表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

足跡の理由

足跡の理由 番外編 「不機嫌なクリスマス」

作者: 瓜葉

沙耶と暮らし始めて、もう5年が過ぎ、結婚して4年となる。


共働きの二人だから、平日は家に帰ってもくたびれ果てている。

土日もキチンと休めるわけでもない。


だけど、それなりに楽しい生活。

仕事で苛立つ気持ちが、ほんの些細な会話でスーッと落ち着くことも度々ある。


二人で飼ってる猫のクーにも癒される。

活発なのに時々ドジをするのが可愛い。


何よりも沙耶の顔を毎日見られるのは良いものだ。

本人には言わないけれど、ツンと澄ましているようなのに、よく観察しているといろいろわかるところが可愛い。


だから、このところの不機嫌さが気に障る。


「何かあった?」

と、訊いてみても


「何にもないよ」

と、即答されてしまう。


でも長い付き合いの俺の勘は何かあると告げている。

隣で眠る沙耶の様子をうかがう。


疲れているようで最近の沙耶はよく寝る。

今日もベットに入ったと思ったら、あっという間に寝てしまったのだ。



クリスチャンではないからクリスマスイブだからと言って特に教会に行くわけではない。

でも何もしないのも詰まらないと思い、ケーキだけは買うことにする。


沙耶にケーキを買ったとメールで知らせると

『チキンとワインも欲しい』

と、返信がきた。


朝は何だか食欲がない様でボンヤリしていたけど、調子が良くなったのだろう。


俺は閉店ギリギリの店に飛び込んで、沙耶希望のチキンとワインを買う。

家に帰宅するとクーが大喜びで出てくる。


身体をこすり付けて『寂しかったよ』のアピール。

お腹も空いているようで、俺がエサの準備をするのが待ちきれないようだ。


相変わらず「クー」と鳴く。


「ほいさ、お待たせ。たくさん食べろ」


今日はクリスマスイブだからクーにも高級ネコ缶を開けてやる。

これの時は本当に食べっぷりが違う。


沙耶に言わせると贅沢な猫ってことになる。


でもあいつ、俺のいない時にこっそり高級ネコ缶を開けて食べさせている。

俺が気付いてないと思っているらしいけど。



クーが食事を終える頃、沙耶が帰宅した。


「ただいま」


疲れた声が玄関から聞こえる。


「お疲れ。沙耶の希望のチキンとワインも買ってきたよ」


俺の言葉に沙耶は、ありがとうの言葉とともに小さくため息を吐く。


「どうしたの?思っていたのと違ってた?」


そう言うと、沙耶は慌てて首を振る。


「ごめん、嬉しいよ。このチキンが食べたかったの」


取り繕った笑顔を見せる沙耶。

気になる。


でも、クリスマス当日も俺たちは忙しく、ゆっくり話し合うことは出来なかった。



その次の日は、俺は高校時代からの友人である中野裕也と飲むことになっていた。

いつだったか路上ライブを見に行って、沙耶と付き合っているのではないかと懸想した奴だ。


沙耶から借りた宿題を一緒に写して先生から大目玉をもらったこともある。


冷めたところがあるかと思えば、結構、友達思いで、なんだかんだと今でも付き合いがある。

大学を卒業してから就職をすることもなくアルバイト生活になった時は驚いたが、数年前に大きな文学賞を取り、今では売れっ子作家になっている。


高級な店にも行くだろうに、俺との待ち合わせはいつもこの店。

ザワザワと騒がしいが活気と若さがあるのだ。


俺が大学を卒業して東京に戻るとよく飲むようになったのだ。

裕也は作品の題材を探すためか北海道の話や獣医についていろいろ聞きたがる。


それから俺はよく沙耶のことを話した。

裕也自身は特定の彼女を作るのは面倒のようで、あまり女の影を感じることは無かったが、アッチの人だと思われたと憤慨していたこともある。


それが、このところ違っている。

隣の美少女に心を奪われているようだ。本人は絶対に認めないけど。


それにしても沙耶はいったいどうしたのだろう。

今朝もボンヤリしていた沙耶の様子を思い出す。


「忙しいのか?」


裕也に声を掛けられビックリする。俺もボンヤリしてたようだ。


「いや、そんなことないよ」

「そっか。いつもと違う気がするからさ」

「まあな」


裕也はそういうところに敏感だ。


「沙耶と何か有ったのか?」

「ちょっとな」

「喧嘩か?」


喧嘩はした覚えがない。

俺に怒っているわけでもないと思う。


あれは、あえて言うなら、

「・・・・・・隠し事をされている気がする」


懸念を口にする。


「倦怠期?」

「かもね……」


倦怠期がどんなものなのかわからない。

わからないけど、急に不安が大きくなる。


俺はジョッキに残ったビールを一気に飲み干す。

