第十四話:森の掃討、場違いな加勢
王都近郊の森は、村を囲んでいたあの澱んだ聖域とは、また違う肌触りをしていた。
大気中に漂う熱の薄さは相変わらずだが、そこに混じる魔物の気配は、より多様で、より尖っている。村ではスライムの独壇場だった場所を、ここでは牙を持つ獣や、棍棒を握る小鬼たちが分かち合っている。
だが、俺にとっては、それらはすべて「少し手応えの違う的」が増えた程度のことだった。
《周辺個体を確認。前方、茂みの奥にスライム三。その背後にゴブリン二。……まとめて一振りで処理します》
脳内に響く報告を、俺は歩きながら聞き流す。
腰の真剣を抜く必要さえない。俺は手に持った予備の棒切れを、歩法の乱れ一つなく、ただ流れるように横へ振るった。
一動作に、五つの意志を重ねる。
パパパパパンッ!
乾いた破裂音が重なり、茂みの奥で五つの核が同時に砕け散った。
姿を見る必要も、足を止める必要もない。サーチが捉えた座標に、魔力の刃を叩き込む。それが俺にとっての、最も無駄のない「歩き方」だった。
村で五千匹を狩り続けてきた俺にとって、この程度の「混じり物」がある環境の方が、むしろ一振りの密度を調整する良い練習になる。
だが、森のさらに奥へ足を踏み入れた時、俺の感覚が、これまでにはなかった「乱れ」を捉えた。
《前方三百メートル。人間三、魔物一。……大型種。交戦中。心拍の激しい乱れ、疲弊、絶望を確認》
俺は眉一つ動かさず、その座標へと進路を取った。
助けに行こうという正義感ではない。ただ、俺の最短の作業ルート上に、その「大きな障害物」が居座っているのが不快だっただけだ。どのみち、そこを通るなら、邪魔な石をどかすように排除するのが、最も合理的だった。
茂みを抜けた先、開けた広場で展開されていたのは、一方的な蹂躙だった。
そこにいたのは、三人の少女たち。
一人は弓を構えたまま震え、一人は杖を握りしめて膝を突き、もう一人は聖印を抱えて祈るように目を閉じている。
彼女たちの前には、この階層には不釣り合いな巨躯を持つ魔物――オークの上位種が、汚らしい涎を垂らしながら棍棒を振り上げていた。
前衛がいない。
盾となって敵を食い止める「壁」が存在しないパーティー。
後衛ばかりが揃った歪な構成では、一度距離を詰められれば、あとは死を待つだけの時間になる。
「……逃げて! エル、セシル! 私が、ここで……!」
弓を持った少女が、震える声で叫ぶ。
だが、彼女の指は、つがえた矢を放つことさえできないほどに強張っていた。
オークが勝利を確信したような低い咆哮を上げ、巨大な棍棒を振り下ろそうとした、その瞬間。
俺は、彼女たちの間を無造作にすり抜けた。
「……お邪魔します」
呟いた声は、誰の耳にも届かなかっただろう。
俺はオークの懐、その巨大な質量が作る死角へと、予備動作ゼロの歩法で潜り込んだ。
オークの濁った瞳が、足元に現れた小さな影を捉え、驚愕に歪む。
だが、遅い。
俺は腰の真剣を、滑るように抜き放った。
一を振り、十を討つ。
オークの喉元、心臓、両肩の関節、そして膝の腱。
一振りの軌道の中に、俺は十の「断つ意志」を凝縮させて叩き込んだ。
物理的な鉄の刃が通ったのは一度だけ。だが、その一閃に重なった十の衝撃が、オークの巨体を内側からバラバラに解体するように駆け抜けた。
ズゥゥゥゥン……!
咆哮を上げる暇も、苦しむ隙もなかった。
糸が切れた人形のように、オークの巨体がそのまま地面に沈み、土煙を上げる。
俺は、噴き出した血の一滴さえも浴びぬまま、既に真剣を鞘へと収めていた。
ガチリ、という硬質な音が、静まり返った広場に響く。
「…………え?」
弓を持った少女が、呆然と俺の背中を見つめていた。
彼女たちからすれば、死神のような魔物が、通りすがりの子供によって、一瞬で「物言わぬ肉」に変えられたのだ。その異常な光景に、思考が追いついていない。
「……あ、すみません。通り道だったので、どいてもらいました」
俺は彼女たちを振り返ることなく、再びサーチが指し示す「次の獲物」の方角へと歩き出そうとした。
一日に五千。そのノルマを達成するためには、こんなところで一分一秒を無駄にするわけにはいかない。
「待って……! 待ってちょうだい!」
杖を持った魔法使いの少女が、縋り付くような声で俺を呼び止めた。
彼女はふらつく足取りで立ち上がり、俺の前に回り込む。
「あなた、何者なの……? 私たちが、あんなに苦戦していた相手を、たった一撃で……」
「ただの冒険者です。……シン・カミシロといいます」
俺が名乗ると、弓を持った少女が、ハッとしたように目を見開いた。
「シン……? もしかして、あの街道での……!」
見れば、彼女の左手首には、俺が先日見つけ出した銀色のブレスレットが輝いていた。
エルナ。隣村へ向かう街道で出会った、あの探し物の少女だった。
「……ああ、あの時の。見つかって良かったですね」
俺が平坦に答えると、エルナは顔を赤くし、それから必死に俺の手を取った。
「シン、お願い! 私たち、見ての通り前衛がいなくて困っているの。この先、どうしても達成しなきゃいけない依頼があるんだけど、あなたがいれば……。お願い、力を貸して!」
俺は足を止め、脳内の「作業予定表」を確認した。
残り三千八百匹。
彼女たちと行動を共にすれば、移動の自由は制限される。だが、彼女たちが向かう先により多くの魔物がいるのなら、それはそれで効率がいいのかもしれない。
「……あなたの言う『力』が、スライムを数千匹倒す程度のことでいいなら、構いませんが」
「数千匹……?」
三人の少女が、一様に絶句した。
だが、俺は本気だった。
「ただし、足は止めません。俺の『作業』についてこられるなら、協力しましょう」
八歳の頃に始まったあの反復が、いま、新しい仲間という名の「非効率な不確定要素」を飲み込んで、さらに加速しようとしていた。




