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第一話 飛行機事故で墜落した、その孤島は……だった。忍び寄る老父が運命を決めるのか?

      第一話 

      1 魔のSAN666便


 13時15分、1機の飛行機が予定通り成田から離陸した。

 約200人もの人々を乗せた巨大な流線型の民間輸送機SAN666便は、遥か遠くのサンフランシスコへ向かって大空を飛行し始めた。

 何の不備もなく……


 ところが、15時32分、ちょうど太平洋上空を翔けていた時、思わぬ異常事態が起こった。突然内部で火災が発生したのだ。

 途端に、騒然となる乗客たち。安全だと思っていた旅客機内で、まさかの出来事に遭ってしまうとは考えも及ばなかったに違いない。その顔を恐怖で引きつらせ、或いは青ざめた顔色で、呻き声とも叫び声とも分からない大声を上げる者たちで溢れだした。しかも機内で響き渡るシートベルト着用の警告音が、これ以上の危険な事象はないと告げているかのように。

 その後、それらの乗客たちを落ち着かせるため、すぐさまパイロットのアナウンスも流れる。

……が、疾うに結果は決まっていたのだろう。

 敢え無く、数回の破裂音とともに――墜落していた!

……………………


 霧のように舞い上がった砂煙と白煙の中、

「うう……どうなったんだ!」1人の青年、達夫が意識を取り戻した。何とか自分は生きていると自覚して。

 ただ、雑多の物に埋もれて倒れ込んでいた己の体を起こしてみれば、その場所は到底機内とは呼べない、瓦礫の散乱した廃屋、またはそれ以下のゴミ捨て場のようだった。

 こんな状態で生きているのか? 彼はおかしいと感じつつも、取り合えず体が動くか試してみた。……どうにか大丈夫そうだ。と言うより、むしろあれだけの衝撃を受けたのに、不思議なくらい傷一つ負っていなかった。肉体に異常は見当たらないのだ。

 何故だと疑問を抱いたが、それよりも先にここの状況を把握することのほうが大事だと思い直したため、彼はゆっくりと立ち上がり、周囲を注意深く確認し始めた。

 すると、己の目を疑うような光景が展開されているではないか! 機体は主翼が千切れ、翼など影も形もなくなり、胴体すらほとんど原型がないほど無残に飛び散っていた。一部だけ、大穴の開いたドーム型の金属の塊が、ひと筋の地面を激しく削り取った跡を残し存在している。その残骸を覆うように、いたる所におびただしい機械片のクズ、そして舞い狂う煙、オイルの鼻を突く匂いが立ちこめていた。この世の中で最も悲惨な光景を目の当たりにしたのだ。

「助けて! 誰か、助けてください!」突如、どこかで人の声がした。

「他にも、生存者がいるのか」その気配に、達夫はすぐさま声のする方へ行ってみた。

 そうしたところ、何と、多くの人影を目にする!

 助けを求めていた女に、1人の女性が駆け寄っているのが見えた。それ以外にも何人かが機材に挟まった人を助けたり、別の場所ではお互い寄り添い支えあったりしている。どう見定めても数十人の人々が確認できた。

 ただし本当に不可思議なことに、衣服や髪は乱れているが、倒れこんでいる者や怪我をしてる者は1人も見当たらなかった。

「途中から轟音と爆風で訳が分からなくなった」達也より少し年上らしき男、友也が唐突に言った。

「体が宙に浮いたと思ったら、気を失っていたわ」助けを求めていた若い女、由美もボソッと口ずさむ。

「不思議、大事故なのに! 何の痛みもない」隣の由美に手を差し伸べる女、雅子もしっかりした声で語った。

「信じられない! 生きてるぜ」血気盛んで、若そうな青年、健太が声を出した。

 徐々に人々が一か所に集まりだす。だが、それを見ていた達夫は何か違うと感じて、

「もっと多くの乗客がいたはず、他の人たちは?」と呟いた。確かに100名ぐらいしかいないのだ。これでは人数が少ない、実際の乗客はより多かった。

 そんな達夫の言葉を遮るかのごとく、友也の独り言が聞こえた。

「しかし……この場所はどこなんだ」

 よくよく周りを見渡すと、この地は紛れもなく孤島だった。中央に大きな富士山型の山があり、彼らのいる場所は少しなだらかな地面。その地面の延長に海が続いている。砂浜なんかないゴツゴツとした岩肌の海岸だ。植物の痕跡も見られない、まるで生まれたての島のようだった。全長は……そう、2キロメートルほどの小さな島。空はくすんで、不気味な空気が漂っていた。例えるなら――

