マイ エンジェル
昔に書いた作品です。
応募はしたけど落選したものです。
やわらかな陽射しが窓から差し込み、爽やかな南風がレースのカーテンを揺らし。部屋の中を駆け抜け、私の心を南国へと運んでくれる。
『幸せ‼︎』 ふと、そんな言葉が何のためらいもなく、自然に出てきてしまいそうな、よく晴れたうららかな春の昼下がり。
私はソファーに腰を下ろし、生まれて来る子の事を考えながら、可愛いい服を、どれにしようか決めていた。
そしていつのまにか、あまりの陽気の良さに負けてしまい、今は 夢の中………。
コン コン‼︎ コン コン‼︎
私はノックの音で目を覚ました。
「ふぁーい、どちら様ですか?」
そう云いながら寝起きの悪い私は、ボーとした頭で玄関を開けると。
そこには空色のスーツを着た気の良さそうな、小太りのおじさんが立っていた。
「あのう、何か………」
「あのうこちらに、五、六歳の男の子が来ていないでしょうか」
そう云いながら、おじさんは内ポケットから、写真を一枚出し、私に見せました。
その写真には野球帽を被り、白地に青い線の入ったTシャツを 着て、紺の半ズボンを履いた、目がクリクリっとした、よく日に焼けた可愛い男の子が写っていた。
写真は見たものの、まだ頭が判然とせず、ボーとしていて、いったい何が難なのか訳が分からず、でもその写真に写っている男の子は、見たような見ないような、何処にでも居そうな、でも見たような、何だか良く分からなくなり。
結局、私は知りませんと云うと、おじさんは『そうですか、おじゃましました』と、心なしか寂しげにそう云うと、帰って行きました。
おじさんが玄関を閉め、私がリビングに戻ろうとしたとき、写真の男の子を思い出したのです。私は直ぐに玄関を開け外へ出て、おじさんの後を追い掛たけど、おじさんの姿は何処にも見当たりませんでした。
捜そうにも、何処の誰だかも分からず、何の手掛かりも無く。私はおじさんに悪いことをしたみたいで、申しわけない気持ちで一杯になりました。
その写真の男の子を見たのが二ヶ月前の夢の中。
幼い頃の私が回りを山に囲まれた広場で、一人でマリ付きをして遊んでいると、何処からともなくその男の子が現れ、私に『遊ぼう!』と、云ってきたのです。私は何も不思議がらずに『うん!遊ぼう‼︎』と、云ってその男の子と二人で、二人しかいない広場で時間も経つのも忘れ、遊んでいるという夢を見たのです。
その夢は週に一回の割合で見るようになったのです。でも不思議な事に一つも同じ夢は無く、そればかりか夢が連続していて、なんだか連続物を見ているみたいで、いつのまにか夢を見るのが楽しみになっていたのです。
でも、その夢をちょっとボーとしていたぐらいで忘れてしまっていたなんて〈おじさんが写真を見せた時に、思い出していれば良かったのに〉と、今頃想っても後の祭りで、もうどうしようもなかった。ただ私には、おじさんがまた来てくれるように願うしかありませんでした。
そして、季節は夏になり秋へと移り変わりました。
夢はいつのまにか見なくなり、私のお腹も大きくなり、生まれてくる赤ちゃんのことで頭が一杯で、おじさんの事はすっかり忘れてしまっていた。
そんなある日の事。
もう見なくなり、忘れてしまっていた夢を見たのです。それでおじさんの事を思い出し、今まで忘れてしまっていた事にいくらか悪い気がしてきたのです。
でも、おじさんがまた来るともかぎらず。また来てくれるように願っていても、心の隅では、いっそのこと、このまま忘れてしまって思い出いださなければ良かったのに、と想っていたかもしれません。
そして、秋も深まり木枯らしも吹き始め、私はコタツにあたり赤ちゃんに着せるセーターやくつ下を編んでいた。
玄関でノックの音がしたので私は手を休め、大きなお腹を庇いながら玄関を開けると。
するとそこには、あの時のおじさんが立っていたのです。春に逢って以来、途中忘れてしまった事もあるけど、もう一度逢って話したかった。その事がようやく適って、私は何時のまにか話出していたのです。
私が話している最中は終始無言で聴いていた。全部話し終えると、おじさんはニッコリ微笑んで『ありがとう』と云うと帰って行来ました。
私は何だか気が抜けて、その場に座りこんでしまいました。
その晩、この事を夫に話すと『そのおじさんは子供を授けてくれる神様で、僕達にちゃんと授かっているかどうか見に来たんじゃないかな』と云うのです。私は半信半疑にそうなのかな〜と想って、その晩は寝ました。
数日して、私は元気な赤ちゃんを産みました。
その晩のこと、あの夢を 見たのです。今度は幼い頃の夫も出てきて、三人で楽しく遊んでいる夢でした。
私達が 遊んでいる空の上でおじさんがニッコリ微笑んだ様な気がしました。