そして、日本酒を頼んだ。


運ばれてきた日本酒をグイッと口に入れる。

口の中に日本酒の芳醇な香りが広がった。喉を通りすぎると、カッと熱く感じる。


「忙しいのは解ってる。解ってるけど、先週から何かおかしい。俺を避けていると言うか……」


俺の不安を裕也に打ち明けた。


「浮気?まさかな」

「沙耶に限って、ない!!!」


裕也の不純な発想に腹を立てる。

そんなんじゃない。


「一昨日だって仕事の急な打合せが入ったらしいが、溜息を吐きながら出かけていくんだ。あの仕事の鬼が……」


仕事の鬼と言うフレーズを裕也が笑う。


「一昨日はクリスマスイブだったんだぞ。おまえと過ごしたかったんじゃないのか?」

「今更クリスマスイブもないだろう。それに夜は一緒に食事をしたんだ」


小学生1年からの付き合いなら今更になるのかと裕也は思う。


「考えすぎだよ。年末に厄介な依頼が飛び込んできたんじゃないのか?」

「……愚痴らないんだよな。いつも難題を抱えると愚痴るんだ、沙耶は。それがイラついてはいるけど、心ここに在らずって感じがする」


酔っぱらってきたと自覚する。でも酔えない。気のせいと思えない。

俺は自分の不安を打ち消すように飲んだ。


そして高校時代の馬鹿話をして笑いあった。


「あの日、俺はおまえと沙耶が付き合ってるかと思ってさ」

「付き合ってなんかないぞ」

「知ってるよ。でも、その時はそう思ったんだよ。で、付き合ってるのかって聞いたらキレた」

「殴られた?」

「そんなわけないだろう・・・・・・」


沙耶の顔が浮かぶ。何を思っているのだろう。

わからない。

大抵のことならわかってやれるのに……


裕也の気持ちも今なら何となくわかる。


「あの頃、辛くなかったのか?沙耶は京都の大学に入って、おまえは北海道だもんな」


恋は辛いものなのさと心の中で思う。


「辛くないといったら嘘だが、振り返ればいい経験だった。遠距離期間があっても変わらなかったんだよな」


ちょっと先輩ぶって言う。


「迷うなよ。おまえがブレれば彼女はどうしていいか解らなくなると思うよ」

「二十歳から見たらオジサンだぞ」

「ばーか。本当にそう思っているのか?違うだろう。自分の気持ちを偽ったら駄目だろう。ハードボイルドの世界と一緒だ。自分勝手に相手の幸せを願ったら駄目だ・・・・・・」


裕也の話を聞いていたら無性に沙耶に会いたくなった。


「じゃ俺、帰るから」


俺は立ち上がり裕也と別れて家に帰る。


はっきり訊こう。

沙耶の心を独占していることの正体を。



家に帰ると沙耶が居た。

玄関で待ってたみたい。


「ごめん、遅くなった」

「別に謝らなくてもいいよ。中野君と飲みに行くのは知ってったから」


うん?なんだか朝と様子が違う。

イライラオーラが消えたような……


「何かあった?」


そう尋ねると沙耶は変な顔をする。


「バレてた?」

「このところイライラしてただろ?」

「そお?」


自覚が無かったのか?


「ああ、ボンヤリしているかと思うとイライラしてた。俺に怒ってるわけでも、仕事の事でもないよな」

「よくわかるね」


沙耶は俺が言ったことに感心している。


「で、何だったの?沙耶の悩みは」


もう一度沙耶に聞く。

沙耶がまた変な顔をしたかと思ったら俺に抱きついてきた。


「どうした?」


俺は沙耶の背に手を回す。


「あのね……」


小声で何かを呟くけど、あんまり声が小さくて聞き取れない。


「えっ、何?」

「だから、赤ちゃんができた」


沙耶の言葉を頭の中で繰り返し、ようやく理解する。


「ほんと?」

「うん、ほら見て、検査してみたの」


妊娠検査薬のスティックを見せてくれる。

はっきりと印が浮き出ていた。


もう3年ほど避妊はしていないのに妊娠の兆候は表れなかった。

でも、そろそろ良いんじゃないってお互いに思っていたのだ。


「本当だ。そっか、子どもかぁ」


赤ちゃんを思い浮かべると自然と笑えてくる。


「もう変な顔して笑わないでよ」


俺の顔を見ながらそう言う。

さっきの変な顔の正体だ。


嬉しいようなくすぐったいような変な気持ち。


「本当はクリスマスイブの日に検査しようと思っていたのに、急に仕事が入って薬局に行けなくなっちゃった」

「だからイライラしてたんだ」

「……クリスマスプレゼントにしたかったの」


俺は沙耶をギュッと抱きしめる。

沙耶の手も俺の背中を抱きしめる。


なんて愛しい存在なんだ。

もう一つ、愛しい存在が増えるんだ。


「嬉しいよ。体、大事にしないとね」


沙耶の耳元でささやいた。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