第二話 ラスト 謎の女の正体は?……魔界の存在は本当なのか……新たな展開が幕を開ける!
4 復活
何もない、真っ白な空間を目の前にして、達夫ははどうにか正気を取り戻した。まるで時間が止まっているかのように、達夫と恭子の2人だけがその場に存在していた。
「達夫さん」と恭子の呼びかける声が聞こえた。
「ど、どうなった?」と問いかける。彼は途中から記憶がなくなっていたのだ。
「大丈夫、安心して」宥めるように彼女は言った。
それでも達夫には心配なことがあった。
「皆は、皆はどうなったんだい?」
「今は全員無事よ、友也さんも健太君も」
達夫はホッとする。が、次に脳裏を掠めた最悪の魔物、「サ、サタンは?」奴の行方を知る必要もあった。
「サタンも今はいない、と言うより島自体が休止した状態なの」対して彼女はあっさりと即答した。
「休止している?」
「そう、あの島はちょうど進行が止められ、次の展開に備えて待っているところなのよ」
達夫は恭子の話を聞きながらも、まだ頭がぼやけている。
一方、そんな達夫を他所に、彼女の方は今までの経緯を説明し始めた。何故サタンが達夫を惑わさせたのか? それは、実のところいくら魔王であったとしても転生する魂を強引には奪い取れなかったのだ。つまり、友也たちの魂を盗れなくても、そのフリをすることで達夫を不安にさせ、その後、幻覚を見せて自ら魂を差し出させる。そう仕向けて奪おうとした訳だった。達夫はまんまと騙されていたことになる。
彼は忽ち憤慨した。そして殊更、魔性の物の悪計を痛感した。
されどこの時、この恭子という女の話を聞いていて一つの疑問も湧いてきた。どうして彼女はこれほど詳しいのだろうか? と。
彼はまじまじと彼女を注視してから、「君はいったい……誰なんだ?」と声を洩らした。
すると、恭子は下を向いてポツリと言った。
「あなたは以前、私に会っている」と。
「えっ?」達夫は全く記憶にない。そのためもう一度、恭子をよく見た。その結果、何となく分かった気がした。
「もしかして君は……あの時の赤ん坊じゃないのか?」」
途端に恭子は、首を縦に振った。そしてはっきりと言い切った。
「私はあなたから魂を受け継いだ者です」
何ということだ! 彼の勘が当たったにせよ、全く信じられない話だ……! 達夫は本当に驚いていた。
ならば次に、新たな疑問も出てきて、「その君が何で、ここにいる?」と尋ねてみたところ、彼女はじっくりと話し始めたのだ。
「サタンは最初の審判でミスをした。6人の魂を取り損ねて天に帰してしまったことが、相当悔しかったのね。でもそれは当然かも、だって人が島に来ることは滅多になかったから。そして、その失敗を帳消しにするために、時間を巻き戻してもう一度審判を強行に起こした。あなたたちは知らないでしょうが、サタンが新しく審判を起こすのに少し時間がかかるの。サタンの時間で少しでも、人間社会の時間では30年以上かかるわ」
「3、30年!」その言葉に、達夫は目を見開く。
彼女は続けた。
「私は今25歳、この地と現世の時間枠がズレたせいで私も存在している訳です。サタンもそれを承知で逆行させた。全員が転生を完了すればその差に何の意味もなくなり事は終わるはずだと、思ったのでしょう。……ただ、そう容易くはいかなかった。あなたが全てを知ってしまったから。そのためサタンは、とんでもない計画に切り替えたんです。転生する魂を奪って流れを途絶えさせるという、何人も踏み入ることのできない聖域、宇宙万物の法則に反する大罪を犯そうとした! それは、例えサタンであっても絶対に許されない行為です。必ず阻止しなければならない……、そしてその使命を果たすよう、遣わされたのが私です。……こんな奇妙な話、私も初めは信じなかった。でも理解したの。だからこうして、私はその目的を成し遂げに、ここへ連れてこられたんです!」
まるで予想もつかない突飛な話だった。これには達夫も面食らっていた。それでも彼女の最後の言葉が気になった。
「連れてこられたとは、誰にですか?」
「……それは」上を仰ぎ見るも、彼女はすぐに向き直り焦る仕草で、「もう時間がない。あなたは元の所、現世に戻らないといけないの」と言った。
「えっ!」その声に、またまた達夫は驚嘆する。「元の所に戻る? 戻れるのかい!」と急いで訊き返した。
「そう、可能なの。あなたたちが戻って、時間がリセットされる」
「リセットされる?」ということは……、ここで再度の疑問が生まれた。「僕が戻ったら、君はどうなる?」と思わず問いかけていた。
すると恭子は、少し悲しそうな顔で、
「私はこの世から消えるの、いいえ、私だけでなく、あなたたちの魂を受け継いだ生き物全ての存在がなくなる」と返してきた。
「えー!」その返答を聞いては、達夫もかなり戸惑った。確かに道理には合っているのだろうが、そんな結末になるとは、切な過ぎると感じたのだ。
そこに恭子の、希望のある一言も耳にする。
「いいの、消えてもまた生まれ変わる。皆それが分かっている、転生する魂はまた命を得る」と。
ただそうだとしても、達夫の方はまるで彼自身の心の一部が欠けるような気がしてちょっと寂しかった。
そんな彼の気持ちを察しているかのように、恭子は話し続ける。
「私たちは死ぬ訳ではないの、少しの間消えるだけ。未来に必ず会える。だって私はあなただから」と目を潤ませながらも瞳だけは輝かせて呟いた。
その言葉には、確かに救いはあった。 達夫は恭子のことを一生忘れないと思った。
とその時だ。彼女は落ち着きをなくし早口で喋りだした。時間が来たのか?
