表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷気の先に  作者: 住川悠
5/11

邂逅-1.02-

 このところ減る一方だった冷蔵庫の中は明らかに増えていた。

 ヨーグルトに林檎、豆腐などの食材が、中段の最も目につく場所に陳列されている。すべて、ここ二週間ほどの間に「あれ?」と疑問に思った――要するに宗佑に食べられた――ものだ。


「これ……」


 ヨーグルトを手に取る。

 見慣れた色合いのパッケージ。由佳が毎朝、習慣のように食べている商品そのものだ。


「ん?」


 ふと中を再度見ると、ヨーグルトがあったその場所に黄色いポストイットが貼ってある。ご丁寧にこちら向きになっているそれを剥がす。


『中身、勝手に食べたこと謝ります。

お詫び……と言っては何ですが、今までに食べてしまったであろうものを買い足しておきました。

きちんとしたお詫びはまた後日。

では。  宗佑』


 わかってはいたが、やはり宗佑の仕業だった。気にしていない、無神経さを醸し出してはいたが、実はそれなりに気にしていたということだろうか。

 だからといって許すわけではないが、これは素直に受け取っておこう。

 ちょうど明日の分のヨーグルトを切らしていたところだし。


「それにしても、これだってよく覚えていたなあ」


 手にしたヨーグルトを横目に呟く。

 こだわり、というほどのものではないが、気付いたら同じ商品ばかりを手に取っていた。最初の数週間はころころと違うメーカーの商品を購入しては次、また次と変えていたけれども、いつの間にか(主に価格の理由から)固定されている。

 一度習慣となったものはなかなか変わらないし、変えられない。もし宗佑が別の商品を買ってきていたら、素直に受け取ろうとは思わなかったかもしれない。

 一応、お礼……いや、返事を書いておこうとポストイットを裏返したところに、加えて一筆書かれていることに気付く。


『P.S. ヨーグルト、うろ覚えで買ったのですが、合っていましたか?』


 合っていますよ。

 脳裏に浮かぶあの無神経男が不安げにこれを書いたかと思うと、不思議と嫌な気持ちはしなかった。今日の合コンが不快だったこともあるのだろうが、気遣ってくれていることはむしろ喜ばしくも感じる。


『ありがとうございます。

ヨーグルト合っていますよ。よく覚えていましたね。ちょっと驚きです。

ありがたく受け取らせてもらいます。』


 由佳はさらさらっと書くと、それを中に貼る。相手の見やすいように、奥に、反対向きに。

 なんだか文通をしている気分だ。

 したことはないが……。

 それにしても――


「こんなに買ってきてもらっちゃって、ちょっと悪いなあ……」


 呟いて、中を見たときに思った。

 ――こんなに?

 こんなに買ってきた、ということは。

 こんなに食べていた、ということを意味するんじゃないか?

 そう考えると恩を感じる必要はないんじゃ……。

 由佳の中での宗佑株が再度ストップ安となった。


 しかし、多く感じた食料は日が進むにつれて、未だかつて経験したことのないスピードでなくなっていった。

 普段の倍以上の早さだ。

 その原因はただひとつ。冷蔵庫の先に住む者のせいだ。

 ……この物言いだと何というか、とてもメルヘンチックでオカルトチックなイメージになってしまうけれど、事実がそうなのだからどうしようもない。実際は、オカルトチックではあるがメルヘンチックでは決してないのだが。

 話が逸れたけれど、要約すると若い男性の食欲はすごい。この一言に尽きる。

 父母に妹一人の家族構成である由佳には、このスピードは驚きだった。

 宗佑がお詫びに、と買ってきたときには多いと感じたものだが、それはどうやら宗佑自身も食べるからという計算もあったようだ。 考えてみれば同じ冷蔵庫を共有する以上、至極まっとうな話だ。

 そしてもうひとつ、驚いたことがある。

 減った分はきちんと補充されるのだ。しかも状況を見て、タイミングも調整されている。例えば、ヨーグルトなら常にストックとして二個は残るようにしつつ、といった具合に。

 さすがに悪いと感じ、由佳が補充を入れると宗佑による自動補充は一度ストップし、また在庫がピンチになると再開される。大味に見えて、意外とマメだ。

 それでいて由佳の作った料理には、中にあっても決して手をつけなくなった。

 ……つい数週間前とはまるで別人だ。

 そんな中、更なる変化が起きたのは翌週末の夜のことだった。


「うわあっ!」


 いつも通り冷蔵庫を開けると、挟んだ向こう側に人が見えた。

 その可能性はあるとはいえ、冷蔵庫を開けている時間なんてほんの数秒だ。よほどタイミングが合わない限り、出会すことはない。事実、二度目の邂逅は今まで果たされていなかった。

 よって出会すことにおいて最も高い理由は、偶然ではなく故意だ。今回も例に漏れずそのようで。


「お、やっと来た」


 と、迎えられた。

 飛び出しそうになった心臓を抑え、呼吸を整える。

 油断していた。そのせいで野性味溢れる驚きの声を上げてしまった。そこは「きゃっ!」とかだろ、と自身の低い女子力を嘆く。


「な、なに? 待ち伏せ?」

「うん。そう、待ってた」


 ささやかな反撃のつもりで言った言葉に、宗佑はしれっと答えてくる。


「もう待ちくたびれたよ。一時間ちょっと冷たい庫内とにらめっこだもん」

「……本格的な待ち伏せね」

「俺らが初めて顔合わせたときもこんなだったのかな。えーと、君は」

「私は二時間待ったわ」

「うへぇ、この倍か。そりゃきつい」


 そりゃきついって、あんたのせいでしょうが。

 由佳は心の中で毒づく。


「で、何か用でもあるの?」


 急かす由佳に、宗佑は「その前に」と前置きをして訊いてきた。


「名前、教えてもらっていい?」


 そういえばまだ名前を教えていなかった。相手の名前は、詰め寄る際に流れで聞き出していたので、つい宗佑も由佳の名を知っているとばかり思い込んでいた。

 相手に合わせるなら「由佳」か。宗佑に関しても苗字は知らないし、それならばイーブンだ。

 しかし――名前で呼び合うのはちょっと……なあ。

 いつかの中条じゃないが、恋愛沙汰に思われかねない。よく知らない男にそう呼ばれたくはないし。

 かと言って苗字を教えるのは少し引け目を感じる。この数日間やってくれていた食材補充の件も考えると。


「名前わからないと呼び辛いし、『君』とか呼ぶのなんとなく上から目線に聞こえちゃいそうで」


 由佳が逡巡している間にも、宗佑は外堀を確実に埋めてくる。

 だが、そこで「お前」と来ないところには好感が持てた。もしそう言っていたら、外堀を埋められようが何だろうが、きっと一文字も教えなかっただろう。


「柚木」


 迷った挙句に告げたのは苗字だった。うん、名前を教えるまでの関係ではない。

 下の名前は? そう言ってくるかもしれないと由佳は身構えていたが、それは杞憂に終わった。宗佑は告げた名を反芻するように繰り返すと一言。


「りょーかい」


 と言った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