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第2次リーノベン航空戦でのできごと

 僕はここで死ぬかもしれない、なんて漠然と思ってしまった。

 いや、本当の死ではないけれども、このゲームからの退場を意味する死を意識してしまった。

「くそったれ」

 フットバーをけりこみ、横滑りに機体を動かす。訓練生時点からの愛機、「秋蓮」は僕の意思を忠実に反映してくれる。

 機動性、安定性、武器選択の豊富さが優秀な第Ⅰ世代機。それの武器選択スロットを犠牲にしてカスタムした機動性特化型の愛機は僕の期待に十分に応えてくれる。


 それでも、僕は初期階級に近い一等空士でしかない。


 空防の後ろを振り返る。

 

 いた。


 第Ⅱ世代、高速格闘戦向きの機体「暁」 ――加速、最高速度に加え、高高度戦闘能力を保持した新鋭機。第Ⅰ世代「閃電」の上位互換機だ。そのスペックだけを見る限り、第Ⅰ世代では太刀打ちができない―― その尾翼に並ぶ、星の数は大きい星二つに小さい星が二つ。一等空尉だ。上級者に足をかけようかという階級に位置する手錬だ。

僕の全技量を傾けた回避に悠々ついてくる。優れた特性が違うのにそれすら全く苦にしないその技量に僕の背筋は凍った。

「――――くそt――――うしろn……」

 無線機から流れ出る友軍の通信。途切れ途切れだが、どこもかしこも手いっぱいの様だ。いや、何機かは、違う何十機はすでに堕ちている。通信の絶対量が開戦からだいぶ減っていることからも分かる。

 相手はいまだ発砲すらしない。こちらを追い詰めることを楽しんでいる節がある。それはそうだろう。この空域には相手の天敵になりえる上級者がいないのだから。

「だからって、なにもできないわけじゃ、ない」

 今現在持っていた勲功をすべてこの愛機に注ぎ込んだ。そして、僕の教官は甘くなかった。あの人譲りの技術が確かにこの身体には流れているはずなのだ。

 繊細に、時に大胆に、隙はわざと作るもの。その隙に相手を誘導して、あちらの選択肢を狭め確実に読み切る。そのための機動性だ。

 緩やかな上昇、それと共にわずかに減速。敵に悟られないように静かに、相手の速度を逆に利用する。狙うは相手の追い越し。

「さあ、追い越していけ……」

 性能差でも百キロ。できればこのまま宙返りにまで持っていきたいが我慢する。加速性能では負けているのだから、急降下に移ったところで捕まってしまうだろう。

 これが第Ⅱ世代なら話は違ったかもしれないが、『かもしれない』は無意味だ。今できる全てをここで出しきるしかない。

 心臓が早鐘をうつ。

 さあ、早く、早く追い抜いてみろ。

 感覚で分かる。やつはもうすぐ後ろだ。

 

 ぞく。


 その瞬間、僕はエンジンを即座に切った。

 急激な減速。

 相手から見れば機体がその場で止まったように見えただろう。そして、推力を失った機体は錐もみしながら落ちていく。

 もしあのまま飛んでいたら、僕は胴体をうち抜かれて堕ちていただろう。実際、未来位置に火線が走っていた。その場で追い抜いていく敵機。その操縦者が驚きの表情を作っているのが見えた。