「うううっー、どうしたらいいの?」由美が泣きじゃくる。

「大丈夫よ! すぐに救助が来るわ」それを見て励ます雅子。

「どうかな?」そこに健太の素っ気ない声がする。

 達夫の方は、「…………」無言で返す。彼も救助がすぐに来ると思いたかったが、自信はない。

 続いて健太が、全く無頓着な態度で近くにいた達也と友也に挨拶をしてきた。

「よろしく、俺は健太だ」

「達夫だ」

「ああ、俺は友也と言うんだ」

「うううっ、うううっ、何で私がこんな目に合うのよっ!」と涙ぐむ由美。彼女にも、

「やあ、お嬢さんたち。名前は?」健太が呆気らかんとして訊いていた。

「ううっ……由美」

「私は、雅子よ」そう答えてから、雅子の方は、「でも変ねえ。これだけの事故で全員怪我一つしていないなんて!」と周りの人々を見回しながら呟いた。

 やはり考えることは皆同じか。達夫もその声に共感を示した。

「そう、そうなんだよ……それにここ、何かおかしくないか?」と同時に異様な島の雰囲気に圧倒されていることも伝えてみた。

「ああ、寒気がするような、嫌な所だよ……」案にたがわず、友也の答えが返ってくる。加えて何人かの人たちの頷く顔も見えた。

 どうやら全員、この地が只ならぬ場所だということだけは実感しているようだ。ならば皆、すぐにでも抜け出したいだろう。達夫も同じ気持ちだった。

……けれども、そう簡単にいかなさそうな、そんな怪しげなオーラが、辺りに漂う!

 達夫は、言い知れぬ不安感で押し潰されそうだった。


       2 魔界の住人


 人々はそれぞれ、会話することで気を落ち着かせ、お互いの無事を確かめ合っていた。

 ただ当初から、携帯、ラジオ、TV、全く使えない状態で、外部との連絡や情報が得られないままだった。

 それでも時間とともに人々は少しずつ冷静さを取り戻し、機体から使えそうな物を探したり、この場所の状況を把握するため彼方此方あっちこっちと近辺を捜索しだした。とはいえ、めぼしい物や新しい発見は期待できそうもなかったが。

 そしてある程度、事態を呑み込めたところで、健太が業を煮やしたのか、突飛なことを言い始めた。

「なあっ、こんな所で突っ立っててもしょうがないから、少し島の回りを探検しないか」と。

 それを聞いては、達夫がすぐさま注意する。

「なあ健太君、今移動するのは危険じゃないか」

「でもねえ、このままいてもらちが明かないよ。行動しなきゃあ!」と健太の方は反対する達夫を押し切り、全員に向かって、「おおい誰か、俺と一緒にこの島を調べに行かないか?」と声をかけた。

 そうしたなら、「よーし、俺が行くぞ」体がどっしりした中年男性と学生風の男が言った。

「私も、行きます」二十代のスカート姿の女性と三十代前半のパンツを穿いた女性もそれに答えた。4人が名乗りを上げたのだ。

 達夫は彼ら彼女たちの顔を真顔で見つめ、彼には勇者に思えた4人の顔をしっかりと確認した。

 最後にかなり年配の男が「わしも入れてくれ」と言った。初老にも勇者はいたみたいだ。

 そうして5人の男女たちは集まり、早速健太とともに島の奥へと向かって行った。

 一方残された達夫たちは何をするともなく、ただ健太たちを見送ることしかできないでいた。


 どれだけ時が過ぎただろうか。全員が絶望感でグッタリと休んでいた時、

「おい! 見ろ、あれを」1人の男が何かを指差して叫んだ。

 達夫は急いで指差した方向を見て、可能な限り目を凝らし遠くの動く物体に焦点を合わせた。

 健太ではない、直感的に分かった。ただし刻々と近づいて来る物に、どういう訳か恐怖を覚えた。

「あれは……人?」

 確かに人? だった、いや人なのか?――それは、老父! 白袈裟しろけさらしき衣装をまとった白髪の老父だ。しかも、長くて白い顎鬚もたずさえ、右手には大蛇を思い起こさせる背丈ほどもある杖を持っていた。

