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「貴方も口が良く回るわ。とてもお上手よ」
「貴女に言われても嬉しくないですね」
「そうね、ごめんなさい。最初と比べて口が回るようになったから、つい。準備があると強いだけですものね」
「っ!それは侮辱ととっても?」
「取り方は自由じゃないかしら。そうとしか取れないのでしょう?」
「え、えぇ、侮辱にしか聞こえませんね」
「褒め言葉のつもりだったのだけど、残念だわ」
「とても褒め言葉とは聞こえませんでしたよ」
「あら、私からしたら準備があると会話が続けられて楽しい、という意味のこもった褒め言葉だったのだけれど…」
「本当によく回る口だ」
「褒め言葉だわ」
にこにこと笑いながら応えていると、彼は一つ舌打ちをし、後ろで見守ることに徹していた2人に声を掛け、去っていってしまった。
「あら、行ってしまったわ」
そう行って回りを見るとサッと目を離される。
どうやら視線の凶器は今の会話で緩和されたようだ。
「…姉上?」
正直まだ言い足りないのだが、緩和されたので良しとしようと一人思っていると、後ろから氷魔法が発動されたような冷たい声が聞こえた。
氷魔法って声にも発動できたかしら?
「レ、レイノ…。おかえりなさい?」
「貴女に反省という文字は無いのですか?」
「あ、るわよ。一応」
「とてもそうには思えませんでしたが?」
絶対零度の眼差しを向けられ、なんとも居心地が悪くなる。
針の筵より居心地が悪くなるレイノの視線。
私の視線がうろうろしてしまうのは、しょうがないことだと思う。
「…場所が悪いですね。それに、殿下も見ていらしていることですし、今は見逃しましょう」
ちらりと殿下の方を見ると艶やかな笑顔でこちらを見ている。しかし、明らかに怒っている。
オーラが具現化して般若のようだ。
あぁ、嫌だな。と思いつつ、少し嬉しくなってしまうのは、この時間があと少しだからだろう。
***
夜会が終わり、久々にリアヴィの町を訪れた帰り。
リアンを少し撒き、路地に入ったとき、粉雪の舞う路地に、私は前世を思い出していた。
最後の光景。何度も刺され、とても痛かったあの時。
心残りは唯一私と共にいた、彼。
ずっと一人だった私に初めてできた相棒。
犬のようで、うっとおしいとしか思っていなかったが、そんな彼でも居てくれたことに感謝もできなかった。
あの後どうなったのだろう。
リアンとの関係はどういうことなのか。答えは聞けていない。
そんなことを思っていると、後ろに気配が現れる。
あの時と同じ。嫌な感じ。
粉雪舞う曇天の空を眺め、前世の感覚を思い出す。
それと同時に今世の感覚も。
後ろの気配がユルリと動き、こちらに駆けてくる。
私まで後一メートル近くまで来た瞬間、後ろに振り向き、ニヤリとあくどい笑みを浮かべ、右手を相手に翳す。
「幻覚と攻撃なら私は、幻覚のほうが得意なの」
そう呟き、幻覚の魔法を発動させる。
簡易に発動できるものを発動してから、徐々に強力な幻覚を発動させていく。
みせる幻覚を混乱から恐怖に変えながら。
「うわああぁああ!!!」
幻覚を見始めた相手は手に持っていたナイフを我武者羅に振り回していく。
「あまり叫んでは駄目よ。人が来てしまうわ」
そう言い、見せる幻覚を水の中に変える。
彼は今窒息している気分だろう。相手は首元に手を持って行き、もがいている。
ついでに、イボウミヘビでも出そうかしら。
強い毒性を持つウミヘビを思い浮かべながら、幻覚の中に出現させると、相手は大慌てで周りにナイフを振り回す。
この世界でも毒蛇はいる。しかも、前世の世界より恐怖の対象とされているので、効果は凄まじいだろう。
これ以上幻覚を見せると窒息してしまう手前で、幻覚を一度覚まさせる。
地に崩れた相手からナイフを奪う。
「貴方は誰かからの差し金かしら?」
質問するが、未だ息の荒い相手は喋れない。
それどころか、目の焦点が合っていない。
少しやりすぎたようだ。
しょうがないので、拘束される幻覚を見せて、目の焦点が合うまで少し待つかと思い、手を翳す。
幻覚を発動させようと力を込めたところで、頭上から針のようなものが振ってきた。
その針は私を掠ることなく、相手を拘束するように刺さる。
針が相手を拘束したところで、今度は頭上から何か大きな物体が落ちてきた。
「ヴィーラ様!ご無事ですか!?」
「えぇ、私はなんとも無いわよ」
物体の正体はリアン。
撒いた私を大慌てで探したのだろう、珍しく息を切らせている。
「こいつがヴィーラ様を襲ったのですね」
私の無事を確認するとリアンは、暗殺者の目になる。
人殺しも辞さないその空気は流石にまずい。
「大丈夫よ、リアン。返り討ちにあっているでしょう」
「ヴィーラ様を襲うこと自体有罪です」
「怪我もないのだから、有罪にしないの」
物騒な空気のまま相手を睨むリアンをなだめる。
渋々ながらも頷くリアンの肩をやさしく叩く。
「…はい。ヴィーラ様の危機にすぐ駆けつけられず、申し訳ありません」
「元は私が撒いたのが原因なのだから、気にしない」
「ですから、護衛を撒くのはお止めくださいと、あれほど申しておるのはないですか」
「こんなこと早々無いわよ」
「なにかあってからでは遅いのです」
深々と頭を下げるリアンの頭を撫でながら、言うと薮蛇をつついてしまった。
懇々と説教を受けていると、襲ってきた相手がうめき声を上げた。




