第96話 謁見
「ここが……【神様】の居るビル……」
昴流達に導かれ、立ち並ぶビルの中でも一際大きなビルの前で止まった劉兎達。何度見ても、京都を彷彿とさせる景色の中に聳え立つ分不相応な建物は異彩を放っている。
物珍しさから眺めていると、不意にビルの入り口が開いた。
中から出てきたのは、左目を前髪で隠した白髪の女児。女児の眼はふてぶてしく劉兎を睨みつけていた。
「そう舐めまわすな、呼ばれているのだぞ」
「えっ」
女児から発せられた言葉に劉兎は困惑する。
声も見た目も、明らかに小学生、行っても高学年であるにも関わらず、紡がれる言葉は余りにも年老いていたからだ。
その異様さに驚く劉兎を他所に、横に立っていた華鈴が一歩前に出る。昴流達も続いて頭を下げた。
「息災ですね、トヨ様」
「一昨日来たじゃろうて、わざとらしいぞ華鈴」
華鈴の厳かな言葉を簡単に受け流す。
トヨと呼ばれた女児は、白髪を揺らしながら劉兎に歩み寄り、顔を見上げた。
「この霊界の長である【神様】の巫女であるトヨ様よ」
「神の巫女……?」
「なんじゃ、お主は図が高いな」
「えっ、あ……すみません!」
華鈴の紹介にもピンとこない中、咄嗟に頭を下げる。
慌てた劉兎を見て笑ったトヨは踵を返した。
「別に怒っとらんよ、詳しいことはこの中で話すからついて来なさい」
怒っていないと表すように笑顔を向け、いの一番にビルに入っていくトヨ。
自動ドアになっているのか、素早く開かれたビルの口に、おどおどしながら劉兎も続く。
華鈴の背を追いかけるように入ったビルの中は、まるで大企業のエントランスのように、整然と確立された受付やカフェテリアが立ち並んでいた。
備え付けられている大きなテレビからは、和気藹々とした霊界のグルメニュースが流れているが、それを見るものは誰も居ない。
受付に立つ二人の女性も、劉兎達に仰々しく挨拶を交わすと、直ぐに視線を戻した。
「ここが……【神様】の拠点ですか?」
「ああそうだ、と言ってもここは生界にあるビルを模倣しただけのもので、ここからいくつかゲートを通ってもらうことになる」
入口から真っ直ぐ歩けばエレベーターが出てくる。その前には空港の金属探知機のようなゲートが構えられていた。
傍らには貴重品等を置く用の小物入れが備え付けられており、そこにも無表情で艶やかな黒髪を一つに纏めた女性が淡々と作業をしている。
促されるままデバイスを小物入れに置き、ゲートを通る。
しかしゲートは喧しく鳴り響いた。
「霊器じゃな、それも置いていけ。心配するな、後で返す」
「は、はい……」
困惑が拭いきれない中、流されるように携えていた霊器も小物入れに置く。
二度目の通過は問題なく行われ、劉兎達はそのままエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターは二十二階に到達すると、その口を開ける。すると目の前には再びゲートが鎮座している。
「二十二階……? 随分見た目よりは低い位置に居るんですね」
「違うわよ、【神様】は秘匿性を強くするために日々拠点にする階層を変えているの、もし悪霊に入り込まれてもこの何重にも敷き詰められたゲートとセキュリティが阻めるようにね」
「このゲートを通れば、霊力が使えなくなる。しかし死ぬことは無いから安心しろ」
促されるままにゲートを通ると、途端に身体から力が抜けていく感覚を覚える。
それがトヨの言う霊力が使えなくなるという現象だと肌で理解した劉兎は、そのまま気にせず歩みを続けた。
廊下を歩き続け、二、三度分かれ道を左右した劉兎達は、ついに目の前に現れた大きな木造の観音扉に息を呑んだ。
「ここだ。長い間すまなかったな、万全を期すためにこういった仕様にしてある」
軽く頭を下げるトヨを見て、劉兎も咄嗟に頭を下げ返す。