 達夫はその姿に驚きつつも、老父が目の前に来た途端、他の人たちを差し置いて口火を切った。

「……貴方は、誰ですか?」

 すると、老父が一言答えた。

「間違いじゃ。さっさと消えてしまえ」

「えっ!」突然の意表を突く老父の言葉が耳に入る。達夫は面を食らい訊き返した。

「何のことですか?」

「お前たちはいない」さらに老父は謎めいたことを口走る。

 それには、流石にその会話を聞いていた周りの人々も困惑気味になり、「…………」無言のまま、お互い顔を見合わせている。

 しかしそんなことはお構いもしない様子で、老父が続けた。

「この島はお前たちには見えないはずじゃ。つまりここはのう、言わば人間界が言う所の、生と死の淵じゃ」

「えっー! 生と死の淵……と言うことは、僕たち、死んでいるのですか?」ともう一度達夫が、受け答えに応じて叫んだ。死と聞いて思わず反応したのだ。

「うーむ、そうじゃな。そうかもしれん」それに対し、老父の方は驚きの返答をしてきたが、

「爺さん、いい加減なことを言うな! 俺はちゃんと、肺も心臓も動いてて死んでなんかないぞ」と今度は友也が、呆れ顔を見せすぐに反論した。

 確かに、誰も死んだ実感がない。どういうことか分からず周りがざわつく。

 そこになおも老父が言った。

「まあ聞け! 理解はできんじゃろうが、お前たちは今、淵の上におる。お前たち以外の乗客は既に審判を受けて旅立った。淵の外だったからな」と。

「…………」再び全員が沈黙した。 

 だが、友也が逸早く、「審判を受ける?」と口を開いた。

「そうじゃ、お前たちは間違いで余計な所に引っ掛かっただけじゃ」

 次に雅子が、「と言うことは、私たちもこれから審判を受けるんですか?」自分たちの行く末を案じているかのように訊いた。

 老父は大きく頷き、微笑だ? 顔で、「その通り。全員、サンサーラするか無になるかじゃ」と答えた。

「……さんさら? 無?」由美もポツリと呟く。

 全く人智を超えていた。


 突然の老父の言葉に、全員面を食らっていた。が、サンサーラとは? 無とは何か? と思案するよりも、彼らにとって重要なのは助かる方法だった。

 そのため、「爺さん、どちらになると助かるんだよ?」友也が当然の質問を投げかけた。

「それはもちろん、サンサーラする方に決まっているわ。無になれば、この世から消え失せる。二度と現世には……、そういうことじゃ」

 それを聞いた人々は、サンサーラすれば助かるとの言葉に少し希望が湧いてきたみたいだ。 

「では、誰がサンサーラされるか決まっているのか?」と1人の男が訊いた。

 老父は、強い口調で言った。

「そうじゃ! 決まっている」

 途端に人々のざわめく声が周囲を覆った。ここまで食い入る様子で聞いていた人々は、この奇怪な強制選択にどう対処すればよいのか、せきを切ったみたいに口々に話し出した。ここはどこで、この老父が誰で、自分たちはどうなるのかと。無論、頼れる者はいるはずもなかったが。

 その時! 老父が何を思ったのか、杖を高々と持ち上げた。

 すると次の一瞬、暗雲が空に広がり、雲間から雷鳴とともにイカズチが発生した。それはまるで軟体動物が触手を伸ばすかのように天空を這い回り、彼らの頭上で爆音と閃光を放ちながら不気味に蠢いた。

 そして一時ののち、唐突な落雷となって老父の杖へ落ちてきた! 忽ち電光が杖に流れ、続いて大地へと波状放電したなら、彼らの足元をすくうかのごとく広大な光の網を張った。

 何が起こった? 全員、その光景に愕然として微動だにもできず立ち尽くした。

 が、そんな中、「うっ!?」突如1人の女が、苦しみだした。

 この稲妻が、合図だったのか……? 女は右手を高々と上げ、左手を自分の首に当て、目が虚ろで何かを見ているかのよう。しかも影さえも薄くなってきた?

 こうなると人々も、どうすればいいのか分からず、狼狽うろたえるしかない。

 老父だけが「ほほう、始まったのう」と確実に微笑んで言った。

 さらにその女は苦しみながらも、人々に訴えているつもりなのか、言葉を発し始めた。

「見える、見えるよ! 地の底なのか、深遠の海底なのか? この暗黒の行き着く果ては……ううう、あっ、あれは何?」と。そしてそう話した直後――全員が目を疑った――女はその声を最後に、皆が見ている前で忽然と消え失せてしまったのだ!