 即座にエンジンを再始動。操縦桿を操って即座に機体を安定化させる。

 愛機が軋みをあげる。無理もない。それだけの負荷がかかる無茶な芸当だったのだから。いや、成功したのが奇跡みたいなものだ。もう一度やれと言われてやれるとは思えない。

 それでも、ここしか好機がない。

 相手の後ろに食いつく。離されないようにするのが精いっぱいだ。これを逃せば僕は相手に反撃をくらって本当に堕ちるだろう。

 相手は加速性能にものを言わせて離脱しにかかる。それに対抗する術を、本来ならば僕は持たない。だけど今日は違う、この距離なら逃さない。

 武装選択で切り札を選択する。三〇ミリ機関砲。

装弾数は最低クラスでも、破壊力、飛距離その両方で群を抜く武装。普通は重すぎて積むには全ての武装を犠牲にしないといけない。

 どうせ、撃てる状況に持っていけるかわからないこの作戦だったからこそ思い切って選択できた切り札。

 まさに行幸。

 既に照準機には目一杯、敵機が映り込んでいる。

「落ちてくれ、落ちてくれよ」

一連射、間隔をあけてまた一連射。重力に引かれて銃弾は下に落ちていくが、それも誤差のうち。相手の未来線上を、二本の火線のうち一本が相手の翼をもぎ取った。

「よし!」

 僕は静かに歓声を上げる。しかし、それがいけなかった。

 翼に衝撃。本能的にフットバーをけり、横滑りさらにロールをうつ。七・七ミリ機銃弾だから、何とか持ってくれた。

 無茶なロールでいっそう翼がいやな声を上げた。

「クソったれがぁ」

 そう吐き捨てて、風防から見える空を血眼になって敵の姿を探す。


 いた。


 そいつは僕の翼を撃ち抜いて下へ駆け抜けていた。

 蒼穹に輝く、銀の機体。マーキングされていた星の数は大きい星三つ。

 そして何よりも目立つ青色の薔薇。

 どうやら僕は死神に目をつけられたようだ。

「ここが年貢の納め時、か」

 善戦したとは思うが、これ以上は無理だろう。既に機動性の一部は先ほどの銃撃で喪失していると考えていい。そして、《ブルーローズ》の存在。ルーキーが相手にするには荷が重すぎる。

 慢心なんてしないだろう。

 罠を張ってもその上からつぶしてくるだろう。

 格が違いすぎる。先ほど落とした敵とは違いすぎる。

 あきらめかけたその時だった。

「――――――――――――ざざざ、あ、あ、そこの《秋蓮》生きているか?」

 突然無線から流れてきた。音質は悪いが辛うじて女性の声だとわかる。

「は、はい」

「――――そうか、よく頑張った。作戦は佳境に入った。後はこちらが守り切れば勝ちだ。しかし、状況が悪い。既に友軍は大半が落とされた。それでも、今は守り切る為の希望を見出さないといけない。やつらの中堅どころは、ほとんど落とした。残ってるのは君を狙っている《青薔薇》だけだ」

 私にも荷が重いけど、と無線の声は苦笑した。

「守りきらねば、この作戦で散って逝った友軍に顔向けできん。手伝ってくれるか?」

 もちろん、と言いたいところをすんでのところで飲み込んだ。既に僕の機体は限界だ。いまさら何ができるっていうのだろうか?

