二話
お昼休みには教室から出て、校舎の脇に広がる広場まで出向き、木々に囲まれながら、葵は梅をはじめたとしたクラスの女子数人とともに昼食をとった。
場所取りの際には道からはやや距離があり尚且つ木陰のあるところへ座ることに葵をはじめとした皆が拘ったので、都合御手洗いや自販機からは遠い位置のベンチに腰掛けた。
梅たちは水筒を持参していたが、今は炭酸飲料水を買いに席を立っていた。広場に来る前に、葵は好みの飲み物を紙パックで1リットル買っていてそれを理由にしてひとり残った。ひとり待つ間、暇を潰しに何かしようかと時々考え詰めていたら時間はなかなか経過しない。ものの数十秒であっという間に残りを飲み干していた。
湿った毛先を摘む。
人差し指と中指を使って捏ねていく。
ピンとさせる。
あほ毛を作ろうして失敗する。
すぐに風にさらされてしまい、重力で垂れてしまうよりも先ひろがってしまうのだった。
木のテーブルへ頬杖をつく。
顎と頬の皮が引っ張られる感覚が地肌に感じた春の陽気を際立たせたので、徐に膝へ手を送る。
地面から熱が伝わる。
すっと立ち上がって、中指と小指をおいて薬指の腹が滴る汗を迎え手首を捻り目元を親指で払う。
葵は気分転換のつもりで、座っていたベンチから校内の敷地の端まで歩いた。
柵へ凭れ掛かり思いっきり背伸びする。
のんびりこの場所に居るのもコンビニに寄るけど何か買うものはある、と梅たちからの連絡があった為。買い物の様子を電子端末からリアルタイムで確認し、長くなると見越した葵が校内外を仕切る鉄柵の付近をうろうろしていた。途中、校内の隅にあった自販機でペットボトルを買った。
なんとなく端まで歩いて来た。
高校の周囲は並木が無数に走るほかは住宅地。
おでこに指の庇をかざし、目の前に広がる色を見止める。小狭い庇の陰った透き通る空気を通して光のきらめきに遠のくほど掠れていく地続きの道を伺うとき、身に春の風を受けた。
目蓋が細まり眉間へと力が込められる。焦点の移り際になって四指の屋根は空の色を受ける、薄く青がかって見えていることに気づいた。
視野の先先で尾を引いて交差して行く車。像の尾の連なり合う間隔ごと代わる代わる車窓から反射した。陽光は瞬く間に赤緑黄紫青の残像へと変わり、庇の下にある目を焼く。
跡切れ途切れに。
眩しい。
瞼を閉じた。
ふと体に不自然な力が入る。
唾を飲み込む。
ん。と、かすかな呻き声が起きる。そうしてから、 低く喉を鳴らすと、無意識に三本の指でペットボトルの蓋をまわす。それから柵の上の平へ起き、水滴の付着した凹みを滑車に見立てて指先で弾いてみる。
ころころころ。錆の上を禿げた塗装の上を転がる。
そうしたならば、ペットボトルの輪は十数センチメートルほどは細い柵の上を走った。同じ平に置かれたペットボトルから滴り落ちる水が筆を走らせたかのような丸みを帯びた線になって溜まっていたところをごろごろ過ぎると途端に速度を落とす。はらりと翻り、
硬貨のように微動はせず、鉄柵の上でかちゃりと音を鳴らした。 風が吹くまえに空いた方の手で手繰り寄せた。
残った二本が蓋を開けたときの軌跡をたどるように潜り込んで爪先を立てるように本体を持ち上げる。
踵に重心を送る。
胸を反らして飲む。水越しに鼻先が閃き揺れる。
喉を潤したら息が漏れる。
鼻の周りを前よりも冷たい乾いた空気が通り過ぎる。
鼻をならして外気を吸い込むと生ぬるかった喉に空気の後味が染み渡る。
肌はすっかり冷気を感じとる余裕が生まれ、心なしか今の気分は涼し気に思えた。
手の甲を顔に向けて、隆起した関節の谷を唇へと這わす。このようにしてもぬぐい切れなかった水が顎を引いた途端に、汗ばむ顎の弛みをぷるぷると伝うのが直に分る。言いようもなくこそばゆくて葵はここでようやくスカートのポケットから真新しいハンカチーフを取り出した。そろそろ戻らないと、と思ったころ、踵を返し広場へと戻って行く。