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カナリアへの愛情(リクハルド視点)


一羽のカナリアがいた。

そのカナリアは、代わり映えのしなかった私の人生を大きく変えた。


ベレミア王国公爵家第一位のロズベルク家嫡男に生まれた私は、子供の頃から無表情の子供だった。

友人と呼べるのは現国王のライリーのみ。結婚は政略結婚。


そんな面白みのない私の人生に、転機が訪れたのは家柄だけが取り得の低能な女が生んだ娘が2歳になったとき。


それまで関心を向けていなかった娘が突然、書斎に赴いてきた。

それどころか、締め出そうとした扉に足を挟むという暴挙にでたのだ。

今でも、あの時のことはよく覚えている。

とても2歳児には思えない言動に行動。低能なあの女に似ていない、不思議な娘。

少しだけ興味が沸いた。


娘が私の関心を引くために本を持っていたのは分かっていた。

しかし、娘が差し出してきたのは屋敷の図書室でも一番難解な歴史書。

とても2歳児が読むとは思えない。そう思った私は娘を招きいれ、歴史書の中身を把握しているか試そうと思った。


どうせ、中身など把握できていない。そう高を括っていたが、娘は本に対する私の質問に的確に応えた。

子供の拙い喋り方ではあったが、その声遣いや言動は聞き取りやすく、とても心地良い。


他人との馴れ合いを嫌いとする私の側にあって、煩わしくない。

それが稀有なことなど気づかせもしないで、娘、ヴィーラとの会話に没頭していた。


翌日、ヴィーラの足が腫れたとテオドルに連絡を受け、罪悪感があった私は、無難にくまのぬいぐるみを詫びとしてプレゼントした。

喜んだ、というよりはどこか面白いという風に、プレゼントを受け取ったヴィーラ。

あの反応は未だによくわからないことの一つだ。


ヴィーラとの会話が少しずつ増え始めた頃、息子が生まれた。

ロズベルク家の跡取りの長男が生まれたことで、親戚連中をだまらせることが出来る。

低能な女がいつまでもロズベルク家にいることに嫌気があった私は、離婚を考えヴィーラに尋ねた。


「お前にとって母親は必要か?」


「ははおや、ですか?…あまりひつようとはおもいませんわ。とくにわがやにいるあのじょせいは」


「そうか、離婚を考えているのだが、お前の意見を聞いておこうと思った」


「それはえいだんだとおもいますわ」


手を前で合わせ、にこやかに笑うその姿は本心なのだろう。

テオドルの報告では、私がくまのぬいぐるみをプレゼントしたことからあの女に嫌がらせを受けているらしい。

どこまでも低能な女だ。

実の子供に敵意を向けるなど。


生まれたばかりの息子には尋ねられないが、育児に参加していないと聞いているので離婚はすぐに成立した。

途中女が私にすがり付いてきたが、そこは省こう。


離婚してからは、煩わしい女がいないので、頻繁に家に帰るようになった。

そのことに関して、ライリーや部下から奇異の目で見られていたことは知っている。

だが、家に帰らないという選択肢は無かった。

ヴィーラとの会話の中で出された提案は面白く、国の為になることも多い。

ヴィーラとの会話は実に有意義だった。


子供たちが成長するにしたがって、帰宅すると小さな悪戯がされていることが増えた。

その悪戯は私と息子、レイノを思ってヴィーラが考えているのだと聞いて、口角が上がった。

可愛らしい悪戯のお出迎えと子供たちとの時間が、私の癒しになっている。それは、子供たちにも使用人にも教えない私の秘密だ。


屋敷が明るくなったように感じながら、私はヴィーラをカナリアに例えるようになった。

聞き取りやすい声量に声遣い。癒しを与える存在として、そう例えるのが妥当だと思ったからだ。

初めてカナリアのことを話したとき、ライリーや部下、使用人、それにヴィーラの顔は実に面白かった。


ヴィーラは私に様々な感情を芽生えさせてくれた。

思い出などとは程遠い私の人生に思い出が増え始めたのは、間違いなくヴィーラが現れてからだ。

なにより、表情筋が死んでいる、とライリーに言われた私が笑えるようになったのはヴィーラのおかげが大きい。


そのヴィーラは、一人で抱え込むことが多い。

改革者の彼が死んだときも部屋に閉じこもり、私たちに涙を見せなかった。

泣き言も弱音も聞いたことはない。

そんなヴィーラに私を含め、周りは心配していた。


それでもヴィーラは弱みを見せなかった。

唯一の弱点は己に対する好意を露にされたとき位だろう。


そんなヴィーラは、神子が決まってから何か決意した様子を見せるようになった。

思えばあの時から失踪を考えていたのだろう。

私は気づいていながら、何もしなかったのは、ヴィーラに甘えていたのかもしれない。


ヴィーラが失踪したとき、初めて怒りという感情に支配された。

それまで、他人に興味の無かった私は、怒りという感情を抱いたことは無かった。

初めて沸く感情に困惑しながらも、迎えにいった三人が無事ヴィーラを連れ帰ってくるのを願った。


ヴィーラが無事執務室に帰ってきたときは、不覚にも泣きそうになった。

怒りを忘れるほどの歓喜。


18年、いや、正確には16年、ヴィーラとレイノを見てきた私はいつの間にか子煩悩になっていたようだ。

しかし、それも悪くない。


20歳で結婚し、王宮に嫁いでしまうヴィーラ。

嫁いでしまったとしても、カナリアの囀りを聞けるのなら、私の人生は幸せだ。


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