前編
ドンドンと扉を叩く音が響く。それにビクリと体を震わせながら息を潜める。フーッフーッと恐怖のあまり息が荒くなってしまう。それが聞こえてしまわないように、必死に両手で口を塞ぐ。
扉の向こうのソレはしばらく扉の前に立っていたが、その内ヒタヒタと足音をたててどこかへと消えた。完全に気配がなくなったのを確認して、更に数分ほど経ってから息を吐き出す。
(誰か、助けてくれ……っ!
そう祈っても、この現実は変わらない。誰も助けになど来たりはしない。絶望感にうちひしがれながら、どうしてこうなったのか思い返していた。
***
「肝試し?」
「そう。高校最後の夏休みだぜ?なんか思い出とか欲しいじゃん」
そう言ったのは友人の田原雄大。楽しいことが大好きなやつだ。俺ともう一人の友人、相楽晃は肝試しかぁ、と顔を見合わせる。
「いいんじゃね? 面白そうだし、俺、結構そういうの好きなんだよ。頼斗はどうだ?」
「んー。俺、あんまり好きじゃねえんだよなあ、そういうの。……まあ、高校最後の年だしな。一回ぐらいならいいか」
俺――樫原頼斗はそう言って快く了承した。それに満足したようにひとつ頷いた雄大は、「よし!」と大声で言った。
「それじゃ、学校の七不思議を検証しようぜ! 俺、前から気になってたんだよ」
七不思議なんてあったっけか、と目線を上に向けて記憶をたどる。そういうのに興味はなかったから聞いたこと自体がないかもしれない。
「七不思議……ってどんなのがあるんだ?」
「なんだ頼斗。お前知らねえの? 最近結構噂になってるぞ?」
「別に興味ないからな。何、どんなの?」
「えっと、屋上の幽霊、階段の段数が増える、体育館に響くボールの音、グラウンドのトラックを延々と走り続ける足、階段脇の絵から抜け出す人の影、あとそれから……」
雄大は思い出せずに唸っていると、その続きを晃が言った。
「プールに浮かぶ大量の髪の毛と、真夜中に電気がつく教室だろ」
「そう! それだ!」
二人ともよくそんなのを知っているなと呆れ半分に感心する。
「で? それ全部検証するつもりか?」
「いや、一つだけだ。屋上の幽霊を確かめたいと思う。夜中に屋上であることをすると幽霊が出てくるらしいんだ。そのあることが何なのかは分かんねえけど」
何故か真剣そうな顔で言う雄大を視界に収めながら、「屋上の幽霊」とやらについて考える。あることって何をするんだ。曖昧すぎるだろう。そしてそれ以前に、一つ問題がある。
「屋上って鍵かかってんじゃねえか。どうするんだよ」
それに加えて夜中だぞ? 学校に侵入するつもりか? だとしたら俺は遠慮したいのだが。見つかったら大変だからな。俺は進学するつもりだからあまり評価を落としたくないんだ。それに、中学時代の友人いわく「真面目な小心者」の俺に、そんなことをする勇気はない。
そう言うが、雄大は笑顔で問題ないと俺の質問に答えた。
「俺の兄ちゃん、ここの事務員なんだよ。だから兄ちゃんが鍵を何とかしてくれるはずだ。警備員とかも夜中にはいない筈だし」
「え、そうなのか」
「おい頼斗。グダグダ言ってねえでやるのかやらないのかはっきりしろよ」
「……っ、あぁもうっ! やるよ、やりますよ!」
急かす晃の言葉で踏ん切りをつける。じゃあ決まりだな、と雄大と晃はニヤリと笑った。
***
数日後の金曜日の夜。俺は雄大と晃、そして雄大の兄の将大さんとともに夜中の学校にいた。真っ暗だからか、いつもの学校とは違うように感じられる。
「うおお……流石に昼間とは雰囲気が全然違うな……。何となく肌寒いし」
「そうだな……って、雄大?何して……お前、顔色真っ青じゃねえか」
どうも様子がおかしいと思い顔を覗き込むと、今にも倒れそうなくらい真っ青な顔色でカタカタと体を小刻みに震わせていた。
「お前、もしかして……怖いのか?」
「バッ、バカ野郎っ! 違ぇし! 全ッ然怖くなんてねえし!」
「お前、それ怖いって言ってるようなものだぞ」
将大さんの的確な突っ込みに思わずプッと吹き出し、そのまま堪えきれず失笑する。
「おまっ、言い出しっぺのくせに、一番怖がってるとか……っ! っく、ははっ! だっせー!」
「おい頼斗。あんまり笑ってやるなよ。可哀想だろ……っ、ふっ……!」
「お前も笑ってんじゃねえか、堪えきれてねえぞ。……ぶっ、はははははっ!」
晃と二人で笑いあう。それを顔を真っ赤にしながら雄大は怒鳴りつけてきた。
