1話 「天ぷらd」
「天ぷらとは、小麦粉と水、それに卵を混ぜた衣を、野菜や魚なんかにつけて油で揚げる料理のことなんだけれど、ユータロー君の世界にもあった?」
「はい 僕のいた世界では、とっても有名な料理です」
「そうなの? アタシは去年食べるまで聞いたこともなかったわ」
数分後、僕たちは台所に集合した。ステラさんとユーナはエプロンをつけていたけれど、当然僕の分は無かったので、学生服の上着は脱いでワイシャツになっておいた。
「本来ならお客さんであるユータロー君がいるのだから、もっと豪華なタネを用意すべきなんだけれど、生憎突然の来訪だったからね、今日はそんなに豪華じゃないタネだよ」
そう言ってステラさんは冷蔵庫から食材を取り出し、テーブルの上に並べた。ピーマン、椎茸、ナス、鶏肉。どれも僕の世界で見られた定番のもので、異世界特有といったものは無かった。
「食べられない食材はあるかな?」
「いえ、どれも大好物です ご馳走になってしまって申し訳ないくらいです」
「気にしなくていいよ、代わりにしっかり働いてもらうからね」
ステラさんは微笑みながらテキパキと準備を進めた。テーブルの上には2組の包丁とまな板、それとボウルと小麦粉と卵も追加された。
「私とユータロー君でタネを切るから、ユーナは衣の方を作ってね」
「はーいっ」
大きな声で返事をしたユーナは、小麦粉を慎重にボウルの中へ入れていった。僕はピーマンを切りながら先ほどから気になっていたことを尋ねることにした。
「あの、さっきユーナが言っていた魔王って、どういうことですか?」
僕のたどたどしい手つきと違ってリズム良くナスを刻んでいたステラさんの手が、ピタリと止まった。そして顔を赤らめながらうーんと唸った。
「やっぱり気になるかぁ…… うーん、このことを話すのは結構恥ずかしいんだけど……」
「ステラは昔、王様をやってたのよ」
言い淀むステラさんを横目に、ユーナはあっさりと真実を言った。ステラさんは慌ててユーナの口を塞ごうとするも、サッと交わしてさらに話を続ける。
「この世界の生き物は私のような人間と、ステラのような魔獣が主なの それで、10年ごとに人間と魔獣の中から1人を選んで王様をやるんだけど、先代の王様がステラだったの その時ね、人間の王と呼び名を区別した方が分かりやすいんじゃないかって言って、魔獣の王は魔王って呼ぶようにステラが提案したの」
「なるほど、でもそれのどこが恥ずかしいんですか?」
僕はナスを握りしめテーブルに突っ伏しているステラさんを見た。ナスをグリグリとテーブルに押し付けながら「そこまではよかったんだ……」と消え入るような声でステラさんは呟く。
「私が魔王になって8年後、そこそこ政治も上手くやっていて、任期も後2年で終わるって時に、ある男がこの世界にやってきたんだ もちろんその男のことを私は城に招いて歓迎した けれど、男は私が自ら魔王と名乗ってると知ると、『魔王? もしかしてラスボスなんですか?』と言ったんだ ラスボスなんて言葉は初めて聴いた私たちはどういう意味か男に尋ねた なんでも、魔王っていうのはその世界では物語の世界では大抵は悪の親玉らしくて、自らそんな存在だと名乗っていたと知って、私は火が出るほど恥ずかしかったんだ!」
ステラさんは手で顔を抑え、首をブンブンと振った。首まで真っ赤になり、その様子はとても可愛かった。
「それで、男が去った後も、ステラは色んな人に魔王ネタでからかわれたんだって だから魔王って呼ばれるのが嫌らしいわよ 私は魔王って呼ぶけどね!」
ふふんと小さな胸を張りながら、ユーナは僕にドヤ顔を向けてきた。僕は2人の微笑ましい様子を見ながら、ステラさんが手放したナスを刻むことにした。