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【スライム特化型無双】一振りに百の残影を重ねる者~「スライムを倒し続ければ、誰でもこれくらいできますよ」~  作者: 寝不足魔王


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第十九話:作業の終焉、静寂の凱旋

 断絶の峡谷に、最期の時を告げる静寂が降り積もっていた。

 数分前まで山々を震わせていた暴君の咆哮は、いまや途切れ途切れの、情けない喘鳴へと変わっている。五メートルを超える巨躯は見る影もなく、鋼の皮膚は俺が叩き込んだ無数の衝撃によって、内側から崩れかけていた。

 オーク・ディザスター。

 王都を震え上がらせたその魔物は、いま、ただの「使い古された練習台」として、俺の目の前で膝を突いている。


「……良い練習でした。おかげで、鉄の剣に魔力を乗せる感覚が、ようやく馴染みましたよ」


 俺は、真剣を正眼に構え直し、静かに告げた。

 逃げようとする意志さえ失ったのか、暴君は濁った瞳に絶望を宿し、俺を見上げている。

 俺は一歩、踏み出した。

 これまでの乱打とは違う。

 一振りに、五十の意志を重ねる。

 

 一動作の中に、五十の死を封じ込める。

 

 俺は、ただ真っ直ぐに剣を振り下ろした。

 物理的な鉄の刃が空間を断つ音さえ、魔力の重なりが置き去りにする。

 

 パシィィィンッ!

 

 ただ一筋の、細く鋭い閃光が走った。

 剣は暴力の塊のような巨躯を、紙を裂くように通り抜ける。

 あまりに速く、あまりに鋭い一振り。

 オーク・ディザスターは、自分が斬られたことさえ気づいていないかのように、一瞬だけ動きを止めた。

 

 次の瞬間。

 巨大な核が、内側から同時に五十もの衝撃を浴び、耐えきれずに一気に弾け飛んだ。

 

 咆哮を上げる隙もなかった。

 五メートルを超える肉塊が、中心から霧散し、膨大な魔力の塵となって峡谷の空に溶けていく。

 

《個体名:オーク・ディザスターの処理を完了。……想定以上の経験値取得を確認。レベルアップです》


 脳内に響く無機質な宣告。

 その瞬間、俺の肉体が、内側から爆発的な熱に包まれた。

 血管の隅々まで魔力が浸透し、視界の解像度が一段階跳ね上がる。

 周囲の岩肌、揺れる草木、そして背後で腰を抜かしている三人の少女たちの拍動。それらすべてが、これまでの倍以上の精度で、手に取るように把握できる。

 サーチの範囲が、さらに深く、広く書き換えられた瞬間だった。


「……あ。……消えた。本当に、一瞬で……」

 エルナが、震える声でそう呟いた。

 彼女たちの目には、俺がただ一度剣を振っただけで、王都の脅威が、跡形もなくこの世から消滅デスポーンしたように映っているはずだ。

 

 巨躯が消えた跡には、地面を深く抉った足跡と、一つだけ、夕日に照らされて妖しく輝く大きな石が転がっていた。

 暴君の心臓部にあった、巨大な魔石。

 俺はそれを無造作に拾い上げ、袋へと放り込んだ。

 

「……重いな。さて、帰りますか。道中のノルマがまだ残っていますから」


「待って、シン! 今から帰るって……あんな戦いをした後で、まだスライムを狩るつもりなの!?」

 メルの叫びを背中に受けながら、俺は既に街道へと足を向けていた。

 暴君は倒した。だが、俺の一日のノルマはまだ終わっていない。

 「大きな一匹」で満足して足を止めるような怠惰は、俺の辞書にはない。


 夕暮れの王都。

 門の前には、暴君の脅威に怯える商人や、傷ついた他パーティーの冒険者たちが、重苦しい空気で溜まっていた。

 その中を、俺は三人の少女を引き連れて、淡々と通り抜ける。

 俺の服には返り血の一滴もなく、呼吸一つ乱れていない。

 ギルドの重厚な扉を開け、俺は真っ直ぐにカウンターへと向かった。


 ドスンッ、と。

 あの巨大な魔石を、受付の台の上に置いた。

 

「……掃除、終わりました。確認をお願いします」


 受付嬢が、その魔石を見た瞬間、悲鳴のような息を漏らした。

 場内が、一瞬にして静まり返る。

 その石の大きさと密度を見れば、それが何を意味するか、この場にいる者なら誰もが理解できた。

 

「……おい。それは……まさか」


 奥から駆けつけてきたギルドマスター・ガルドが、魔石を鷲掴みにし、信じられないものを見る目で俺を凝視した。

 彼は魔石を検分し、それから俺の「無傷の姿」を上から下まで念入りに確認し、最後には力なく肩を落とした。

 

「……傷一つ、負わなかったというのか。あの暴君を相手に。……騎士団ですら手が出せなかったあの怪物を、ただの『掃除』だと、そう言いやがるのか」


 ガルドの声が、静まり返ったギルドに響く。

 周囲の冒険者たちが、俺を見る目が変わった。

 それは「幸運な新人」を見る目ではない。

 自分たちとは異なる理で動く、関わってはいけない「異常者」を見つめる、根源的な恐怖の色だった。


「換金をお願いします。……それと、明日からのノルマですが、一振りに乗せる意志の数を、さらに増やそうと思います。そのための場所を、新しく指定してもらえますか」


「……好きにしろ、小僧。もはや、俺の常識で貴様を測ることは諦めた」


 ガルドは、呆れたように首を振り、事務員に換金の手続きを命じた。

 俺は報酬の金貨を懐に入れ、少女たちに軽く会釈をすると、そのままギルドを後にした。

 

 宿へ向かう道すがら、俺は自分の右腕の感覚を確かめる。

 レベルアップによって、魔力の出力上限が大幅に引き上げられたのを感じる。

 五十の意志では、もうこの剣の性能を使い切れない。

 

(……次は、百だ。一動作の中に、百の結果を閉じ込める)

 

 一日に五千という数字さえ、通過点に過ぎなくなる日が来るだろう。

 俺の、本当の「練習」は、ようやくここから本番に入る。

 王都の夜空を見上げ、俺は静かに、しかし冷徹なまでの執念を瞳に宿して、次なる反復の地へと足を進めた。


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