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冷気の先に  作者: 住川悠
7/11

イマドキの常識

「で、どうなのよ?」


 終業後、夕食に誘ってきた中条が席に着くなり早速、野次馬根性丸出しで訊いてきた。


「最近付き合い悪くなったしぃ」

「最近って、先週と今週に一回ずつ断っただけじゃない」


 どんだけ暇だと思われているんだ私は。

 苦笑気味に由佳が返すと、中条は「だって前は」と続けてくる。

 たしかに前は、オトコが絡むイベントでない限り滅多に断らなかった。一年で片手に収まる程度だ。たぶん余裕で。


「で、宗佑くんだっけ、冷蔵庫の彼。彼とどこまで進んだのよ」


 冷蔵庫の彼……。

 たしかにその通りだけれど、冷淡で愛想のない男みたいだ。それか家電に恋する乙女。


「どこまでって、昼に言った通りだよ」


 もう一ヶ月も前のことになる。

 お詫びの品を頂戴した後、散々料理について質問してきた由佳を見兼ねたのか、宗佑が提案してきた。


「よかったら料理教えようか?」


 それは願ってもいない提案だった。

 断るはずも、迷うはずもなかった。

 それまでの会話で料理スキルの低さについてはもう取り繕いようがない段階になっていたので、気にするだけ無駄というものだ。宗佑は一人暮らしということも考えた、かかる時間とお金を少なくする知恵も持っている。煌びやかで余所行きな料理でない――要するに面倒な料理でないことも、由佳にとってはプラス事項だった。

 もともと実家ではスイーツ作りを楽しむ程度には台所に立っていたが、家庭料理なんてほとんどしてこなかった。だが、いざ独立してみて身に染みた。日々の食事を乗り切る家庭料理の方が桁違いに重要だ。今になってきちんと母に教えてもらっておくべきだったと悔やむ。

 ――でもここで思わぬ師に出会えたことは幸運なことなのかもしれない。

 そう考えてお願いした料理教室は、毎週日曜夕方より開催されることとなったのだ。


「で、教えてもらってばっかりだと申し訳なくなってきたから、平日にお返しとばかりに夕飯を作ったりしている、と」

「……そう」


 二度も三度も無償で教えてもらっていては、さすがに心が痛む。しかも優しく、丁寧に。最初の無神経さはどこへ影を潜めたのかと思うほどに、宗佑の当たりは柔らかかった。

 悪いから、と思い付きで突然作ったお返しは宗佑にも好評で、それからというもの週に一度ほどのペースで不定期に作っていた。


「それってもう同棲だよね」


 突然飛んできた爆弾に目を見開く。


「は!? 何言ってんの!?」

「だって週末は仲良く二人で料理して、平日は疲れて帰ってきた彼の為に作ってあげたりしているんでしょ。しかもひとつ屋根の下――じゃないんだっけ、ややこしいなあ」


 中条が一瞬言葉に詰まる。


「……とにかく、互いに家を出ずに会っているんだし、半同棲くらいには言えるっしょ」

「でも別に付き合ってるわけじゃないし。冷蔵庫が偶然一緒になっちゃったからそうなっているだけで……」


 中条は納得いかないようで、あからさまにため息を吐く。


「好きだから作ってあげているんじゃないの?」

「いや、好きってそんな関係じゃ……」

「なら嫌い?」

「嫌いでは、ないけど……」


 当初の悪印象はすっかり消えている。

 料理は優しく教えてくれるし、料理以外の雑談もまあ、楽しい。嫌いなら教えてもらうことも断るし、お返しも一回はするかもしれないが二度三度としたくはならないだろう。

 でも。


「でも、何?」

「い、いや私のことはいいからさ。それよりもあんたこそどうなの? またできたんでしょ、新しい彼氏」


 雲行きの怪しさを感じ取り、半ば強引に話題を変える。

 元々聞くより話すのが好きな中条だ。彼女は簡単に、変わった話題へと飛びついてきた。

 今度の彼氏は篤人。美白で整った顔をしたイケメンでスポーツもよくできる。が、アルコールは苦手。そこがまた女心をくすぐる――とかなんとか。

 相変わらずの惚気トーク。この1年半ほどで何度聞かされただろうか。……ただ、好意を向けている先がころころと変わるのが唯一で最大の欠点ではあるが。


「つーわけで、ごめん! 今週末の予定はキャンセルで、お願い!」

「はい?」


 半分上の空で聞き流していた由佳に、中条が頭を下げてきた。


「いや、篤人が今週末、急に温泉旅行に連れて行ってくれるって言っててさー。最近寒いし、いいかなーって」


 どうやら新しい彼氏が旅行の提案をしてきたらしい。聞けばお忙しい彼のようで、まとまった休みはなかなか取れない為、またとない遠出のチャンスとのこと。


「まあ、私の方はいつでもいいような用事だし大丈夫だけど。でも篤人くん? と付き合い出したのっていつだっけ?」

「一週間前だね」

「え、はやっ! お泊まりするのはやっ!」

「そうかなー。イマドキそんなもんじゃない? それに露天風呂付き客室だもん、行くしかないっしょ」


 思わず零れてしまった素直な感想にも中条は大して動揺する様子もない。

 ――イマドキ女子はそういうものなのか? 付き合って一週間やそこらでお泊まり、しかも部屋に露天風呂ってことは一緒にお風呂にも入るのか?

 由佳の常識は既に過去のものとなっているらしい、少なくとも中条の中では。


「最近の若者、不純男女交遊、こわい」


 由佳の問題提起も当然の如く響くはずもなく、昭和人みたいなこと言わないでよー、と軽く茶化される。

 まあ、うん。人には色々な形の価値観がある。当人たちが良ければ何も文句はないし、言うべきでもない。

 ともあれ――。


「今週末、丸々空いちゃったなあ」


 土曜の予定はキャンセル。日曜は(夜の料理勉強会を除いて)元から何も入っていない。

 ……今日は木曜日だっけ。今から土曜も料理会の打診してみようかな。連絡は冷蔵庫での文通だから、間に合うかが問題だれけど。

 連絡の文面を考えながら、由佳は帰路についた。

 

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