「二人とも笑ってんじゃねえよ! 俺は別に怖がってなんか……」
「そんな顔色悪くして言われても説得力ねえよ!」
ギャーギャーと騒ぐ俺達を将大さんは呆れた様子でたしなめる。
「こら。あんまり騒ぐなよ。誰かに見つかったら面倒なんだからな」
はい、と雄大をからかうのを止めて小声で返事をする。
危ない、いつもの調子で騒いでしまった。こんな夜中にうろちょろしているのを誰かに見られたら面倒だし、なにより非常識だからな。
そう反省していると、雄大さんが屋上の鍵を開けた。
「ほら、開いたぞ」
「サンキュー兄ちゃん」
「ありがとうございます」
「あざっす」
「あんまり派手なことはするなよ。俺がクビになる」
そう言って煙草の火をつける将大さんを横目に、俺たちは「さて」と屋上の真ん中辺りに立った。
「さて、まず何をする」
「あることをしたら幽霊が出てくるって、そのあることって何なんだよ。何か心当たりでもあるのか?」
俺はそう雄大に問う。何かしらの心当たりがあるからこんな曖昧なものを選んだのではないだろうか。
「いいや、全くない」
「……全く?」
「全然だ」
開き直ったのか軽く胸を張りながら宣言する雄大。晃と二人で顔を見合わせて頷く、と同時に雄大の頭を全力で叩いた。
「いっでえ!! 何すんだよ!」
「馬鹿かお前は。無計画にもほどがあるだろ!」
「バーカバーカ!」
「頼斗はともかく、晃はただ俺を馬鹿にしたいだけだろ、それ!?」
口答えをしたのでもう一回叩く。拳じゃなくて掌でやるところがせめてもの情けだ。俺とさほど背丈の変わらない雄大を見下すように顔をそらし、心の底からの呆れをたっぷり含ませた声音で言う。
「何でわざわざこんな曖昧なのを選んだんだよ。馬鹿なのか? もっと分かりやすいのがあったよな? 何の当てもなくこれを確かめようとしたのか? ……つくづく馬鹿だな、お前」
「そうだそうだー! この馬鹿野郎ー! 金返せー!」
「だから、頼斗はともかくとして光は何言ってんだよ!? 金なんて借りてねえだろ!」
「晃はちょっと黙ってろ。……で、雄大。何か言い訳は?」
俺が最終確認とばかりに雄大に問いかける。すると、ぐっと言葉をつまらせて後ずさる。そして目を逸らして下を向きながら答えた。
「……ありません」
「なら何か言うことあるよな?」
「無計画に誘ってすいませんでした!」
「よし」
きちんと反省しているようだから許してやる。晃はまだからかい足りないのか、雄大に茶々をいれている。
すると、その様子を見ていた将大さんが煙草の煙を燻らせながらこっちに近づいてきた。
「おーい。何してんだ? やるならちゃっちゃとしろよー」
「あー……どうする? もうそんな気分じゃないんだけど。雄大のせいで」
さっきまではそういう雰囲気だったが、今はすっかり変わってしまった。こんなふざけた明るい雰囲気では肝試しなんてやる気にならない。
二人にそう言うと、「たしかにな」と同意した。
「さっきは不気味だなーとかちょっと思ってたけど、雄大の間抜けのせいでもうそんな雰囲気どっかに行っちまったしな」
「俺のせいかよ……別に違わないけどよ」
「どうする? いっそのこと帰っちまうか?」
「俺はそれでもいいぜ。また今度仕切り直そうぜ」
晃の言葉に頷いて同意する。
「なら帰るか。兄ちゃん、今日はもう終わりにするから、また今度頼むわ」
「げっ、またすんのかよ……。雄大、ちっとは兄ちゃんの都合も考えてくれよ」
「ごめんごめん」
苦笑しながら雄大が軽く謝ると雄大さんは、はぁ、とため息を吐いて手で顔を覆った。
「ったく、今回だけって話だったろ? 本当、クビになるのだけは勘弁してくれよ……」
「ははは……」
もう一度ため息を吐いた雄大さんは呆れたように「帰るぞ」と言って、消えかけの煙草を屋上のタイルに押し付けて火を消した。そして出口に向かって足を踏み出そうとした、その時。
「…………っは?」
何かに気付いたように足元を凝視する将大さん。何だろうか、とそこを見るも、夜の暗闇のせいでよく見えない。
「兄ちゃん? どうかしたのか?」
「……な、んだよ、これ?」
「え?」
「どうかしたんですか?」
「これだよ! 足に……っ!?」
いきなり将大さんが転んだ。なにもしていないのに、突然。俺の見間違いでなければ、将大さんは足を何かに引っ張られて転んだようだった。いやしかし、そうだとしたら一体何に?