 何という、驚愕の出来事! 人々は呆気あっけに取られた。

「あの女が消えた!? 無、無になったんだあー」と言う叫び声が、どこからか聞こえた。人々はほぼパニック状態でおろおろするばかりだ。

 とはいえ、これだけで終わるはずもなかった。この不可解な現象は、その女を皮切りにあちらこちらで起こり始めたのだ。

「クソッ、苦しい。俺の体が、なくなって、いく!」と苦悩する男や、

「うわー、嘘だろ! 止めてくれ、信じられないー!」と悲嘆する者、はたまた、

「いやよ、何で私なの? お願いだから……」と叫ぶ人たちが、為す術なく忽然と消滅しだす。加えてその現象は、達夫の近くにまで迫ってきていた。

 そうしてとうとう、事故からずっと嘆いていた由美までも、「た、助けて! 私、死にたくない」と言って消えてしまった。

「うっうー、俺もだ! 俺も無になるのか?」そこに友也の声も聞こえてきた。

 これには、達夫も焦った。すぐ側で苦しむ友也を目にしているのだから。そのため、どうしても友也を助けたいという衝動に駆られ、すぐさま彼の肩に飛びつき、懸命に両手で押さえつけた。続いて、

「頑張れ、行くな! 友也君」と声をかけたなら、同時に老父へ向き直り形振なりふり構わず懇願していた。「お爺さん、どうにか助けられないんですか? お願いです!」と。

 だが老父は、嫌な顔つきを見せ「どうしようもない。宿命じゃ」と冷たく答えるのみだ。

 そしてその言葉通りに、彼の抵抗も空しく、友也は達夫の手をすり抜け消滅していった。

「私も駄目みたい! さようなら、皆」次に消えようとする雅子の姿。

 気づいた達夫は雅子だけでもと、手を取りにいくが、それも無意味なこと、スッとなくなり空振りに終わった。どうやら周りの人間は、達夫の意に反しておおかた消え失せたみたいだ。

「な、何故だ!?」この結末には、彼も強く悔やんだ。こんな、誰も救えない、訳の分からない現象が起こっていることへの憤りを感じながら。

 とその時だ!

「くっ!?……体の力が、抜ける。……そういうことか?」

 彼も、やはり同類だった!

「わぁはははははーー」途端に、老父の高らかな笑い声が聞こえた。

 薄気味悪く、しかも戦慄を覚えるほど、その声は島中に響き渡ったのだ!


 その後も着実に人々の消滅が続いた。

 最終的に約半数の人たちが残ったところで……漸く終焉を迎えたようだ。

 消え失せる者もいなくなっていた。

 そうした中、極度に不安そうな顔をした男が、希望を込めた一言を発した。

「これで終わりか? もう無になる奴はいないのか?」と。

 そしてその言葉を聞いたことで、残りの人々も、確かに男が言ったことは正しいと実感し始める。

「やったわ!? 私たち、助かるの?」次に喜び勇んだ女の声がする。この時だけは、どうにか全員安堵の表情になっていた。

 彼らはこの奇妙な現象が終わったことに歓喜し、満面の笑みを浮かべたのだった。

  …………………………


 その頃、達夫は……

(ううう、僕はどうなったんだ?)ふっと意識が目覚めた。が、同時にそれこそが彼にとって不可解な出来事と感じていた。何故なら、自分は何もない混沌とした世界へ消えゆく運命で、自我などなくなると思っていたからだ。

 それがまるで違っていた!

(ここは、どこだ?)はっきりしない視界の中、それでも懸命に辺りを探った。何となく心地のよい、暖かな感触のある場所だったが、そのうち何かが目に映ってくる。上の方からぶら下がって、一際興味をそそられる? 物があった。それを見つめ、考えてみる……

(上にある、あれは? どこかで見たことが)

 そして漸く、思い出した!

