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冷気の先に  作者: 住川悠
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消えた中身

 異変に気付いたのは二週間前だった。


 最初に気付いたのは何だったか。マヨネーズだったか、醤油だったか、とりあえず調味料の減り具合がやけに早いことだった。

 補充を忘れていたかな。

 まず原因として挙げたのは私自身の過失。だってそうでしょう、冷蔵庫の調味料が記憶より減っていたとして、まず疑うべきは自分の記憶だ。

 第一、どの調味料がどれだけ残っているかなんて、いちいち覚えていりゃしない。もうそろそろなくなるな、という時になってようやく意識するものでしょう?


「思っていたよりも使っていたんだなあ」


 その一言で解決した。いや、納得させた。

 しかし、その言葉では到底納得させられない出来事が起こったのは三日前の木曜日だった。




「……ない…………ない!!」


 水曜日に作って、残りは明日と入れておいたはずのサラダが消えていた。お皿ごと。跡形もなく。

 最上段から最下段まで、右から左まで隈なく探しても(といっても小さい冷蔵庫なのでぱっと見ればわかるのだが)、目当てのものはない。念のため冷凍庫やテーブルの上、流し台と可能性のある箇所すべてを探すも、ひと切れの野菜すら見当たらない。

 そういえば、とここ数週間の調味料異変を思い出す。ここまでくれば単なる記憶違いじゃないことはわかる。

 となると、次に脳裏を過ぎるのは「空き巣」だ。

 しかし冷蔵庫以外に特に変わったことはないし、通帳や印鑑も寸分違わずいつもの位置にあった。もちろん下着を含めた衣類も無事だ。

 手料理だけを狙う変態空き巣の可能性までは捨て切れないが、若い女子の一人暮らしだからと選んだセキュリティ高めの部屋だし、可能性は低いだろう。まあその分値は張ったけれども、おかげで住んでから一年が経っても未だ怖い思いは一度もしていない。


 となれば確かめる方法はひとつだ。




「想像していたよりずっと退屈ね」


 冷蔵庫の前に佇みながら柚木由佳は呟いた。

 ちらりと時計に目を向ければまだ十二時を回ったばかりだ。

 原因を特定するためと意気込んだ日曜日の朝。休日にしては早めの九時に目を覚まし、十時前からこうして冷蔵庫の監視を続けている。中に見えているのは今朝ささっと作った料理。

 手作り好きの変態の線も考えての簡単な洋風朝食セットが、ちょこんと中段の仕切り棚上に佇んでいる。

 プレートにはベーコンとサラダ、ちょっと黄身がはみ出した目玉焼き。横にはコーンスープが入ったカップ。普段あり合わせの果物と市販のヨーグルトだけで済ます由佳にとっては豪勢な朝食だが、そいつは冷蔵庫に入れられてからというもの微動だにしていない。


「早くなくなってくれないかな」


 いや、なくなっては困るのだけれど。

 しかし冷蔵庫を何時間も開けっ放しにしなきゃいけないのも困る。実家で母に「開けたら閉める」を口うるさく言われていた身としては気持ち悪いのもあるし、エコを考えてというのもあるが、一番は電気代だ。

 社会人となり、人生初めての一人暮らしをしてみて実感したが、独立生計者というのは意外と家計に余裕がない。

 主な逼迫の原因は家賃だ。埼玉に近いとはいえ東京23区内で高セキュリティ物件となると、ワンルームでもそれなりに持っていかれる。具体的には大卒すぐの手取りで半分は消える。そこに水道光熱費、携帯代、一日三度の食費が必要経費として伸し掛る。

 そうして引き算をしていくと、自分で自由に使えるお金として二万残っていれば良いところだ。……これじゃ大学時代の方が裕福だったじゃない。

 話が逸れたけれど、まとめると一円でも節約したいんだから早く元凶出てこい、ということだ。


 時計の針は一向に進まない。


 これだけあれこれ考えても所要時間としてはほんの五分やそこら。張り込みをする刑事ってこんな感じなのかな。あんぱんでも食べていた方が、犯人が現れるかもしれない――これはドラマの見過ぎか。

 カップ半分ほど残っていた紅茶を一気に喉へ流し込むと同時、席を立つ。目の前には朝食セットが相変わらず見えている。

 由佳は僅かに考え、冷蔵庫の扉を閉めた。どうせ開けていても、トイレの中からは見えない。


 トイレから戻るとすぐには冷蔵庫に向かわずに、窓際から外を眺める。

 車通りの少ない路地に面した建物、しかも目の前は大きくはないが畑であるため、騒音というものとは縁がない。今も窓際に立ってようやく、近くの打ちっぱなしの打球音が微かに耳に届く。


「本当にここが東京、しかも23区内だとは到底思えないわね」


 そう独り言ちたときだった。

 籠った音だが何かを動かしたような音が耳を打った。具体的には、そう……冷蔵庫の棚板と食器が当たったような音が。

 方角は左斜め後ろ――冷蔵庫の方向。

 由佳は慌てて駆け寄り、取っ手を掴む。一瞬恐怖が頭を過ぎるが、振り払うように「えいや」と腕を引いた。



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