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『昔話・童話』シリーズ

勝つための手段は選ばない-ウサギとカメの恋模様-

作者: ぽてとこ

昔から、あいつを見るとイライラした。


運動ができないわけではないのに、どこかマヌケで、何もないところで1人こけたりぶつけたりしているので、とろい印象しかない。


何をやるにもスローペース。誰に言われてもマイペース。


なんでもすぐにやる自分とは大違い。

そのくせ、幼馴染の腐れ縁で、何かあると面倒を見させられる。

いい加減、その関係にうんざりだと思っていたところに、あんな場面を見てしまった。


同級生に告白されている、あいつの姿。


むしゃくしゃする。なんでか分からないけれど、すごく気持ちが荒れた。


だから決めた。

勝負をしようと。

勝って、決着をつけようと。




「いい?あそこの丘のてっぺんにあるケヤキの木まで、どっちが先に着くか。勝ったら、負けた方になんでも1つ、命令できるの」


指で町のはずれにある丘を指差して、兎澤とざわゆきは言った。高校に入ってバッサリ切ったショートボブの髪が、風に揺れている。

10月下旬の風は、少しひんやりして心地よい。同じ風に吹かれて、もしかしたらゆきより長いかもしれない髪をポリポリ掻きながら、当の相手は乗り気ではない様子で答える。


「本当にやるの?うさ」

「やるの。あと、うさって呼ぶな」


ゆきがギロリと睨むと、首を縮めるようにして視線から逃れようとしたのが、亀井万寿かめいかずとしである。

亀に万に寿と、なんともめでたい名前の持ち主は昔から、ゆきを「うさ」と呼ぶが、ゆきはそう呼ばれることが好きではない。なぜなら、ウサギは弱そうだからだ。


「だって、うさだって俺のことカメって呼ぶじゃん・・・」


ぼそぼそと不平を口にしている万寿を無視し、ゆきは話を続ける。


「で、分かったの?スタートしていい?」

「ま、待って待って。えっと。それ、やらなきゃダメなの?」

「そこから?ダメに決まってるでしょ」


今更の確認に、ゆきはイラっとする。


「拒否権は?」

「あるとでも?」


そう返せば、万寿は「ですよねー」と、強く突っ撥ねはしない。そのことも、ゆきをイラッとさせる。

分かってるなら聞くな、嫌ならはっきり断ってみろと言いたいが、言ってもいつもののんびりで的外れな回答が返って来るだけなので、言わないことにする。


「なんでやるの?」

「だから!きたるマラソン大会に備えて、陸上部期待の新人であるこの私が!のろまなカメの特訓をしてあげるって言ってんの!何回言えば分かるの!」

「なんで罰ゲームが必要なの?」

「そうじゃなきゃ、本気でやらないでしょ!」

「えーそんなことないけどなぁ・・・」


万寿は頭をひねっているが、それもそのはず。この競争はゆきが自分の私利私欲のために仕組んだものだからだ。

2月にあるマラソン大会のために、今から練習するほどやる気があるわけではない。目的は罰ゲーム―――万寿に1つ命令をすること、にある。

あまり突っ込んで聞かれるとぼろが出る。さっさとスタートして、うやむやにしてしまえと、ゆきはいつでも走り出せるように準備する。


「じゃ、よーい・・・」

「待って待って確認!えーと、負けたら、勝った方に言うことをきかせられちゃうんだよね?」


何で負けた方が主語なんだと思ったが、万寿の勝利がないのは自明なので、自然とそうなったのだろう。


「えっと、まあ、そういうこと」

「これって、【可能】ってこと?」

「え?可能?そりゃそうだよ。不可能なことお願いしたって出来ないんだから」


何わけ分からないこと聞くんだ、まったくのろまなカメはこれだから・・・とゆきが思っていると、万寿は「ふうん」と言って、「分かった」とようやくうなずいた。


「まったく、前置きが長すぎるよ。それじゃ・・・よーい、スタート!」


ゆきの合図で、ウサギとカメの競争は始まった。




スタートとともに、ゆきは一気に加速し、万寿を引き離した。

それもそのはず、ゆきは自他ともに認める陸上部の次期エース候補なのだ。

昔から、何でも1番にすることが好きで、小学校からかけっこはいつも1位。身長152cmと小柄なこともあり、ちょこまかと動く姿はまさしく「ウサギのよう」と言われるのだが、本人はチーターみたいなしなやかな動物に例えてほしいと思っている。

