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03


晩餐が終わり、父とライリー様は書斎に向かうというので、私はレイノと子供部屋で悪戯後にいつも行う反省会をすることにした。


「きょうはびっくりしたね、ねえさま」


部屋に入るとレイノは安心したように言葉を漏らした。

余程緊張していたのだろう、入り口で座り込みそうだ。

私は手近なソファーに座りレイノを呼んだ。


「おいでなさい、レイノ」


私と使用人に育てられているレイノは私の言うことに割りと従順だ。

今もフラフラしながら私の元まで歩いてくる。

傍まで来たレイノをソファーに持ち上げ、膝に頭が来るよう体を倒させる。

膝の上にあるさらさらな銀糸を弄びながら小さな体に労わりの言葉を投げる。


「きょうは良くがんばったわね。国王へいかのまえでもよくできていたわ。

氷のつるぎもきれいにできていたし、しんぞうのまえでつるぎのせんたんをこうちくし直すなんてきっとお父さまもびっくりよ。

えんぎも良くできていたし、国王へいかだってだまされていたかもしれないわ。

国王へいかをだますなんてふけいざいもいいところね」


「そう、ですね」


眠いのだろう、瞼と格闘しながらも返事をするレイノ。

微笑ましい行動に一笑しながら髪を弄んでいた手を目の上に翳す。


「もうおやすみなさい。ほんとうにきょうは良くがんばったわ」


「おやすみなさい、ねえさ、ま」


「おやすみ、レイノ」


最後の方は聞き取れない程小さくなった声に返事をする。

間隔をあけずに聞こえてきた寝息。


唯でさえ今日の魔法は神経を使ったのだ。加え国王の訪問という予想外の出来事。

私だって疲れている、レイノが疲れていないわけがない。

銀糸の髪を一撫でしてレイノをどう運ぼうか悩んでいると子供部屋をノックする音が聞こえた。


ギリギリ届くであろう声量で返事をすると執事長のテオドルが入ってきた。

テオドルは寝息を漏らすレイノを見て声量を落す。


「失礼いたします。

お嬢様、旦那様が書斎にてお呼びでございます」


「わかったわ。レイノを寝室まで運んでもらえるかしら?」


「承知いたしました」


模範的な礼を取るとレイノを抱き上げる。

これでレイノは朝までぐっすりだろう。


扉の前でテオドルと別れ、書斎に足を向ける。

正直足が重い。いつもなら嬉々として行く書斎だが国王陛下がいるだけでこんなに足が重くなるとは…


先ほどの会話で国王陛下に苦手意識をもってしまったからだろう。

表情で思考を隠す人間ほど欺くのに難しい相手はいない。

逆に自分が掴まされる時があるからだ。


思考をめぐらせながら歩いていると書斎まで辿り着いてしまった。

扉の前でしばし思案した後、意を決してノックをする。


「入れ」


「失礼致しします」


「来たね」


入室すると国王陛下がにこやかに出迎えてくれる。

一礼し、父に促され定位置の席に座ると、早速話題を振られた。


「今リクが最近穏やかになったと、王宮内で専らの噂になってるんだよ。

それに会議で黒いカナリアって単語が出てくる時があってね。今までリクが比喩なんて使うところなんて聞いたことがない」


お父様…

王宮内ですらその比喩を使われていることに愕然とする。

言葉の出ない私を看過して尚も国王陛下は言葉を続ける。


「ロズベルク家でペットを飼い始めたなんて聞いてないし、黒いカナリアなんて確認もされてない。なら比喩だろうと結論は出たんだけど、なんの比喩だかはさっぱり。

美しい声でよく鳴くらしくて、用事がないとき以外は滅多に帰らないリクがここ数年毎日のように帰るのはその美しい鳥のためだろうと噂されているし、長年一緒にいた俺もリクの変わり様には興味があったから今日思い切って黒いカナリアの正体を探りにきたんだ。