 そうだ、あれは……

――ベビーメリー!?――


  …………………………

 次に老父が目を閉じ、ゆっくりと語った。

「さあて、それでは行くかの」

 その声を聞いて、男は嬉しそうに返した。

「良し! 家に帰れるのか?」と。

 続いて女も、「そうよ、私たち、帰れるのよ!」と叫んだ。

 残りの人々は、大歓喜に湧いている。

 だが、そんな姿を見て、どういう訳か老父は眉をひそめて言った。

「何か、勘違いしてないか。帰る場所などありはせんぞ」と。

「…………」それには、一瞬押し黙る人々。顔を強張らせ固まってしまう。

 さらに老父は、ソッポを向いて続けた。

「もし仮にサンサーラするとしても、今の姿形でいられるはずがないんじゃよ。まして、元の生活なんてのう」

 それを聞いては、女が苛立った様子で怒鳴りだした。

「何ですって! 冗談じゃないわよ、話が違うでしょ。さっきサンサーラすれば助かると言ったじゃないの?」

 男も同様に怒って叫んだ。

「そうだ! 言った。言った。約束、守れ!」

 残った人々は全く予想外の言葉を聞かされたみたいで、ザワザワと騒ぎ始めた。

 それに対して老父の方は、

「わしは、そんなことを言った覚えはない。それに、お前たちには関係ないじゃろ」と答えたのであった!

  …………………………


(……分かった! 僕のいる場所が、分かったぞ)達夫はやっと、自分の居場所を把握した。己の運命に驚嘆しながら信じられないという思いで。

 それでも知識の及ばない聖域に於ける、何人なんびとであろうとも到底逆らえるものではない、崇高な遷移を体感していたのだ。

(僕は、囲いのある小さなベッドに寝かされている……赤ん坊だ! そう、ベッドの上でぬくぬくと寝ている赤ん坊なんだ!)

 そして、何よりこの現象の真実さえも、達観するに至った!

 その智見こそが――


(そうか、これがサンサーラ――輪廻転生だ!?)


  …………………………

 男は血相を変えて言った!

「俺たちに関係ないとは、どういうことだ?」

 女も怒気をあらわにして、「関係は十分あるわ、さっさと私たちを家に戻しなさいよ!」と強く詰め寄った。加えて他の人々も同調したみたいだ。その場にいる全員が、「そうだ、早くしろ! このじじいーー!」と大声で喚き出した!

 するとその直後、「うっ、う、う、う……」老父が杖を投げ捨て、顔を両手で覆ったかと思ったら、やにわにうずくまった。

 どうしたのだろう? 老父の様子がおかしい。それには、一旦人々も怪訝な顔で応える……

 が、次の瞬間!

「うる――さ――いい――!?」突然の超大な叫び声が、彼らの耳をつんざいた! 老父の口からまるで大爆風のごとく地面を揺り動かす声が撃ち放たれたのだ。しかもその顔は、徐々に鬼の形相へとなりつつあった。

 唐突な老父の変調?

 驚いた人々は怒りよりも恐怖の方が先に立ち、一瞬で静まり返った。としても、老父の変化へんげはそれで終わらず、見る見る恐ろしい妖顔に変わっていったではないか!

 そして老父が、「お前たちが騒ごうが泣こうが疾うに運命は決まっている。その運命にあらがうことはできんのじゃー!」とおどろおどろしい、地の底から響いてくるような声を出した、その時! 老父の本当の容姿が、曝け出されていた。

 それは……何と! この世の者とは思えない、耳元まで裂けた口と真っ赤に血走った目、ごつごつとした指の先に鋭く尖った異様なほど長い牙を生やした、奇怪な魔物となって、その地に忽然と現れていた!

 こうなるともう、誰が逆らえるというのか。人々は恐れおののきブルブルと震えだす。次いで全員、従うしかないと覚悟したかのように突っ伏した。

 それでも、男が震える声で一部の望みを託して訊いてみた。

「そ、それでは俺たちはどうなるんですか?」と。

 対して魔物は、「お前たちはこれから、わしとともに行くのじゃ」との答えを返してきた。

 続いて女の方も恐る恐る尋ねた。

「ど、どこへ……行くんです?」

「消えて行った者たち。奴らの魂は、次に生まれ変わる生物に宿すことで、未来の己の姿を見、輪廻転生する準備に入った」と魔物は淡々と轟く声で話し始め、「そしてお前たちの魂は……」と言った直後、大きく息をしたなら、首を左右に揺らすとともに口から巨大な火の玉を噴出させ、激甚に怒鳴ったのだ!

