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【スライム特化型無双】一振りに百の残影を重ねる者~「スライムを倒し続ければ、誰でもこれくらいできますよ」~  作者: 寝不足魔王


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第二話:重い体と、一振りの型

 眩い光に包まれ、俺は産声を上げた。

 意識ははっきりと前世のままだが、新しい肉体はあまりに脆く、頼りない。

 自分の指一本を動かそうとするだけで、全身に鉛を流し込まれたような重みが走る。

 脳を焼くようなタイトルマッチの熱狂は消え、代わりに残ったのは、赤ん坊という名の不自由な檻だった。


《個体名:シン・カミシロ。異世界への転生を確認。管理システム、稼働》


 脳の芯に響いた宣告は、それ一度きりだった。

 以降、頭の中は静まり返り、俺は不自由な肉体の中で、ただ時が過ぎるのを待つしかなかった。

 天井の太い梁を見つめるだけの数年が過ぎた。

 焦りはなかった。かつて、理想の一撃を完成させるために、気の遠くなるような時間をサンドバッグの前で費やしてきた俺にとって、この程度の待ち時間はただの長い休憩に過ぎない。

 俺がこの時期にしていたのは、徹底的な内観だった。

 吸い込んだ空気が肺を満たし、心臓が温かい血を送り出すリズムを、一刻一刻、噛みしめるように感じ取る。

 この世界の空気には、前世にはなかった「何か」が混じっている。

 呼吸を繰り返すたび、その何かが細胞の隅々に染み込み、俺の新しい肉体を内側から作り替えていくのが分かった。

 それは魔力と呼ばれるものなのだろうが、俺にとっては新しい「筋肉」のようなものだった。


 一歳を過ぎ、ようやく俺は二本の足で大地を踏みしめた。

 村の他の子供たちは、足が動くようになると同時に、本能のままに庭を走り回っていたが、俺は違った。

 ただ、真っ直ぐに立つ。それだけに全神経を注いだ。

 足の裏が土を掴み、その反発が膝を通り、腰に座り、背筋を伝って頭頂へと抜ける。

 一歩踏み出すたびに、骨格が鳴り、筋が張り直される感覚。

 走る必要などない。ただ正しく立ち、正しく歩く。

 それこそが、後に獲物を断つための揺るぎない土台になると知っていたからだ。


 五歳の誕生日を迎えたばかりの、夕暮れ時のことだ。

 庭の隅、古い樫の木の下に、一本の枝が落ちていた。

 表面は荒く、皮も剥がれかけている。ただの木の棒だ。

 だが、その枝を手に取った瞬間、俺の全身に熱いものが走った。

 枝を握る手のひらの感触が、あまりにもしっくりと馴染む。

 この肉体は、拳を固めるよりも、何かを手にすることで初めて力が正しく解放されるように作られている。

 この棒切れこそが俺の腕であり、すべてだ。

 そう自覚した瞬間、俺の意識は、一人の剣士としての産声を上げた。


 俺は足を肩幅に開き、深く腰を落とした。

 標的などいない。ただの素振りだ。

 だが、俺は全身の力を抜き、ただ一点、自分の目の前にある空間を断ち切るイメージを描いた。

 呼吸を止め、一気に棒を振り下ろす。


 一回。

 十回。

 百回。


 ただの一振りに見えるが、振り抜くたびに俺の動作に得体の知れない重みが重なるようになった。

 俺が振ったのは一本の枝だが、その一動作に合わせて、空間が歪むような手応えが返ってくる。

 爆発も魔法もない。ただ、空気を断つ音だけが、次第に鋭くなっていく。


 千回。

 三千回。


 五歳から始まったその反復は、六歳、七歳となっても終わることはなかった。

 俺の日課は、日の出と共に庭に立ち、日没まで棒を振り続けることだった。

 雨の日も、雪の日も、俺は庭に立ち続け、ただ同じ軌道で棒を振り下ろした。

 手のひらの皮が剥け、血が滲み、それが固まって厚い角質へと変わる。

 子供の細い腕には、振るためだけに発達した、針金のような硬い筋が浮かび上がった。

 村の連中は、俺を「おかしな子供」だと遠巻きに見ていたが、構わなかった。

 俺にとっての素振りとは、一回振って終わるような安っぽいものではない。

 一万回振ってようやく、自分の腕がどこにあるかを知り、十万回振ってようやく、棒の重さを忘れ、百万回振ってようやく、空気を切る感触を覚える。

 数万、数十万という反復の果てに、ようやく一振りの型が完成に近づくのだ。


 前世の俺は、一撃の重さを生むために全身のバネを使っていた。

 だが、この世界では違う。

 振り下ろす棒の軌道に、自分自身の魔力が勝手に吸い込まれ、それが空間を押し潰すような圧力を生む。

 それを制御するには、精神の集中だけでは足りない。

 肉体が、その異常な圧力に耐えられるだけの「器」にならなければならない。

 俺は素振りを繰り返すことで、自分の肉体を叩き直し、異世界の理に適合させていった。

 七歳を過ぎる頃には、俺が棒を振るたび、周囲の空気が低温の唸りを上げるようになっていた。

 それは風の音ではない。空間が無理やり断裂させられる際の、悲鳴のような振動だ。


 そして、八歳の冬。

 冷たく澄んだ空気の中、俺は再び棒を構えた。

 この三年間で、俺はこの棒を数百万回と振り下ろしてきた。

 もはや考える必要すらない。

 意識は静止し、肉体だけが最適解を求めて動く。

 呼吸をするように、ただ振る。


 振り下ろされた一本の枝。

 その瞬間、俺の意志と、この世界の理が完全に噛み合った。

 手応えが変わった。

 ただの枝が、空間そのものを叩き切ったような、重く、鈍い痺れが腕に伝わる。

 風を切る音は消え、代わりに世界が断裂したかのような、低い振動だけが残った。

 地面に置かれた大きな石の横を、棒が通り過ぎる。

 触れてもいないはずのその石が、俺の振った後の余波だけで、音もなく左右に割れた。


「…………まだだ」


 満足などしていない。

 この一振りを、さらに鋭く、さらに重く。

 俺は痺れる腕を構え直し、深い闇に包まれた森の奥を見据えた。

 三年の月日を経て、俺の土台はようやく組み上がった。

 前世の俺が追い求めていた「理想の一撃」の断片が、いま、この小さな手の内にある。


 村の境界を越えた先にある森には、何かがいる。

 本能が、そこにある「何か」を打てと囁いている。

 素振りは、もう十分だ。

 俺は手にした枝の重さを確かめ、ゆっくりと息を吐き出す。

 次なるラウンドの予感に、俺は静かに口角を上げた。

 八歳。

 俺の、本当の「実戦」が始まろうとしていた。


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