出会いの定番地
結論から言うと、合コンに行ったのは失敗だった。
失敗というほど何かがあったわけではない。でも合コン本来の目的たる出会いという面では、全くもって成果がなかった。
四対四。人数的には多過ぎず、それでいてバリエーションを持たせられる数で良かったのだが……何というか、個性的過ぎた。
始まったと同時、まず二人が選択肢から消えた。
「本田」と名乗った幹事の男は、どこか見覚えがある顔つきだった。
「ねぇ、あの本田って人、どこかで見た気がするんだけど」
中条にそう耳打ちすると――
「前に一日で別れた元カレ」
とんでもない答えが返ってきた。
写真見せたことあるはずだから、と冷静に中条は原因分析してくれる……ってそうじゃない。なんで元カレを連れて来た。
「しょうがないでしょ、急だったんだもん。今日の昼発案で夜開催っていうと、なりふり構ってられなかったの」
「え、元から予定立ててあったんじゃないの?」
「昼の由佳見てて決めたから今日だよ。五時間前くらい」
「だからってあんた、元カレって……」
「私は気にしないから全然狙っちゃっていいからね。由佳の好み……じゃあなさそう、だけど」
ちらりと確認する。
うん、たしかに全然好みじゃない。髪型、服装、話し方、どれもチャラい。女の子落とすことに生きがい見つけていますタイプだ。
とはいえまだ一人だ。あと三人いる、そう思ったときだった。
ふと前を見ると一人だけ年齢差がありそうな(三十代中盤くらいか?)の男が目に入った。男は小皿から箸でひょいと唐揚げを口に運ぶ。
あ、左利きなんだ――それが彼にとっては不運だった。左利きの物珍しさから何となく眺めたその指には、何かで締め付けられていた跡が残っていた。左手薬指の付け根を縛るもの。
結婚指輪の跡だ。
人数合わせで部下のために仕方なく、なら全然構わないのだが、先ほどから見ている限りノリノリだ。口説く気満々なのが伝わってくる。わざわざ指輪を外してきているし、かなり悪どいオッサンだ。
「そのまま指輪を無くして奥さんに怒られますように」
心の中で願ってみる。
こうして早々と二人が戦線離脱した――が、中盤に差し掛かると事態はさらに深刻化した。
残る男性二人は序盤こそ盛り上げに機能していたがここにきて、一人は食べ物に夢中、もう一人は盛り上げようとはしているのだが内輪ネタに走りだした。
女性陣も大体の査定は終了したようで、中条は収穫なしと悟ったみたいで明らかにトーンダウン。中条の友人というキャバめな女子は、中条's元カレにロックオン(いろいろとマジかよ、と思った)。由佳の友人である新木に至っては外部交流を完全シャットアウト、本日のお一人様夕食を堪能している。
まあ新木については、由佳側の友人だし(良くも悪くも)サバサバ系女子なので予想はしていた。
でも。
「由佳ちゃんってどんなタイプ好きなの?」
「……優しくて思いやりのある人、ですかね」
「この中だと誰?」
「ええと、それは……」
「課長それやめた方がいいっすよー。この前もそれやって撃沈したじゃないすか」
「ん? そうだっけ?」
「そうっすよ。ほら、あの子のときですよ。あの三番目のぉ?」
「「熊!!」」
わはははは、と二人の笑い声が響く。
この状況はさすがに辛い。何が三番目の熊だ、んーなん聞いたこともないわよ。あははーと愛想笑いする身にもなってくれ。
さっきからずっとこんな感じだ。既婚浮気オッサンと内輪ネタくんの二人の相手を一人でさせられてる。中条元カレと中条友人は二人だけの別世界へ飛んでいて、食いしん坊くんと新木中条が会話拒否となると、由佳が相手せざるを得ない。
私も二人みたいに興味ないとはっきり態度に示そうか、と思うものの、なんとなく悪い気がしてそうできない。中条だけはトーンダウンしつつも最低限(本当に最低限だ)、会話に参加してくれているだけでも有り難い。
この状態は結局、最後まで続いた。
浮気オッサンは二軒目を所望しておられたが、丁重にお断りした。帰ろうとする由佳たちに何度も粘ってきたので「奥様によろしくどうぞ」と言い放つとビクッと身体を震わせ、それ以上は引き留めてこなくなったのが、今日唯一のおもしろポイントだった。
帰宅してようやくストレスから解放された気分になる。
とりあえずお風呂に入り、出たところで喉の渇きを覚える。洗面所の水道水でも良いが、紙パックのレモンティーを買っておいたことに気付き冷蔵庫へと足を運ぶ……と思い出した。
ここを開けると出会す可能性があるんだった。
自分の身体を見下ろせば、濡れた髪にバスタオル一枚を巻きつけただけの身体。可能性低いとはいえどもこの格好は……。
「ああもう、めんどくさい」
なんで一人暮らしなのに家で気を遣わなきゃいけないのよ。
家の中にもストレス源がいることにイライラしながら、素早く身体を拭き着替える。髪を乾かすのは後でいい。時間もかかるし、見られても支障はない。
「ん?」
多少いつもより力が入りながら戸を開けると、何やら冷蔵庫の中身が増えていた。
「これは……?」