スタミナがないため、長距離はあまり得意ではないが、それでもこのくらいの距離で、万寿に負けるようなことはないはずである。


ゆきがちらりと後ろを向くと、すでに表情が判別できないくらい小さくなった万寿が見えた。

家が近所で、小学校からずっと一緒の万寿は、中学まではゆきと同じくらいの身長で、ひょろひょろと頼りない印象だった。しかし、高校に入学してから、何を思ったのか登山部に入り、毎日の部活で急に男らしくなっていった。

ゆきはよく知らなかったのだが、その登山部はハードなことで有名らしい。万寿はめきめきと筋肉をつけ、そして男子特有の急激な身長の伸びを見せ、あっという間に別人に変身した。今では、ゆきより20cmは高いだろう。

きっと45kgのゆきなど、簡単に担げるに違いない。決して担がせたりはしないが。


「だからだろうな・・・」


中学までは女子に全く見向きもされなかった万寿が、急に「かっこいい男子」として周りの女子に認識されるようになったのだ。




ケヤキの木が見えてくると、丘の上だけあって、スタート地点よりも風が強く吹いていた。

走ってきたゆきは、自分の熱気が冷やされていくのを感じる。


「ゴール直前に眠りこけるとかそういう、おバカな真似はしませんよー」


誰に聞かせるでもなく呟きながら、ゆきはケヤキにしっかりタッチする。

後ろを振り返り、万寿の姿を探してみたが、見える範囲にはいない。


「仕方ない。待つか」


ケヤキの根元に腰を下ろし、膝を抱えて座る。

あの告白シーンを見てから、あまりよく眠れていなかったので、運動後の程よい疲労感も相まって眠気に襲われる。


「ゴールした後だし、いいか・・・」


ゆきの意識は、とろとろと落ちていくのだった。




何であんなのがいいのかね。

何ていう子だっけ。あの子。カメと同じクラスの子だった。

放課後の教室なんて、分かりやすいところでやらないでほしかったな。


たまたま2人を見かけ、そして万寿の返事を聞く前にその場を立ち去ってしまったため、告白の行方をゆきは知らない。

せめて万寿が何と言うか聞いておけばよかったと後から思ったが、その時は動揺してしまって、それどころではなかったのだ。


何であんなやつ。

だって何をするにものろいしさ。何を言われてもとろいしさ。


その代わり・・・自分には無い、やさしさや丁寧さを持っていることも、ゆきは知っている。

スピード重視のゆきは、粗雑に物事を進めてしまうことが多い。テストではケアレスミスが多く、ジグソーパズルは途中(かなり初期の段階)で嫌になる。RPGのレベルをこつこつ上げるなど、もってのほかだ。そして低レベルでエリアのボスに突っ込んでいき、ぼろ負けするのがいつものパターンである。


反対に万寿は、人より2倍も3倍も時間はかかるが、丁寧に丁寧に進めるため、こつこつやることには向いている。その代わり、時間制限があるテストなどでは、最後の問題までたどり着けないことも多々あるのだが。


