第十一話:王都の門と、不釣り合いな輝き
隣村を発ってから数日。街道をひたすら西へ進んだ俺の視界に、ついに巨大な石の壁が姿を現した。
王都アーティファティア。大陸最大の都市であり、数多の冒険者が集う中心地。
見上げるような高い城壁は、かつて村の周囲を覆っていた深い霧とはまた違う、威圧的な拒絶の気配を放っている。だが、俺がその門をくぐろうとした瞬間に感じたのは、城壁の高さへの驚きではなく、脳内に奔流となって流れ込んできた膨大な情報の重みだった。
《周辺個体を確認。……サーチ範囲内の反応、一万を超過。情報の取捨選択を開始します》
脳裏に響く無機質な報告と共に、俺の感覚が王都の喧騒を丸ごと飲み込む。
ひっきりなしに行き交う馬車の車輪が石畳を叩く振動。立ち並ぶ商店から漂う煮炊きの匂い。そして、武装した数多の人間たちが放つ、大小様々な魔力の光。
村ではスライムの核だけを追っていれば良かった。だが、ここでは「打つべきもの」と「そうでないもの」の区別さえ、意識して行わなければ脳が焼き切れてしまう。俺は歩みを止めず、ただ最小限の集中で、自分に向けられる敵意や殺気だけを濾過して歩き続けた。
大通りを行き交う人々は、俺の姿を見て、一様に嘲笑や蔑みの視線を投げかけてくる。
彼らが纏っているのは、意匠の凝らされた豪華な鎧や、魔力を帯びた絹のローブ。対して俺は、村で着古した継ぎ接ぎだらけの服に、泥に汚れた革靴。腰には、中身のない古ぼけた鞘を差し、右手には剥き出しの黒い鉄の剣を握っている。
「おい、見ろよ。どこの田舎から迷い込んできたんだ、あのガキ」
「あの剣、ただの鉄屑じゃないか。あんな重そうなものを引きずって、何をするつもりだか」
囁き声が耳に届く。だが、俺にとってはそれら全てが、森の木の葉が擦れる音よりも価値のない雑音に過ぎなかった。
俺の目は、彼らの着飾った外装ではなく、その内側にある「核」の動きを無意識に捉えている。
肩の揺れ、重心の偏り、呼吸の間隔。
どれほど豪華な鎧を着ていようとも、彼らの動きには無駄が多く、隙だらけだ。俺から見れば、彼らは「核が少し大きいだけの、動きの鈍い魔物」と何ら変わりはなかった。
俺の目的地は、大通りの突き当たりに構える巨大な建物。
冒険者ギルド『至高の天秤』。
扉を開けると、そこには外の喧騒をさらに煮詰めたような熱気と、酒と鉄の匂いが渦巻いていた。
壁一面に貼られた依頼書、それを取り囲む荒事師たち。誰もが己の力を誇示するように声を荒らげ、鋭い視線を交わしている。
俺は迷わず、最も空いている受付カウンターへと向かった。
「…………坊や。ここは迷子センターじゃないわよ。お家に帰りなさい」
受付嬢の女性は、俺の身なりを一瞥すると、溜息混じりにそう言った。
彼女の瞳には、面倒事を避けたいという事務的な拒絶がある。俺は動じず、親父から預かっていた古い身分証を台の上に置いた。
「冒険者の登録をお願いします。試験が必要なら、今すぐ受けてもいいですか」
俺の言葉に、受付嬢は眉をひそめた。
彼女が何かを言い返そうとしたその時、背後から下卑た笑い声が響いた。
「はっ! 登録だってよ! 最近のガキは、ままごとと戦場の区別もつかねえらしいな!」
振り返ると、そこには岩のように大きな体躯を持った男が立っていた。
全身を傷だらけの重厚な鎧で包み、腰には身の丈ほどもある大剣を下げている。元Bランクの重戦士であり、今は新人の実力を見極める試験官を務めているという男だった。
男は俺の腰にある真剣――装飾の一切ない、黒光りする鉄の塊を見て、大仰に肩を揺らした。
「おい、そのなまくら。どこのゴミ捨て場から拾ってきた? 子供がそんな物を持って歩くのは危ねえぜ。……身の程ってやつを、教えてやろうか?」
男が放つ威圧感が、周囲の空気をピリつかせる。
並の人間なら、その殺気に気圧されて膝を突くのだろう。
だが、俺のサーチは、既に男の全身にある「核」を赤く点滅させていた。
顎の先端。喉元。心臓。レバー。膝の裏。
男が言葉を発するたびに、そのどれもが俺の間合の中に無防備に晒されている。
三年間、スライムの小さな核を一日五千回ブチ抜いてきた俺にとって、これほど大きな的を外す理由が見当たらない。
「……試験官の方ですか?」
俺は、男の威圧を柳に風と受け流し、淡々と問いかけた。
「なら、早く始めてください。今日の分のノルマがまだ終わっていないので。……スライムを五千匹ほど、これから狩りに行かなきゃならないんです」
ギルド内が、一瞬にして水を打ったような静寂に包まれた。
「……五千だと?」
男の顔が、怒りで赤黒く染まっていく。
周囲の冒険者たちも、俺の言葉を「あまりにも突飛なハッタリ」と受け取ったのか、嘲笑の準備を始めた。
だが、俺は本気だった。
今日この場所で登録を済ませ、新しい真剣でノルマを消化する。それが俺にとっての、最も無駄のない予定表だったからだ。
「いいだろう、ガキ。その減らず口、二度と叩けねえようにしてやる」
男が獰猛な笑みを浮かべ、鉄格子の向こうにある訓練場を指し示した。
俺は一度だけ、腰の真剣の柄に手をかけた。
鉄の咆哮が、鞘の中で静かに脈動しているのを感じる。
王都での最初のラウンド。
それは、俺にとっての「作業」の一つに過ぎない。