先程の脅しが未だに効いていることを察知したトヨは、再び微笑んで見せた。
全員が居ることを把握し、トヨは扉をノックした。
「トヨです。悪霊退散会の神田 華鈴、柊 劉兎両名をお連れしました」
トヨの言葉を聴いてか、独りでに開かれた扉。
しかしその先にあったのは、悪霊退散会のゲートと同じ様な異空間。
鮮やかな色彩に、先が見えないそのゲートは不気味だったが、劉兎以外は躊躇なくその中に入っていくため、劉兎も諦めて中に入る。
一瞬身体がどこかに飛んでいく感覚を味わいながらも進み、目の前に現れたのは大きな会議室だった。
「仰々しい割には、普通の会議室なんですね」
「見た目には拘っていないからな、重要なのは機能性だ。ここは見てもらった通りゲートの先、全く別の空間となっている。霊力はエレベーター前のゲートで使えないし、電子機器はエントランスのゲートで弾いているが、ここでは外界と完全にシャットアウトし、盗み聞きは愚か、虫一匹すら入れないようになっている」
円卓となっている会議机の下座に座る劉兎達。
対面する形になったトヨは、ホワイトボードを背に対面するように立った。
「【神様】はいついらっしゃるんですか?」
「なにを言っておる、もう居るではないか」
「もう居る……?」
トヨの言葉に辺りを見渡す劉兎。
傍らで座る華鈴は静かに嘆息しており、劉兎の姿を見守っていた。
「探しても見えんよ、そういう風になっておる」
「……つくづく用心深いんですね」
あっけらかんと話すトヨに対し、次第に疑念が募ってきた劉兎は怪訝な表情になっていく。
思えば、劉兎から見て【神様】という存在は余りにも浮いていた。
霊界を統治する存在でありながら、襲撃をされた時に動くわけでもなく、まして復興も手伝わない。全ては悪霊退散会と軍神部が退けたことで、復興も彼らと有志の幽霊達が成し得たものだった。
襲撃の傷は深い、未だに癒えていない幽霊達も複数いる中、誰も【神様】の話は出さなかった。
それは【神様】の存在を信じていないのか、はたまた諦めているのか、劉兎にはほとほと理由が分かるものではない。
「お主、【神様】に反逆するつもりか?」
「……どういうことですか」
けれどもそんな劉兎の機微を察知したのか、トヨは鋭い視線を向ける。
全員の視線が劉兎に集まり、刺さっていた。それでも劉兎は毅然とした態度で臨む。
「俺は別に、【神様】をどうこうしたいなんて思っていないですよ……ただ、あの襲撃事件の時、【神様】の力があればもっと被害は抑えられたんじゃないかって思うだけです」
「ほう、中々鋭いところを突くではないか……でもな」
劉兎の背後で金属音が聴こえ、立ち上がりざまに振り返る。
先程まで対面に立っていた筈のトヨが、身に合わない刀を構え、刃を劉兎の首元に向けていた。
「【神様】は崇高なお方だ。それなりに意図があってのこと……反逆の意志があると判断すればここで斬るから発言には気を付けるんだな」
「……劉兎くん、座って」
トヨを睨みつける劉兎だったが、もちろんゲートと部屋の性質で霊力すら使えないため反撃などできる訳もない。
華鈴に促されたことで静かに座ると、またいつの間にか対面に立っていたトヨが話し始めた。
「脱線したが、奇しくも今回の話は今の柊 劉兎が言ったことに近い……議題は二つ」
指し棒でホワイトボードを二度叩くトヨ。
すると文字が浮かび上がってきた。その文字を見て、全員の表情が凍り付く。
「一つ、【神様】の力が弱っていること……そして、重要なのは二つ目だ」
既にホワイトボードには書き出されており、もちろん全員の目線はそこに向かっていた。
トヨが短く息を吸う。
「この霊界に、悪霊が忍び込んでいる」
淡々と、しかし強く紡がれたトヨの言葉は、劉兎達を包み込む。
霊界襲撃の悪夢が、全員の脳内に逡巡した。




