第95話 時計の針は止まることなく
数日後、劉兎はやっと目を覚ました。
カーテンから漏れる日の光を煩わしく思い、シーツを頭に被せる。
それでも遮り切れない日の光に、ゆっくりと意識が鮮明になって行き、やがて覚醒した。
「俺……何日寝てたんだ?」
「三日ですよ」
「わっ!」
「えっ!?」
勢いに任せて起き上がる劉兎。
周りを見渡すよりも先に呟いたことで、隣から聴こえた琴葉の声に驚いて身を撥ねさせて驚く。
驚いた劉兎を見て琴葉も同様に驚き、一瞬の沈黙の後にお互いが朗らかな笑顔を向けた。
「皆さん待ってますから、立てそうなら行きましょう」
「あ、ああ……治療してくれたんだな、ありがとう」
琴葉の手を取って立ち上がる。
薄氷の反動によって未だに怠さは残るものの、鮮明になった意識に満足していた。
琴葉に連れられてカフェテリアに向かうと、そこには仁志以外の全員が揃っていた。
「そろそろ起きるころだと思っていたよ」
「おはようございます、会長……ところで、仁志はどこへ?」
「安心してくれ、彼は今生界で武者修行をしている最中だ」
「はい……?」
劉兎の記憶では最後に仁志と話したのはあのトンネル内。
全員が揃っている場で仁志だけいないというのは、違和感として残っていた。
しかし、会を抜けたわけではないと知り、安堵しつつもトンチンカンな返答に疑問が残る。
「お前に感化されたんだよ、劉兎。一体何したんだか」
そこで割り込んできたのは、アイスティーを煽る萌葱。
ケラケラと快活な笑みを浮かべる姿を見て、疑念は残りつつも前向きな理由だと察し、安堵した。
「案外肝座ってんじゃんアイツ。早々にリタイアしたら笑ってやろっと」
悪戯な笑みを向け、琴葉の隣に座る劉兎。
幸太郎を囲む形に、通達があると察していた。
「仁志には先に説明していることだが、どうやら極悪霊という強力な悪霊が現れたらしい。詳しい話は劉兎から教えて欲しい。病み上がりで申し訳ないが、頼めるかい?」
「ええ、大丈夫です」
突然の指名でドキッとするものの、現状極悪霊と相対したのは劉兎だけであるため即座に立ち上がった。
「極悪霊のオツ、と名乗っていました。今までの悪霊とはどこか根本的に違う感じで……霊の歌みたいに黒い霊力を全身に纏っていて、逆立っている紫色の髪の毛が特徴的な奴でした」
「ふむ……他には何かあるかい?」
「力が……黒い霊力由来じゃないって言うか、あれは完全に別物のような気がしました。奴は、空気を操っていて、本人曰く分子レベルまで操作できるとかなんとか……実際、真空を創って拘束したり、ブラックホールを創ったり、プラズマを出したりと多種多様で……」
思い出しながらぽつぽつと話す劉兎。
全員が真剣に傾聴しており、少しだけ恥ずかしく感じながらも説明を続けた。
やがて話すことも終え、自席に戻る。再び前に立った幸太郎が話し始めた。
「以上が極悪霊の顛末……らしい。らしいというのもこの存在は私でも知らない。恐らく、霊の歌が独自に開発した悪霊だろう」
告げられた事実に、全員が息を呑む。
特に極悪霊を幸太郎達が知らないという事実を初めて知った劉兎は、小さく声を上げていた。
「そして、我らの仲間であった竜の心臓を使って新たなバラクラバを創り出したという情報も入っている」
萌葱の手が強く握られた。
怒りから歯ぎしりする音が劉兎の耳に届く。
「恐らく、霊の歌との決戦が近い。だからこそ、準備を始めていた米国支部との交流会を、予定を早めて行う。これから私と琴葉が前乗りし、準備を整えてくる。総員、気を引き締めるように!」
「米国支部……」
米国支部という単語に、つい拳に力が入る。
新たなステージが始まったという実感に、劉兎の心臓は強く鳴った。
薄氷を会得し、強くなったという自負がある。
しかし悪霊も新たに現れ、事態は混沌と化していた。
(研ぎ澄ましが急務か!)
通達は終わり、早速幸太郎と琴葉が出かける準備を始める。
居ても立っても居られない気持ちに焦った劉兎は、地下の訓練場へ足を運ぶ。
「ちょっと待って、劉兎くん」
「……華鈴さん?」
しかし、そんな劉兎を華鈴が引き留める。
後ろ髪を引かれる思いで振り返ると、そこには華鈴の他にカナデと昴流が立っていた。
「神田 華鈴と柊 劉兎に謁見だ」
「謁見?」
淡々と告げる昴流は、スーツで清潔感のある装いだった。
「【神様】があなた達に会いたがっている」
【神様】という単語に、当然息を呑む劉兎。
驚きも束の間、華鈴が再度話しかける。
「お盆の時に渡した制服は、ある?」
「え、ええ。自室にしまってありますよ?」
「なら結構、それを着て、会いに行くわよ【神様】に」
促されるままに自室に戻る劉兎。
ハンガーにかけたままの灰色のロングコートを取り、制服に着替えていく。
お盆以来着ていなかった制服は、新品そのものだった。
急かされているわけではなかったが、何となく急がなければいけないと考え、そそくさと着用を終える。姿見でおかしいところがないか確認だけして、直ぐに会の外に出た。
外では既に副会長用の水色のコートに身を包んだ華鈴が昴流達と談笑していた。
出てきた劉兎を見て、再び仕事モードに戻った昴流は直ぐに表情を強張らせる。
「さあ、行くぞ」
昴流の先導で霊界の中心地に向かっていく四人。
何故呼ばれたのか分からないなりについていく劉兎の視線の先には、霊界の中心街に位置し、大きく立ち並ぶビルがあった。