「いい、達夫さん、これだけは覚えておいて、1人の行動が変われば、未来は変化するの。未来は常に流動性があるの。だから、あなたの行動で皆、みんなを……」とここまで言った後、もう限界の様子だ! 彼女の体は光に飲み込まれ、蜃気楼のように揺れている。
「恭子さん、恭子さーん、待って、待ってくれー!」達夫は弱弱しく消えようとする恭子を懸命に引き止めようとした……が、無駄だった。
恭子の姿は、間もなく――消えてしまったのだ!
そして同時に、その世界は暗転を迎えていた。
どれだけの時が過ぎたのだろうか?
空港ロビーの控え室で、椅子にどっかりと座っている男がいた。大勢の人ごみにも関わらず、悲嘆に暮れた表情で彼は眠りについていた。
その後、周りの騒がしさから、自分の居場所を理解するとともに漸く目を覚ました。
「うーん、寝ていたのかー?」と言いながら両手を高々と上げて伸びをした。当然、彼が目にしていたのは、飛行場の控え室だ。
続いて彼は、徐に辺りをを窺い、ロビーを行き交う人々の姿を眺めてみた。普段と変わらない景色が流れている、……何も起こっていない。改めてそう自覚する、達夫だった。
「しかし変な夢を見たもんだ!」そして達夫は、これから飛行機に乗るのに、縁起でもない夢を見たと自分に文句を言った。
それにしても、とても現実味のある体験だったなあ! と、つくづく感じてもいた。ただそのせいで少し神経質にもなっている。
彼は溜息をついて搭乗券を取り出した。
『SAN666便 13:15発』
この飛行機に乗って大丈夫なのだろうか? ふっとそういった考えが頭を過ったからだ。
それでも、(まさか、あんなことが起こるはずはないよな……。悪夢ごときでキャンセルするのもおかしいだろう)と思い直し、次に時計を見たところ、12時56分、もう時間もなかった。
結局、彼の出した結論は、「……気にしないで行くか」やはりそれが普通の判断か。何の根拠もなく搭乗を止めるなんて、愚か過ぎると感じた訳だった。
ならば後は、予定通り手続きを済ませるようと、カウンターへ向かうことにした。
椅子から立ち上がり、鞄を持って歩きだす。周囲には大勢の乗客たちがいて、彼らの顔が自然と目に入ってきた。
「あっ!」
……ところが次の瞬間、達夫は唖然として立ち止まった!
「そ、そんな馬鹿な―!」何と、彼の目の前に見知った顔が現れたせいだ。
――友也!――そう、彼が、歩いていたのだ。
しかも向こうには、健太? その側に、由美? 雅子? の顔もあった! 彼らは実在していた……
これには、達夫も心底仰天した!
(信じられない。彼らがこの場所にいる?……ならば、あの出来事は本当だったというのか!)
途端に、体が身震いした。彼自身が経験したことに、さらなる衝撃を受けつつ。
と同時に、事故をどう防いだら良いのか、そのことが脳裏を掠めた。達夫の言うことを信じる者はいるはずもない。
だがその時、恭子の最後の言葉を思い出した。未来は流動性がある、1人の行動が変われば未来も変わると語った話を。
「そうだ、恭子さんの言ってた意味が分かったよ」
達夫は確信した。――自分が飛行機に乗らなければ、墜落事故は起こらない。取るべき行動はそれだ!――と。
もう彼の心に迷いはなかった。
「よし!?」と決意を固め、堂々とその場に立ったなら、鞄をグッと握りしめて歩きだした。
最後に、友也、健太、由美、雅子たちへ、伝わらなくともそっと笑顔で無言の別れを告げた後、彼はそのまま、空港を後にしたのであった!
その直後、突然ロビーの係員が慌ただしく動き出した。……するとその数分後、場内アナウンスが流れ始めた。
「SAN666便搭乗予定のお客様、機内整備のため10分遅れの出発になりました。ご迷惑をおかけして申し……」
13時25分、SAN666便、成田発が無事離陸する。
14時46分、しかし機内で火災発生したため、成田へ緊急ユーターンすることになった。
添乗員2名、乗客4名、火傷の軽症。ただし機体は無事、飛行可能な状態である。 そのため、成田に特別警戒のうえ着陸の予定となった。
これで、全てが滞りなく終わろうとしていた――。
機内の通路を注意しながら進んで来る黒パンプスを履いた足が、急に途中で歩みを止めた。
1人のCAが何かに気づいたようだ。
通路の端に紙切れが落ちている。彼女はそれを拾い上げ、にこやかに確認した。
『SAN666便 13:15発』
搭乗券だった。
「お客様、チケットを落とされていませんか?」と早速、通路側に座る客の物だと思ったのか、手渡してきた。
「あっ、すみません」その客は謝って券を受け取る。確かにその人物の落し物だった。
CAは笑顔で速やかにその場を去っていった。
すると今度は、隣の座席にいた青年が話しかけてきた。
「君は意外とそそっかしいのかい? 失礼、俺の名は友也だ。旅は道連れ、少し話でもしないか?」と初対面の客に親しみを込める言い方で挨拶したのだ。何故か同年代らしきその男を一目見て気になったらしい。
すぐに、「いやー、たまたまだよ。友也君」対して男が言った。
ちょうど話したその顔に、微笑みを浮かび上がらせて、まるで昔からの友人みたいに答えた。
そして、友也の方をゆっくりと振り向き、呟いた――。
「よろしく、僕は……達夫だ!」
Ⅱ 終わり