第十六話:解体所の激震、作業の残滓
夕闇が王都の城壁を包み込む頃、俺たちはギルドの重厚な門をくぐった。
背後の三人は、まるですさまじい嵐に揉まれた後のような、酷く疲れ切った顔をしていた。薬草の採取という目的は果たしたはずだが、彼女たちの精神は、俺の「作業」という名の光景を目の当たりにしたことで、芯から摩耗してしまったようだった。
「……シン、あなた、本当に疲れていないの?」
エルナが、震える声で俺の横顔を覗き込んできた。
彼女の旅装束は森の泥で汚れているが、俺の服には返り血の一滴も、土埃の一粒すら付いていない。ただ、腰に差した黒い真剣が、数千の核を断った重みを帯びて、静かに鞘の中で鎮座しているだけだ。
「ええ。今日のノルマまで、あと百二十匹足りないくらいですから。むしろ、体が温まってきたところです」
俺は、道端の小石の数を数えるかのように淡々と答えた。
三人は一様に絶句し、それ以上言葉を重ねる気力を失ったようだった。
ギルドの中は、一日の狩りを終えた冒険者たちで溢れ、熱気と喧騒が渦巻いていた。
俺たちは受付へと向かい、少女たちが採取してきた薬草をカウンターに置いた。安堵の溜息を漏らす彼女たちの横で、俺は懐から、森で拾い集めてきた大きな麻袋を無造作に取り出し、台の上に置いた。
ズシリ、と。
石の塊を詰め込んだような、重く硬質な音が響く。
「……これも、ついでに回収した分です。換金をお願いします」
受付嬢は、俺の身なりを見て一瞬だけ訝しげな表情を浮かべたが、袋の中身を確認しようと紐を解いた。
その直後、彼女の手が止まり、瞳が限界まで見開かれた。
袋の中に詰め込まれていたのは、数えきれないほどの「魔石」と、魔物の素材の山だった。
一、二個といった可愛らしい数ではない。
透き通ったスライムの核、ゴブリンの爪、牙を持つ獣の角。それらが袋の底から溢れんばかりに詰め込まれ、鈍い光を放っている。
「……な、何よこれ。これ、全部あなたが……? 嘘でしょ?」
受付嬢の震える声に、周囲の冒険者たちが足を止めた。
「おい、見ろよあの袋。新人が一日に持ち込める量じゃねえぞ」
「どこかの保管庫から盗んできたんじゃないか? それとも、死体から剥ぎ取って回ったのか?」
疑念の声が波のように広がる。
無理もない。十二歳の子供が、たった数時間の外出でこれほどの「収穫」を持ち帰るなど、この街の常識ではあり得ないことなのだろう。
すぐに奥から、革のエプロンをつけた解体担当の男が呼び出された。
彼は不機嫌そうに鼻を鳴らしながら袋の中身を改め始めたが、一つ、また一つと素材を手に取るうちに、その顔から血の気が引いていった。
「……なんだ、これは。傷が……傷が一つもねえ」
男の震える指が、ゴブリンの角をなぞる。
「皮も肉も、一切無駄に傷つけられてねえ。ただ、急所である核だけを、同じ角度から、一突きでブチ抜いてやがる。……これだけの数、すべてを、同じ精度でだと?」
解体所の男は、恐怖に満ちた目で俺を見上げた。
彼のような職人からすれば、この素材の山は単なる金目の物ではない。
一分の狂いもなく、機械的な反復によって量産された「作業の残骸」にしか見えなかったはずだ。
「盗んだなんて言わせないわよ!」
沈黙を破ったのは、エルナだった。
彼女は俺を庇うように一歩前に出ると、周囲を射抜くような鋭い視線で言い放った。
「私たちは、この目で見たわ! 彼は……シンは、歩きながら、瞬きする間も与えずに、森の群れを消し飛ばしていた。戦いなんて呼べるものじゃなかった。ただ、彼が通った後に、死体が積み上がっていっただけよ!」
同行していたメルとセシルも、無言で、しかし力強く頷いた。
実際にその光景を目の当たりにした彼女たちの証言には、疑いようのない真実の重みがあった。
ギルドの中が、奇妙な静寂に包まれる。
その静寂を割って、奥から一人の老人が姿を現した。
ギルドマスター、ガルドだ。
彼は素材の山を一瞥し、それから俺の、一滴の返り血も浴びていない衣服をじっと見つめた。
「……おい。明日から、この小僧の持ち込み分だけは専用の解体ラインを確保しろ。通常の窓口では、こいつの『作業速度』には到底追いつかん」
ガルドの低い宣告に、受付嬢と解体担当の男が同時に頷いた。
換金の手続きが済まされ、俺の手元に数枚の金貨が詰まった小袋が手渡された。
俺はそれを無造作に懐へ放り込み、彼女たちに向き直った。
「……では、俺は行きます。まだ今日のノルマが終わっていないので。夜の方が、森の密度が上がって都合がいいですから」
「ま、待ってシン! 今からまた行くつもり!? もう夜よ!?」
エルナの静止の声を、俺は背中で受け止めた。
「あと百二十匹。……寝る前に、きっちり終わらせておきたいんです」
俺は立ち止まることなく、夕闇に沈み始めた王都の門へと歩き出した。
一日に五千。
その異常な数字を、誰に誇るでもなく、ただの「日常」としてこなす。
周囲がどれほど驚愕しようと、パニックに陥ろうと、俺の反復は揺るがない。
夜の帳が下りる森の奥で、再び真剣を構える。
サーチに引っかかる、闇に潜む数多の核。
俺は静かに息を吐き出し、最後の一振りを放つべく、闇へとその身を沈めた。
効率の怪物の夜は、これからが本番だった。




