第93話 違和感と懐古
「……反応が消えた」
「何だ……今の」
劉兎が『正竜閃拳』を繰り出した事で、既に半壊していたトンネルは崩壊していく。
劉兎とは反対側の出口に続く道の上で戦闘を続けていた仁志とノイも衝撃波に押されて気圧される。
戦いは圧倒的にノイの勝利であった。
仁志は立ち上がってはいたものの、先の戦闘の傷すら満足に癒されていないこともあり、続くノイ戦でも傷を負う。最早立っているのがやっとである状況で通った劉兎の衝撃波は奇しくも戦いを停止させた。
「ふむ……極悪霊が斃されるとは予想外だったな」
「てめえ……よそ見してんなよ!」
満身創痍の仁志と相対しているにも関わらず、ノイは劉兎達の方へと視線を向ける。
自身を無視されたことに憤った仁志が地を蹴った。
拳を構え、竜と瓜二つの顔を引っさげるノイに殴りかかる。
一瞬の隙を突いた攻撃だったが、ノイは容易に身を捩って躱すと、カウンターで仁志を殴りつける。
鼻っぱしから思いっきり殴られたこともあり、その場で尻餅を着いてしまう仁志。鼻血を出しながら睨みつけるものの、既にその場にはノイが居なかった。
「アニキ……いや、バラクラバのノイ……許さない」
鼻を抑えながらその場に胡坐をかいた仁志が強く前を睨む。
視線の先にあったのは、ノイが残した黒い霊力の残滓だった。
程なくして、違和感を察知した華鈴がゲートを開き、三人の回収にやってきた。
「俺も……ヤキが回ったかな。もう居ない人に縋るなんて」
同時刻、反対側の道路で劉兎は力なく倒れていた。
心臓部に穴をあけられたオツは、そのまま倒れるのと同時に霧散を開始しており、勝利を確信した劉兎は、余韻を噛みしめるように右手を空に掲げる。
強く握られた手は、少しだけ血を滲ませていた。
「まさか……【研ぎ澄まし】無しで極悪霊を斃すとは……」
「……マジか」
トンネルは完全に崩壊し、辺りには砂埃が立ち上っている。
自身の繰り出した『正竜閃拳』の轟音と、崩壊していくトンネルの轟音に耳を劈いていた劉兎は、寸前まで接近していたノイの存在に今しがた気づいた。
ノイは仁志達と相対していたこともあり、仁志達が負けたことを瞬時に理解する。脳内に過る竜の姿が心臓を早鳴らせる中で、ノイは焦りを見せつつ劉兎に近づいた。
しかし、何かに気付いて振り向くと、奥歯を強く噛む。
「巫女が来たか……」
心底悔しそうに表情を歪めたノイ。
到底竜がしそうにない悪辣な表情を繰り返すノイに、湧き上がる怒りは留まることを知らないが、気持ちだけが先行してしまっている状態で、身体はついてこない。
劉兎の身体は、既に発動した『薄氷』の反動で動けなくなっていた。
「どうやら我々は、返り討ちに遭ったみたいだな。一人くらい殺しておきたかったが、そうもいかないらしい」
「……は?」
困惑する劉兎を他所に、言いたいことだけを告げたノイはその場を後にする。
ノイが消えたことで奥の景色が露わになり、壊れたトンネルの奥から誰かがやってきているのを確認すると、劉兎はゆっくり意識を手放した。
「劉兎!」
瓦礫を跳び越え、やってきたのは萌葱。
紅い霊力が迸る身体で疾駆すると、即座に劉兎の下に到着する。
「誰か居たような気がしたが……気のせいか?」
ノイの残滓に眉をしかめる萌葱だったが、既にその場から居なくなっている以上特定はできない。
自身の眼で周りに潜んでいる悪霊が居ないことを確認すると、刀を鞘へとしまった。
「おい、起きろ劉兎! 何があった!」
劉兎の頭を抱え、頬を叩く。
けれども一切反応しない劉兎は、静かに寝息を立て始めていた。
とりあえず生きていることに安堵した萌葱は、嘆息しながら劉兎を背負う。
あとからやってきた華鈴も琴葉を抱えており、傍らには仁志が辛うじて立っていた。
「……仁志、何があったか、教えてくれるか?」
「萌葱、とりあえず一旦霊界に帰りましょう」
「いや、今ここで答えてくれ、仁志!」
「萌葱!?」
立っているのがやっとである仁志に掴みかかるように迫る萌葱。
黒い結界は晴れつつあり、霊界への帰還を提案した華鈴だったが、予想外の萌葱の行動に目を見開いた。
対する仁志は口を噤んでおり、視線をあらぬ方へと動かしている。
萌葱の顔が、困惑に歪んでいる。乾燥しきって割れた唇が震えていた。
「なあ、教えてくれ仁志。私はここに来たことは無い。なのに、なぜか懐かしい感覚がしたんだ。暖かく、感じていて嬉しい、そんな感じだ」
萌葱の額に汗が滲む。
あからさまに焦りが見え隠れし始めた萌葱に、華鈴は何のことだか分かっていない様子。
劉兎と琴葉は気絶してしまっており、ここであった事を今話せるのは仁志しかいない。
「帰ったら……話しますから」
喉から絞り出すように、仁志は言った。
血が出るほど唇を噛み、表情を歪ませ過ぎてシワが寄っている。
その表情を見ただけで、萌葱は目を見開いた。
「わかった……」
諦めたように、安堵するように、俯いた萌葱。
背負った劉兎の寝息だけが、萌葱の耳に届いていた。




