第99話 湿気た空気
「ぐっ!」
マンションの屋上で凶弾に貫かれた梓は、そのまま体勢を崩して地面へと落下していく。
脚から噴き出す鮮血に眉をしかめながら、霊鞭を壁に刺して落下を阻止した。
「一体どこから……!」
壁に着地し、空を見上げる。
月明かりが煌々と照らしている中で、人影がひとつ、またひとつと現れ始めていた。
同時に、梓に向かって銃弾の雨が降り注ぐ。
「まっずい!」
直ぐに壁を蹴り、振り子の要領で窓を突き破る。
窓の破片に身体を切られながらも地面に転がって着地し、即座に走り出す。
廊下を駆ける梓の背後で窓が割れる音が頻発する。一瞬だけ振り向くと、人形のような人影が幾つも突入しており、震える手で銃を向けていた。
「まずは状況の把握をしないと……!」
銃弾が自身の脇を抜け、脅かしていく。
身体に掠り、命中するものもあり、痛みから眉間にシワを寄せながらも、梓は走り続けた。
反撃することは容易だったが、それよりも優先されるのは状況の把握。まずは銃を撃ってくる悪霊達を撒くことが先決だと判断し、再度窓を蹴破って外に出た。
「ぐっ……結構当たっちゃったなぁ」
霊鞭を壁に刺し、それを巻き戻すことで上昇を繰り返す。
数刻の内に再びマンションの屋上に到達した梓は、梓を追って窓から飛び出した悪霊達が落ちていくのを垣間見て一息ついた。
しかし、コロコロと軽快な音が聞こえたことでゆっくりと視線を動かす。
いつの間にか手榴弾が落ちていた。
「手榴弾ッ――!」
咄嗟に霊鞭を身体に巻き、防御の姿勢を取る。
爆発した手榴弾は、梓を吹き飛ばして付近のもう少し低いビルの屋上に叩きつけた。
その衝撃に耐えられなかったのか、屋上は崩壊を始め、瓦礫と砂塵に苛まれながら部屋の中に落ちる。
「いったた……結構ダメージ受けちゃったなぁ」
全身に巻いていた霊鞭を解き、何とか着地した梓は全身に走る痛みに顔を歪める。
切り傷に銃痕、爆発による火傷まで垣間見える身体を、ゆっくり霊力で治していく。
状況把握を継続するために周りに目を配っていくが、不意に背後から聞こえた声に跳び退いた。
「いい反応ね〜でも無駄よ、いらっしゃい」
「……誰」
跳び退きつつ振り返る。
視線の先には、背の高い女性が立っていた。萌葱よりも高く、そして力強い見た目。紫色の長髪を揺らし、妖艶に笑っている。
しかし、そんなことよりも梓の目に入ったのは、その女性の身体。
全身には廃材のようなガラクタが纏われていたのだ。
そして今も、廃材が女性の右手に集まっていく。
一瞬の膠着、女性が右手を梓に向けた。
「じゃ、死んでちょうだい」
「じ、銃!」
「防御なんて無駄よ、無駄」
梓が異変に気づき、霊鞭を前方に広げる。
女性の手に纏われた廃材達が銃口のような穴を見せた直後、まるで散弾銃でも撃ったかのような衝撃が梓を襲う。
「バイバーイ」
その衝撃は、梓どころか建物すらも襲った。
一発の銃弾だったにも関わらず、梓と同時に部屋が半壊する。
とてつもない衝撃と共に再び空中に投げ出された梓は、一瞬意識を飛ばした。
「あっぶない!」
目を開き、意識を保つ。自分が落ちていることを認識すると、即座に壁に霊鞭を刺して落下を阻止した。
意識を一瞬飛ばしたことで霊鞭は鳴りを潜めており、辛うじて出せた一本だけが梓を支えている。
宙ずりの体勢でゆっくりと揺れる梓、状況は最悪だった。
「アイツが親玉だろうけど……」
再び両手で計六本の霊鞭を出し、ゆっくりと降りていく。
