一生傍に居る!
『じゃあこの手を取って!生きて!確かめろよ!』
一瞬、風が止んだように感じた。
彼女の瞳が揺れ、わずかにこちらを見る。
その目は、諦めと恐怖と――
ほんの少しの希望で濡れていた。
『誰もが...!最後は、私の傍から離れていくの!』
『だったら...!俺が―――!』
―――――――――――――――――――――――
「なぁんか面白いことでも起こんないかな」
「...唐突にどうしたんだよ」
俺に話し掛けてくるこの男の名前は斎藤悠。
今は授業が終わり、昼休み中なのだが...
「思うだろ!?一生に一度の高校生活だぞ!?」
「いや面白いことってなんだよ...」
友人の呆れるような反論に、
思わずツッコミをいれてしまう。
(アニメの見過ぎだな)
「アニメを見過ぎだよ」
「やめて?余りにも反論出来ないから」
(おっと、口に出てしまった)
「だとしたら授業の復習でもしとくんだな」
そう言って俺は友人の顔から
視界を教科書へ移動させる。
「あ、あれ!?次の授業って小テスト!?」
「そうだよ、昨日言ってただろ」
(まさかコイツ...)
「助けて?蒼真」
「まぁ全く俺の親友は...」
おそらく悠は小テストのことを完全に忘れていて
全く勉強などしておらず、
範囲すらまともに分からないだろう。
(仕方ない...)
「おぉ神よ!GOD蒼真よ!」
(とでも言うと思ったか?)
目をキラキラさせて居るところ悪いが、
俺は親友でもないし、助けてやる義理もない
「骨は拾ってやる、安心しろ」
「蒼真てめぇぇ!」
「復習しとかねぇのが悪いだよバーカバーカ!」
俺にキレながら迫ってくる悠を
煽りながら走って逃げていると...
「馬鹿はお前だ、如月蒼真」
「へ?」
「廊下は走ってはいけない...小学生も知ってるぞ?」
(やべぇぇぇぇ)
おいおいおい、俺の運勢終わり過ぎだろ
今日の運勢は俺の煽りときどき担任のブチ切れ
ってとこか?最悪過ぎんだろ!!!
(言い訳だ俺!言い訳をすぐさまするんだ...!)
「悠に追いかけられてですね...」
「斎藤?姿が見えんが?」
(...へ?)
一瞬思考が止まった後、再び動き出した
俺のヒッジョーに優秀な思考は結論を導き出す。
(逃げやがったなアイツぅぅ!)
逃げ足だけは早いだからよぉクソが...
待て待て待て、じゃあどうやって言い訳すれば
「今謝れば許してやるよ」
「...さーせんしたぁ!」
「よし、放課後に職員室だ☆」
(許してくれんじゃねぇのかよ!)
―――――――――――――――――――――――
「ふはは、ざまぁ」
「命が惜しいようだな貴様」
「大丈夫だ!既に小テストの結果で死にかけてる!」
(何が大丈夫なのだろうか)
ちなみに俺は小テスト満点だ
昨日からしっかり復習したし、
授業もしっかり聞いてる、当たり前だろう。
(まぁクラスで満点俺だけだったけどな!)
いやはや、優秀過ぎて困っちゃうね
「で、何言われたん?」
「屋上の鍵閉め...」
「今日の放課後?地味にダルいな...」
(いや、本当にそう)
あんなことでここまでさせなくても...
廊下走っただけだぞ俺。
(担任の教科で満点取ってドヤってやる...)
「ま、頑張れよ。俺は待たないけど」
「それは申し訳ないから良いわ」
「言うと思ってた、また明日な」
「あぁ、また明日」
屋上の鍵を手でクルクル回しながら
悠と別れるのだった。
(はぁ、階段長ぇって...)
エスカレーターでも設置しろや!
なんて絶対に実現しないことを願いながら
屋上に辿り着くと...
「さっさと帰ろ...っと」
そう思いながら、鍵を閉めようとすると
『一応人居ないか確認しろよ〜』
(...そうだ、担任に言われてたな)
居る訳ないんだけど、一応確認するか
そう思いながら、屋上の扉を開けると
「うわっ、綺麗だな」
焼かれるような夕日にそんな声がこぼれる。
悠の言葉を借りるなら青春の景色ってヤツ?
