第3次オオミナト航空戦でのできごと
硬質な床を早足で駆ける音。
規則的な吐息がそれに華を添える。
道の先では発動機の唸り声と、整備員たちのがなり声が聞こえる。
――全航空団所属員に告げる。本艦は、これより第一次攻撃を仕掛ける。
全搭乗員はすみやかに乗機へ。
くりかえす、本艦は――
要所に設置されているスピーカーから、幼いながらも凛とした声が聞こえる。
この艦隊指揮を執る、最高司令の声に普通の人間が聞けば首をかしげるだろう。それでも、艦隊の指揮は彼女以外ありえない。
「来たか、整備は万全だ。いつも通り帰ってこいよ!」
愛機に上るためのタラップに足をかけると、整備班長がそう声をかけてくる。これが何度目のやりとりかは覚えてはいないが、いつもこう答える。「女神がほほ笑むのを祈ってくれ」と。
愛機に滑り込むと、各種の計器の灯を入れる。
武器管制システム、飛行補助システム、戦闘補助システム、そして……
「ぐっもーにん、マスター。本日も準備万端どーんとこいです」
相棒たる仮想ナビゲーターシステム。どんな人間よりも人間臭いそいつにいつも救われてきた。
「Good morning. 今日も頼む」
「おーけー、作戦を仮想画面に表示するです」
「了解。…………火器の積み替えを頼む。20mmから12.7mm。弾数多めで行く」
「む、とすると、追加油槽は4つですね」
打てば響く。その言葉通りにこちらの注文を予想する。
武器を変えた理由は、作戦の行動時間を見たときの継戦能力の維持のため。火力は減るがその分だけ多くの弾をのせれる。
戦闘空域で弾切れで逃げ回るのは御免だ。狙われる的になるくらいなら、少しばかり火力を落としたところで問題はない。
『――あ、あ。こちらは、プライムミニスター。本作戦の航空指揮を執る。階級は二佐、所属航空団は、秋風の旅団だ』
「こちら、ポーラスタ。階級は一佐。所属航空団はRed of VaviroN」
『ソロの御大ですか。私ごときが指揮を執ってかまわないので?』
「そもそもこっちは1匹狼だ。多人数の指揮など執れんよ。PMに任せる」
『了解。では、作戦プランは現状のものに修正を加えます。全航空団のうち、秋風の旅団の中堅およびきらりが無人攻撃機隊の護衛任務につきます。秋風のトップと、御大。あとソロの技師と魔術師で、敵本拠地への制空権をとりに行きます』
「作戦命令は、敵本拠地への大規模攻撃だと認識しているが」
確認のためにつむいだ言葉に現場指揮官はこう答えた。
『物量で戦の全てが決まるというならまだしも、ランカーのぶつかり合いにおいてそれは足手まといでしかありません。御大に技師、魔術師がいるのに護衛の壁を厚くさえすればどうとでもなります』
「……期待に応えるとしよう」
大層な期待は毒ではある。うれしいものではあるが。
『こちら総合指揮所。ポーラスタ、発艦を許可する』
「了解。Aデッキより、ポーラスタ、ミオ・アカイ発艦する」
『貴女の翼に御武運を』
急激なGとともに、浮遊感。この感触が好きだ。
機体を失速させないように発動機の出力を上げる。
高度計を見るとゆったりとだが高度があがっていく。
『――と、こちらアルバストロ。PMからの要請で貴殿につく』
「こちら、ポーラスタ。久しぶりだな」
『ちがいない。この前の大規模空戦以来か』
「……そうだな、あの時は敵味方が違ったが」
『ソロって言えば聞こえはいいが、結局は傭兵だからなぁ』
通信機から流れる声の主は、自分と同じソロのプレイヤーだ。兵器開発に熱心すぎてその試験飛行のために飛ぶ、変わり種。何時しか彼のことを人はこう呼ぶ。技師と。
