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ジョグ・ウォード短編集0

作者: 支援BIS

 

 1


 コリン・クルザーは決心した。

 父の形見の剣を売る。(よろい)もだ。そうすればたまった借金を片付けることもできるし、これからしばらくの薬代にもなる。服や靴も少しはましなものに替えることができる。

 コリンの父はコエンデラ家に仕える騎士だったが、戦で負った怪我がもとで寝込むようになってしまった。そして去年死んだ。父親が生きているうちは、コエンデラ家から時々食べ物が届けられたが、それもなくなった。

 もっともクルザー家は領地も財産もなかったが、少しばかり広い畑を持っている。それを近くの農民たちに貸していたから、借地代として届けられる作物で、生活そのものは何とか成り立っていたのだ。

 だが父親の回復を願って高価な薬を与え続けたことが、クルザー家を圧迫した。そして父親の死後、母親が看病疲れで倒れてからは、さらに薬代がかさんだ。今では借地代として届けられる作物はわずかな金に換えて借金の穴埋めにするほかなく、家事をしに通ってくれている老女への給金も滞りがちである。

 こうしたもろもろのことが、十歳になったばかりのコリンの肩にずっしりと乗っている。

 剣と鎧を売るという以外の道は残されていなかった。

 だが剣と鎧を売るということは、騎士になるのを諦めるということである。

 どうせ騎士になれないのなら、馬が生きているうちに売ればよかったのだ。だが、馬を売るのは母親が嫌がった。

「あの馬を売ってしまったら、お前が騎士になったとき乗る馬がない」

 若いとは到底いえない馬だったから、コリンが騎士になったとき元気でいるとはとても考えられなかったが、それでも母親は馬を売るのに反対した。母親の気持ちがわかるだけに、コリンも無理強いはできなかったのである。

 そしてその馬は父親のあとを追うように死んでしまった。それをみた母親はすっかり気力を失って、今は病の床にいる。この母親をどうやって守るか。それが今のコリンの課題である。

 コエンデラ家に頭を下げれば、従卒として騎士修業をさせてくれるだろう。それはわかっている。ただし剣も鎧も馬も持たないコリンが騎士になるためには、ほとんど奴隷といってよい過酷な条件が付けられるだろう。また、コリンが騎士修業を始めたからといって、母親の薬代をコエンデラ家が出してくれることはない。カルドス・コエンデラとはそういう男だ。

 主家とは何か。

 騎士が主君に仕えるとはどういうことか。

 父親は主家であるコエンデラ家のため、身を粉にして働いた。そして傷つき倒れた。

 その父親にコエンデラ家は何の報償も与えてはくれなかった。

 もしも。

 もしも病床の父にコエンデラ家が温かい手を差し伸べてくれていたなら。

 病の床で苦しんでいる母に、コエンデラ家が少しでも助けをくれるなら。

 コリンは感謝し、コエンデラ家のために身をささげることをためらわなかっただろう。

 だが現実にはコエンデラ家はクルザー家を見捨てている。クルザー家の苦しみと没落を、まるで他人事のように眺めている。

 だがそれでいて、もしもコリンが騎士になったならば、コエンデラ家は当然のように忠誠を要求するだろう。

 主家とはそういうものなのだろうか。

 騎士とはそういうものなのだろうか。

 ——ならば僕は騎士になんてならなくていい!

 そうコリン・クルザーは決心したのである。


 2


 水をくんで家に帰ったコリンは、誰かが馬に乗って家から遠ざかっていくのをみた。

 馬に乗っているということは、騎士か従騎士である。だがクルザー家を訪ねる騎士などない。

 不思議に思いながら家に入ると、机の上に袋が置いてある。

 中には大金が入っていた。

 コリンは驚いて母親を起こしたが、誰がやって来たのか眠っていたため知らないという。

 ——まさか、ジョグか?