周りの人をよく見て、周りのことばかり考えて、自分のことは後回しにしてしまうお人好しな万寿。

自分は、自分だけの考えで突っ走って、よく考えないで行動して、空回りしたり誤解を生んだり余計にこじれたり。


自分とは正反対。


だから。


「好きになったのかな・・・」




「・・・うさ、うさ」


誰かに肩をゆすられ、ゆきはぼんやりと目を覚ます。


「あ、起きた。こんなところで寝たら風邪ひくよ?」

「・・・カズ君?」

「あ、懐かしい呼び方ー」


ふふーとうれしそうに笑う万寿を見て、ゆきは自分の言ったことに気付いた。


「か、カメがあまりにとろいから、暇すぎて寝ちゃったじゃない!」

「あ、戻しちゃうの?だってね、道に迷ってるお兄さんがいて、大荷物のおばあさんがいて、怪我して迷子になってる女の子がいたから・・・」


放っとけないでしょ?と万寿は言う。放っとくようでは、万寿ではない。

それは分かるが、またずいぶんとベタなのがトリプルコンボで揃ったなと、ゆきは内心思った。


「で、うさが先にゴールしたんだよね」

「そりゃそうよ!カメに負けるわけないじゃない!」

「じゃ、罰ゲームだね」


にこにこと言う万寿に、ゆきは疑問を感じる。


「何でうれしそうなの?」

「え?だって、1つ命令できるんでしょ?」

「私が、ね?」

「え、俺が、でしょ」

「・・・は?」


ぬけぬけといった万寿の言葉が理解できず、間抜けな声が出てしまう。


「だって、うさ言ったじゃない。『負けたら、勝った方に言うことをきかせられちゃう』って」

「うん、だから、負けたら・・・」


ゆきの言葉を引き継いで、万寿が言う。


「勝った方に言うことをきかせることができちゃうんでしょ?」

「ちょっと待て。『きかせられちゃう』って」


ゆきは混乱しながら、なんとか思考を働かせた。そういう意味にも取れるのか?あ、本当だ。取れるわ。国語で習うよね。『れる・られる』はいろんな意味があります・・・ってそうじゃなくて!


「違う!ダメ!私はそういう意味で言ったんじゃないもん!却下却下!」

「え、でも、俺確認したよ?『【可能】ってこと?』って。うさ、『そう』って言ったじゃん」


何だったらもう1回聞く?と、万寿はポケットからペン状の何かを取り出して、小さなボタンを押した。


『じゃ、よーい・・・』

『待って待って確認!えーと、負けたら、勝った方に言うことをきかせられちゃうんだよね?』

『えっと、まあ、そういうこと』

『これって、【可能】ってこと?』

『え?可能?そりゃそうだよ。不可能なことお願いしたって出来ないんだから』

『ふうん。分かった』

『まったく、前置きが長すぎるよ。それじゃ・・・よーい、スタート!』


「ほら、ね?」


ペン型のレコーダーをポケットにしまいながら、万寿は嬉しそうに答える。

あの時、変なことを、変な言い方で聞くなぁとは思った。しかし、まさか『きかせられちゃう』が『可能』・・・つまり、『きかせることができちゃう』だと誰が気付くか。いや、気付くのか?自分が浅はかなだけなのか?


そもそも、なんでICレコーダーなんて持ってるんだと思ったが、それは今、関係ない。


ゆきは頭の中でぐるぐる考えたが、出てくるのは言い訳ばかりで、万寿に言い返せそうなことは何一つ浮かばなかった。

目の前では、憎らしいほどの笑顔で万寿が待っている。

ゆきは諦めた。諦めるのも早いのだ。


「分かった。カメの変な言い方に疑問を持って、ちゃんと考えなかった私の負け。で?命令は何?」

「ごめんねー言葉遊びみたいなことして。だって、うさにかけっこで勝てるわけないからさー」


つまり、ICレコーダーも最初から仕組んでやがったなこいつと思ったが、負けを認めたのにグチグチ言うのは潔くないため、ゆきは先を促す。


「分かったから。で、何しろって?」

「キスしていい?」

「・・・・・・・・・は?」

「キス。していい?あ、命令だから聞かなくていいのか」


同級生に告白された万寿。


キスしたいと言ってくる万寿。


つまりそれは。


「練習台にする気?」

「は?」

「さては、あの子と付き合うことにしたけど、キスの仕方が分からないから人を練習台にしようとかそういう考えなわけ?いくら今までいろんな世話を押し付けられてきたからって、そんなことまで面倒見なくちゃいけない?」

「ちょ、待ってよ、うさ」

「待ってられるかこんなこと。練習台なんか絶対にやりませんからね。あーなんか無駄に疲れた。帰って寝よっと。じゃあね、カメ」


さっさと帰ってふて寝して、ついでにちょっぴり泣いてしまおうかと考えながら万寿の横を通り過ぎようとすると、腕をつかまれた。


「離してよ」

「嫌だよ。うさ、俺の話聞いてくれてないじゃん」


無理矢理万寿の手を離そうとしたが、登山部で鍛えた握力は、ゆきがぶんぶん振るぐらいではびくともしなかった。こいつ、カメはカメでもすっぽんだったのかと、どうでもいい方向に思考が飛ぶ。