「そちらは、兵器開発の腕を買われて飛ぶのだから、違うだろうに」
『それこそ付随物でしかねぇよ。呂布に言われたくはないね』
「……それだれが言い出したのか知っているか? 私にはしっかりとした」
『厨二病全開のあれか?』
「そうか? かっこいいと思うんだが」
やれやれだぜ、なんて聞こえてきそうなため息が通信機を通してきこえてくる。
『ソロじゃなかったら、そうでもなかったんだと思うんだが、な。おい、陳宮みたいなブレーンはいないのかよ』
「あいにく、人付き合いは苦手でな」
『それで無双してたら入団希望は山ほどあると思うんだが』
『ポーラスタが人を入れたらそれは、呂布から何か名前が変わるのではないかにゃ』
「クリオネか」
『やっはろー。今回はお味方させてもらうよ。』
『呂布に、魔術師。この編隊で行動か。今回の大規模戦闘は骨がないかもなぁ』
通信機に割り込んできた若い女の声。奇想天外な機動を得意とする曲芸師。年齢不詳、性別不明、全てを偽れないこの世界でそれでも偽っている彼女、いや彼かも知れないが、それを含めて人は魔術師と呼ぶ。
技師がぼやくのも仕方がない。この自分を含めた三人が三人ともこの世界のトッププレイヤーなのだから。
「マスター、油断大敵。不敵に笑うのはいいですが、油断だけはないよーに」
「OK、慢心はしないさ」
「それはフラグなのですよー」
仮想画面の中の相棒は、首をすくめた。
目の前には一糸乱れぬ編隊飛行をする航空機の群れ。
『おいおい、なんだこのハイレベル集団は』
技師の呆れたような声が聞こえる。
『これはあれかにゃ、第二世代っていうやつかにゃ』
魔術師の楽しそうな声が聞こえる。
「ちがう。……これは、戦術の基礎だ。編隊飛行ができる、ということはさせている存在がいる」
『優秀な指揮官がいるってことか?』
加速する機体を操りながら、敵機を群れをにらむ。
「この感じ、……もしかすると慢心王がいるかもしれない」
『冗談きついぜ、慢心王は確か東域のプレイヤーだぜ? こっちにコンバートしてきたっていうならすぐ情報が回るだろう』
慢心王――圧倒的カリスマ、緻密な戦術、それに引き替え自機の操作は平均から付いた通り名。指揮官たる能力は最高峰でありながら、個人の技量は普通。普通ならば人はついてこないはずなのだが、何故だか心酔してしまう妙な力を持つ男。
航空団、愚者たちの黄昏の副長であり、東域のプレイヤーの名前だ。なぜ、カリスマ持ちが副長なのかは、航空団対抗戦対策だともっぱらの噂だ。
「いや、傭兵システムで雇い入れれば別」
『あー、そう言えばありましたねー。ということは向こう側が引き入れたのかにゃ』
『向こうが引き入れるか? 北域最大手様がいる向こうが』
『全ワールド合併を見据えた動きかもしれないにゃ』
「なんにせよ、向こうは向こうで自分たちに対抗してきたわけだ」
唇が渇くのが分かる。
『しかし、戦術を食い破ってこそのエース・オブ・エース。その力当てにしてるぜ』
『にゃはは、秋風んところは苦戦するかもにゃ。情報不足だにゃ。それでも落ちる訳にはいかないなー』
「マスター、PMから応援要請」
「知らない。……目の前を食い破る。話はそれからと伝えて」
口の端はきっと吊り上っていると思う。
『そんじゃまあ、新兵器のお披露目といきましょうか』
『ダンスを踊ってくれる殿方はいるかな』
「各機独自判断で。」
ああ、生きてる実感が欲しい。
加速する機体。
抑えきれない高揚。
この中に宝石の原石はいるのだろうか。それとも宝石が眠っているのだろうか。
「オープンコンバット」
始まりの笛を鳴らそう。