「な、なあ頼斗。将大さんの様子おかしくねえ? 今、何で転んだんだ?」
晃が俺に問いかけてくるが、俺に分かるはずもない。無言で首を横に振る。
「に、兄ちゃん?」
「何なんだよ、これ! ちょっ、誰か助けっ!? え、うわあっ!」
「へ? な、なに!? え、何で……」
雄大が呆然としたように呟く。
目の前には、空中に足を上にして吊り下げられた将大さんの姿があった。もちろん、縄なんかで吊り下げられている訳じゃない。そもそも何もない空中なのだ。
その光景に、俺と晃はただ立ち尽くすことしか出来ない。雄大だけは、実の兄がよく分からないが危険な状況であるということに気付いたのか、将大さんを地面に下ろそうと悪戦苦闘している。
「何でなにもないのに、空中に……っ!」
「……何もない? 雄大、これが見えていないのか!?」
「え? 兄ちゃんは何か見えてるのか?」
頭が下になっていて血が上ったのか、顔を青色だか赤色だかにした将大さんが信じられないと言うように目を見開いた。
将大さんは何を言っているんだ? 俺には何も見えない。晃と雄大も、困惑した様子から見えていないようだ。
「よく見てくれよ! 俺の足に、黒い何かが巻き付いているじゃないか!」
黒い何かが巻き付いている? 目を凝らして宙に浮かんだままのその足を見るも、相変わらずそんなものがあるようには見えない。
「将大さん、俺が見る限りそんなものは見えませんけど……」
俺が正直にそう伝えると、将大さんは「嘘だろ?」と言うように俺達三人の顔を順に見回すが、期待はずれの結果しか得られなかったようだ。この暗闇でも分かるほどに顔を青ざめさせて、恐怖からかひきつった声を出した。
「そんな……」
将大さんが絶望したかのように呟いた、その瞬間だった。
「――っ! な、おい、止めろ! 止めてくれ! うわ、あああああ!!」
「っ兄ちゃん!」
将大さんの体が屋上の縁に移動し始めたのだ。このままでは不味いと思ったのか、ひしっと雄大は将大さんにしがみついた。突然のことに呆然としている俺と晃に向かって、雄大は必死に叫んだ。
「手伝ってくれ! 何か物凄い力で引っ張られてるんだ!」
よく見ると、確かに踏ん張っているはずの雄大の足がずるずると動いている。将大さんも何かに引っ張られているとしか思えないような格好になっている。
雄大の叫びにはっと我に返った俺達は、すぐに将大さんの体を掴んで引き下ろそうとした。しかし――。
「なっんだこれ……!」
びくともしないどころか、逆に引っ張られてしまう。ちらりと将大さんの足に目を向けるが相変わらず何も見えない。しかし、確かに何かがいるのだと納得してしまうほどの力だった。
三人がかりでなんとかその場に留めようとするも、将大さんの体は徐々に縁に近づいていく。縁まであと数メートルという所で俺は、体を引っ張られる痛みから顔を歪めさせている将大さんがボソボソと何か呟いていることに気付いた。
「……なん……お前…………こんな……」
「……? 将大さん?」
その様子はまるで、何かと会話しているようだった。その視線の先を辿ると、そこは彼自身の足がある場所、つまり「黒い何か」がいる場所だった。焦点の合っていない彼の目を見ている内に、そこにいる「黒い何か」と会話をしているのではという考えが頭に浮かんだ。
その考えに自分でぞっとして身を震わせる。すると、その俺の様子から将大さんの異変に気付いたらしい雄大が口を開いた。
「兄ちゃん、どうしたんだよ! しっかりしろよ!」
「…………」
たった一人の兄を救おうと懸命に叫ぶ。が、将大さんの反応はない。さっきまでは何かしら反応していたのに、今は無視、というよりも聞こえていないかのように無反応だ。
その様子にただならぬものを感じて、将大さんの体を掴んでいた腕の力を少し抜いてしまった。すると、その瞬間を待っていたというように、何かに突き飛ばされた。かなりの力で突き飛ばされたために勢いよく転んでしまい、更に一、二回転ほどして止まる。
何が起こったのか分からないまま将大さんの方を向くと、いつの間にか空中から下りていて自らの足で立っていた。無事だったかと胸を撫で下ろすが、なんだか様子がおかしいことに気づく。
「将大さん? どうしたんすか? 危ないからこっちの方に来た方がいいっすよ!」
同じく突き飛ばされたであろう晃が言う。雄大も同じように言うが、全く反応がない。無言で屋上の縁に立ったままだ。
将大さん、と俺も声をかけようとした。しかし、それは叶わなかった。
俺がそう言う前に、将大さんの体が傾いて屋上の外側へと投げ出されたからだ。一瞬こっちを振り返った将大さんの顔には涙と苦悶の表情が浮かんでいた。
「――え?」
彼の名前を呼ぼうとして開いた口からは意味のない音が出た。考えるより先に体が動いて、将大さんが身を投げ出した場所へと走った。突然のことに雄大と晃も呆然としながらも俺と同じ場所に向かっていることに気付いた。大して距離もないからほんの数秒で着く。
三人並んでそこから下を覗きこむ。と、ぐしゃり、という音と「ぐあっ」という声が聞こえたような気がした。
「――兄ちゃん、が」
――死んだ?