まさかロズベルク家に来てあんなに斬新なお出迎えがされるとは想像もしてなかったけどね」


美しく微笑するお姿。思わず目を奪われそうになるが、瞳の中に隠しきれない好奇心が不信感を煽る。


面白いものを見つけてときの人間は大抵こんな目をする。

そして、この興味のもたれ方は大変よろしくないと前世の記憶で知っている。


実にめんどくさい。失敗はやはりあの出迎えだろう。

初対面とはとても大事だとつくづく思う。


「でむかえのけんはおはずかしいかぎりです。

ライリー様がいらっしゃるとわかればほうげいできましたのに…

ねぇ、お父さま?」


「ライが普段の出迎えを見たいと言っていたのでな。そう怒るな」


私が心中穏やかでないことが分かったのだろう、父は手を伸ばし、私の頭をやんわりと撫でる。

たまにこうして大きな手で頭を撫でられることがあるが、未だに慣れない。


「へぇ、リクでも子供の撫でることがあるんだね」


驚嘆したような声音と表情の国王陛下。

余程珍しいことなのだろうか、興味深そうに父を見る。


「ヴィーとレイノだけだ」


「意外に子煩悩だな。新しい発見だよ」


確かに生まれた頃に比べとても子煩悩になったとは思う。


「それにロズベルク家の使用人は明るくなったね」


「そうなのですか?」


常に無表情で仕事に打ち込む使用人たちを思い浮かべるが、明るくなった気などしない。

しかし父は思い当たるところが合ったのだろう、頷いている。


「ヴィーラの影響だろうな。

使用人たちも巻き込んで色々やっているらしい。

テオドルが楽しそうにヴィーとレイノの動向報告してくる」


若干口角を上げ私を見る父。

今日は良く笑う日だ。一日一微笑ですら叶わない時があるのに。


それにしても、使用人たちが明るくなったのが私の影響とはどういうことだろう。

確かに私は父の出迎え以外に使用人を巻き込んで悪戯をしている。


庭師に頼んでバラのテオドルを作ってもらったり、料理長にレイノの氷で氷菓子を作るようにお願いしたり、メイドに執事の格好を一日だけしてもらったり、執事にメイドの格好をしてもらおうかと思ったときは流石に止められたので、それぞれ頭に花をつけてもらったり等、たわいも無い事なのだが、提案当初は協力的ではなかった。

そこは「あなたのうでなら」や「レイノの練習のためなのに」

「だんそうのれいじんになれるわ」

「やしきにもっと花をふやしたいの」と誑かし、数年たった今では面白そうな提案なら協力してくれるようになった。

しかし、相変わらず表面上の表情は無表情がデフォルトだ。6年間の付き合いからその中の表情は分かるけど。


「なるほど、ヴィーラが原因か。

あのお堅いテオドルですら取り込むなんて凄いね」


「とりこむなんてとんでもない。わたくしはただ使用人たちにしんしにせっしているだけですわ」


「さっきから思ってたんだけど、ヴィーラは随分難しい言葉を知っているね」


「ありがとうございます。

ひごろのべんきょうとお父さまがきちょうな時間をていきょうしてくださるおかげでしょうか」


恥じらいの表情を浮かべながらの返答。


「そんな謙遜しなくていいよ。

国政にも君は大きく貢献してくれてるんだ」


「どういうことでしょう?」


突然の話題、しかも自分が国に貢献している等分からない…という雰囲気を醸し出させる。

それに対し国王陛下は真意を語り始めた。


「ここ数年、国政会議でリクが斬新な提案をしてくることが増えてね。

特に教育と貧困街について。教育はだいぶ前から改善策案は出されていたんだけど上手くいかなくて。

4年前、今まで高額だった魔法学校が国援助で特待生枠を取り始めたのは知ってるかい?