「――わしのものだ!?――」……辺り一面を真っ赤な炎で染めながら、とどめの啓示を告げられた訳だった。

 これを聞いては、「ううっ……!」忽ち全員が恐怖に支配され芯まで震え上がった。

「あっ!?」そんな中、1人の女が何かに気がついた様子で、「貴方は、まさか?」と声を洩らす。

 ところが魔物の方は気にも留めず、うしろを見返るなり両手の拳を振り上げ、全宇宙のエネルギーを吸い尽くすのではないかと思えるほど、天空にパワーの原始を集めだした。――何をする気だ?――

 するとその蓄積されたエネルギーが、大空を埋め尽くし、世界さえ飲み込みそうな巨大なパワー獣となって、一気に光の速さで魔物の体を突き抜けた! エナジーの光源に包まれた魔物は、全身を震わせ信じられない限りの超力を得ている。

 一方、空では残ったエネルギーの欠片かけらが舞い散り、それがあまねく雷の束となって、天から雨のように降り注いできた。加えてその束は? それは、まるで文字のごとく、宙に――SA、TA、N、と描いた!?


 瞬時に魔物が、杖を地面に大きく叩きつけた!

 その途端、いまかつて誰も経験したことのない最強音を伴う超大爆発が起こり、その巨爆風は地平線の彼方まで到達し空間をも揺さぶった。と同時に、大地には巨大な亀裂が生じ、そこから膨大なマグマの壁が出現して全てを焼き尽くしていったため、人々の肉体も焼かれ、火達磨となり次々と奈落の底へ落ちた。

 そして遂には、山さえもマグマによってドロドロに溶かされ、その溶岩となりし島は、その一時、折しも発生した巨大地震とともに突如として海の中へと飲み込こまれ、ひいては海も超高温熱風で渦を巻いたかと思ったなら、見事に干上がってしまった。

 後には塵さえ残らず、何もかも消失していた!

――ここに、完全なる無が、訪れたのであった――


      3 冒険者たち


 その数分前のこと、島の奥深くを歩いている健太たちがいた。

「本当に何もない所だな」と諦めがちに呟く。

 それに呼応してか、

「どこまで行っても切りがない感じだね」山本もうんざりした言い方で歩いている。

 全員、少々辟易へきえきしていた。

 ところがその時! 突然、物凄い爆風が吹きつけてきた。それは全ての物を世界の果てまで飛ばしかねないほどの威力だ。

 焦った6人は、必死でその場に踏み止まろうと耐えるが、吹き上げる風は凄まじく、立っていることすらままならない。

 這いつくばって岩にしがみ付いた。それでも止まない強爆風で、腰から無理やり引き上げられ今にも飛ばされそうだ。 

 堪らず健太が口を開いた。「……ZZZ」声は届かない音となる。轟音と大強風で目も耳も塞がれどうしようもない状況だ。仕方なく、自然と6人は一塊に集まった。

 そこになおも、超爆風が吹き抜けた! こうなるともう、抗う手立てがない。知らぬ間に全員が空中へ吹き飛ばされる。6人の体は宙を舞い、そんな場面でも何とか手足をバタつかせお互い手を繋ごうともがく……も、ふっと下方に異変を感じて目を移したところ、 「ええっー!?……嘘だろ!」これ以上ない、驚異的な光景を目の当たりにしていた。

 それは、まるで信じられない! 今まで彼らが立っていた地面が――消えていたのだ!

 変わってその場には、渦巻く暗黒の大雲海が現れ、一方頭上には巨大な眩い球状の物体が出現していた。しかも風や音はなくなり、不思議なことに体は空に浮いたままだ!

「こ、これは……」井上が恐怖した顔を見せた。

「俺たちは、どうなった?」山本も不安そうに叫ぶ。

「もしかして、どちらかを?」前田が訊いた。

 全員、この状況に心底驚愕していた。が、何故か遠い昔の記憶の中で見たような気にも?

 ならば次に健太が、「よし、光の元へ!」と胸を張って言い切った。

 皆は、すぐに同意を示す。どうやら、彼らは向かうべき場所を本能的に理解しているみたいだ。

 6人はその思いに従い、何の恐れも懐かず身を任せた。

 魂の命ずるままに、安らぎと平穏が溢れる場へ……。


「…………」

「……チッ」

「……チッ、チッ、チッ」

「シマッタ! 6人ガ、ノコッテイタ」

「チクショウ! ヤツラ、エーリュシ……シオンヘ、イッテシマッタカ。モウイチドサイショカラ、ヤリナオシダー!」


   Ⅰ 終わり


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