09
「楽しそうですね」
「あら、セス。ごきげんよう」
「こんにちは。またヴィーと宰相は父を苛めていたのかい?」
「そんなことしてないわよ」
国王陛下が泣きまねをしていると殿下が部屋に入ってきた。
一応形ばかりの弁解しておくと「嘘だ!」と騒ぎ出す国王陛下に笑いそうになる。
殿下が来たことで今日の会見の人間は揃った。
侍女に入れてもらった紅茶を飲み、一息ついていると国王陛下が今日の出来事を聞いてくる。
「それで今日はなんであんなに荒れていたんだ?」
「先ほど申した通りですわ。公爵家が馬鹿にされたようで腹が立っていましたの」
「リアン、本当?」
リアンに聞くのは卑怯ではないでしょうか、殿下。
突然話を振られたリアンは慌てることもなくことの顛末を話していく。
聞いてる途中、殿下の美しい顔が少し怖くなったが、国王陛下と父は真剣に聞いている。
「それはそれは。坊ちゃんたちは後で灸を据えるとして…」
「神子様ですか」
「男性を神子の部屋に入れること自体あまりよろしくないことですね」
神子の部屋に男性、しかも複数人。外聞は悪い。
だから神子に責任云々と申したのだが、あの神子がそれを分かるとは思えない。
「それよりもヴィーの魅力が分からないなんてなんて、哀れな男たちだね」
「そこは然したる問題では無いと思うわ」
「問題だよ。俺の婚約者はこんなに美しいのに。あまりにも無茶をするので心配が尽きないけどね」
そう手を取られ愛しむような瞳を向けられる。
跪かなくていい、殿下がなにをやってるんだ。
国王陛下もお父様も傍観しないで止めてくれ!
一人慌てていると殿下は私の手の甲に形のいい唇を落とす。
本当にやめてくれ…
「本当にごめんなさい。これからはもう少し周りをみるから」
これは複数の男性に口の喧嘩を仕掛けたお仕置きなのだろう。
素直に謝ると殿下はそれでも気が治まらないのか、私の横に座り直すと私の腰に手を伸ばし、己の方に引き寄せる。
私がこの体勢が苦手なことは勿論知っているので、お仕置きは継続なのだろう。
事の顛末を全部喋ったリアンに恨めしげな視線を投げていると、それに気づいた殿下は私の耳元に口を近づけ…
「俺といるときにあまり他の男をみないで」
等と宣ってきて、私はもう硬直するしかない。
ごめんなさい。
一人猛省していると、殿下はこちらをじっと見てくる。
「ど、うしたの?」
「もう体調は大丈夫かなと思って」
「元々魔力の使いすぎによる疲労だし、昨日ゆっくり休んだからもう大丈夫よ」
「そう、ならよかった」
壮絶な色気を醸し出す殿下に再び硬直してしまう。
私の婚約者はこうやって私を負かすのだから性質が悪い。
「仲睦まじいのは分かったから。セス少し離してあげなさい」
「嫌です」
「…じゃあそのままでいいか」
「陛下、後で執務五倍にしておきます。殿下も、それでは娘が話せません」
父の助言で少しだけ離してくれた殿下と撃沈している国王陛下。
父強し。
「はぁ、今日の本題に入ろうか」
一度ため息を零してから今日の本題。リアヴィの町について話していく。
新しく始めた商業の話や新たな流通の話などをしていく。
その話のまま新たな病魔の話になる。
「新たな病魔か…恐らく結界の影響だろうね」
「そうだと思いますわ。早めに結界の張り直しを神子様にお願いしたほうが宜しいかと」
「検討しよう。ところで、ヴィーは魔力探知を最大にするとハロネンのように人の感情まで見れるんだって?」
突然の話題転換。
恐らくハロネンと直接あったときの会話をどこからか聞いたのだろう。
「えぇ、持続させるだけの魔力がないので普段は使いませんが、真剣にやればできますわ」
「そう…。なら聞きたい」
国王陛下はリアヴィの町の話をしていたとき以上に真剣な目を向けてくる。
「今代の神子様は結界の張り直しに成功するか?」
「私は予言士ではありませんので未来は見えませんけど…恐らく上手くいかないと思いますわ」
「その根拠は?」
「神子様の性格ですわ」
そのままずばりと応えると難しい顔を浮かべ、黙り込んでしまう。
これは国の中でもごく一部の人間に知らされていないことだが、神子はその代に何人もの神子が存在する年がある。
簡潔に言うと結界の張り直しを失敗する神子がいるのだ。
失敗する原因はおおよそ性格が原因とされている。
神の依り代でありながら神と性格が合わないとそうなるのではないのか、というのが大方の見解だ。
実際に文献の中の神子の性格は大人しいほど成功率が上がっている。
あれが性格悪いから大人しいほど乗り移りやすいのかもしれない。
「彼女は大人しそうな女性だったが?」
「外面的にはそうかもしれませんわね。ですが、そうとう宜しい性格なさっていますわよ」
ここで選考会のときの彼女に見えた性格を話す。
父は相も変わらず無表情だが、国王陛下は面白そうな表情、殿下は納得の表情を浮かべている。
殿下はエスコートをするときに何かを感じたのだろう。
「女性は怖いな」
「私もそう思うわ」
殿下に同意する。
「さて、仕事も増えたことだし、今日はここでお開きにしようか」
国王陛下の言葉で私たちは椅子から立ち上がる。
あぁ、そうだ。あの話をしなくては、と殿下と父、リアンに先に出るように促す。
私が国王陛下と二人きりになることに皆心配げな顔をしているが、信用のない己を嘆く国王陛下に冷たい目を向けてから出て行ってくれた。
「皆ひどいな」
「日ごろの行いだと思いますわ」
「そういうものか…。それで、人払いまでしてなんの話だい?」
真剣な目でこちらを見る国王陛下に微苦笑を浮かべる。
「難しいことではありませんわ。神子様が失敗したとき、内密に私を送り込んで頂けないかというだけです」
「……どういうことだい?」
「成功した場合私の名前を出さず、現神子様か次の神子様の名前で成功したことになさって構いません」
「…………」
少し怒りを滲ませ始めた国王陛下。それでも私は笑みを浮かべたまま。
「ヴィーラ分かっているのか?お前の魔力では枯渇するぞ」
「えぇ、分かっておりますわ」
「それでもか?」
「それでも」
どちらも目を逸らさない暫しの沈黙。
突然脱力したよう国王陛下が息を漏らした。
「お前のことだ。なにかあるんだろう?」
「お答えできませんが、何かはありますわ」
「分かった。内密とは俺以外にということで良いんだな?」
「お話が早くて助かります」
そういうと苦笑を浮かべられる。「頑固者」なんて言葉を貰ってしまった。
「ありがとうございます」と零すと軽く頭を撫でられる。
本当にありがとうございます、ライリー様。




