえ「職」というアイデンティティの一つに過ぎない物を失っただけでああも決壊したのだ。加えて少年自身についてもだ。今まで度重なる飢餓や暴力に晒されようと少年はずっと、約二年間耐え続けた。二年だ。相対性理論の例えとは違うが幸せな二年と地獄のような苦行の二年間は同じ時間であったとしても感じ方は違う。一秒でさえも数時間に感じかねない。まさに地獄だ。それに耐えた少年でさえもあっけなく殺された。簡単に。虫でも潰すかのように。

 そう、殺されたのだ。

 結果として少年は生きている。首を絞められて一時的に死んだのと近い状態にこそなりはしたのだろうが恐らく酸欠による一時的な仮死状態のような物か、それになっていたのだろう。

 人間はその程度で死ぬのだ。それが少年には驚き半分失望半分って所か、思う所があった。少年の知識欲はどこまで行っても、何があっても貪欲らしい。

「……」

 辺りを見渡してみる。

 暗く静か。当然だが両親や兄もいない。逃げたか。

 どうでもいいか。どの道帰ることも出来ないのだし彼らを気にしても仕方ない。そもそもこんな事をしたのだ。いずれ表沙汰になり彼らは法の下に裁かれるのだろう。そうならないのであれば世界は理不尽すぎる。そこに住む人間が理不尽なのだ。世界くらいもう少し柔らかくても良いだろう。

 少年は立ち上がる。

 体中に再び激痛が走る。軋むような感覚が嫌悪感のような物が染み渡る。しかし気にせず歩き出す。暗く、乾いた地面を踏みしめる。

 ここに来るまでに歩いた道を今度は逆に進む。

 あの時は父の携帯電話の明かりで照らして加えて手を引かれて歩いていたのだ。子供一人が歩くのには適さない。アスレチックのような安全面を考慮されているうえでの危険地帯ではない。当然転ぶ。ただでさえ少年は栄養不足なうえに先ほどまで死んでいたようなものなのだ。まともに歩けるはずもない。

 何度も転んで、何度も血反吐のような物を吐き出した。出口に辿り着くころには体中擦り傷と反吐に塗れていた。

 出口に辿り着くと月明りが照らしてきた。

 その月明りを見ているとなんだかどうでも良くなってくるような感覚に襲われる。痛みすらも意識から外れ、ただ呼吸をするだけで満足してしまうような妙な空虚感。絶望と言っていいかも知れない。

 少年の意識が遠くなっていく。

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