「・・・何よ、話って。言っとくけど、10秒しか聞かないからね」


いーち、にー、と数え始めたゆきを見て、万寿はため息をついた。そしてゆきの目をまっすぐ見つめた。


「俺は兎澤ゆきが好きです。付き合ってください」

「な」


なな、と言おうとしたゆきは、言われた言葉の意味をすぐには呑み込めなかった。


すき。つきあって。誰が。誰を。とざわゆき?あ、私か。私?


ばらばらになった言葉を並べなおして、その意味を理解した時、あたりの落ち葉が震えるほどの大声で、ゆきは叫んでいた。


「えええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「なんでそんなに驚くかなあ、結構分かりやすかったと思うんだけど。俺」

「分かんない。全っ然分かんない!」

「うさ、鈍すぎ。俺、うさの友達からも応援されてたのに」

「嘘っ!え、本当っ!?」

「嘘ついてどうするの、こんなこと」


驚きすぎて、口をパクパクと動かすしかできないゆきを見て、万寿は呆れながら言った。

ゆきが自分の気持ちを自覚したのは、つい最近。万寿がいつからゆきのことを想っていたかは分からないが、それよりは前のことなのだろう。

そう考えただけで、体中の血が顔に集まるのを感じ、ゆきは慌てて頭を下げた。見られたくない、真っ赤になった顔なんて。


「おーい、うさ。お返事くださいな」

「あ、う」

「いっつもハイスピードな兎澤ゆきが、返事1つでこんなに戸惑うなんて、珍しいね」


誰のせいだと思ってるんだ!

自分は告白してすっきりしたのか、飄々と言う万寿に叫びたかったが、恥ずかしくて顔を上げることができない。


好きって言ってもらえた。自分も好きだ。それをそのまま伝えればいい。両想いだったのだから、何も怖くないではないか。


そうは思うのに、ゆきの声はおなかに引きこもってしまい、出てくるのは唸るような音ばかり。

万寿がつかんでいる腕と、顔だけがかっかと熱く、他の部分は固まってしまったように動かない。


「うさ?」


万寿がゆきの顔を覗き込むようにかがんできた。

このままでは真っ赤な顔が見られてしまうと思ったその時。


がん。


「ぐぅっ」


ゆきは頭突きをかました。


見事に頭にヒットした万寿は、変な声を上げてよろめく。ゆきの腕をつかんでいた手が、ようやく緩んだ。

その隙に、ゆきは走って逃げる。


「あ、あ、あんたのことなんて、マヌケのすまきとしか思ってないんだからー!!!」

「ま、待ってよ、うさ・・・」


頭を押さえながら、よろよろと万寿が立ち上がったときには、ゆきははるか彼方に見えなくなっていた。


「まったく・・・まさしく、脱兎のごとく、だね。あー痛い・・・」


自分がこれだけ痛かったのだから、ゆきも相当痛かったと思うのだが、大丈夫だっただろうか。


「命令、聞いてもらえなかったな。残念」


せっかく言葉遊びで誤魔化して手に入れた権利だったのに。

万寿的には頑張った告白も、うやむやにされてしまったし。


「マヌケのすまきって何だよ・・・」


ゆきの捨て台詞を口にしてみた途端、万寿はその意味を理解し、つい顔を緩めた。

言葉遊びには言葉遊びを返した、ということか。


「まったく、可愛いんだから」


そんな言い方でしか、自分の気持ちを表せないゆきの素直じゃないところが、たまらなく愛しい。

明日出会った時、ゆきはどんな顔をするのだろうか。自分は、その時どうしようか。


「とりあえず、ちゃんとお付き合いを始めるのを認めさせるところからかなー」


こつこつこつこつ、1つずつ積み上げることが好きな万寿は、目の前の目標を定めながら、のんびり帰路についたのだった。

「マヌケのすまき」、分かっていただけましたでしょうか?

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