プロローグ 『あったかい朝ご飯』
ジリジリジリ!
今日も時間通りに鳴り響く目覚まし時計の音で私は目を覚ました。すっかり春になった今の時期は窓からうっすらと日が差している。
とはいえ、まだ少し寒い。私は震える身体を抱きしめながら、ベッドから出て、一階の暖炉へと向かった。
最初のうちはこの暖炉に火をつけるのも随分手間取ったものだけれど、今は慣れたものだ。小さな火種が徐々に大きく燃え上がっていくのを見ながら、私は大きく伸びをした。
さて、今日の朝ご飯は何にしよう。昨日の晩御飯の残りのサラダと……後は卵があったはずだから目玉焼きにしよう。それとスープも作ろう、身体の中から温まるのはとってもいいことだ。
朝ご飯のメニューを考えていたら身体も随分温まった。ゆっくりと立ち上がり台所へと向かい、エプロンを身につける。よし、今日も美味しいご飯を作ろう。
玉ねぎと人参と生姜をみじん切りにして、ウィンナーと一緒に鍋で煮たら、コンソメと塩コショウで味付けをしてスープは出来上がり。手抜きに見えるかもしれないけれど、朝ご飯だから簡単でいいんだ。少しパセリを浮かべれば色合いもちょうどいいしね。
お次は目玉焼き。熱したフライパンに少しだけ油を引いて卵を2つ割り落とす。ちょっと経ったらお水を入れて、蓋をして蒸し焼きにする。今日は固焼きな気分だから長めに焼いて……、お皿に移す。ピンク色の黄身が食欲を湧き立てるけれど、まだ我慢我慢。
スープに目玉焼き、サラダにトースト。ジャムやバターに塩コショウにお醤油。それらをテーブルに並べて朝ご飯の準備は完了だ。
さて、後はあの子を起こすだけだ。
「ユーナ、朝だよ そろそろ起きなよ」
私はもう一度二階に上がり、ユーナの部屋の扉をノックした。彼女の名前を呼びながら数回ノックすると、ようやく目が覚めたのか中から呻き声が聞こえてきた。
「後……後20分だけ……」
「ユーナ、20分は長すぎると思うな。それを言うなら後5分とかの方がいいと思う」
「じゃあ……後25分」
「増やしてどうする 入るよ」
私は彼女の返答を聞く前に部屋に入ると思い切り布団を剥ぎ取った。全く、毎日毎日こうしないとベッドから出てこないんだから勘弁してほしい。
「んうぅ……! 寒い……!」
「大丈夫 温かいご飯は用意してあるから さ、起きて」
布団を剥がされてもなお枕に顔を埋めていたユーナだったけれど、ご飯と言う単語を聞くやいなや、ガバッと顔を上げた。そして、ニッコリと微笑みを浮かべて私の顔を見た。
「おはよう、魔王 さあ、ご飯にしましょう」
「うん、おはようユーナ その前に涎まみれの顔を洗ってきなよ せっかくの美人が台無しだ」
「はあぁ……、温まるわぁ……! 生姜がポカポカと効いてて美味しいわぁ……!」
スープをゆっくりと飲みながら、ユーナはババくさい口調でしみじみと呟いた。私はその様子に苦笑しながら甘酸っぱいイチゴジャムを塗ったトーストにかぶりついた。
「あ、そうだ 昨日頼んだ雑巾出来た?」
「むぐむぐ……、うん、鞄の中に入れておいたよ」
「ありがとう 意外と早く出来るのね」
「ボロ布を縫い合わせるだけだからね 寝る前にチョチョっと終わらせたよ」
他愛もない会話をしながら食事は進む。作るのに時間がかからなかった料理は、それよりもっと少ない時間でテーブルからなくなった。
「ごちそうさまでした!」
挨拶と同時にユーナは二階へと駆け上がっていった。学校へ行く準備を始めたのだろう、すぐにクローゼットを開ける音が聞こえてきた。ギィギィと不快な音が鳴るのは古くなってきたからだろうか。近々村の大工に見てもらうことにしよう。
「魔王! 準備出来た!」
食器を洗い終わり、新聞を読みながら一息ついていると、ユーナが台所へと降りてきた。
「ん、はいはい」
私は新聞を閉じると、ユーナを見送るために立ち上がり、ともに玄関へと向かった。
「今日は何か買ってきて欲しいものある?」
「んんー……、今日はないかな。明日買い出しの日だし」
「そっか りょーかい」
ユーナはニッコリと微笑むと、靴を履いて戸を開ける。薄暗い玄関に太陽の陽が差し込み、彼女の金髪が艶やかに輝いた。
「じゃあ、いってきまーす!」
ユーナは元気いっぱいに声を上げると、勢いよく走っていった。私は彼女の後ろ姿が見えなくなるまで小さく手を振った後、扉を閉めて家の中へと戻った。
これは、異世界と異世界の狭間の世界の日常のお話。