第90話 静謐とは裏腹に
「聞いてねぇし……お前らのことなんか」
自身を打ち付けたことにより、歪んだ塀にもたれながら立ち上がる劉兎。突然の奇襲に脳震盪を起こしていた身体は、ふらふらとぎこちない。
それでも立ち上がるのは、琴葉と仁志が為す術なく打ち負けたことと、オツが連れてきたノイと名乗る悪霊がゆえだった。
「悪趣味な……如何にも霊の歌がやりそうな事だな!」
「悪趣味か、素晴らしいだろう?」
ギリッと奥歯を噛み締め、睨みつける劉兎に対し、嘲るように両腕を広げたオツは笑みを貼り付ける。
仁志とノイが対峙していく一幕を横目で追うと、直ぐに切り替えて地を蹴った。
「おお、危ないな」
肉薄すべく跳び出した劉兎。けれどもその身体は空中で網にかかったかのように停止する。
わざとらしく驚いたオツが右手を翳し、不可視の壁を生成していた。
全身から琥珀色の霊力を吹き出し、強化を高めていくものの、その壁を破ることができず劉兎は無念のまま地に足を着く。
「届かないさ、キミの刀は」
「ッ!」
そのまま腹部に掌底を打ち込まれた刹那、突然やってきた衝撃波に突き飛ばされる劉兎。
受身を取りながらも地面を転がり、何とか停止した時にはトンネルの中に居た。
そこまでダメージは無いものの、二度の不可視の攻撃に、劉兎は実態把握をすべく脳味噌をフル回転させる。
その間にも、オツはニヤニヤと笑いながら歩み寄ってきていた。
謎の壁、衝撃波、何かを使っていて、それはオツには反映されない。現に劉兎を止めた後、オツの手は壁をすり抜けて腹部に直撃した。
「……空気か」
「お! よく気づいたじゃないか! 流石だよ!」
劉兎が辿り着いた答えに、オツはまるで子供を褒めるがごとく大袈裟に手を叩く。
そんな態度にイラつくようなこともなく、冷静に刀を構え直す。予想とは反した反応に眉を落としたオツは、両手に空気を集めて見せた。
「こんなことも出来るんだぜ!」
瞬間、劉兎の視界から消えたオツ。
爆発的な速度で肉薄したオツは、そのまま劉兎に拳を繰り出した。
反射的に防御の姿勢を取ったものの、拳と腹が激突した直後、謎の破裂音と共に遥か後方へと突き飛ばされる。
再び地面を転がり、起き上がる頃にはトンネルを抜けて先程居た場所とは真逆の出口へと来ていた。
刺すような痛みに腹部を触る。生温い感触に吐き気を催した。
「空気を圧縮し、発散させる……左手を背後に出して爆発させて接近し、残った右手をお前の前で破裂させたんだ」
「……ご丁寧にどうも」
今まで感じたことの無い攻撃に息を飲む劉兎。腹部は打撃では有り得ない爛れ方をしており、呼吸もままならない。
徐に刀を霊器にしまい、ナイフを創造する。黒い霊力を失くした劉兎のナイフは爆発することは無い。
「苦し紛れだね〜そんなナイフが当たるとでも?」
「くっ!」
投げられたナイフは再度壁に阻まれる。
劉兎を捕まえた時の網のような弾性を持つものとは違い、強固に固められた空気の壁はナイフを弾く。
明らかな力の差に、ナイフを創造することすら止めて霊力強化に集中する。
爆発的に吹き出した琥珀色の霊力が、濃く光る。全身を迸るスパークが、強化を表していた。
「『極彩色』!」
「ッ!」
一閃が空間を貫く。
空を走った一本の光は、瞬く間に壁に激突し轟音を響かせた。
「びっ……くりしたァ、へぇ、やるじゃん」
しかし、壁は割れなかった。
地を蹴った渾身の一撃。全体重を乗せた劉兎の拳が壁に阻まれる。
突然の速度上昇に驚いたオツだったが、壊れないことを認識すると再び嗤う。
それでも劉兎はしっかり確認していた。
空気の壁に、ヒビが入ったのを――。
「『正拳一閃』!」
間髪入れずに繰り出した正拳突きが、空気の壁を壊す。
驚きで目を見開いたオツ。割れた破片が空中に散っていく中で、スパークを纏った劉兎だけが追撃に動き出す。
オツも直ぐに呼応し、両手に空気を圧縮させて構えを取った。
「仕留めるッ!」
「そうはいかないね!」
一閃がトンネル内を走る。
激突するように肉薄した劉兎は、即座に両拳での連撃に掛かるものの、オツは容易にそれを避け、更にカウンターを繰り出してくる。
両手を包む空気の塊には直感的に触れてはいけないと判断し、腕を押して往なす。
その間も出現する空気の壁に、瞬時に二撃与えて壊し進んでいた。
「ちょこちょこと壁出しやがって!」
「パンチ二発で壊すとは……いやはやとんでもないね――」
スパークを纏い続ける劉兎を見ながら、後退と壁生成を続けるオツ。
極彩色の影響で急速に疲労が溜まっていく劉兎は、無理矢理霊力を放出して維持に務めていた。
その機微を、オツは見逃さない。
突然、オツが両手を背後に向ける。
「そのチカラ、長くは続かないだろ?」
背後に向けた両手に纏われていた空気の玉が爆発する。
衝撃と共に前方に飛んだオツは、そのまま劉兎の腹部にドロップキックを繰り出した。
先の攻撃で爛れていた腹部に両足が刺さり、為す術なく蹴り飛ばされる劉兎。
「ダメ押しだ」
地面を転がっていく劉兎に向けて、両手を翳す。
掌に空気を集め、瞬時に圧縮。矢庭に繰り出された空気の玉は、何とか受身を取って停止した劉兎の下に飛び、間髪入れずに破裂した。
「そのチカラ……爆発的に強化する代わりに霊力効率が凄く悪いだろ? 顔を見れば分かる、無理してるもんねぇ」
「……その割には俺にガードされてるじゃないか」
「こんなもの、いくらでも出せるんだよ、キミのそのチカラとは違ってね」
咄嗟に防御していた劉兎は、両腕を怪我するだけに留めていた。
しかし、オツに極彩色の弱点がバレ、飄々と返答するも内心は焦りが滲んでいる。
対するオツはまだまだ本気では無いと言わんばかりに両手を振るい、再度眼前に壁を作り出す。
(クソ……強い)
こめかみから流れる汗を拭い、暴れる霊力を抑えて構え直す。
漆黒の怒槌が使えない以上、劉兎の最大攻撃力は極彩色での『正拳一閃』である。それも先程の壁破りで見せてしまっている以上、二度目が命中する保証は無い。
打つ手なし、万事休す。そんな中でも諦めない劉兎は思考を回していた。
「ほら、さっきのチカラ解いたじゃないか、キツイんだろ?」
不敵な笑みを貼り付け、オツは歩み寄ってくる。
様々な思考が逡巡する中で、劉兎はある答えに辿り着いた。
(やるしかないか、アレを!)
劉兎の頭の中にあるのはひとつの力。
それは、ついさっき幸太郎から教授した、あの力。
極彩色よりも安定し、極彩色よりも維持が難しく、霊力消費は少ない。
(『薄氷』を! 完成させるしか、勝ち目は無い!)
据わった琥珀色の眼がオツを射抜き、全身に力を入れる。
霊力が揺れ、劉兎の身体の中へと入っていった。