信じられない、信じたくないというのが伝わってくるように声を震わせて雄大が呟いた。
ふと、何か嫌な気配を感じた。空気が重くなったような感覚。何だろうか。目の前で人がいきなり死んだことに動揺して、というわけではない。それとは違う雰囲気だ。
「二人とも、帰ろう。今すぐ」
俺はとっさにそう言っていた。今すぐ帰った方がいい、とにかくそこから離れたいと思った。
「え、でも兄ちゃんが……」
「将大さんは、可哀想だけど今は放って行こう。後で警察に連絡したらいい。とにかく今はここから離れた方が……!」
「おい、頼斗? 何で将大さんを放っていくんだよ? 今すぐ警察に通報した方がいいんじゃないか?」
「分からないけど、嫌な感じがするんだよ。其に、これをなんて説明するんだ? 体が宙に浮いて、何かに引っ張られて、最後は自殺? ……雄大、晃。文句なら後でいくらでも聞くから、とにかく今は……!」
訳のわからない焦りで冷や汗を流しながら、俺はそう捲し立てる。二人は訝しげにこちらを見つめるが、ふと雰囲気が変わったことに気付いた。二人とも、俺を見て目を見開いている。いや、俺の後ろか? 雄大は口を半開きにして顔を青ざめさせている。どうしたんだ? 二人は何を見ている?
「おい、なにが……っ!?」
後ろを振り向くと、俺の三メートルほど後ろの方に何かがいた。それは、将大さんの言っていたような「黒い何か」。おそらく、あれが将大さんには見えていたのだろう。さっき感じた嫌な気配もコイツだろうか。
うぞうぞと何かが蠢いている黒い塊。大きさは俺よりも少し小さいくらいだろうか? 結構な大きさである。輪郭はぼやけており、夜の暗闇に溶けているように見える。
恐怖と嫌悪感を覚えるソレに、俺達は釘付けとなってしまった。体が動かない。ただ足をガタガタと震わせるのみだ。
ソレに目らしきものはないが、じっとこちらを見つめているような気配がする。その無いはずの視線が気持ち悪い。妙な肌寒さを感じて腕を擦ると、ぶつぶつとした感覚があって鳥肌を立てていることが分かる。
と、不意にソレから音が聞こえてきた。シューッシューッと何かが吐き出されているような音。くぐもった吐息、というのが一番近いだろうか。
「…………………………て」
妙に甲高い声が聞こえたような気がした。もちろん、俺達のものではない。だとすると、これは一体?