その他にも教会でしかやっていなかった教育を民間の人間を雇い年齢で区分する学校ができたことは?」


「ぞんじております。小、中でわけられた学校のことで、さいきん数をふやしていると。

とくたいせいわくは高いまりょくをもった者だけでなく、べんがくにはげみたい者を国がえんじょしているとうかがっております」


「良く勉強しているね。

そう、今までは高い魔力をもつ貴族に重点を置いていた教育だったが、我が国の庶民は他国からみたら高い魔力を持っている者が多い。

いくら魔力測定が義務付けられ、高い魔力を有する者は養子縁組し、貴族や学者に預けるにしても零れる者は必ずいる。

ましてや、物心が付く前だからと言って親元から引き離すのは好ましくない。

昔からの慣わしだから疑問にも思わず受け入れていたが、リクに言われてハッとなったよ。

それに魔法制度で民間に魔法の使い方を教える教室は在っても一般教養の教室はない。識字率も低いままだ」


そう、この世界は魔法に重きを置きすぎてどこかずれてる。

魔法は感覚が頼りだとされ、魔術書はとても高価なもの。

字が読めなくても魔法は口伝されてしまうから庶民の識字率は驚くほど低い。

高い魔力を持つものは親元を離れるのが当たり前で、寧ろそれが親にも子にもステータスになる。

魔法の教育は教会が実地で指導するけど、一般教養は親任せ。

よくそれで世界が成り立っていたな、と社会学の本を読みながら思ったものだ。


確かに、昔の日本は江戸の寺子屋が出来るまで庶民の識字率は低かった。

似たような物だとは思うが、現代日本に生きていた私には疑問に思った。


それを父に話したことはある。

確か、父の書斎に通い始めてそれ程経っていない頃だったと思う。


ここ数年の教育事情は目を見張るものがあったが、私の発言がきっかけだとは思わなかった。

父も真剣に聞いてくれていたのはそういう訳か。

2歳児の言葉を実行するなんて…


「他にも貧困街の住人に職を紹介する機関が出来たのも君の提案からなんだよ。

まぁ、貧困街は最近改革者が現れたおかげでその機関が動くようになったんだけどね。

ヴィーラはその改革者について知ってる?」


改革者…か。


「えぇ、うわさとしてぞんじあげております」


改革者について心当たりはあるが、言わない方が懸命な気がする。

ここは知らぬふりを通そう。


「残念、君なら知っているんじゃないかと思ったんだけどね。なんたって改革者はまだ子供という噂があるし」


実に残念そうな動作をしているが、確信しているのだろう声色。

しかし、ここで肯定するのは愚考だ。

言葉は出さず、申し訳なさそうな顔をする。


「しかし、なるほど。ヴィーラは実に聡明だね」


「ありがとうございます」


「6歳とはとても思えない。俺の息子も早熟だと思っていたが、親の欲目だったようだ」


「そんなことありませんわ。でんかはとてもすばらしい方だとうかがっております」


国王陛下の一人息子、つまり王子は既に麒麟児、寵児と名高く、魔力はレイノと同じS++、勉学もあらゆる分野において優秀と聞く。

国民は次代も安泰だと噂している。

そんな殿下だから少し気になるところはあるが…今は口にするべきではないな。


「それでも魔法再構築の手助けするなんて芸当はできないよ」


「おきづきでしたか…」


どうやらバレていたようだ。

今日の悪戯はレイノだけでは少々難しいものがあった。

神童と言われ、なんでもそつなくこなすレイノだが対人間、しかも私に刃を向けるとなると感情が邪魔をしていつも通りにできなかった。

だから私が手助けしたのだ。


魔法の再構築は相手との呼吸の他に手助けする側の器用さが必要となる。

相手の魔力を借りるので魔力消費はそこまでないが、相手への信頼がとても大事だ。

呼吸も相性も良く、無属性が得意な私がいたから実行できた悪戯だった。

しかし、難易度が高いのは事実。


苦笑を浮かべる。


「予想外のこともあったが、確信には十分だったよ。

…ヴィーラ、黒いカナリアとは君のことだね?」


「…………」


にこやかに笑みを浮かべるが言葉を返したりしない。

確信している人間に馬鹿正直に返答するのは嫌いだから。


無言を肯定と取ったのだろう、国王陛下は深く一度頷いた。


「最初君の美しい黒髪を見たときもしやとは思っていたが、憶測に過ぎなかった。でも、鎌に乗ってこないところも聡明なところも全部核心に繋がった。

なにより君の声が…いや声遣いが疑惑を核心にしたんだよ。

君の声遣いは実に聞き取りやすい、そして美しい。カナリアとはよく言ったものだね、リク」


途中から本を読んでいた父に語りかける。

父は栞も挟まず本を閉じると鼻先で笑い、私を見た。


「いつもの狐ぶりが首を絞めたな。

今日はもう遅い、寝ろ」


そう言われ時計を見ると子供が起きてるには時計の針が進みすぎていた。

最後の父の言葉は少しくるものがあったが、睡魔はすぐそこまで来ている。

簡易的に国王陛下に礼を取り書斎をでた。



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