先程の人形達が持っていた銃も歪だったことから、あの女性が創造したものだと言うのは容易に理解できた。
視界を広げるために首を振っていく。静まり返った住宅街そのものであるが、どこか空気が澱んでいて暗い。
瓦礫とガラス片が地面に落ちていく中、撃鉄音だけが反芻した。
「ッ! あの悪霊生きてたの!?」
勿論音の向かう先は梓。
射線を追うと、先程の人形達が震える手で狙撃銃の形をしたモノを構えている。
即座に霊鞭をしまい、再び落下を開始させる。降りるのではなく、半ば落ちる形となった梓は、地面に着地することもままならずその場に転がった。
吐血しながらも立ち上がり、頬を掠めた銃弾に眉をしかめつつ走り出す。
「月音!」
思い出すように悪霊憑依を発動させ、全身に淡紅色の狐を纏い、耳と尻尾を形成させた。
回復を促進し、身体能力強化に務めつつ、迫る銃弾から逃げるように路地裏に入る。
硝煙の匂いと、路地裏の湿っぽい空気が肌を撫でながら、梓は作戦を練るために進む。
「逃がさないよ!」
「くっ!」
梓の思考を阻むように、上空から降り注ぐ銃弾。
先程の女性が、半壊した部屋の窓から撃ち抜いてきていた。
更に、梓を追いかけた人形も、三人ずつ入口と出口を挟むように現れ、全員が散弾銃化した廃材を構えた。
前後と上空、計三点からの攻撃は、どう考えても梓一人に防ぐことは不可能。
万事休すかと目を瞑ろうとした刹那、前方に紅が通る。
「『桜吹雪』」
「萌葱さん!」
「大丈夫か! 梓!」
通った二振りの紅い斬撃が三人の人形を一掃する。
現れた萌葱に涙を滲ませる梓だったが、直ぐにアイコンタクトを受け取ると身を翻す。
跳び上がり、左右に聳える住宅の壁を蹴り、跳ねるように接近する。震える手で銃を撃つ人形にその動きが追えるわけもなく、発砲された散弾銃は身を掠めることもない。
「やあああっ! 『鉤爪』!」
霊鞭を短く保ち、鉤爪状に硬化させる。
壁を蹴って人形に着地し、そのまま霊鞭を突き刺す。倒れていく人形から他の人形に飛び移り、押し倒しながら顔を切りつけた。
残った人形が背後で銃を構えるが、撃鉄音と同時に首を傾げてそれを避け、振り返るように左手、右手と順に霊鞭で切りつけて霧散させた。
「萌葱さん! まだ――」
「『星雷花』!」
まだ敵が頭上に居ることを知っている梓は、振り向きざまに萌葱を呼ぶ。
しかし、振り向いた時には既に紅に光る刀を萌葱が投げつけていた。
刀は一直線に女性に向かっていき、崩壊しそびれていた部屋の壁に深々と刺さる。
「チッ……」
紫色の長髪を揺らし、女性が舌打ちをしながらその場から跳び退く。
同時に発動した『星雷花』が、紅の霊力を花火のように爆散させた。
「萌葱さん! さっすがー!」
「油断するな! まだ奴は生きてる! ただの煙幕だと思え!」
爆散した事により刺さっていた壁を消し飛ばした刀が萌葱の手元に戻る。
血相を変えた萌葱を見て気を引き締めた梓は、直ぐに萌葱の下に走った。
「祥蔵さんは?」
「アタシと一緒に生界に行った後、直ぐに分断された……! それに、お前がここに居るってことは、緊急通報が通ったってことか?」
「……ううん、緊急通報は通ってないよ。二人が突入してすぐ反応が消えたの」
「突入してすぐ?」
梓の言葉に、あからさまに首を傾げた萌葱。
漂う湿気を孕んだカビの匂いが、鼻腔をくすぐっていた。
生温い風が二人の間を分かつ、数秒思案した萌葱が遂に口を開ける。
「梓、お前……何日前からここに居る?」
「……え?」
頬を撫でるように、汗が流れる。
萌葱の言葉に、梓は硬直した。