「ああ、撃たれたのか。それならいい。そのまま飛んでくれ」

「飛ぶだけで?」

「ぐだぐだ言ってる暇はない。落とされるか、私を信じるか、どっちを選ぶ?」

 死神は鎌首をもたげ急上昇に移っている。時間はそれほどない。

 死神が速いか、無線の声の主が速いか。ただそれだけのことだ。

 なら、僕は選ぼう。

「――――」

 そう告げて、フルスロット。飛ぶだけなら、限界まで飛んでやる。全身全霊を込めて、僕の技量のすべてをかけて。

 速度を稼ぐために、緩やかな下降を始める。傷ついた愛機はなんとか要求にこたえてくれる。

「感謝する。武運を」

 無線からそう流れた。本気の謝辞、それだけで僕はこの選択が間違いでないことを確信する。堕ちたっていい、ここで何かの礎になれるのならば。

「それでも、ただで堕ちてやるわけにはっ」

 緩やかな下降をやめ、急激な下降に移る。

 仮想空間なはずなの、この感じるGはあまりにもリアルすぎる。

 だからこそ、僕はここで生きていると実感できる。

 ならば、もっと生きようと思うのは必然だろう、なぁ、《ブルーローズ》。

 そう、心のうちで呟いて、反転、上昇に転じる。

 機体が、限界だと悲鳴を上げる。

 それでもただ、無心に飛ぶ。

 奴が背後にいる、それだけは全身で感じている。あの程度で撒けるとは思っていない。けれどもそれすら関係ない。これは、僕が生きている証なのだから。

 ぱしぱし、そんな弾が当たる音がする。七・七ミリだろう。

 この機体がどこまでもつか、それは僕にもわからない。

 それは神のみぞ知ることだ。

 辛うじて持った機体から、ついに僕は目当てのものを視認する。

 光源だ。

 まばゆく光るそれに向かって全速を出す。

 愛機を揺らしながら、光源に向かう。目的はただ一つ、相手の目を一瞬でもつぶすためだ。

 加速に身体が軋み、眩さに目がくらむ。それでも、通信を送ってきた何者かがこの行動を見て気づいてくれればいいのだが……。

 その時、機体が断末魔に近い悲鳴を上げた。

 操縦桿から伝わってくる震動が、徐々に大きくなっている。

 最期の時が近い。嗚呼、これでよかったのか……。

「それが君の最善か」

 通信が流れる。

「ならば、私は応えるべきだろう」

 光源の中から、黒い点が染み出す。

「そしてこれが答えだ」

 その通信と共に、ひときわ大きな着弾音が響き、僕の愛機は片翼をもがれる。

 愛機は機首を急激に下げる。咄嗟に風防を開ける。


 そして、僕はひとすじの流星をみた。


 光源から染み出したそれは、急降下する勢いそのままに僕の愛機の片翼をもいだ敵に襲いかかる。

 その邂逅は刹那。

 だが、僕の目にはスローモーションのように見えた。

 一撃で、正確に、相手のプロペラの中心を、一二・七ミリだろう火線が撃ち抜いていく。

 相手は機上戦死を逃れたらしく、風防を開け、そこから飛び降りようとしているのが見える。

 そして、その芸当を成し遂げた流星の主と目があった気がする。

 にやりと笑ったような、その誇らしげな女性の顔に僕は安堵する。


 そして時間が戻る。

 愛機は垂直に堕ちようとしている。

「僕たちは生きたよな」

 片翼をもがれた愛機にそう問いかける。答えは返ってこない。でも、愛機は誇らしげそうにしているように見えた。

 そして僕は、意を決して風防から体を乗り出し、飛び降りた。



《ログアウト》




――第2次リーノベン航空戦(大規模航空戦/西域内イベント)――

 イベント最大の悲劇。《戦死》者続出につき、リーノベンの悪夢とも。

概要

 リーノベン軍港を巡った西域での大規模イベント。戦力の拮抗、航空団内初心者の投入による数の充当、確固とした指揮官の不在、などの要因が絡まったために起きた《戦死》者の大量生産は、航空団を預かる者の矜持を問うに至る。この後、初心者育成のための航空団、航空戦技教導隊の発足につながる。

 参加国家:西域山岳国家/ヒルデールタ。西域城塞国家/ブリュンセル。西域洋上国家/アシュタル。

 

 作戦内容:リーノベン軍港の制空権を確保しろ。

    

推移

 西域1、2、3位の航空団が三つの国家に分かれていたことが発端であった。あまりにも大きくなった航空団は、派閥を形成。その中でも合併を見据えた主導権争いの側面もある。*要出典。

 イベント内容としては制空権確保判定が出たところで終了のはずが、アシュタルの航空団が脱落する直前に大量の初心者を投入。地獄の釜がふたを開けた。大量投入により、制空権確保判定はアシュタル側に傾き、それを阻止すべく、ヒルデールタ及び、ブリュンセルも同じように投入。戦闘機動がままならない初心者は、中堅などに狩りつくされ、戦闘機動できる初心者を甘く見た中堅は初心者に落とされるという事案が発生。また、極度の乱戦により、各人の集中力低下、それに伴う暗黙の了解であったはずの翼狙いは形骸化し、機上死という結末に至る。

 この最中、ブリュンセルを本拠地におく、航空団、紅の羽根の中堅上位であった女性プレイヤーが他の中堅どころやエースを落とす大金星をあげ、ブリュンセル勝利の立役者となる。


結果

 本イベントの結末を受け、西域の航空団は小規模航空団に分割されることになる。その中の一つ、初心者育成を掲げた航空団、航空戦技教導隊グリフォンはサーバー統合後も確固たる地位を確立。


 エピソード

 ・紅の羽根の女性プレイヤーは、紅の羽根を離脱。本イベントで出会った男性プレイヤーとツーマンセルを組むことになった。なお、恋仲であるというのがもっぱらの噂。

 ・男性プレイヤーは初心者にもかかわらず、一等空尉を落とすなどの金星をあげており、その教官が誰であるかに注目が集まった。

 ・航空戦技教導隊グリフォンには、その教官も参加しているとのうわさが広まったが、定かではない。


 《大電脳遊戯事典 サンタマリアの空/イベント一覧より》


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