一話
葵は椅子をしまう。
左肘から右肩にかけて学校指定の学生鞄を急ぎ逆袈裟に上げて右腕から肩へと通す。と、勢い余って空中へ躍り出た。
制服の袖山のあたりの縫目に鞄の肩紐が食い込む。鞄は肩紐から軸を得て小回りする。
ここまでの一瞬間から次の寸劇には鞄は背中側へとまわりこむ。
右脇を閉めて鞄を一の腕に受けとめるように抑えた拍子、袖口が余って伸びた。もう一方の左脇下へと垂れる鞄のとってを背中側へ左肘を突き出して手首を内側へかるく捻ることで受け取る。
左肩を上げそのまま背負い込む。
気分を変えるようにすっと息つく。
教室内の隅にあった時計をみれば、高校一年生として放課後を迎えていることを知る。
「たぶんもう、あんまり時間ないよ」
「あー、ほんとだ。うわ、菫! あと5分、急ごう」
そう言い残した彼女らは駆け足で教室を後にする。
別の三人組みの会話が続いて起こる。
「部活動紹介って、自由参加だった?」
「どうだろう」
それをうけて彼は冊子ひろげ、確認していく。
「部によるとか聞いたようなー、でもここには書いてないみたい」
べつの人が言う。
「ほら、そこにない?」
「あ、これか」
その後も放課後の教室に話し声は広がる。
「ほとんどの部で、入部の意志が固まっている生徒も、一度は集会に参加することが推奨されていたような」
「ほんとう?」
「あ、私の知り合いの先輩もそう言っていた気がするんだ」
聞こえた話から、部活動についてあれこ考えていると新入生歓迎とかかれたポップが気になった。若緑色の壁紙に覆われた掲示板には張り紙がたくさんあり、何気ない視点移動の折に目を引く。それらは太字であり、筆書きであり、英語であり、横文字であり、紙細工が施されていたり、写真がつかわれていたり手描きのイラストが描かれていたりする。
「入る部活はもう決まっているだろう」
はじけるような楽し気な声音でそう話題を切り出しがあって、だから今日は早々に帰宅しようと意気投合し和気藹々話し合う揃い組の丸刈りの男子たち。すると、その輪なのかの丸刈りではない男子が、言う。どこどこの誰々先輩が可愛らしいぞ。とか。どこそこの先輩は変わった人でその人の所属する部の出し物は、今日の出し物のなかでもことさら面白いぞ。とか。それに対し、「でも文化祭でも似たような体験するだろ?」
いいやそんなことは、と盛り上がる。
(そうそう、そういう楽しみは文化祭まで取っておくべき)
「葵。部活PR大会みないで帰るの?」
「うん。今日は帰る。明日は目当ての部があるから行くつもり」
葵と梅は話し込む。
「私も第一志望は決めてるよ。文芸部いいかなって、葵はどこに入るの?」
「私は図書部にする」
「図書部か。文芸部の部室から近いな、でも、図書室だとあんまり話せる機会もないかなー」
「ん。……あ、でも企画によっては文芸部は図書部といっしょに活動することもあるみたいなんだよね」
二人は話しながら教室をあとにした。
「去年の文化祭で図書室の合同展示を観に行った時に図書部と文芸部で作った「お薦の本棚」っていう展示コーナーを見たよ。なんでも毎年恒例なんだって、じゃあ、梅、またね」
「葵、また明日」
「……いっしょに来ればいいのに」
二人は階段の手前で別れる。
葵は、明日には、図書部への入部届けを提出するつもりだった。
高校の規則には、新入生は入部期間を守るように、という項目がある。
今日から三週と入部期限も余裕をもって設けられている。普通の高校生とはすこし異なり、その気になればいつでも部活動を始められるわけではないのだ。
体験入部期間と平行する部活動の勧誘期間は、今日から数えて2週間もある。
昇降口に着く。
上履きをロッカーへ、靴を放り、外へ。部活PRが始まったのか。体育館の方から賑わうようすが聞こえてくる。葵の足の運びはゆったりしていた。ちょっとした木立の中、桜並木の影の揺れに日向がきらめく様子が目にとまる。小橋の下に小川が流れていた。この道の歩道は、たくましい根っこにより、アスファルトはせり上げられているから、あまり、前を向いたままに歩くと足先をとられてしまう。危なっかしい場面も既に経験していた葵だったがそれでも道の先を見据えていた。細枝に瀞の川面に見惚れてしまう心地がなんとも不安なのだ。