 ジョグはカルドス・コエンデラの庶子であり、母親の死後コエンデラ本家に迎えられた。三つ年上のジョグはコリンにとって兄に近い。悪い遊びを教える兄に。

 ジョグは乱暴で、いたずら好きで、気ままで、反抗心旺盛な少年だ。コリンのほか数人の少年を引き連れ、悪さばかりしている。もっとも大柄なジョグはとても十三歳にはみえず、実際騎士修業を始めて三年で、もう従騎士になっている。

 ジョグはコリンにとって主筋にあたるが、敬語は使わない。ジョグが嫌がるからだ。だがひそかにコリンはジョグを尊敬している。ジョグは乱暴でぶっきらぼうではあるが、無道ではない。コリンやほかの少年たちへの態度も、慣れてくれば底に温かみがあるのに気付く。いっそジョグがコエンデラ家を継いでくれればとも思うが、カルドスの正妃には三人も男の子がいて、一人はジョグより年上だ。

「ジョグ。母さんが倒れちゃったんだ。家のことをしなくちゃならないから、当分遊びに来られない」

 そうコリンが言ったとき、ジョグの反応は淡泊なものだった。

「へえ。そうか」

 そのジョグが突然金を持ってきてくれたりするだろうか。そもそもジョグがこんな金を持っているはずもない。

 その大金は、たまった借金を返して、さらに馬が買えるほどの金額だった。一瞬、ジョグがコエンデラ家の使いとして来たのかもしれないと考えたが、それならば黙って帰ったりせず、とことん恩を売りつけるだろう。

 わけがわからなかった。だが一つはっきりしているのは、この大金はコリンと母を救ってくれるということだ。

 コリンは神々に感謝の祈りをささげた。


 3


 しばらくして、コリンは奇妙な(うわさ)を聞いた。ジョグがサルクスのウォード家に養子に出されたというのである。

 その背景には、なかなかとんでもない事情があったという。

 なんとジョグは、コエンデラ家がリンツで毛皮を売って得た代金を運ぶ馬車を襲って金を強奪したのだという。そして豪遊してその金を使い果たしてしまったのだ。

 馬車を襲ったとき、ジョグは覆面をしていたというが、馬も体つきも剣技も、どうみてもジョグ以外ではあり得ない。

 カルドスも、さすがにこの事態を放置することはできなかった。(ばつ)としてコエンデラ本家から放遂(ほうちく)したのである。

 コリンは首をかしげた。

 サルクスは小さいが豊かな領地である。コエンデラ本家から養子に出したのなら、たぶんその跡継ぎということになる。それで懲罰になるのだろうか。

 別の噂がこの疑問に答えをくれた。

 この襲撃事件は正式には裁かれない。なぜなら騎士二人と従騎士二人がたった一人の少年にたたき伏せられて金を奪われたなどということを明らかにすれば、コエンデラ家の名誉と武威は地に落ちるからだ。また、ジョグ自身も白を切り通している。素晴らしい(つら)の皮の厚さである。正式に追求できない以上、罪人扱いすることはできない。そこでコエンデラ本家からの放遂という処分にとどまらざるを得なかった、ということらしい。

 ほかにこんな噂もあった。将来コエンデラの当主の座をめぐって長子ゼオンとジョグのあいだに争いが起きることを恐れたカルドスの正妃が暗躍したというのだ。

 また、サルクス領の跡継ぎの座に押し込むことでジョグに恩を売りつつ、サルクス領の富を吸収しようとするカルドスの陰謀であるともいう。

 あるいは他の家臣の手前やむを得ず家から出すことにしたが、ジョグの反発が恐ろしかったので、ウォード家の跡取りといううまみを与えたのだともいう。

 コリンにはどちらでもよかった。

 理由などどうでもいい。大事なのは結果だ。

 ——決めた。僕の忠誠はコエンデラなんかにはささげない。僕の忠誠はジョグ・ウォードにささげる!

 さっそくウォード家におもむいて、騎士修業をさせてくれるよう頼むのだ。

 そして騎士になろう。

 ジョグの支えとなれるような優秀な騎士に。

 そう、コリン・クルザーは決心した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 本編のジョグ登場がアレだったので最初は敵キャラだと その後良い奴じゃん 本編が選り深くなる こう言う話は良いですね
[良い点] ジョグは幼い頃からジョグだったというのがよくわかる(よい意味で) きっとコリンはジョグの伝記的なものも書いてて、 後世では尚更勘違いのもとになるんだろうなぁ……なんて
[一言] ジョグはその原点から豪傑ですな ある意味、後の評価は(他の人物の業績が混ざっているにしても)一面的を射ているのかも それにしても、本当にカルドスの子なんだろうか? ジュールラントのような真…
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