(ちょっとだけ見てくか)
どーせこの時間なら帰る相手なんて
残ってないんだし、ゆっくりしていくとしよう。
――そう思った、その時だった。
「へ?」
思わず、言葉がこぼれる。
目に飛び込んできたのは、
柵の向こうに立ち、手をかけている少女の姿。
制服のスカートが夕風に揺れ、
髪も同じ色を帯びている。
その後ろ姿は...とても危うかった
「あんた!何してんだよ!」
自分でも驚くほど、声が大きく出た。
胸の奥から突き上げられるような焦りが、
勝手に言葉を押し出した。
「見て分かるでしょ?飛び降りようとしてるの」
(な、何言って...)
でも、彼女の目には生気が宿っとおらず
死のうとしているのが嘘ではないと
感じ取れてしまった。
「...少し話さないか?」
何故、こんな言葉を投げ掛けたのか分からない。
そして...目の前で人が死にかけてるというのに
不思議と冷静なのも分からなかった。
「そんなこと私がする必要なんてない」
「いーや、必要あるよ。少なくとも俺には」
「...変な人」
少女はわずかに眉を動かし、薄く笑った。
「そうか?君ほどじゃないと思うけど」
「言えてるかもね」
風が吹き、
柵越しの距離で彼女の髪がふわりと揺れる。
飛び降りようとしている少女は...
――甘凪陽菜乃
この学校の“学園三大美少女”の一人。
告白されない日はないって噂の子
(前見た時は、こんな表情してなかった筈だけど...)
「少しね、疲れちゃったの」
「...何に?」
「...人間関係?かな」
何でもいいんだけどね、と微笑する
そんな彼女が痛々しくて胸が締め付けられた。
「ま、もう良いんだけどね」
「...良くないだろ」
「君は私を知らないからそんなことが言えるんだよ」
(あぁ、知らないさ...)
君がどんな過去を持っていて、
何を背負ってきたのかなんて知らない...
でも、それでも――
「知らなかったとしても、
...君に生きていてほしいと思うことはできる」
彼女の目が揺れた。
「君も、私のことが好きなの?」
失望するような眼差しで俺の事を睨む彼女に
「ははっ、自意識過剰だな」
そう返すと、彼女は少し恥ずかしそうにしながら
顔を俯かせた。
「俺は君のことを尊敬してたよ」
「...なんで?」
(きっと、俺だけじゃない)
みんなが口を揃えて言うだろう。
「君の笑顔は世界で1番輝いてた!」
彼女の善意の行動は数知れない。
『宿題を手伝ってくれた』
『風邪のときプリントを届けてくれた』
『勉強を教えてくれた』
(それは、簡単に出来ることじゃないよ)
頼られたら、それに笑顔で応える。
それは当たり前に感じるかもしれないけれど
本当は難しいことで...優しい人にか出来ない。
「...ッ!」
「私のことを真に愛してくれる人なんて居ない!」
その瞬間、彼女の唇が震える。
「そんなの分かんないだろ!」
「分かるよ!お母さんも私を愛してくれなかった!」
彼女の声が震える。
それでも俺は、一歩だけ前へ踏み出した。
「それでも...!俺は今、君を大事に思ってる!」
「どうしてっ...!」
「理由なんてない!君が死ぬのが嫌なだけだ!」
沈黙。
夕風の音だけが、少しの間を満たす。
「私は愛されることが出来ない人間なの!」
夕焼けの中、彼女の声が屋上に響く。
「沢山の人が私を好きだって言ってくれる!
でも、それは本心からの想いじゃない!」
「君は世界で1番愛されるべき人間だ!」
「...信じ...られない!」
「じゃあこの手を取って!生きて!確かめろよ!」
風が強く吹く。
彼女の髪が乱れ、夕日に照らされる。
「誰もが!最後は私の傍から離れていくの!」
「だったら!俺が一生傍に居る!」
「...」
しばらく沈黙が流れた。
そして、彼女は小さく息を吐き、
ゆっくりと俺の手を取った。
その手は冷たかったが...
でも確かに生きている温度があった。
屋上から飛び降りようとは...もうしていなかった。
「...約束だから」
それだけ言うと、彼女は俺の手を離し、
くるりと背を向けて走り去った。
夕日のせいか、それとも別の理由か、
彼女の頬は真っ赤に染まって見えた。




