進捗いかが
「なんか最近楽しそうじゃない?」
平日のお昼休み。この一年間ですっかりルーティンと化した中条とのランチタイム。
話しかけてきたのはもちろん中条だ。
「何のこと?」
「恍けなくてもわかるわよ。上手くいってるんでしょ? 彼と」
「彼?」
覚えのない言葉に反射で問い返すと、わざとらしく中条が肩を竦める。
「それこそ恍けないでよ、って感じだわー。彼よ、彼。冷蔵庫の彼!」
「あー」
どうやら中条の中では『冷蔵庫の彼』として認識が確定されたらしく、告げたはずの本来の名前は疾うに忘れ去られたようだ。もしくは最初から覚える気がなかったか。
「なんかさー、当番制だっけ? それになってから絶対曜日によって違うもん」
「お誘いの話? それならそりゃまあ、作って待ってる約束しちゃってるし――」
「ちーがーう! そうじゃなくって機嫌っていうか、やる気っていうか、そういうのが違うって言ってるの」
水・金は絶対残業しないって感じで張り切っちゃってさあ、と中条。
たしかに否定できない。
約束してる以上は守りたいし、そのためには宗佑が帰る頃には確実に作り終えていたい。
もともと残業自体少ない会社ではあるけれど(そのせいで同級生と比べて薄給だ)、緊急案件が来ないとも限らない。普段なら来たら来たで残業やむなしのスタイルだが、当番日だけは来たとしても一時間以内には確実に帰れるようにしているのは事実だ。
「で、そんなに楽しいの?」
「んー……」
楽しくない、と言えば嘘になる。
というか、端的に言えば楽しい。
当番制になる少し前から、食後に世間話をするのが恒例となり始めた。
内容は仕事の話、友達の話、テレビの話などなど様々でどれもよくあるどうでもいい世間話だが、由佳にとっては食事そのものよりこちらがメインになりつつある。
宗佑も楽しんでくれているように思う。少なくとも、迷惑がる素振りは一切見せていないし、放っておいたら深夜まで話が弾むことも珍しくない。
それもあって時間制限なく話せる金曜日を当番にした、という裏話もあったりする。
「……」
「どうしたの?」
ぺらぺらと近況を話していると、ふと中条が何か言いたげな表情でこちらを見ているのに気付く。
一呼吸置いて、中条が口を開く。
「意外と進展してるなあ、って。由佳のことだからまだお友達してるもんだと思ってた」
「へっ?」
「いつから付き合いだしたの? どっちから? どこまで進んだ?」
「ちょ、ちょっと待って。私たち付き合ってないよ……?」
「……は?」
矢継ぎ早に質問を猛スピードで投げてくる剛腕中条に押されつつ、何とか得た自分のターンで放った一言は、中条の虚をつくのに充分だった。
「……は?」
沈黙を挟んで中条の口から出たのはリピート再生だ。
「いや、何言ってるの? 会って時間も結構経ったよね? 互いにご飯作って、その度長話してるんだよね?」
「うん」
「それで付き合っては?」
「ない」
「フッたりフラれたりも、まさかないよね?」
「ないよ」
「……」
暫しの間を置いて――
「アリエナイ」
中条は呟いた。
「あり得ないよ、あり得ない! そこまで気が合って、仲良くなって、それで何もなし? 私ならとっくに付き合ってるよ? 一回してる……かはさすがにわかんないけど、キスくらいは絶対してるよ?」
――あ、でも冷蔵庫越しにキスとか無理か。
中条が思い出したように付け加えた。
冷蔵庫越しのキス……二人で頭突っ込んで――うわあ、シュール過ぎる。
たとえ付き合っていたとしても、恋人らしい接触系イベントは期待できないだろう。せいぜい手を繋ぐくらいだ。
冷んやりとした、よくわからないイベントになりそうだけど。
「……由佳の中だと、関係は今どんな位置付けなの?」
「んー、友達かなあ」
「好きってわけじゃないの?」
「好きか嫌いかで言ったら、そりゃ好きだよ」
何時間と話していても飽きないし、一緒にいて楽しい。そんな人間を嫌いなわけはない。
少なくとも互いに「気の合う人」くらいには好意的に感じているはずだ。
でなければ、週に何日も顔を合わせようとはしないだろう。
「なら付き合えばいいじゃん」
さも当然のように中条が言う。
ここで「告れば」と来ずに「付き合えば」と来るあたりが実に中条らしい。中条的には既に受注確実物件なのだ。
「でも」
好きは好きだが、恋人的な好きではないというか。話はたくさんしたいが、特段肌に触れたいわけではないというか。顔を合わせると心地良くはなるが、ドキドキはしないというか。
何となく恋を感じさせる要素が足りない気がする。
有り体に言えば、「Like」な好きなのだろう。
宗佑も同じ感覚だと思う。
話はよくするし、自分から次の約束を取り付けたりはするが、ガツガツした様子は見せていない。過去の経験――といっても学生時代の二、三人しかないのだけれど。しかもそこまで長く続かず深い関係にもならなかった――と照らし合わせても、群を抜いてさっぱりしている。
接触系の試みは皆無だし、話の内容も進展しようのない世間話ばかり。細かくコンタクトを取ろうとしてくることもない。
そこがまた、由佳にとっても気を張らずに接せられて良かったりするのだが。
「……じゃあさ」
由佳の言葉ひとつひとつ聞く度に、一段また一段と表情を険しくしていた中条が口を開いた。
「冷蔵庫の彼から告られたら、由佳、どう答えるの?」