「……………………けて」
……まさか、コレが話しているのだろうか。そう思ったとき、ソレの形が変わり始めた。ただの黒い塊だったのが、だんだんと人間のような形になり始めたのだ。頭、腕、胴体、足。その内に顔の造形や服まで作られ、最終的には見た目だけは普通の人間になった。
この学校の制服を着た黒髪の少女。整った顔立ちなのが逆に気味悪く、俺達の恐怖を煽った。
しばらくその状態で見つめ合う。光が全く灯っていない濁った目に見られると、体が何かに侵食されているような気持ち悪さに襲われる。
「……………………」
何かをブツブツと呟いているが、よく聞こえない。聞きたいとも思わないが。
そのまま数分か、あるいは数十秒が経ったとき、ソレは動いた。
「――っ!」
俺達は三人一斉に息を呑んだ。
音をたてずに近寄ってくるソレ。少しずつ、少しずつ、しかし確実に。
逃げ出したい。しかし、体が金縛りにあったように動かない。そしてソレが手をこちらに伸ばし、もう駄目だと思ったその瞬間。
雄大が小さく蚊の鳴くような声で「兄ちゃん」と呟いた。おそらく助けを求めたのだろう。将大さんはもういないが、ついさっきのことだ。まだ受け入れられていないのだろう。俺もまだ信じられない。実の兄弟なのだからなおさらだ。
そして、それを聞いたとき「逃げなくては」という思いが増した。
「――っ、逃げるぞ!」
気付いたときにはそう叫ぶように言って、二人の手を引っ張って屋上の出入り口へと駆け出していた。
扉をバンッと乱暴に開け、二人が入ったのを確認してから素早く閉めた。そしてソレが追ってくる前に玄関に向かってひた走った。
「な、なんっ、何なんだよあれ!? まさか、あれが、屋上の幽霊、なのか!?」
走って息を切らしながら、晃は悲鳴のような声で叫んだ。「俺が知るか!」と同じように叫び返し、階段を駆け下りる。雄大は恐怖のあまり声もでないのか、唇を血が出そうなほど噛み締めながら走っている。
一階に到着し、真っ直ぐ生徒玄関へと向かう。来るときに将大さんが鍵を開けてくれて、そのまま鍵を閉めないで来たからすぐに外へと出れる。はずだった。
「え、開かない……っ!」
「おい、何やってんだよ頼斗、早く開けてくれ!」
「開かないんだ!」
閉まっている扉に手をかけて横に引くが、全く動かない。ただ鍵がかかっているだけなら鍵の余裕でガチャガチャと音がなるだろうが、それすらない。その場に貼り付けられているかのように一ミリも動かないのだ。というか、鍵を確認してみたが、そもそも鍵がかかっていないのだ。にもかかわらず、開く気配が全く無い。
「ちょっとどけ! 俺が開ける!」
晃がそう言って俺を押し退ける。体全体を使って必死に開けようとするが、結果は変わらない。
目の前が真っ暗になってしまったような気がした。焦りからか恐怖からか、暑さによるものではない汗がじっとりと体を湿らせる。
「くそっ、何で開かないんだ……!」
「どうしたらいいんだよ、これ……」
思わずそう弱音を吐いてしまう。
すると、今まで黙っていた雄大が口を開いた。
「な、なぁ。何か、声……聞こえないか?」
「えっ」
ビクリと体を震わせる。耳を澄ませると、たしかに聞こえてくる。
ブツブツと何かを小さく呟く声。鳥肌がたってしまうような、不快な声。間違いない、アレの声だ。
「追ってきたのか……」
「ど、どうする!? このままじゃ、俺達……」
晃が顔を真っ青にして狼狽える。
「仕方ない、どこかの教室に隠れよう。……最悪、朝まで過ごすかもしれないけど」
「それでも捕まったら何されるか分かんないだろ!? なら早く隠れようぜ!」
「だな」
どこに隠れたら良いか素早く考え、あそこだなと速攻で決める。
「よし、資料室に行くぞ! あそこなら鍵がかかるからな」
「お、おう!」
走る。早く、早くと気持ちが急いてしまい、たいした距離を走っているわけでもないのに息が切れる。が、そんなことは気にも止めずに走る。
――早く逃げないと。
――捕まってしまう前に隠れないと。
そんな気持ちが何故だか膨れ上がる。アレに捕まっては駄目だと自分の中の何かが訴えるのだ。
今のこの状況で鍵のかかる部屋が安全かと言われたら、答えに迷う。しかし、もしそうでないとしたらどの部屋でも同じだ。なら少しでも心を落ち着かせるために鍵があった方が良いだろう。
資料室は校舎の東側にある。西側にある生徒玄関とは反対側だ。しかも一番離れている三棟。普段なら遠くてあまり行きたくないところだが、少しでも遠くへ逃げたい今は好都合だ。
渡り廊下を渡って三棟へ到着。恐怖と焦りで足が震えるが、もう少しだと自分を奮い立たせる。そして曲がり角に差しかかり、もう目前というその時。
「……ど……こ、行く、の?」
すぐ背後から声がした。屋上で聞こえた、喉がひきつったような甲高い声。
「――っ!?」
声にならない悲鳴をあげてその場からバッと離れる。俺がさっきまでいたところを振り向くと、その場所には少女の姿をしたアレが立っていた。




