第98話 未完迷宮
「悪霊が……忍び込んでいる、ですか?」
【神様】と謁見していた劉兎達は、トヨの口から発せられた衝撃の事実に息を呑む。
「そんな! ゲートを使役する悪霊は退治したハズでは!?」
「それと同時期に、巧妙に忍び込まれているのだよ、隠れるのが上手いようでな、【神様】でも見つけるのにここまでかかってしまった」
叫ぶように抗議する昴流に対し、トヨはあくまでも冷静に取り合う。
それでも昴流の中にある熱は冷めない。昴流どころか、劉兎達も沸々と沸き上がる熱を持っていた。
「さっさと除霊しないと……襲撃事件の二の舞ですよ!」
机を叩き、立ち上がったのは劉兎。
全員の視線が釘付けになる中、必死の形相でトヨを睨みつける。
「……というか、何で対処していないんですか! 隠れるのが得意ぃ!? そんなの【神様】の手に掛かれば……!」
言い切る前に、劉兎はハッとする。
それは、トヨから告げられていたもう一つの議題、【神様】の力が弱っていることを思い出したからだった。
「……そうじゃ、本来ならこちらで内々に祓わなければいけないが、如何せん【神様】の力も弱りつつある。最早霊界を維持するので手一杯なんだ」
「それなら、何故この四人にその話を?」
「あまり事を荒立てて欲しくないからだ。【神様】が見つけたといっても、此奴は常時転々としており場所の特定が難しい。そんな悪霊に怯える霊界の幽霊を見るために、統治しているわけでもないからな」
「だから、俺達に内々に処理して欲しいってことなんですね」
トヨの言葉に納得した劉兎は俯きながら席に座る。
そんな中、華鈴は律儀に手を上げた。
「それでは、此度の悪霊退治は秘匿された中で行うということですか?」
「そうだ、この部屋を出た瞬間からこの話について言及することを禁ずる。勝手な事ばかり言って申し訳ないが、これ以上霊界の幽霊達に絶望を感じて欲しくない、それが【神様】の御意向だ」
そう言われてしまえば、劉兎達も何も言い返せなくなる。
まだまだ記憶に新しい霊界襲撃事件。お盆を挟み、復興も殆ど完了し、ゲートの悪霊である優香を祓ったことで有耶無耶になってはいたが、実際のところ治ったのは建物だけ。
人々の心には強く事件の戦禍が刻まれており、劉兎達も竜の喪失には強く心を蝕まれた。
だからこそ、【神様】の意向も理解できる。
霊界という大きな場所を統治する、便宜上のトップが頭を抱えて考え出した結論を、無下にする気にはなれなかった。
「悪霊退散会は米国支部に行くようだが、その点は気にせず力を培ってほしい。その間は香月隊長主導で捜索をしてくれ」
「かしこまりました。謹んでお受けいたします」
座りながらだが、深々と頭を下げる昴流とカナデ。
一切言葉を発さなかったカナデだったが、その表情が決意に満ちていることもあり、詮索は不要だと察した劉兎も前を向く。
「我々も、柊と共に引き続き悪霊の退治を続けます」
「ああ……頼んだ。襲撃に、ゲートを使う悪霊が現れたと思ったら、次はバラクラバより強い極悪霊か。霊の歌も色々考えるものだな」
「全くです」
頭が痛くなる、と呟きながら長いため息をつくトヨ。白く整えられた前髪が揺れながら、表情を暗くさせる。
文字通り頭を抱えたトヨを見て、劉兎も短く嘆息した。
「え……なんで!?」
同時刻、悪霊退散会。
華鈴のデバイスを借りて萌葱と祥蔵を送り出した梓は、目を見開きながら画面を注視していた。
先程まで画面に映っていた生界の地図。そこには二つ、萌葱と祥蔵のものである座標のポインターが光っていたが、今ではその光が一切無い。
目を離したわけでも、地図を動かしたわけでもなく、ただ束の間に消えたという事実が梓を焦らせる。
「ど、どうしよう……!」
座標のポインターが消えることなど、まずありえない。
例え現場で死んだとしても、デバイスが生きている限り座標は明滅し続ける。
それなのに消えたということは、デバイスが壊れたということだが、これも考えにくい。
デバイスは技師製作の下、かなり頑丈に作られている。そもそも悪霊と戦う者達に持たせることを想定している機器であり、容易に壊すことができる訳が無い。
しかも今回は二台同時である。
「会長……はアメリカ! 華鈴さん……のデバイスはコレ! えっとー、えっとー!」
華鈴のデバイスを片手に逆の手で自分のデバイスを弄る。
慌てながら電話帳を開き、四苦八苦する中で、やっと劉兎の連絡先を押した。
通話を繋ぎ、静寂がカフェテリアに流れる。
しかしながら、劉兎に繋がる筈もない。
劉兎のデバイスは今、【神様】の拠点の小物入れの中だったからだ。
「もう! 何で出ないの!」
二、三度電話を掛けるが、何度掛けても留守番電話サービスに繋がって埒が明かない。
焦燥から気が立って仕方ない梓。思ってもみない緊急事態に、大量分泌される唾液を一気に飲み込んだ。
「もういい! あたしも行く!」
取り乱していることもあり、辛うじてメッセージだけ劉兎に送る。
その文章が誤字だらけであることも厭わず送信すると、直ぐに華鈴のデバイスでゲートを開扉した。
本来、帰還用に残しておくように萌葱から通達されていた機能だが、既に萌葱と祥蔵の安否が分からない以上、仕方ないことであるのも必至。
開扉されたゲートは即座に生界と同期し、黄金色の光を煌々と放った。
「萌葱さん! 祥蔵さん! 今行くから!」
意を決してゲートに突入する梓。
数秒の潜航の後、開かれた視界に驚愕した。
「ふ、普通の生界だ!」
梓が降り立ったのは、ただの住宅地。
黒い結界も用意されておらず、その上一般人すら歩いている状況に、咄嗟に霊鞭を出して全身強化を図る。
「黒い結界もないし……どういうこと?」
辺りを見渡し、萌葱達を捜索しにかかる。
不慣れなことをしたからか、同期する座標を間違えたかと自分のデバイスを見るも、カフェテリアに置いておいた華鈴の画面に映っていた地図が確かにそこにはあった。
それでもやはり萌葱達は居らず、戦闘の音すら聞こえない。
「何か……おかしい!」
黒い結界が無いということは、悪霊がそこには居ないということ。
そもそも、一般人が普通に練り歩くような住宅街には、基本的に黒い霊力は集まりづらい。暗く、湿っぽい場所を好む悪霊にとって、今梓が立っているような場所は不適切だった。
周りを見渡す、萌葱達を呼ぶために大声も出してみたが、反応はない。
その不気味さが、梓の狼狽を加速させる。
「え……」
刹那、梓の視界が激変した。
夕日が落ちようとしていた住宅街から、月が煌々と照らす世界へ。喧騒の激しい住宅街から、閑静な住宅街へ。
何よりも、梓はいつの間にかマンションの屋上に立っていた。
そんな梓を、遠くで見る影が一つ。
不敵な笑みを浮かべ、所々抜けた歯がどす黒い口内をチラ見せする。
シワだらけの顔を持つ、その老人は息を吐くように呟いた。
「ようこそ、僕の『未完迷宮』へ」
黒い霊力を外套のように纏うその男の呟きと共に、凶弾が梓を貫いた。