――第3次オオミナト航空戦(大規模拠点攻防戦/北域内イベント)――
傭兵システム導入後の初イベント。
概要
攻撃側に北域洋上国家/アリステイル。防衛側に北域城塞国家/オオミナトを配置。
参加航空団は、双方合わせて120。参加プレイヤー数1000人以上を確認。*要出典。
作戦内容:
攻撃側「城塞国家に痛撃を与えよ」/敵本拠への一定のダメージを与えよ
防衛側「洋上国家から都市を守れ」/敵軍損耗率を継戦不可能域まで追い込め
事前作戦
攻撃側は「量より質」を秋風の旅団のランカー、Red of VaviroN(ソロ)、阿呆鳥の工房(ソロ)、曲芸師の曲芸(ソロ)を中心とした制空部隊を編制。無人攻撃機隊の護衛は中堅以下に任せる形で作戦を立案。
防衛側は、域間傭兵システムにより、統合前の東域からトップ航空団愚者たちの黄昏から、副長派を雇い入れ本拠防空の任務に付ける奇策を打つ。これにより、中堅勢が戦術により効率的に動くことが想定され、ランカーたちが無人攻撃機隊への攻撃を行う。この提案を行ったのが、当時まだ小規模航空団であったCampioneである。
推移
第一次攻撃
事前作戦で攻撃側は「ランカー1、2、3位で片付く」「そもそも負け筋がない」と考えており、その慢心を慢心王につかれることになる。ただし、慢心王もエース・オブ・エースに対しては「数が絶対でない、ことをこのイベントより学んだ」とイベント後に述べている。*VRMMOニュース
戦端が開かれると、秋風の旅団の上位陣は攻めあぐね、制空権をとれずにいた。ランカー3人をひとくくりにして運用することにより、早期制圧する目論見は、慢心王の指揮のもと、負けない戦いに徹した防衛側により、封殺されることになる。
時を同じくして、無人攻撃機隊への攻撃が開始された。中堅以下にまとめていた弊害もあり、無人機への被害は甚大。防衛側の勝利に終わるかに見えた。
ここで慢心王の誤算が起きた。
Red of VaviroNの単身敵中突破である。
エース・オブ・エース、その力をいかんなく発揮し、最も圧力が強く、戦力もCampioneを筆頭に小規模とは言え、中堅上位陣が布陣していた位置に突っ込み見事食い破って見せた。
その後は慢心王の立て直しもむなしく、食い破られた穴を残るランカー2人に逆に翻弄される。負けない戦い方は、同じく負けない戦いに徹したランカーを打ち倒すことはできなかった。
無人攻撃機隊の損耗が3割を超えたあたりで、Red of VaviroNが到着。その力をいかんなく発揮し、防衛側エースを撃破。その後も無人攻撃機隊の露払いを務めた。
しかし、洋上国家の艦隊司令は第二次攻撃を断念。イベントは終了した。
結果
攻撃側、損耗率30%弱。防衛側ダメージ68/150
エピソード
・Red of VaviroNの異名が、呂布として定着した。
・Red of VaviroNは発艦直前に武装を変更しており、そのおかげで戦場に長期滞在できていた。
・第二次攻撃を主張した、秋風の旅団総長は、艦隊司令より「貴殿の作戦を追認した私が馬鹿であった」 「そもそも作戦開始の時点では大規模攻撃を命令したはずだ」「貴殿の目論見は所詮机上の空論だったわけだ」と幼い声でバッサリとやられた。
・勝敗はつかず、という判定は、「このままやっても被害が加速度的に増すだけで、結局勝敗はつかない。勝ち筋は無人機への一点突破のみだ」という慢心王の言葉。「無人攻撃機隊の損耗率が3割になった時点で、この艦隊の打撃力はなくなったも同然」という艦隊司令の言葉が上手く絡まった結果である。
《大電脳遊戯事典 サンタマリアの空/イベント一覧より》